【リンカーン コンチネンタル】2016年復活、なのに日本市場撤退はなぜ?

ちょうど100年前、リンカーンは1917年に設立されたことになります。キャデラックの創業者でもあるヘンリー・リーランドによって設立されています。100年もの長きにわたってアメリカの最高級車としての地位にある車です。その後、1939年に初代のリンカーン・コンチネンタルが誕生しています。そんな車の、波乱にとんだ車歴の数々を見ていきましょう。さらに、2016年復活する新型車もご覧ください!

個人主義アメリカの象徴

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%B3_(%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A)

初代リンカーン

良いか悪いかの判断はともかく、車は個人主義の象徴と見られています。公共交通機関、つまり電車、バスなどでなく個人が所有し、個人がその意思で自由に乗り回すことができる車は、個人主義のあり方にピッタリなのです。また市場主義経済の中で、需要と供給のバランスの中で生まれ、造られてきた経緯は、真にリンカーンの本質を語っています。現代の車産業そのものの根幹であり、現代日本人が置かれている生活そのものを象徴しているとも言えます。
市場主義と言っても、それ以外の経済法則など考えたことも、想像したこともない日本人がほとんどでありましょう。でも、リンカーンという車を知ることは現代史を知ることであり、歴史の1ページを知る、実は壮大なことでもあるのです。
例えば、ダラスでケネディー大統領が銃撃を受けて暗殺された事件を知らない人はいないでしょう。あの時、ケネディーが銃撃を受けて妻であるジャクリーンがトランクの上を這いまわった光景を画像で見た人も多いと思います。あの車がリンカーン・リムジンのオープンカーでした。

ケネディー元大統領がダラスで狙撃されたときに乗っていたリムジン

そうです。半世紀以上も前に、アメリカにはリムジンがあったのです。キャデラック、リンカーンといった最高級乗用車の需要が、アメリカの市民生活の中では既にあったことは驚異です。アメリカ経済の巨大さには、驚くばかりですが、その後、日本も個人主義、市場主義で発展し、私たちも数えきれない車に囲まれて生活できるようになりました。個人主義日本です。

そのリンカーン・コンチネンタルが2002年生産中止になっていましたが、2016年中に生産を再開すると発表されました。フォードのフラッグシップとして再び登場するその姿も、すでに発表され、スペックも明らかになっています。
しかし、同時にフォードの日本市場完全撤退も発表されており、この復活したリンカーン・コンチネンタルは正規ルートでは輸入するところはなくなります。日本では並行輸入に頼ることとなってしまいます。

「フォード撤退、日本市場は見捨てられたのか~ドイツ車は好調、「アメ車」手抜きの自業自得」
米国自動車業界の「ビッグスリー」の1つであるフォード・モーターは、2016年中に日本でのすべての事業から撤退する。10店ある直営ディーラーはすべて閉鎖し、42店の独立系ディーラーとの契約も終了することが決定。日本拠点の従業員292名は職を失う。

出典:toyokeizai.net

新型リンカーン・コンチネンタル

1939年リンカーン・コンチネンタルの登場

初代リンカーン・コンチネンタル

1917年にリンカーンが動き出し、1939年にリンカーン・コンチネンタルが発売されました。当時フォード傘下にあったリンカーンですが、担当していたのはヘンリー・フォードの息子であるエドセル・フォードです。いろいろ解釈があろうとも思いますが、彼はドラ息子ぶりを発揮し、質素な大衆車を好む父親を半ばだまして説得して作らせたもののようです。エドセルは顔が広く、その当時の金持ちたちが好む発想ができたので、豪華で巨大な高級車が商売になると確信したのでしょう。あるいは、そのエドセルの資質が時代にマッチしたのかもしれません。その後のリンカーン・コンチネンタルの成功は、ご存知の通りです。
一方、エドセルの父親、つまりフォードの創業者ヘンリー・フォードは根っからの機械屋です。ご存じT型フォードで成功している通り、機械の出来にこだわる技術者であったと私は感じています。

戦後、中断から再開した自動車生産で、リンカーンも復活して発展を遂げていきます。戦勝国のアメリカは、第二次世界大戦を通して国土は戦場とならず、経済的に戦争特需による景気に支えられました。戦場となって打撃を受けた欧州各国に変わり、戦前には世界のリーダーであったイギリスを抜いて、世界の覇者となっていったのです。

巨大化していったリンカーン・コンチネンタル

リンカーン・コンチネンタルは、アメリカの経済発展とともに、ボディーも巨大化して行きます。
1948年、戦後の生産がリンカーンでは本格化して、キャデラックと熾烈な競争を行います。1968年ごろ復活したころには、既にピークを迎えていました。1970年代に入ったコンチネンタルマークⅣのころが、「古き良きアメリカ」の最後の時代でしょう。そのころには、グッチ、カルチェなどファッションブランドと提携した内外装を行って、デザイナー・シリーズを構成しました。本革シートにレザートップなど、半世紀前に現在のようなブランド志向を突き進んでいたのでした。
排気量はというと、7L V8エンジンを積んで375馬力などを誇っていました。その頃の中古車もいまだに残っているようで、程度の良いものは貴重品です。

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リンカーン・コンチネンタル・マークⅢ 1958-1960年
アメリカ車史上、最大のセダンの一つ

それまで巨大化したボディーは、1970年代前半から始まったオイルショックにより、ダウンサイジングが続いていくことになります。GMキャデラックも同様で、キャデラックセビルは、お尻を切り落としたデザインを何とか処理してデビューしてきましたが、なんとも不細工なつくりでした。1980年代に入り、アメリカ車にとっては冬の時代であり、日本車に追い上げられて、日米貿易摩擦と言われました。その後、1998年SUVのリンカーン・ナビゲーターの成功で息を吹き返してきました。

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初代リンカーン・タウンカー 1981年

リンカーン・コンチネンタル・タウンカーは、リンカーン・コンチネンタル・マークⅣの最上級車種の位置づけでしたが、1981年には独立ブランドとなって2011年まで生産されました。現在は、ナビゲーター、MKXが日本には輸入されていますが、リンカーンシリーズの多くは日本に輸入されていませんでした。

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リンカーン・コンチネンタル・マークⅣ
エンジンを吹かしたとき、トルクの反動で車体が揺さぶられるのを動画で確認してみてください。
世界最大の排気量を誇ったころのアメリカ車です。

1968年、リンカーン・マークⅢが再びデビュー?となって困惑させられます。1950~1960年代のマークⅢ・Ⅳ・Ⅴでは、2ドアハードトップとタウンカーのような4ドアセダンがあり、本来コンチネンタル・マークシリーズは2ドアハードトップのみでなければならなかったようです。それが、コンチネンタルとコンチネンタル・マークⅢの二本立てとなって、整理された形での再デビューでした。このような車のネーミングでの混乱はよくあることで、あまりこだわる必要はないのかもしれません。

1970年代前半までのリンカーン・コンチネンタル・マークⅣまでが、最盛期のリンカーン・コンチネンタルであると言えるのでしょうか。マークⅤのころからは、オイルショックの影響でダウンサイジングが叫ばれて、現在に続く「大きいことは罪なり」の時代に入っていったのです。

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リンカーン・コンチネンタル・マークⅤ
古き良きアメリカの頂点の車です。

アメ車の乗り心地

皆さんはアメ車の乗り心地を知っていますか? 現在のアメ車はしっかりした乗り心地を確保しており、欧州車などに引けを取らないレベルまで来ています。でも、1970年代のリンカーン・コンチネンタル・マークⅣ、Ⅴなどを乗ってみてください。まず、アクセルを吹かしてエンジントルクの反動で車体が揺れるほど、ふわふわのサスペンションセッティングに驚くことでしょう。オーバーハングの大きなデザインに不安を感じる人もいるかもしれません。
また、コンチネンタル・マークⅣなどのデザインなどでは、角が立っていて意外にコーナーが良く見えて運転しやすいのです。現代の車は全体的に丸く、コーナーの車両感覚がとりにくいデザインですね。あの時代の見やすさから比べると、現在は、ほとんどボンネットの先のコーナーが見えず勘に頼っています。注意して運転するに越したことはないのです。

リンカーン・コンチネンタルのシートはソファーと言って良く、ドイツ車の腰が動かずに長距離でも疲れないシートとは違い、かなり疲労します。小指1本で動かせるほどのパワーハンドルを片手の指でつまみ、斜に構えて運転するのがスタイルです。
ばね下重量に対して柔らかすぎるサスペンションは、長すぎるオーバーハングの先端をぶつけないように注意が必要です。タイヤは21インチなどを付けるのは現代風です。ホイールは小さめで、扁平率を抑えてサイドウォールにホワイトリボンの入ったタイヤ、できれば細い2本のホワイトリボンがおしゃれです。特に、1950年代の車でしたら、サイドウォールいっぱいの太いホワイトリボンがベストです。

リンカーン・コンチネンタルのデザイナーズカーが手に入ったら、できるだけオリジナルに戻してみてください。現代風アレンジはその後です。まずバランスが良いのがオリジナルですから。
2002年まで販売されていたコンチネンタル4.6ではこうはいきません。思い切ってクラシカル、リンカーン・コンチネンタルを探してみてください。

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運転席からの視野に注目。意外に車両感覚がつかみやすい。

そして2016年復活!10代目リンカーン・コンチネンタルはどんな車?

出典:http://www.lincoln-japan.jp/vehicles/navigator#overlay=1249154164510

写真はV6 3.5L EcoBoost ナビゲーター用
搭載されるのは EcoBoost 3.0Lコンチネンタル専用設計と思われる。

2015年、フォードは「リンカーンMKSを2016年に廃止し、リンカーン・コンチネンタルを復活させる」と発表。

V6気筒3Lターボチャージ
最大出力:400馬力 
最大トルク:55.3kgm
ギアボックスには9速オートマチックトランスミッション、駆動方式はFFとAWDが選択できる。
21インチタイヤにAWDでX制御もあると言われます。

2002年に生産終了して以来13年ぶり、2度目のコンセプトカーが発表されて、2016年正式発売となるようです。
30段階の微調整の出来るシートの装備など、豪華装備も昔のままなのでしょうか。
燃費はどのくらいでありましょうか?
2021年のEU新燃費規制には対処できるのでしょうか?
現代の車ではますます省燃費が要求され、5年後にはプラグインハイブリッドに世界中で移行しているものと考えられる状態ですが、新しいリンカーン・コンチネンタルが、対応できる準備の整ったシリーズであるのであるのかが、最大の関心事です。

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新型発表なのに、フォード日本市場から撤退!

リンカーン・コンチネンタル復活のニュースが入っていたにもかかわらず、前述のように、フォードは日本市場からサービス体制を除き、完全に撤退するようです。
日本市場では、長く近鉄モータースが販売権を持って活動していました。フォードは一時期マツダに経営参加して社長まで送り込むなど、日本進出の体制は進んでいました。しかし、フォード本社の業績不振を受けて、マツダからは完全撤退。その後も日本市場での活動を縮小し続けながら、リンカーン・ナビゲーター、MKXの販売は続けてきましたが、ついに撤退を決意したようです。

日本市場でのアメリカ車のシェアは年々減り続けており、フォードはシェア0.5%と低迷していました。これからは、中国市場の拡大に合わせて経営資源を中国に集中するのでしょう。
しかし、一方で日本市場の外国車全体のシェアは拡大しており、6%を占めています。さらに拡大傾向にあって、欧州各社は右ハンドル車を用意して拡販に力を入れています。そんな中、アメリカ各社は日本向け車両の開発に熱心ではなく、伝統的に左ハンドルだけで押し通してきました。
日本国内ではアメリカ車は大きすぎ、燃費も悪く馬力もありません。SUVの需要はあるものの、日本車、欧州車に比べて、昔から日本市場での販売にフォードを含めアメリカ各社は熱心ではなかったのが現実です。

中古車市場のリンカーン・コンチネンタル

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%8D%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB

2000年

リンカーン・コンチネンタルの中古市場は、現在のところでは、2002年まで販売されていたコンチネンタル4.6が出回っています。車検整備付きで100万円程度のもの、、そのほかは改造車で特別に高いもの、時に1970年代のコンチネンタル・マークⅣ、Ⅴなどがクラシックカーとしての値段のついているものなどがあります。違法改造はともかくとして、よく整備された程度の良いものは、趣味の車としての価値があるかもしれません。特に、コンチネンタル・マークⅣ、Ⅴの2ドアハードトップ・デザイナーズブランドの程度の良いものは貴重であり、かなりの値段がつくものと思います。現在目に付くところでは、500万円ぐらいです。
最終モデルもかなり古くなっていますし、古き良きアメ車を味わえますので、思いっきり古いタイプを味わってほしいものです。リンカーンコンチネンタルという車を知るには、それがもっとも近道ではないでしょうか。

まとめ、省燃費時代のリンカーン・コンチネンタルは?

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新型リンカーン・コンチネンタル発売について、フォードCEOのコメント

リンカーン・コンチネンタルの、100年もの長い間、時代を謳歌した流れはいかがだったでしょうか? また、車のデザインは歴史的背景と共に変わることを実感してしてみて下さい。そうすれば、プリウスのデザインも、その流れに乗っていることが分かります。時代は「省燃費」を模索しています。メーカーも、それに乗り遅れまいと必死です。F1などの最高峰のフォーミュラレースも、電気自動車で争われる「フォーミュラE」が加わってきました。さて、新しいリンカーン・コンチネンタルは、それに乗り遅れずにいくことができるでしょうか。

リンカーン・コンチネンタル 1961年

プリウス4代目
プリウスと比較すると、リンカーン・コンチネンタルは居住空間に比べて前後のオーバーハングが異様に大きいのがわかります。

リンカーン・コンチネンタルは、2016年新たにフルサイズカーをフォードは発売することになります。でも、最新のテクノロジーを投下しても、2021年EU燃費規制をクリアすることは厳しいと思われます。
さらに続く燃費規制に対しては、電気自動車に移行しても、自然エネルギーでの発電が進まなければ意味はありません。水素自動車も水素を作るのに化石燃料を燃やしてしては石油業界に貢献するだけです。
リンカーン・コンチネンタルなどの車重では、プリウスなどと比べて2台分以上のガソリンを消費する計算になり、燃費の絶対値が劣ります。地球温暖化を止めようとする燃費規制の世界の動きに対して、トラックなど多くの人々の生活に貢献する車は必要やむを得ないでしょう。でも、アメリカの個人主義に基づく個人の贅沢の象徴である高級車が、装備の加減で重量がかさみ、燃費を悪くすることが認められる時代は終わっています。利益が大きいという理由で、燃費の絶対値が悪い豪華高級車を作ること自体が、人類に対する犯罪と考える時代に入っているようです。いつまでも1企業の利益絶対とする狭い視野からの車づくりを許される状況ではないようです。

世界経済、人類の存続に社会的責任のある自動車業界は、カーボンなどの高価でも軽量な素材を使って大幅に軽量化した車体で、燃費の絶対値をプリウスなどの小型車と同じにする、次の時代の豪華で楽しめる高級車を模索していくでしょう。高級車であるのなら、値段に糸目を付けずに、「省燃費優先」の高性能の車づくりを見せてほしいものです。これはフェラーリなどの高級スポーツカーにも望みたいところで、リンカーン・コンチネンタルも、高級ゆえに軽量で省燃費である車として帰ってきてほしいですね。
古き良きアメリカ車を楽しんできたユーザーとして、そしてリンカーン・コンチネンタルのファンとして、切に願っています。