【フォルクスワーゲン ルポ】 -ザ・ラスト・ピエヒイズム- 故障についてや燃費から中古車情報まで!

フォルクスワーゲンのボトムレンジを担うコンパクトカーとして企画されたのが、ルポです。このルポというクルマは普通のコンパクトカーとは全く趣が異なっており、ひとりの男の大いなる野望が秘められた野心作だったのです。

大メーカーの苦悩、そして

第二次大戦後のフォルクスワーゲンは、戦前に企画されたKdF(「歓喜力行団の車」の略。歓喜力行団とは、戦前のドイツ労働戦線の一部局で労働者の余暇活動を活性化させる組織のこと)をベースにした「タイプ1(いわゆるビートル)」を開発。合理性と経済性を突き詰めたそのクルマは半世紀以上生産され、大ヒット作となります。

出典:http://www.the-blueprints.com/blueprints/cars/vw/3477/view/volkswagen_type_1_(1300_beetle)/

しかし同時に、その成功は後継モデル開発の大きな足かせとなります。世間では既に「フォルクスワーゲン=ビートル」という図式が確立されており、後継モデルを発売しても大きな成果は得られなくなっていたのです。こうした状況を打破したのが、1974年に発売された初代ゴルフでした。ゴルフは先進的なFF(前輪駆動)パッケージングを採用し、たちまちビートルに代わるフォルクスワーゲンの看板車種となっていきます。その後もポロ、パサートなど現在に至るラインナップを拡大します。そんな中、1998年に革新的なコンパクトカーが誕生します。それこそが、ルポなのです。

出典:http://www.wikiwand.com/fi/Volkswagen_Lupo

ルポの産みの親、フェルディナンド・ピエヒ

このルポの開発の指揮をとった人物が、フェルディナント・ピエヒです。ピエヒは1937年4月17日、オーストリア・ウィーンに生まれます。弁護士であった父アントンと、戦後ポルシェを創業したフェルディナント・ポルシェの娘である、母ルイーゼとの間の子供でした。

ロケットや飛行機に興味を抱いた若き日のピエヒは、チューリッヒ工科大学で学び修士号を取得します。その後1963年にポルシェに入社、エンジニアとして活躍します。彼が携わった代表的な車種としては、904、908、910、917などが挙げられます。同時にフォルクスワーゲンとも関わりがあり、1966年にはビートルの後継車のプロトタイプとしてEA266を製作しています。しかしその頃ポルシェは同族経営の弊害を防ぐべく、一族を社内から排除する動きが出てきました。これによりピエヒはポルシェを退社。その後メルセデス・ベンツに所属し、5気筒エンジンの研究開発を行います。

出典:http://www.gooworld.jp/car_info/feature/0811/01up/01.html

1972年にはアウディに移籍し、革新的なAWDシステム「クワトロ」を開発。WRC(世界ラリー選手権)にて総合優勝の栄冠をもたらしました。その後も直列5気筒ターボエンジンや空力重視のボディデザイン、アルミボディなどピエヒは革新的な技術を打ち出します。
そして1993年には、フォルクスワーゲングループの会長に登りつめます。ここから、フォルクスワーゲンのプレミアム化戦略が始まりました。彼は、自分自身の理想とするクルマを次々と編み出していきます。その1台が、ルポでした。

ルポ誕生

燃費を突き詰めた3L TDI

ピエヒが会長に就任した1993年には、アメリカ政府が発表した「経済成長のための技術政策」という教書の中に、2004年までの最終目標として100kmの距離をわずか3リッターの燃料で走ることが掲げられました。これがいわゆる「3リッターカー(リッターあたり33.3kmの超低燃費車)」構想です。これに目を付けたピエヒは、フォルクスワーゲン社内に超低燃費車の開発を命じます。こうして完成したのが「ルポ 3L TDI」です。1999年にリリースされ、ピエヒが掲げていた「21世紀までに、超低燃費車である3リッターカーを発売する」という公約は見事に果たされるかたちになりました。ちなみにルポとはイタリア語で「狼」の意味で、フォルクスワーゲンが本社を置くウォルフスブルク市(=狼の城、という意味)が由来となっています。

この3L TDIは燃料である軽油の廉価さと二酸化炭素の排出量の少なさから、ディーゼルエンジンに対して一定の評価があるヨーロッパを中心に販売されました。
技術的なトピックとしては、薄板ガラスやアルミニウム、マグネシウムといった軽量素材の積極的な採用や、ボディ前面のエアーインテークやサイドスカート、リアバンパーの形状見直し、転がり抵抗の小さいタイヤ(ブリヂストン製)の採用などがあります。空力性能も、Cd値はベースモデルの0.32に対し0.29と大幅に改善されています。またボンネットやドアなどのリベットは、ピエヒがアウディ在籍時代に開発されたA8の技術が用いられています。そして溶接技術も、当時最新鋭であったレーザー溶接が採用されています。この結果、車重は830kgという超軽量を実現。ベースモデル比で約205kgもの軽量化を達成しています。

出典:http://www.tdiclub.com/ForumPics/CFriedriszik/DieselPower.html

搭載されるエンジンは1.2リッターの3気筒直噴ディーゼルターボで、最高出力は61馬力を発揮しました。これに組み合わされるのはエレクトロ・ハイドロリック式の5速シーケンシャル・オートマチックで、エコモードを備えているものでした。エコモードをセットし、シフトをEレンジに入れると高回転域でカットオフが働き、シフトタイミングも早くなります。またアイドリングストップも作動し、ドライバーに積極的な低燃費走行を促します。このように3L TDIは、ひたむきに燃費性能を追求したストイックなモデルでした。残念ながら日本には正規輸入されていませんでしたが、ごく少数ながら個人輸入や国産自動車メーカーが研究用に購入した個体が存在します。

この3L TDIモデルの他にも、ルポにはガソリンエンジンが6種類(1.0〜1.6リッター)、ディーゼルエンジンが3種類(1.2〜1.7リッター)とエンジンだけでも9種類のラインナップがありました。このうち日本国内には1.4リッターと1.6リッターのガソリンエンジンモデルが正規輸入されました。1.4リッターモデルはジヤトコ製4速オートマチックが、1.6リッターモデルには6速マニュアルが搭載されました。日本での発売当初は前者のみのモノグレードでの展開でしたが、後に後者のいわゆる「GTI」も追加されました。

日本での販売のメインは、1.4リッターモデル

1.4リッターモデルは、日本ではフォルクスワーゲンのエントリーモデルとして位置づけされていました。ちなみに販売のメインターゲットは、親と同居する20〜30代の独身女性でした。内装はポップながら高級感も添えられ、ターゲットの心をくすぐるものでした。
エンジンは同時期に販売されていたポロと同じ設計のオールアルミ製のもので、EGR(排気ガス再循環装置)や電子制御スロットルバルブなどの採用により、最高出力75馬力、最大トルクは12.8kg-mを発生。飛び抜けて高性能というわけではありませんでしたが、扱いやすいマイルドな特性のエンジンでした。
サスペンションもポロと同一スペックとなっており、フロントがマクファーソン式ストラット、リアがトーションビーム式トレーリングアームとなっています。サスペンションのセッティングはドイツ車らしい適度な硬さを持ったものになっており、直進安定性はクラスを超えたものと当時の多くの媒体で評価されました。この1.4リッターモデルは現在でも中古車市場で比較的多く出回っており、探しやすいので最初の輸入車としておすすめできます。

もうひとつの理想形、GTI

1.6リッターモデルのGTIは3L TDIと同じく、まさにピエヒの理想とも言えるクルマでした。軽い車重に、パワフルなエンジン。そしてプレミアム性が見事に融合されたクルマだったからです。
GTIの歴史は、初代ゴルフにまでさかのぼります。これはフランスのフォルクスワーゲンディーラーの働きかけで実現したもので、ノーマルのゴルフ(1.1〜1.5リッター)をベースに1.6リッターまで排気量を拡大。最高出力は110馬力を誇り「アウトバーンの追い越し車線を走れる唯一の小型車」と言われ、多くのフォロワーを生み出したホットハッチの火付け役でした。

そのゴルフも代を追うごとに肥大化していき、GTIグレードは存在していましたが有名無実のものになっていきます。そこで企画されたのが、ルポGTIです。日本では、2003年4月から新たにラインナップに加わりました。

3L TDIで培われた軽量化技術が生かされているのが最大の特徴で、ボンネットやフェンダー、ドアなどにアルミニウムが贅沢に使用されています。ちなみにドアにアルミニウムが採用されているモデルは日本では2005年中ごろまで輸入されていたもので、それ以降のモデルでは通常のスチール製に改められています。アルミニウムドアのモデルの重量は1,010kgで、スチールドアのモデルの重量はそこからプラス30kg増しとなっています。1.4リッターモデルの重量が1,000kgですので、プラス10〜40kg増とはいえ重量増がいかに最小限に抑えられたかがよくわかります。

出典:http://blog.garagebosco.com/?p=6000

GTIに搭載されるエンジンは、AVI型と呼ばれる1,597ccの自然吸気エンジンです。最高出力は125馬力で、最大トルクは15.5kg-mを発生します。出力的には一見控え目に見えますが、軽さがあるためパワーウェイトレシオは8kg/PS台となかなかあなどれない数値を誇ります。
サスペンションの形式もノーマルとは違いはないものの、スプリングやダンパーなどは専用品に置き換えられ強化されています。これにより、ノーマルモデルと比べさらに操縦安定性が向上。スポーティな特性になっています。
内装はGTIモデルの流儀に準じたもので、革巻きのステアリングやシフトノブ、スポーティなシートがおごられています。またエクステリアもGTI専用デザインとなっており、リアのセンター出しマフラーが強いアクセントとなっていました。
その走りの性能は決して速くはありませんが、ノーマル譲りの直進安定性の良さと適度にロールを許すシャシーは、旧きよきホットハッチの性格そのものといった魅力がありました。

こうして市場に出たルポでしたが、グローバルな販売面では苦戦を強いられたモデルでした。コストがかかっている割には利益幅の少ないモデルだったからです。事実、ピエヒが2002年に会長を退任してからのフォルクスワーゲンは営業赤字に陥ります。彼が推し進めたプレミアム路線が、大きな仇となったのです。

ルポの後継車

徹底的なコストダウンを図った、フォックス

出典:http://www.carbuyer.co.uk/reviews/volkswagen/fox/hatchback-2006-2012/review

この反省から、より安いコストで大量に生産できるクルマづくりへとフォルクスワーゲンは舵を切ります。そうして誕生したモデルが、ルポの後継車であるフォックスです。
フォックスは、フォルクスワーゲンのブラジル現地法人である「フォルクスワーゲン・ド・ブラジル」にて現地でのボトムレンジを担うクルマとなっています。メインマーケットは中南米地域とヨーロッパということで、残念ながらこのモデルは日本に導入されませんでした。

実質的後継車、up!の誕生

日本でのルポの実質的な後継車となったのは、2012年に輸入が開始されたup!です。up!がルポと根本的に異なる部分は、フォックス同様に徹底したコスト管理にあります。大人4人が無理なく乗れるスペースを確保した上で、1万ユーロで購入できることを目指して開発されました。また、ルポには設定のなかった4ドアモデルが設定されているのもポイントです。

今、ルポはどうなっているのか

中古車市場はどうなっている?

中古車サイトで検索したところ、2016年5月初旬現在でルポの中古車は1.4やGTIを含め117台あります。
日本国内では比較的ヒットしたといえるクルマだけに、中古車のタマ数も多いと言えるのではないでしょうか。それだけに価格の開きも大きく、1.4リッターで6.8万円のものからGTIの158.0万円まであります。中でもこの158.0万円のGTIは、日本でも行われていたワンメイクレースに出場するためのカップカーそのもので、ロールケージなどが入っています。
走行距離などにとらわれず整備履歴のしっかりしたモデルを選ぶ中古車選びのセオリー通りに選んでいきたいものです。

燃費は?トラブルはある?

1.4リッターモデルかGTIかで異なりますが、どちらのグレードでも平均的な数値としては12km/lほどと考えて差し支えないようです。ネットでは、GTIで15km/l近くという記録もあります。GTIはマニュアル、しかも6速なので高速巡航時の燃費などを考えるとこちらの方にアドバンテージがありそうです。
またトラブルですが、インテークや水温などのセンサー類の故障、サーモスタットケースからの冷却水漏れなどがメジャーなものとして挙げられます。また変わったところでは、燃料キャップのロック不良などもあるようです。すべてのルポにそういったトラブルがあるわけではありませんが、今となっては中古車でしか買えないクルマだけに、よく吟味する必要がありそうです。

おわりに

大衆車メーカーでありながら、プレミアム路線を貫いたフェルディナンド・ピエヒ。ルポは彼が手掛けた最後の作品と言っても良いクルマです。日本では軽自動車を少し大きくしたようなディメンションでしたが、そのコンパクトなボディには彼の野望が込められていたことに間違いはありません。それは今となってははかなく思える部分もありますが、一般的な自動車への彼なりのアンチテーゼだったのかもしれません。