【マツダ ベリーサ】マツダの歴史が生んだ、ロングセラープレミアムコンパクト

生産期間11年。2000年代の自動車業界では、日本に限らず世界的にも珍しい長期間に渡って生産販売されていたのが、マツダのベリーサです。どうしてベリーサは長く売られたのか、そもそもどうしてベリーサは登場したのか、その意義はなんだったのか。ベリーサ登場前夜のマツダのお家事情も含めて解説します。

ベリーサが生まれた時代

SKYACTIVE TECHNOLOGY(スカイアクティブ・テクノロジー)をキーワードに積極的な攻勢を仕掛けるマツダ。2015年の世界生産台数は14%以上伸び、150万台を突破しています。しかし、そんなマツダですが、好調に至るまでには苦難の時代がありました。ベリーサは、そんなマツダが苦難の時代から立ち直る最中の2004年に生まれました。

マルチチャンネル化の失敗とマツダ地獄

ベリーサ誕生の背景は、さかのぼればバブル期にマツダが行おうとして失敗したマルチチャンネル化の失敗があるかもしれません。1979年以来フォードと提携していたマツダは、海外市場では好調ながら、日本での成長に伸び悩んでいました。ロータリーエンジンを搭載したモデルを世界で唯一量産することに成功するなど、高い技術力は持っていた一方で、軽自動車メインでスタートしたこともあり、ブランドイメージの構築は十分にできていなかったのかもしれません。少なくとも、マツダ社内の人たちの一部がそのように考えていたのかもしれません。そこで…

B-10計画発動

売れないのはマツダのブランドが良くない、発売しているモデルごとにブランドを分けてしまおう、そうして日本での売上を倍増させよう、そんな発想で1989年にB-10計画が始動します。従来マツダは

・マツダ
・マツダオート
・オートラマ

の3チャンネルで販売していましたが、マツダオートを高級ブランドのアンフィニに切り替え、さらに2つを追加して

・マツダ
・アンフィニ
・ユーノス
・オートラマ
・オートザム

の5チャンネルでの販売体制に切り替えます。しかもアンフィニやユーノスでは、マツダの名前を表に出すのをやめて、アンフィニの車種、ユーノスの車種…といった全く別のメーカーが売るような販売戦略を取りました。今でこそトヨタがレクサスを展開しているほか、トヨタのネッツ系列で販売される車種は、トヨタではなくネッツのロゴがついているといった事例がありますが、当時としてはかなり斬新で冒険的な計画だったようです。

もっともマツダとしてはこれに飽きたらず、北米ではアマティという最上級ブランドを展開するつもりだったようで、W12気筒の高級セダンの投入なども目論んでいたようです。

新車大幅値引き販売、下取り最悪の悪夢

今から考えれば誰しも、無茶をして、もっと慎重にやれば良いのにと思うのかもしれませんが、当時のバブル期の日本には、あらゆる業種で、そんな無茶をやってしまうような勢いがありました。ですから、そういったマツダがあまりにも浮いていて無謀なことをしたというわけではないでしょう。

しかし実際に、バブルは弾け、マツダの5チャンネル展開は敢え無く失敗に終わりました。各チャンネルは再編され、唯一大ヒット作となったユーノス・ロードスターが、モデルチェンジまでユーノスの名前を残していました。

こんなことになると困ったのは、当時用意されていた新車群です。なにせ5チャンネル分で展開するつもりで、コストを掛けてわざわざ車種を分けていたのが全部無駄になってしまうわけですし、新車を買いたい人からすれば、ポッと出てすぐに消えてしまうブランドがついたモデルなど、なかなか買いたくないのが本音。かくしてマツダは新車の安売り攻勢に出ますが、これは中古車市場におけるマツダ車の価値を激減させてしまいました。唯一、マツダのディーラーだけは、次もマツダに買い替えようとするオーナーに対して良心的な価格で下取りをしてくれたのです。もちろんこれは、実質的にさらなる新車の値引きをも意味していました。

こうしてマツダに乗る人は、新車に買い替えようにも下取り価格が問題になってしまって、次もマツダ車以外に買い換えられなくなってしまうという負のループに陥ってしまったのです。いつしか、この状況は、誰ともなしに「マツダ地獄」と形容されるようになってしまいました。

そして1997年、経営難のマツダは完全にフォードの子会社になってしまったのです。

Zoom-Zoomで再出発

もうマツダはダメではないか、そのうちマツダのクルマは、フォードが作ったクルマにマツダのエンブレムをくっつけただけになってしまうのではないか。そんなことを危惧した自動車好きも多かったかもしれませんが、マツダは再攻勢に転じます。

2002年、マツダは映画「オンリー・ザ・ストロング」のテーマソング「zoom zoom zoom」を使ったテレビコマーシャルをスタート。これは新聞記事などでも採り上げられるほどに話題になりました。マツダ地獄のような暗いイメージから、徐々に抜け出しそうな兆しが生まれました。

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初期のZoom-ZoomのCM

車種再編

Zoom-ZoomのCM展開と並行して、マツダは古くからあるモデル名を廃止して、心機一転をはかりました。古くから親しまれてきたカペラやファミリアは、それぞれアテンザとアクセラに。ロータリーエンジンを搭載しているRX-7は、コンセプトも新たに4人乗り4枚ドアのRX-8に。これらのモデルは、日本でも愛されつつ、海外でも人気が出ることを意図した野心的なコンセプトで登場しましたが、果たしてその目論見は大成功。こうして勢いが出たマツダは、その後経営難に陥ったフォードから再度独立して、次のステップとして、現在に繋がるスカイアクティブ・テクノロジーを掲げた自動車開発に舵を切るのです。

ではベリーサも、そんなコンセプトで生まれたのか…というと、実はそういうわけではないのです。

国内専用車として登場したベリーサ

さて、前置きが長くなりましたが、2002年と2003年の怒涛のマツダの新型車・モデルチェンジラッシュが終わった2004年、ようやくこの記事の主役、ベリーサが登場します。しかしそのデザインは直前に登場していた他のマツダのモデルたちと比べると、随分と違った雰囲気でした。アテンザからアクセラ、そしてモデルチェンジしたデミオまで、共通していたアグレッシブな雰囲気のフロントマスクに対して、フロントグリルの小さな大人しいデザインを採用。実はベリーサ、世界戦略車だった他のマツダ車と違って、日本国内専用車として登場したのです。

勢いがあるとはいえ、販売エリアが限定されるモデルの販売は、経営に余裕がないメーカーにとっては本来は苦しいことです。わざわざそんなモデルを発売した背景には、アクセラがありました。マツダはファミリアを廃してアクセラにモデルチェンジした際に、ボディサイズを少なからず拡大していたのです。これは代々のファミリアを乗り継いできてくれた人にとっては、大変なバッドニュースでした。

そこでマツダは、これまでのファミリアに親しんできてくれたオーナー層、もしくはこれまでのファミリアのようなコンセプトを求める消費者のことを考えて、ベリーサを登場させたのでした。バブル期にマルチチャンネル化を推し進めていたことが、この新しいコンパクトカーであるベリーサの登場の遠因になっていたのです。

マツダ ベリーサの歴史

ベリーサが生まれるまでの歴史に比べると、ベリーサ自体の歴史はかなりあっさりしています。登場は前述のとおり2004年のこと。その後2006年には最初で最後のマイナーチェンジを受けますが、とはいえ色が入れ替えられた程度で、それほどの変更はありませんでした。その後は細やかな少変更を受けつつ、なんと2015年までの長きに渡って生産が続けられ、そして2015年9月に生産終了となったのです。実に丸11年間に渡るロングセラーは、日本車では稀有な事例で、また最近のモデルライフが短くなっているヨーロッパ車などと比べても、長いものだといえます。

ロングセラーとなった原因のひとつは、日本専売の車種として作られたために、開発費の回収に時間がかかったと見ることもできるでしょう。実際ベリーサは、発売時に目標としていた月間2,500台の販売台数を一度も達成できず、2年後のマイナーチェンジでは1,500台に目標を下方修正しています。決算期には、この数値を上回ることもありましたが、2011年には年間10,000台を割り込み、2013年からは月間2桁しか販売されない月もありました。

しかし、このベリーサが2004年に登場して、基本的な仕様をほとんど変えていないということを思えば、十分に支持されていたということもできるかもしれません。ボディサイズが違うとはいえ、デミオやアクセラなど、マツダの中にライバルがいる状況で、設計の古いベリーサを買う人は確かに存在したのですから。

「シンプル・クオリティ・コンパクト」が特徴

デミオでは小さすぎる、アクセラでは大きすぎる、本当ならファミリアが欲しかった、そんな需要に向けてベリーサは色々な工夫をしていました。その工夫は、登場時のCMのキャッチフレーズである「シンプル・クオリティ・コンパクト」「新しい上質が走りだす」という言葉にもあらわれています。

例えばフロントシートには、上級モデルのアテンザの部品を流用し、後部座席には、このクラスでは異例の大柄なものが採用されました。さらに当時はまだ珍しかったスマートキー(マツダはインテリジェンスキーと呼んでいました)が標準装備され、本革シートの設定さえもあったのです。

こういった小さなクルマに強い付加価値を持たせるという販売戦略は、もしかすると2001年にBMWが復活させていたMINIのビジネスモデルが参考になったのかもしれません。ただし過去のブランドを持つという強みがあるMINIに対して、全くゼロからプレミアムモデルを作り上げるという点で、ベリーサはかなり野心的なモデルだったのかもしれません。

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ベリーサのCMは他のZoom-Zoomに比べると、ちょっとテイストが違いました。

ベリーサのグレード

ベリーサは長く発売されていましたが、グレード構成は単純明快です。

登場時はモノグレードでしたが、オプションとなる本革シートなどを標準装備したLスタイルという限定車が、ほどなく登場しました。Lスタイルは結局、新しいレギュラーグレードの「L」として追加され、それまでのベースモデルには新たに「C」というグレード名称が与えられました。登場翌年の2015年には、このCとLの2本立て体制が確立し、そしてそのまま2015年9月の生産中止まで、他のグレードは追加されませんでした。

かわりにベリーサには、断続的に限定モデルが販売されました。例えば生産最終年の2015年にも、Noble Couture(ノーブル・クチュール)という上質な内装を持つ限定モデルが設定されています。これは決してベリーサが見捨てられたモデルではなかったことを示しています。

Noble Couture

ベリーサのスペック

ベリーサにとって苦しかったのは、パワートレインの抜本的なアップデートが最後まで行われなかったことでした。エンジンは2002年に登場したMZR1.5(ZY-VE型)で、当時のデミオの上級モデルなどにも搭載されていた当時としては最新のものでしたが、テクノロジー的には極端に目新しいところはなく、2011年からスカイアクティブ・テクノロジーを使った最新の直噴エンジンが投入されると、少なくともスペックの上では一気に陳腐化してしまいました。

変速機についても、登場時の同クラスの国産コンパクトカーとしては一般的だった4段変速のオートマチックトランスミッションは、やがてマツダ自身が無段変速のCVTに切り替えていくなかで取り残され、カタログ燃費の点では苦しいものがありました。

特に2009年から燃費の数値が減税や補助金のための指標として使われるようになると、ベリーサのスペックは、見劣りして感じられるようになってしまったことが否めません。

以下のスペックは2015年モデルのLグレードです。

全長x全幅x全高:3,975x1,695x1,530mm
ホイールベース:2,490mm
トレッド前/後:1,475/1,450mm
車両重量:1,100kg

エンジン:水冷直列4気筒DOHC 16バルブ 可変バルブタイミング付き
最高出力:113ps(83kW)/6,000rpm
最大トルク:14.3kg・m(140N・m)/4,000rpm
排気量:1,498cc
ボアxストローク:78.0mm×78.4mm
圧縮比:10.0

燃料タンク容量:45リットル
JC08モード燃費:16.4km/リットル

サスペンション(前):マクファーソンストラット
サスペンション(後):トーションビーム
ブレーキ(前):ベンチレーテッドディスク
ブレーキ(後):ドラム
タイヤ:185/55R15 81V
最小回転半径:4.9m

トランスミッション4AT(トルクコンバーター式)

ちなみにモデルライフの途中では、後輪をモーター駆動で補助する4WDの設定がありました。

ベリーサの実燃費

実際にベリーサはどのくらいの燃費で走ってくれるのでしょうか。

自動車SNS大手のみんカラユーザーの燃費データによると、ベリーサの燃費は11〜12km/Lくらいのようです。もちろん個別の燃費データを見ると、14km/Lくらいまで伸びているケースもあれば、8km/L前後に低迷しているケースもあり、乗り方や道路環境で大きく振れるので、あくまで参考程度に考えておいた方が良さそうです。

ただ最近のこのクラスのコンパクトカー、例えば同じマツダのデミオだと、平均でも14〜15km/Lに達しているので、今の基準で言えば、ベリーサの実燃費はあまり良くないと言えるかもしれません。

ベリーサの中古車価格は?

あまりにも販売期間が長すぎたので、ベリーサの中古車の価格は非常に大きな差があります。高価なものだと、1〜2万キロ走っていて諸経費を抜いても140万円を超えるようなプライスタグをつけているものも。これでは新車のときとそんなに変わりません。一方、初期の個体で10万キロくらい走っていれば、諸経費込みで10万円前後、乗り出し30万円くらいの個体も見掛けます。

前述のとおり、モデルライフを通してグレードもスペックも基本的には固定されていたモデルなので、状態さえ良ければ、低年式を選ぶことでのデメリットは、他の車種に比べれば少ないと言えるかもしれません。しかし、ある程度走行距離が短く、年式が新しいものを探したければ、乗り出し50〜80万円程度で予算を組めれば、選択肢が増やせそうです。

ちなみに2013年〜2015年ごろの個体の相場が100〜120万円程度なので、納車時の整備内容などが販売店によって異なるので一概には言えないとはいえ、それを上回る価格帯の個体は、さすがにちょっと割高過ぎるかもしれません。

まとめ

ひっそりと消えてしまったベリーサですが、プレミアムなコンパクトカーというコンセプトは、後年登場したシトロエンのDS3や、アウディのA1に通じるものもありました。

今のマツダはクリーンディーゼルエンジンなども揃えたデミオがヒットしていますし、ファミリアが好きだった人も、今ならデミオを買うかもしれませんが、アグレッシブな雰囲気ではないベリーサのようなコンパクトカーも、またいつか発売されたら、きっともっと素敵なモデルになるかもしれません。