【日産 ラングレー】スカイラインにそっくり?ひっそりと消えた傑作車

1980年代。車メーカーの多くは「他社に負けるな!」と言わんばかりに今も尚残る「名車」から「なんだこれ?」と思えるような「迷車」まで開発しました。そんな時代に「やっちゃえ! 日産!」のCMでお馴染みの日産からある意味名車である「ラングレー」と言う車が販売されていたのです。さて、これがどのような車だったのかを早速紹介していきます。

【日産 ラングレー 1980年~1982年】日産プリンス専売のために販売開始!

1980年6月に待望のラングレー誕生!

時は1980年代。この当時の日産は「マーチ」「スカイライン」と言った今も尚、車名が残るほど有名な車から「パルサーエクサ」と呼ばれる「えっ?」と思えるような車まで幅広く製造していました。今の日産では考えられませんね! この理由についていくつかありますが、やはり天下のトヨタに追いつきたいと言う狙いがあったのではないかと思います。

現に日産はトヨタの販売チャンネルの多さを見て「自分たちももっと販売チャンネルを増やすぞ!」と言って、トヨタと同様に5チャンネルにしたのです。今ではレッドステージ・ブルーステージの2チャンネル、そして昔の名残が残った「日産プリンス○○」等のように縮小しているのです。

さて話はそれましたが、天下のトヨタに追いつきたいと考えていた日産はトヨタに負けないほどの車種を用意するために、販売チャンネルの1つ「日産プリンス」専売の車を製造~販売を開始しました。それが「ラングレー」と言う車です。ちょうど上の写真がラングレーになります。

日産パルサーベースの車体は3ドアハッチバック。エンジンは「A14型 4気筒 1.4L(80PS)」「A14E型 EGI 4気筒 1.4L(92PS)」と言う2種類を用意。当時のパルサーと同じエンジンを使用していたため、パルサーから乗り換えても特に違和感を感じることはなかったでしょう。

【1981年3月】マイナーチェンジによりFF車追加

日産プリンス店に購入しやすい価格帯で走りを楽しめる「ラングレー」手頃な価格・入門用の車をそこまで揃えていないプリンス店にとってこれほど心強いものは無かったことでしょう。そんな中、1年経たずマイナーチェンジを行いました。

とは言え、デザインやフォルムを一新するようなマイナーチェンジではなく主に「エンジン」「ATのFF車追加」が行われました。エンジンは初期モデルよりも向上した「E15S型 キャブレター 4気筒1.5l(85PS)」「E15E型 EGI 4気筒1.5L(95PS)の2種類に変更。そしてより、多くの方々に乗ってもらうためかMT5速のみしか販売していないラングレーを「ATのFF車」として追加で用意したのです。しかも、MTのFF車を流用するのではなくわざわざ、ATのFF車として1から新設計しました。

これでMTに乗らないお客様もきっと乗ってくれる! そう思っていたかどうかは定かではございませんが、「MT」「AT」2種類が揃ったラングレー。果たして本当に売れていたのでしょうか? その結果は続いての項目で紹介していきます。

ラングレー 1980年モデル車情報紹介

全長:3,960mm
全幅:1,620mm
全高:1,360mm
ホイールベース:2,395mm
車両重量:860kg

エンジン:A14E型 1.4L 直4 EGI、A14型 1.4L 直4 キャブレター
マイナーチェンジ後:E15E型 1.5L 直4 EGI、E15S型 1.5L 直4 キャブレター
駆動方式:FF
変速機:3速AT / 5速MT

【日産 ラングレー 1982年~1986年】フルマイナーチェンジで反攻をかける日産!

苦戦続きのラングレー!起死回生はスカイラインにあり?!

1980年に日産プリンス専売の車として誕生した「ラングレー」購入しやすい価格帯でしたので、車の入門用として申し分ない車だと思われていました。しかし蓋を開けてみればラングレーが飛ぶように売れた! ではなく殆ど売れていない…。せっかくAT専用のラングレーも販売しましたが、お客様の目に止まることは無くなんと、約2年でフルモデルチェンジを行ったのです(約2年でフルモデルチェンジなんて、非常に贅沢ですね!)

そして誕生したのが2代目となるラングレーです! こちらはフルモデルチェンジしたばかりのN12型パルサーをベースとしているため比べますと非常によく似ています。エンジンは以前の車種と変わらず「E15S型 キャブレター 4気筒1.5L(85PS)」「E15E型 EGI 4気筒1.5L(95PS)」となっています。ちなみにこの時、日産で販売している「リベルタビラ」と言う車種もN12型パルサーベースでしたので、「パルサー」「ラングレー」「リベルタビラ」晴れて3姉妹となりました。

日産は前モデルのラングレーのように殆ど売れないと言う事態だけはなんとしてでも避けたい! そこでスカイラインに使用したある方法を採用したのです。それがキャッチフレーズです! スカイラインの時は「ケンとメリーのスカイライン」でしたが、ラングレーは「ポールとポーラの新ラングレー」と言うキャッチフレーズに設定したのです。なんと歌まで出ていたため、力の入れようは相当なものだったと感じます。

起死回生の一手としてスカイラインのキャッチフレーズの流用? とも思える方法を採用した日産。しかし…2代目ラングレーも徐々に暗雲が立ち込めてくるのです。

【2代目ラングレー】度重なる改良・マイナーチェンジを行う!

1982年6月に2代目ラングレーを販売し、もう少しで1年が経過しようとした1983年5月。ここで日産は新たに改良されたエンジンを2代目ラングレーに追加で搭載します。それが「E15ET型 4気筒ターボ1.5L(115PS)」「CD17型 1.7Lディーゼル(61PS)」の2種類です。これで合計4種類のエンジンから選べるようになりました。初代と同様のエンジンを搭載していたためかどうかは定かではありませんが、やはり2代目ラングレーも人気に火が付くどころか厳しい立ち上がり。

そして1984年5月にはマイナーチェンジで一部外装の変更及び内装を一新させ、どうにかしてラングレーを魅力ある1台に仕上げようと努力をしていました。翌年の1985年にもターボチャージャーの冷却方式を水冷式に変更すると言った改良も行い、ラングレーの魅力を向上させていきました。

ここまで涙ぐましい努力を続けていきましたが、スカイラインのような人気車種には程遠い、いえ、比べるのも失礼なほど売れませんでした。こうして1982年~1986年と言う短い期間で2代目ラングレーは静かに幕を閉じることになったのです。

ラングレー 1982年~1986年モデル 車情報紹介

全長:3,975mm
全幅:1,620mm
全高:1,390mm
ホイールベース:2,415mm
車両重量:785kg

エンジン:E15S型 キャブレター 4気筒1.5L、E15E型 EGI 4気筒1.5L
改良後追加:E15ET型 4気筒ターボ1.5L、CD17型 ディーゼル1.7L 直4
駆動方式:FF
変速機:3速AT、5速MT、4速MT

【日産 ラングレー 1986年~1990年】短い期間で幕を閉じた最終モデル

3代目ラングレーは「スカイラインズ・ミニ」がキャッチフレーズ

今の日産であれば、御幣がありますがここまで売れない車種を残しておくことはないでしょう。しかし当時の日産は違います! 日産経営陣・開発陣の多くがラングレーに愛着を持っていたのか、なんとフルモデルチェンジして1986年に再びラングレーを販売したのです。3代目ラングレーはちょうど上の写真のように「4ドアセダンタイプ」そして今までと同じく「3ドアハッチバックタイプ」の2種類を用意しての登場です。

なぜ1986年に再び登場したのかは経営陣・開発陣の愛着もあると思いますが、ちょうどこの時、ベース車両となるパルサーがフルモデルチェンジをしました。ベース車両のパルサーがフルモデルチェンジをするのですから姉妹車である「ラングレー」「リベルタビラ」も同様に一新して販売を開始したのです。結果ラングレー・リベルタビラ共に新しい顔つき・ボディとなって帰ってきたのです。

とは言え、題名にもあるようにこちらの車種、キャッチコピーが「スカイラインズ・ミニ」として売り出しているのです。販売をしているメーカーは日産で変わりありませんが、スカイラインとはベースからエンジンまで異なります。ではなぜこのようなキャッチフレーズを付けたのか? 次の項目で詳しく解説していきます。

日産スカイラインとそっくり?スカイラインと酷似したラングレー

3代目ラングレーのキャッチコピーがあたかも「日産スカイライン」を現しているかのような表現です。実は3代目ラングレー、当時販売していた「R31スカイライン」とデザインから使用されているパーツまでそっくりなのです!

まずは外見から見ていきましょう。
上の写真はR31スカイラインになります。両者をよ~く見比べますとフロントマスクからバンパーと言った部分までスカイラインにそっくりなのが分かります。昔から人気だったスカイラインの人気にあやかりたかったのかは分かりませんが、ここまでそっくりなのは珍しいことです。

次に注目すべきポイントはリア部分です。
スカイラインは「GT-R」にも受け継がれている丸目のリアランプが特徴的です。これはスカイラインだけかと思われていましたが、実は3代目ラングレーにも使用されているのです。今までは丸目ではなかったのに急に、スカイラインと同様の丸目に変更するとは正直驚きですが、当時の日産の必死さが伝わってきます。もちろんリアランプが同じ丸目であれば、リアの大部分はR31スカイラインとほぼ同じと言って良いほど酷似したデザインになっているのです。

このようにスカイラインと似ている部分が多かったためか、キャッチコピーに「スカイラインズ・ミニ」と言う様に言っていたのかもしれません。

3代目ラングレーがカーオブザイヤー受賞!イメージキャラクターには伝説の方が…

3代目ラングレーにかける日産経営陣・開発陣の熱意は、当時良い意味で変態的な技術集団であったホンダに負けないほどです!

1987年1月には「フルオートフルタイム4WD」を採用、そして当時の日産の車両に限定的に付けられていた「GT」と言うグレードを採用する。このGTグレードはよりスカイラインに近いデザインになり、GT専用のエンジン「CA16DE型 ツインカム16バルブ4気筒1.6L(120PS)」をGTグレードのために製造したのです。こう言った努力が車業界で認められたからか、ラングレーだけでなく姉妹車であるパルサー・リベルタビラ、そしてエクサが「カーオブザイヤー」を受賞したのです!

そして忘れてはならないのがラングレーのイメージキャラクターです! 意外と知られていませんが、ラングレーを担当されていた方は当時まだ20代半ばの若い方。後にF1界で「日本人初の表彰台」と言う伝説を作った「鈴木亜久里」さんです! 当時の鈴木亜久里さんは日産の新人ワークスドライバーとして活動中だったためか、イメージキャラクターとして選抜されたのかもしれません。

ここまで力を入れたのですからラングレーはスカイラインと同様、長年愛されるモデルになるはず! 日産経営陣・開発陣誰もがそう思ったことでしょう。しかし…現実は厳しいものでした。

3代目ラングレー終演!約10年の歴史に幕を閉じる

カーオブザイヤー受賞・鈴木亜久里さんの投入をし「これで万全!」と思ったのも束の間…。3代目ラングレーは初代・2代目同様、お客様の心を掴むことがありませんでした。ラングレー全体を通して、とんでもない欠陥があったわけではありませんが、私見ながら原因は日産の販売体制にあったのではと考えます。

最初の方でもお話ししたように、当時の日産は天下のトヨタに追いつこうと躍起になっていました。「トヨタが販売チャンネルを5にしたなら日産も同じく5にする」と言ったようなライバル意識。そしてそれは車種も同様に「トヨタが大量の車種を販売しているならこっちも同じ量の車種を用意しよう!」と言って、3代目ラングレーを含め、見た目がそこまで変わらない車種ばかり用意したのです。これでは日産好きのユーザーでも購入を考えてしまいます。

例えGTグレードを用意してもスカイラインと比較されてしまい売れずじまい。そして当時は「スカイラインが買えない人が買う車」と言うレッテルが暗黙のルールのように日産ユーザーの中で広まっていきました。

そして追い討ちをかけるように1988~1989年に発生した「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」によって更にイメージが悪化。そして1990年8月遂に、パルサーのフルモデルチェンジに伴い販売終了が決定しました。

ラングレー 1986年~1990年モデル 車情報紹介

全長:4,035mm
全幅:1,655mm
全高:1,380mm
ホイールベース:2,430mm
車両重量:1,030kg

エンジン:GA15E型 1.5L 直4、GA15S型 1.5L 直4、直4CD17型 ディーゼル1.7L 直4
GTグレード専用エンジン:CA16DE型 1.6L
駆動方式:FF、4WD
変速機4速AT、3速AT、5速MT、4速MT

最後に

3ドアハッチバック1600GTツインカム

日産ラングレーは「欠陥が多い!」「速度が遅すぎる!」と言ったことはなく、技術は非常に優れていた1台でした。ですが当時の日産の経営陣・開発陣が天下のトヨタを意識しすぎたのが原因だと感じます。もう少し差別化したデザインで販売すればもしかしたら、今もスカイライン・フェアレディZのように愛される車になっていたのではないでしょうか? 1990年にひっそりと消えた車ですが、日産にこのような車があったことを覚えていただけると幸いです。