【ユーノス 800】未知の領域へ挑戦した、もうひとつの「10年基準」

かつてのマツダ販売店5チャンネルのうちのひとつ「ユーノス」。そのフラッグシップ的役割を担ったクルマが「ユーノス 800」です。今となってはマツダ混沌の時代を象徴するかのようなクルマですが、あるエンジニアの野心にあふれたクルマでもあったのです。

ユーノス800とは

ユーノスとはマツダの経営計画「MI(マツダイノベーション)計画」にもとづき、1989年に設立された販売チャンネルのひとつです。ユーノスはヨーロッパ車のようなプレミアム性を持った店舗コンセプトになっており、シトロエン車なども取り扱っていました。

出典:http://www.goo-net.com/catalog/CITROEN/BX/9003686/

名車と名高い「シトロエン BX」などもユーノスで扱われていました

そのユーノスのフラッグシップモデルとして誕生したのが、ユーノス 800 です。高品位なボディを長期間維持するために高機能ハイレフコート塗装を施し、運転席・助手席エアバッグや4W-ABS、トラクションコントロールなどで安全性能も高められていました。また、軽量化のためにボンネットにはアルミ製を採用。さらにサンルーフ内に装着されたソーラーバッテリーの電力を利用し、キャビン内の換気を行うソーラー・ベンチレーション・システムなども装備され、まさにフラッグシップを語るにふさわしいクルマとなっていたのです。

出典:http://www.carsensor.net/usedcar/bMA/s061/nenpi/

先進の装備が多数装備された「ユーノス 800」

エンジン技術者の夢

このクルマには、もうひとつトピックがあります。それは量産車世界初となる「ミラーサイクルエンジン」の搭載です。

出典:http://driventowrite.com/2015/05/12/10003/

ミラーサイクルエンジンはこれまでのオットーサイクルエンジンとは構造が根本的に異なり、吸気工程において吸気バルブの閉じるタイミングを意図的に早めたり遅らせるように設定し、吸気のシリンダー内充填効率を低くしてやることにより実質的な圧縮比を抑えながら膨張比を大きく取る方式です。これにより、熱効率の低下を最小限にすることが可能になります。また、このバルブの早閉じ/遅閉じにより吸気量が減るので、スロットルが開き気味になりポンピングロスが減るといったメリットもあります。1947年(昭和22年)に、アメリカのラルフ・ミラー氏により考案されたシステムです。

この仕組みに目をつけたのが、当時マツダに在籍していたエンジン技術者である畑村耕一氏です。畑村氏は1975年(昭和50年)にマツダの前身である東洋工業に入社、当初はエンジンとは無縁の新交通システムの研究などを行います。その後トラック用のディーゼルエンジンの振動や騒音対策の開発担当を行い、ガソリンエンジンの開発に異動。内燃機関の長年の夢とも言われた、このミラーサイクルエンジンの実用化にこぎつけるのです。

更なる高効率を求めて

ただし、このミラーサイクルには、バルブの早閉じ/遅閉じによってわざわざ吸気量を少なくしていることで、同じ排気量のエンジンと比べてトルクやパワーが出にくいといったデメリットがありました。

同じ排気量のエンジンで多くのパワーやトルクを取り出す方法のひとつとして、ターボチャージャーの採用があります。畑村氏は1986年(昭和61年)に発売された5代目ルーチェにて、2リッターV型6気筒ターボエンジンの開発を担当します。このエンジンは現在の「ダウンサイジングターボ」の先駆けともいえる存在でしたが、減速後に再加速する際コンプレッサーが再機能するまでの時間、いわゆる「ターボラグ」が長く、圧縮比も低かったため燃費向上も実現することが出来ませんでした。

そこで、ユーノス 800ではミラーサイクルの弱点である低速トルクの少なさを補う目的として、スーパーチャージャーが採用されました。当時のターボチャージャーは低速トルクを補う技術が進んでいなく、ターボラグの問題も解決されていませんでした。これに対しスーパーチャージャーは、スロットルレスポンスに優れ、低回転域でも過給効果が高いといったメリットがありました。

出典:http://americanmusclecar.ru/information/supercharger.html

ユーノス 800に搭載されたスーパーチャージャーは「リショルム式コンプレッサー」と呼ばれるもので、従来のルーツ式スーパーチャージャーと比べ過給効率に優れ、振動が少ないといったメリットがありました。また高過給下では機械効率が低くなるルーツ式と違い、リショルム式は出口圧力が高くなっても効率が理論上、下がることはありません。
このコンプレッサーには、インタークーラーも備わっていました。バルブの遅閉じによって減った吸気量をコンプレッサーの過給で足し、それをインタークーラーで冷やすことによってノッキングしない吸気温度にまで下げることに成功。結果、熱損失の小さい高効率なエンジンが完成したのです。

時代を先取りしすぎた「10年基準」

こうして意欲的な機構が多く搭載されたユーノス 800は、1993年(平成5年)に登場しました。2.3リッターの排気量で3リッター並のパワーとトルク、2リッター並みの燃費を実現したクルマとして脚光を浴びましたが、現在のようにダウンサイジングエンジンが定着していなく車両価格も3リッター乗用車並みということもあり、販売は振るいませんでした。

出典:http://www.goo-net.com/car/MAZDA/MILLENIA/GF-TAFP.html

またバブル崩壊の煽りを受け、マツダの5チャンネル戦略は頓挫。1997年(平成9年)、ユーノス 800は「ミレーニア」と名前を変え、再出発します。その後製造コストのかかりすぎたミラーサイクルエンジン搭載車は、2000年(平成12年)にラインナップから消滅。2003年(平成15年)には生産を終了しました。ユーノスのラインナップの中では最も息の長いモデルとなりましたが、マツダの歴史に翻弄されたクルマとも言えるでしょう。

ユーノス800の中古車はある?

気になるユーノス800の中古車についてですが、2016年(平成28年)5月現在では残念ながら大手中古車サイトで検索してもヒットすることはありませんでした。
一方、実質的な後継車となる「ミレーニア」の中古車は7台あり、平均車両価格は25.9万円でした。
ユーノス店自体が存在しない現在、800自体は当然ながら程度の良い個体を探すとなると、さらに難しくなるでしょう。ただマツダのディーラーにもごく稀に中古車が並ぶことがありますので、中古車サイトやオークションサイトで根気よく探すのが正攻法と言えるかもしれません。

おわりに

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「エンジンはないほうがええ」が持論の畑村氏。これは単にエンジンそのものを否定するのではなく「エンジンとはその存在をドライバーに感じさせず、かつ高効率なものであるべきである」という理想にもとづいたものです。マツダを退職した現在も、畑村氏はその理想のエンジンを求めて精力的に活動を行っています。
「10年基準」を掲げたユーノス 800は、10年先を行くコンセプトを持ったクルマでした。商業的には失敗に終わりましたが、ここで培われた技術は現在のスカイアクティブテクノロジーに確実につながっているのです。