【トライアンフ スタッグ】伝統あるメーカーが作った、ラグジュアリー・ブリティッシュスポーツ

1970年代、イギリスの自動車メーカーであるトライアンフが製造販売していた豪華なスポーツカーがありました。今回はその車スタッグと、メーカーのトライアンフの歴史を振り返ってみましょう。

「雄鹿」の名が与えられたスポーツカー

スタッグ(stag)は、「雄鹿」という意味です。その名の通り、力強さや躍動感をイメージして名付けられ、生み出された車と言えるでしょう。1970年に、トライアンフ自社製の新型2,997cc、V型8気筒エンジンを搭載し華々しくデビューしました。

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着脱式のハードトップ、頑丈さが一目でわかるロールバー、丸目4灯と特徴的なエンブレム、フロントグリル。その独特で優雅なデザインは、国際的にも高く評価されました。また、当時のアメリカの安全基準にも対応する仕様となっていました。


車両スペック
全長:4,394mm
全幅:1,613mm
全高:1,257mm
ホイールベース:2,540mm
車重:1,300kg
エンジン:2,997cc トライアンフV型8気筒
ミッション:3速オートマチック、4速マニュアル
駆動方式:FR

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自動車メーカーとしてのトライアンフ

オートバイでも一世を風靡した

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現在、トライアンフの名を冠するのは、オートバイメーカーであるトライアンフ・モーターサイクルのみです。そのためかオートバイメーカーとしてのイメージが強いトライアンフ。かつてはいくつも存在したオートバイメーカーのなかで、現在も存続するものとしては世界最古のひとつとなっています。もともとは1885年に設立された「シーグフリード・ベットマン貿易会社」が原型になります。当初は自転車の生産と販売を行っていました。その商標名が「トライアンフ」でした。そしてそれが1902年にオートバイへと進化します。社名も新たに「トライアンフ・エンジニアリング」となり、生産したオートバイは、マン島TTレースでの活躍や、第一次世界大戦での軍用車としての信頼度、完成度の高さから、高評価を受けていました。
その後、自動車会社の工場を購入し、自動車の生産・販売も開始しました。それが1923年に発足した、自動車メーカーとしてのトライアンフである、「トライアンフ・モーターカンパニー」です。1936年にはオートバイ部門と分社し、それぞれの道を歩むことになりました。

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イタリア人デザイナー、ミケロッティ

スタッグはイタリアのカーデザイナーである、ジョバンニ・ミケロッティによってデザインされました。ミケロッティはトリノ出身のデザイナーで、トライアンフとの関係は1950年代に始まっていました。スタンダード社に買収され完全子会社となっていたトライアンフですが、そこでスタンダード・トライアンフの新型車全てのデザインを担当することになったのです。ヘラルド、ヴィテス、スピットファイア、GT6、TR4、2000、1300、ドロマイト、イタリア、フューリー、などです。
そしてスタッグは、当時のメルセデスベンツ・SLをライバルとし、それに対抗しうるラグジュアリー・スポーツカーとしてデザイン、設計が行われました。

スタッグのエンジンと問題点

トライアンフV型8気筒エンジン

搭載されたエンジンは、スタッグのために車内で開発された、新型の2,997cc、トライアンフV型8気筒エンジンです。これは2基のトライアンフ・スラント4エンジンによる構成をベースとし、基本設計にも共通点を有していましたが、独自の軽量なアルミニウム製シリンダーヘッドを持ち、優れたオーバーヘッドカムシャフトの使用で、パワーアップが図られていました。より強力で、より洗練された新型エンジンにより、スタッグのスポーツカーとしての魅力もアップされるはずでした。

期待通りにはいかなかったスタッグ

様々な国際的モーターショーにおいて、スタッグの評判はとても良いものでした。しかし、市販が開始されると、エンジン不具合のクレームが多発します。原因として、当時のイギリス自動車界に長年にわたって続いていた低品質問題と、エンジン設計の問題が重なったものでした。

問題点

下記のようないくつかの問題点がありました。

・タイミングチェーンが40,000kmしかもたず、切れた際のダメージが大きい
・サイズの合っていないメインベアリングが使用されたため、短期間でダメになった
・鋳造の技術が低く、アルミ製シリンダーヘッドの後反りが発生した
・上記よりクーラントの流れ不具合が起き、オーバーヒートを誘発した
・駆動ギア破損によるウォーターポンプの故障

など、現在の設計・組み立て技術や品質管理のレベルからは程遠いものでした。
これらにより、多数のオーナーは信頼性の高い別のエンジンに換装を行いました。
その後、不具合の改善はされてきましたが、当初の良くないイメージの影響は大きなものでした。

生産台数とスタッグのその後

モーターショーなどでの高評価を受けてデビューしたスタッグでしたが、1970年から1977年の間に生産された台数は25,939台にとどまりました。やはり当初のオーバーヒートの多発や、その他の不具合問題の影響と思われます。7年間の生産期間においては、いくつかのモデル分けがなされています。Mk1初期型(1970年)、Mk1(1971年~1972年3月)、Mk2(1973年)、Mk2後期型(1974年~1977年)です。
長年の間に問題であった不具合も対処され、現在もイギリス国内では約9,000台のスタッグが生き残っていると思われます。本来の高い性能と魅力的なデザインに希少性もプラスされ、愛好家には人気の車種となりました。

まとめ

初期のエンジンの問題があったとはいえ、熱烈なファンを持つにふさわしい魅力がこの車にはあると思いました。今でも大きなオーナーズクラブがあり、専門業者のおかげで部品の入手にも困らないということがそれを示していると言えます。特徴的でありながらジェントルさも漂うデザインは、まさに紳士が乗るブリティッシュスポーツカーではないでしょうか。