小林彰太郎も愛したシトロエン・エグザンティア

シトロエンという自動車会社は、その歴史の中で自動車史全体に大きな影響を与えてきました。中でも1993年に発表されたエグザンティア(Xantia)は、高く評価され、日本の自動車評論を振り返る上で欠かせない故・小林彰太郎氏が最後に乗っていた自動車のうちの1台となりました。そんなエグザンティアについてまとめました。

シトロエン・エグザンティアの歴史

シトロエン・エグザンティアは1993年に発表されたシトロエンの乗用車で、全長4.5m級のDセグメントに区分されます。エグザンティアは同社の主力モデルだったBXの後継車として発売され、8年に渡って販売されたほか、その後はイランのサーイパー(Saipa)で2010年ごろまでノックダウン生産されました。

日本でも1993年から、当時のシトロエンの正規輸入代理店だった、西武自動車販売と株式会社ユーノス(マツダの販売網のひとつ)によって輸入販売されました。途中、西武自動車販売の消滅に伴って作られた新西武自動車への移行や、ユーノスの消滅とマツダのシトロエン輸入販売撤退などがありましたが、2001年の終売まで、輸入は継続しました。

エグザンティアという名称は、1970年代から1980年代にかけて、シトロエンの車名に含まれていた"X"を冠しつつ、ギリシヤ神話に登場するアキレスの不死の名馬、あるいは古代トロイアの河川名である、クサントス(Xanthos)を用いた造語だと、日本語版のカタログでは解説されていますが、エグザンティアという発音は日本独自のものです。

本来フランスでは「クサンティア」という発音に近いはずなのですが、「クサい」という言葉を連想させる語感を嫌ったとも、販売を行っていたユーノスを擁するマツダの高級車「センティア」との混同を避けたかったとも言われています。

シトロエンの技術の象徴 “ X ” を冠しながらも、
そのネーミングに、アキレスの不死の馬・XANTHOSや
アジアとヨーロッパの民族移動の交差点、
古代トロア近くの河川・XANTHOSなどの由来を持つXantia。
その使命は、シトロエンの伝統を継承しつつ、それを革新することでした。

出典:xantia1997.wordpress.com

ベルトーネによる端正なデザイン

エグザンティアを特徴づけるのはベルトーネによるデザインです。ベルトーネはイタリアのカロッツェリア(車体製造業)で、ランボルギーニのカウンタックをはじめとした、著名な自動車の数々のデザイン、あるいは製造を行ってきていました。また、マルチェロ・ガンディーニを始めとした、著名なデザイナーを輩出しています。

ベルトーネはエグザンティアの前身であるBXのデザインも行っており(担当者はベルトーネをやめる直前のガンディーニでした)、当時のシトロエンとは縁の深いメーカーでしたが、市販までの間にはお互いにかなりの試行錯誤を繰り返していたようです。果たして、実際に発売されたエグザンティアのデザインは、直線を主体としつつも奇をてらったところがなく、登場から20年以上を経ても、あまり古さを感じさせません。

1995年に追加されたステーションワゴンのブレークについては、これもシトロエンと縁が深く、特装車の製造なども行っていたユーリエが開発から製造までを行ったとのことです。

シトロエン Project X1に関する英語ページと資料

これは普通の人間がアルファロメオ156とエグザンティアという車を手に入れ、人生の明暗をみた壮絶な物語である。

伝統のハイドロニューマチックサスペンションと、その新機軸

エグザンティアにはシトロエン独自のハイドロニューマチック・サスペンションが搭載されました。これは1950年代から市販車に採用された油圧と空気圧を組み合わせたサスペンションシステムで、ポンプで加圧された油圧で、サスペンションのみならず、パワーステアリングやブレーキまで、全てをまかなうというものでした。このシステム自体は2010年代まで使われましたが、エグザンティアよりも後から発売されたシトロエンでは油圧系統からパワーステアリングとブレーキが切り離されたので、オリジナルのハイドロニューマチックシステムを持っているシトロエンは、このエグザンティアが最後になりました。

ハイドロニューマチックの特徴は容易に語り尽くせないのですが、乗員や荷物などの荷重に関わらず車高は一定に保たれるということ、また伸び縮みの特性は特に高速域で、魔法の絨毯にも例えられる様な優れた乗り心地を実現することなどが、大きな長所です。

またエグザンティアには「ハイドラクティブII」と呼ばれる電子制御が介入するハイドロニューマチックも上位グレードで設定されました。これは純機械式のハイドロニューマチックの場合、カーブでの遠心力には抗う力を持たず、大きな姿勢変化が起こるという特性を潰すべく、電子制御で油圧に介入してロールを抑えるという機構でした。同種のものは既にフラッグシップのXMで「ハイドラクティブ」として採用されていたものの、これは当初信頼性に問題があり、エグザンティアでは信頼性を改善したマイナーチェンジ版が採用されました。

ヨーロッパでは更に、前後方向の姿勢変化も嫌ったアクティバ・システムも設定されました。究極のハイドロとして登場したアクティバは結局エグザンティアへの採用に留まったものの、シトロエンの歴史に名を残しました。

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1996年のTVCM、ハイドラクティブ2による操縦安定性と万一の場合の安全性の高さをアピール

自動車評論家たちも自分で選び、平沢進も選んだ1台

シトロエン・エグザンティアは著名な自動車評論家が愛車として選んだ1台です。

まずは冒頭に名前を挙げた小林彰太郎。小林氏は日本の自動車評論家の草分け的存在で、「モーターマガジン」を経て「カーグラフィック」を創刊、自動車の性能テストでゼロヨン(0-400m加速性能)という概念を世界に打ち立てるという偉業も成し遂げました。同氏は戦前のランチアを含む多くの自動車を保有していましたが、このエグザンティア・ブレークは2002年のモデルチェンジのタイミングに購入、後に生活に加わったランチアの小型車のムーザと一緒に、2013年に亡くなるまで、日常の足として活躍しました。

小林彰太郎はプライベートでエグザンティアに乗るよりも前に、カーグラフィック誌の長期テストでもエグザンティアを担当し、その記録を残しました。残した記録はムックとしてまとめられたものの絶版になり、今ではプレミアが付くほどです。小林彰太郎は無料媒体のwebCGでも、エグザンティアについて、以下のようなコメントを残しています。

僕はシトロエン・エグザンティアこそ、ほんとうのMPV(多用車)だと信じている。2年半10万kmにわたり、まったくノートラブルで、あらゆる目的にガンガン使った経験があるからだ。たった1台で、春夏秋冬、全天候のもと、老若男女を問わず、あらゆるTPOに使ってサマになるクルマは、現時点でエグザンティア以外にはない。

出典:www.webcg.net

他にも多くの自動車評論家がエグザンティアを選びました。

小林彰太郎と並んで著名な評論家である故・徳大寺有恒は、1994年にユーノスでシトロエン・エグザンティアのV-SXを購入しました。「SM」や「2CV」など、コアなシトロエンに乗ってきた徳大寺氏は、エグザンティアを長く愛用していました。

近年は空冷ポルシェの356でヒルクライムレースに出走する吉田匠も、日常の足として1990年代から2000年代にかけて、エグザンティアを選んでいました。

熱烈なフェラーリの愛好家として知られ、小説家清水一行の息子で、竹内由恵アナウンサーの叔父である清水草一もまた、日常の足としてエグザンティアを選んでいました。同氏はエグザンティアを皮切りに、後年には後継車となるC5も所有しました。

自動車評論家以外にもシトロエン・エグザンティアを愛した著名人がいました。ミュージシャンの平沢進です。

平沢進はシトロエンに造詣が深く、シトロエンの歴史的名車であるDSを愛し、自身の楽曲「Sim City」で歌い込むほどでした。平沢進がそれまで乗っていたBXの代替としてエグザンティア・ブレークを買ったのは、アルバム「Sim City」のリリースの翌年である1996年のことでした。

後年、平沢進は移動手段は自転車とプリウスに切り替えることを決めて、エグザンティアを手放してしまうのですが、ネットオークションで売却され、ファンのところに引き取られていったと言われています。

ハイドロニューマチックの極致を求める方へ

1993-1998 前期型

最初に生産されたモデルで、最初期のものはシトロエンのエンブレムである「ダブル・シェブロン」がボンネット上に配されていましたが、程なくグリル内に移動して、親しみやすい雰囲気になりました。

エグザンティア前期型のボディタイプ

最初はセダン風のシルエットを持つ5ドアハッチバックのみの展開で、1995年からステーションワゴンである「ブレーク」が追加されています。実はクーペも開発されていて、実際に走行可能なプロトタイプも作られていたようですが、市販されずに終わりました。

前期型の途中で直列4気筒のエンジン仕様は変更になりましたが、ZF製機械式4ATとの組み合わせに限り旧エンジンが継続され、日本仕様もこの仕様でした。

エグザンティア前期型のグレード

日本には1993年からハイドロニューマチックの「SX」とハイドラクティブIIの「V-SX」で導入開始され、本国導入から少し遅れた1997年にワゴンボディのブレークが導入されましたが、ブレークはSX相当でした。

エンジンは2.0Lの直列4気筒8バルブSOHCのみの設定でした。

以下の表記はハッチバックのV-SXです。

エグザンティア前期型のスペック

シトロエン エグザンティア V-SX(日本仕様1997年モデル参考値)

全長 4,525mm
全幅 1,755mm
全高 1,400mm
ホイールベース 2,740mm
トレッド 前/後 1,400mm/1,455mm
車両重量 1,380kg
乗車定員 5人

最小回転半径 5.6m

エンジン 直列4気筒SOHC8バルブ
排気量 1,998cc
圧縮比 9.5
最高出力 90kW [123PS] / 5,750rpm
最大トルク 183.6Nm [27.7kg-m] / 2,750rpm
燃料タンク容量 65L

変速機 4AT(機械式)
サスペンション前/後 マクファーソンストラット / トレーリングアーム (ハイドラクティブII)
ブレーキ前/後 ベンチレーテッドディスク/ディスク
タイヤ 185/65 R15

エグザンティアオーナーのブログ、この1997年式は最終的に26.5万キロを走りました。

1998-2001 後期型

後期型ではボディデザインが変更され、やや丸みを帯びたフロントマスクになりました。細部には多くの変更が加えられ、特にボディ剛性が大きく向上したと言われています。サイドエアバッグが追加されたほか、衝突安全テストのスコアも向上しました。

ATはZF製の機械式から、ルノーと共同開発した電子制御式の「AL4」に変更され、室内ではシフトレバーがブーツを被せたタイプから、メルセデス・ベンツなどでも見られるゲートタイプのものとなりました。

エグザンティア後期型のボディタイプ

バリエーションは前期と変わらず、5ドアハッチバックとブレークの2通りでした。

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ロールしないから重ねても倒れない!

エグザンティア後期型のグレード

日本仕様では前期型と比べ「V-SX」に代わって、より高級感を増した「エクスクルーシブ」が設定されました。

また、直列4気筒エンジンがDOHCの16バルブに変更され、エクスクルーシブにはパワフルで、但しそれなりに重量もある、3.0LのV型6気筒24バルブDOHCも加わりました。(190PSながら110kg増)

以下のスペックはブレークのSXです。

エグザンティア後期型のスペック

シトロエン エグザンティア ブレークSX(日本仕様1999年モデル参考値)

全長 4,710mm
全幅 1,755mm
全高 1,420mm
ホイールベース 2,740mm
トレッド 前/後 1,500mm/1,480mm
車両重量 1,400kg
乗車定員 5人

最小回転半径 5.6m

エンジン 直列4気筒DOHC16バルブ
排気量 1,998cc
圧縮比 10.4
最高出力 96kW [130PS] / 5,500rpm
最大トルク 183.4Nm [18.7kg-m] / 4,200rpm
燃料タンク容量 65L

変速機 4AT(電子制御式)
サスペンション前/後 マクファーソンストラット / トレーリングアーム (ハイドロニューマチック)
ブレーキ前/後 ベンチレーテッドディスク/ディスク
タイヤ 185/65 R15

2001頃 - 2010 イラン生まれのエグザンティア

古くからシトロエンのノックダウン生産を行ってきたイランのサーイパ(Saipa)で作られたエグザンティアは、2000年代に新車のエグザンティアが欲しい人たちにとって拠り所となりました。日本にも並行輸入で持ち込まれた個体が複数いるようなので、運が良ければ中古市場で見掛けることがあるかもしれません。ガソリンとディーゼルの別を問わず、基本的なスペックは後期型のSXに準じていたようです。

モデル末期の2009年には理由は不明ですが、フロントマスクが変更されてしまいました。結局、このデザインでの製造は非常に短い期間に留まったようです。

イラン製のエグザンティアの紹介ページ(海外サイト)

中古車でエグザンティアを買うならボディ形状にはこだわらないのがおすすめ

シトロエン・エグザンティアは2015年現在、最終年式のものでも自動車税が割増となる13年を超過し、また初期型のものは製造から四半世紀が経とうとしています。そのため、一概にどの年式が良いか、どのグレードが良いかと言える様な状況ではなくなってきました。過走行で手荒く使われてきた最終年式よりも、丁寧に手を入れられてきた1997年式の方が、中古で購入した場合は良い結果になるでしょう。

ただ、それでも目安を提示するなら、傾向としては年式の新しい後期型に、電子制御が介入しないハイドロニューマチック・サスペンションを持つSXが、最も信頼性の高い選択肢となるかと考えられます。

5ドアハッチバックとワゴンボディのブレークのどちらが良いかというと、仮にこだわりがなければ、こだわるべきところではないでしょう。ハッチバックに比べるとブレークはやや重さを感じるとも言われていますが、ハイドロのおかげでそのネガティブな部分は、普通の金属バネの自動車のノーマルボディとワゴンとの比較に比べると、ずっと少ないはずです。

逆にハッチバックでも恐ろしく沢山積めるので、単純に荷物が積めそうだからというイメージだけでブレークを探しても良い個体が出てこない場合、一度ハッチバックにも目を向けてみると良いかもしれません。勿論ブレークの方が積めることは積めるのですが、ハッチバックでも大型家電くらいなら普通に飲み込んでしまうと言われています。

まとめ:究極の万能車を手に入れる覚悟

長々とまとめてきたものの、エグザンティアについては途中で引用した小林彰太郎による「ほんとうのMPV(多用車)」という表現を超えるものが見つかりません。20世紀の自動車が帰結した究極はひとつだけではないでしょうが、万能実用車という観点では、エグザンティアは「上がりのクルマ」です。

困ったことにエグザンティアを基準にしてしまうと、他のどんな自動車でも何かが足りなくなるのです。高級になったかもしれないけれども大きい、取り回しが良いけれども乗り心地が及ばない、そんな具合でエグザンティアしか考えられなくなってしまう、エグザンティアというのはそんな自動車です。

ですから、くれぐれもご注意を。