【日産 プレジデント】専用設計の最高級車は、「セドリック」の後継モデルだった!

アメリカンスタイルで圧倒的な存在感を放っていた「プレジデント」は、日産の最高級車として半世紀近くも活躍したモデルです。そのヒストリーに迫ってみたいと思います。

「プレジデント(President)」

「日産・プレジデント(President)」は、日産自動車が製造・販売していた高級セダンモデルの乗用車です。ヒストリーは、長く1965年に1thモデルが発表され、45年という歳月もの間4thモデルに渡って生産、販売が行われたモデルです。「シーマ」に地位を譲る生産終了となった2010年8月まで主に法人、要人向けの最上級モデルでした。

専用設計から派生モデルに変更されていた

「プレジデント」は、ハイヤー向けの大型高級乗用モデルとして、日産自動車のフラッグシップモデルでした。ライバル車に位置づけられるのは、「トヨタ社」の最高級モデルとなっていた「センチュリー」でした。日産のフラッグシップモデルとして1thモデルや2thモデルは、専用のボディとメカニカル機構を与えられていました。しかし、1990年に登場した3thモデルは「インフィニティ・Q45(1thモデル)」の派生モデルとなり、4thモデルも2003年に登場した「シーマ(4thモデル)」「インフィニティ・Q45(3thモデル)」の派生モデルになっていました。しかも4thモデルは安全基準を満たさなくなったことで2010年8月に生産終了となりました。フラッグシップモデルとはいえ需要やコストパフォーマンスなどによって開発が縮小されていったモデルといえます。

実は「セドリック」の後継モデルだった

1thモデルは、1965年10月に「プレジデント(150型)」として登場しました。実は、1963年の2月に登場した「セドリック・スペシャル(50型)」の後継モデルとして登場し、当時の国産乗用車の中でボディサイズ、エンジン排気量が共に最大サイズでした。

1thモデル(1965年-1973年)

エクステリアデザインは、当時のアメリカの大型乗用車モデルを参考にしたと言われており、水平基調で角張ったボディデザインとなっています。これは、2thモデルの「セドリック(130型)」用に日産社内デザイナーが計画していたものでした。しかし、2thモデルの「セドリック」が上層部の意向により「ピニンファリーナ社」によるヨーロッパテイストのデザインに差し替えられてしまったため、サイズを拡大しデザインを見直し「プレジデント」に転用された経緯があります。大きなボンネットに搭載されるエンジンは「3,988cc V型8気筒 OHV(Y40型)」エンジンと「2,974cc 直列6気筒 OHV(H30型)」エンジンの2タイプが設定されていました。そして、グレード設定は「タイプA」「タイプB」「タイプC」「タイプD」の4段階で「タイプD」が最高級仕様で、当時の価格で300万円だったので、かなり高額なプライスで販売されたことになります。グレードにおける搭載エンジンは、「タイプA」「タイプB」には、「H30型」エンジンが搭載、「タイプC」「タイプD」には、「Y40型」エンジンが搭載されました。特に「Y40型」エンジン搭載モデルにはフロントホイールアーチ後部とトランクリッド後端に「V8」のエンブレムが取り付けられていました。またフェンダーミラーの調節機能に国産市販車初の電動リモコン式が採用されていました。そして、当時の首相である「佐藤栄作首相」の公用車としても納入されました。さらに1thモデルの販売台数は、ライバル車の「センチュリー」の倍近くを記録しています。

モデルチェンジしているのか?デザイン変更程度の2thモデル

2thモデルは、1973年8月に「プレジデント(250型)」として発売を開始しています。フルモデルチェンジと当時の資料では記載されてはいますが、基本のボディシャシーとキャビンのエクステリアデザイン等はほぼ変更されておらず、実際にはフルモデルチェンジではなくビッグマイナーチェンジに近い変更程度でした。

2thモデル(1973年-1990年)

エクステリアデザインは、変更点はフロントマスクとリアエンドを大幅にデザイン変更し、全長を200mm以上延長させています。派手で角ばったデザインは、さらにアメリカ製のスタイリングデザインとなりました。また全長を延長したデザインのほとんどは1thモデル「150型」で不評だったトランクルーム容量の拡大のために変更されたものでした。結果としてリアオーバーハングの増大へつながりました。このモデルに搭載されたエンジンは、「4,144cc V型8気筒 OHV(Y44型)」と、1thモデルから引き継いだ「2,974cc 直列6気筒 OHV(H30型)」の2タイプでした。そして、グレード設定が「タイプA」「タイプB」「タイプD」となり、「Y44型」を搭載したのは「タイプD」だけでした。

2thモデルのMCによる変更点

2thモデルのマイナーチェンジは、1975年4月に施しています。これは、昭和50年排出ガス規制に適合するためでした。これによって型式は、当初昭和50年排出ガス規制適合も単に「H250型」だったものが制度変更によって「A-H250型」となりました。そして搭載エンジンが電子制御の「EGI」化された「Y44E型」エンジンの1種類のみとなり、グレード設定も「タイプD」1種類のみとなりました。また装備の組合せによってバリエーションを増やし9段階としています。さらに日産車初のデジタル時計(ドラム式)を装備し、エクステリアも「V8」エンブレムが「V8E」に変更、ボディ後部に「NAPS」エンブレム追加により「PRESIDENT」エンブレムが右側から左側に移設されました。この年の12月には、トランクリッドハンドル新設しています。続く1976年7月のマイナーチェンジの昭和51年排出ガス規制に適合させて型式が「C-H251型」となり、昭和53年排出ガス規制に適合させるために1977年8月にマイナーチェンジが施されています。このマイナーチェンジでは、最高級グレード「ソブリン」を追加しました。また排出ガス規制適合によって型式が「E-H252型」となりました。その後、1980年3月にカセット付AM/FMマルチラジオ、子時計追加を追加し、1982年11月のマイナーチェンジでは、ラジエータグリルのデザイン変更、角型4灯ヘッドランプの採用の他に、インテリアではインストゥルメンタルパネルを一新しデザインが変更されました。またガソリンタンクの容量を75Lから95Lへと拡大し、リアサスペンションをパナールロッド付4リンク/コイルスプリングに変更し走行性能の向上が図られています。1985年の1月になると 「ソブリン」を超える最高級グレード「ソブリンVIP」追加発表しています。翌1986年3月では、フェンダーミラーの大型化、後席可動式ヘッドレスト追加し「NISSAN」エンブレムの書体が変更となりました。そして、1989年3月になるとATレバーにシフトロック追加しました。また1990年1月のカタログでは、エンジン出力表示をネット表示に変更しました。

派生モデルとなった3代目

3thモデルにフルモデルチェンジした「プレジデント」は、これまでの専用設計から「インフィニティ・Q45」をベースモデルとした派生モデルとなりました。

3thモデル(1990年-2002年)

3thモデルとなる「JG50型」は、1990年に登場しました。グレード設定に変更があり発売当初は油圧アクティブサスペンションを装着したベースグレードのみが用意されるモノグレードとなりました。そして、このモデルは1989年11月に登場した「インフィニティ・Q45(G50型)」をベースモデルとして、ホイールベースを延長し、ラジエータグリルを持つ専用フロントマスクが与えられ、「インフィニティ・Q45」の上級モデルとして設定されていました。搭載されていたエンジンは、「4,494cc V型8気筒 DOHC(VH45DE型)」エンジンです。このエンジンは、「インフィニティ・Q45」と同エンジンでしたが、エンジン特性が変更され、フィーリングが向上し静粛性に優れていました。海外モデルとして、香港、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアに輸出されており、グレードは「ソブリン」のみの設定でした。

3thモデルのMCによる変更点

3thモデルは、まず1989年10月に東京モーターショーで登場しました。その翌年となる1990年10月に「JG50型」にフルモデルチェンジし販売が開始されています。1992年2月にグレードを追加し、新たに油圧アクティブサスペンションの「V」仕様、マルチリンクサスペンションの「D」仕様が用意されました。さらに、「インフィニティ・Q45」と同じホイールベースを持つ「プレジデント・JS(PG50型)」が登場しました。そして、1993年には、「オーテックジャパン社」によるスペシャルモデル「ロイヤルリムジン」が追加されました。また同年の4月には、左側後部座席用のエアバッグ装着車を設定しています。これは助手席の背面にエアバッグシステムを装着し、後部座席の搭乗者を助けるというものでした。さらに、1994年5月にマイナーチェンジが施され、エクステリアデザインは、フォグライトやメッキモールの採用、フロントグリルやリヤコンビネーションランプのデザインが変更されました。また、インテリアでは新たに木目調パネルが採用されました。さらに2thモデルの「250型」に設定されていた最高級グレード「ソブリン」が復活しました。その後、1998年12月のマイナーチェンジでは、各メッキパーツの手直しが行われ、キセノンヘッドランプが装備されました。ナビゲーションシステムも刷新され、コンパスリンク対応のマルチAVシステムとなっています。また、後席エアバッグが廃止される代わりに「Y33型・シーマ」にも採用されていた後席サイドエアバッグが標準装備としなりました。

最終型となった4thモデル

4thモデルとして登場する「プレジデント」は、2001年1月に登場した「シーマ(F50型)」をベースモデルとした派生モデルとして登場し、その後「シーマ」のモデルチェンジによって「プレジデント」は最高級モデルとしての地位を「シーマ」に譲り、歴史に幕を下ろすことになります。

4thモデル(2003年-2010年)

4thモデルは、「シーマ(F50型)」とコンポーネンツを同一とする上級モデルとして2003年に登場しました。搭載エンジンも「シーマ」と同様の「4,494cc V型8気筒 DOHC(VK45DE型/280PS仕様)」を搭載しています。エクステリアデザインの違いとしてはフロントグリル、フードマスコット、リアのナンバープレート位置などです。また、遮音材が厚くなっており、静音性が向上している点も「シーマ」と異なっている点です。グレード設定は「ソブリン5人乗り」と「ソブリン4人乗り」の2タイプのみの設定となっています。そして、セダンとしては初めて助手席格納シートが装備されています。また、後席VIPパックとしてバイブレーター付きリラックスシート、後席テーブル、後席乗降グリップがセットで装備されていました。これらの装備や仕様によって4人乗りは5人乗りより価格設定が約100万円高くなっていました。さらに装備として後席モニター(アームレストにはビデオ入力装備)、後席DVDプレーヤー、BOSEサウンドシステム(8スピーカー)、後席コントロールスイッチなどが標準装備となっていました。そして、先代モデルからの引き継いだものとして「ソブリン」エンブレムが唯一流用されたパーツで、フェンダーにグレードエンブレムとして装備されています。

4thモデルのMCによる変更点

4thモデルは2003年10月に「PGF50型」となって登場しました。2008年2月にマイナーチェンジを施し、標準装備のナビゲーションがカーウイングス対応になりました。また、スクラッチシールド塗装を採用しています。また2009年1月にフードオーナメントが埋め込みタイプに変更されています。その後2010年8月に共通のシャシーを用いている高級セダンの「シーマ」とともに製造終了しています。2012年に5th「シーマ(HGY51型)」の登場が「プレジデント」を引き継ぐモデルとなりフラッグシップモデルになりました。

燃費は?

大排気量の「プレジデント」ですが燃費は厳しいのか調べていました。1thモデルは、燃費は4,000ccのV型8気筒エンジンを搭載しており、旧車ということもあって4km/Lから6kmL程度のようです。しかし、2thモデルは、6km/Lから7km/Lと旧車で4,400ccのエンジンを搭載していると考えると優秀な燃費です。さらに3thモデルの「JHG50型」で燃費は、10・15モードで5.5kmLから7.0km/Lとなっており、4thモデルの「PGF50型」の燃費は、10・15モードで7.8km/Lとなっていました。4,500ccのエンジンを搭載していると思えば、燃費は良い方なのかもしれません。

高級車だった当時の価格は?そして現在の中古車相場は?

2thモデルの新車価格378万円から506万円でしたが中古車は、1981年式で50万円くらいからが平均相場で探せますが、後期型の1989年式モデルあたりになると200万円前後が平均相場になっているようです。3thモデルは、715万円から916万円と1,000万円弱だったのに対し、中古車になると現在1991年式からは、50万円くらいからありますが、ソブリンモデルになると平均100万円くらいで、最終型の2000年式で150万円前後が平均相場で取引されているようです。4thモデルは、新車価格は840万円から945万円でしたが、現在は中古車相場で50万円から探すことができ、2009年式でも250万円ほどで手に入れることができるほどの価格で取引されているようです。1thモデルは、新車価格で300万円だったのが、現在は希少モデルとなっており中古車相場で取引されることは皆無のようです。

まとめ

「日産 プレジデント」は、専用設計の最高級モデルとして登場し、国内最大サイズのボディとエンジンを与えられていました。エクステリアデザインも迫力のあるアメリカンスタイルでハイヤー仕様として活躍しました。しかし、3thモデル、4thモデルとなると需要やデザイン性から当時人気のあった「シーマ」の派生モデルとなりました。しかし、今でも「プレジデント」名を聞けば高級車としてのイメージを抱かせる日産の名車として多くの人の記憶に残されています。