【マセラティ ボーラ】ミドシップ・2シーター・スーパーカーへの挑戦

マセラティと言えば、フェラーリに並ぶイタリアのスペシャリティカーメーカーです。50年代にはモータースポーツにも参戦していて、当時の戦績からはフェラーリの上を行くメーカーだったことがわかります。1960年代後半、スペシャリティカーのミドシップ化が始まります。堰を切ったのはランボルギーニでした。FRでは太刀打ちできず、マセラティもミドシップ2シーターの世界へ参入することに。その第一弾がボーラです。

マセラティ ボーラというクルマ

出典:http://www.super-car.net/maserati-bora/

マセラティボーラは1971年にデビューしたミドシップ2シーターのいわゆる“スーパーカー”と呼ばれる部類のクルマです。スタイリングデザインは、当時イタルデザインを立ち上げたばかりのジョルジェット・ジウジアーロです。

デザイン:イタルデザイン・ジウジアーロ
乗車定員:2名
ボディタイプ:2ドア・クーペ
エンジン:4,719cc V型8気筒(310ps)
変速機:5速M/T
駆動方式:MR
サスペンション:ダブルウィッシュボーン+コイルスプリング+アンチロールバー
全長:4,335mm
全幅:1,738mm
全高:1,138mm
ホイールベース:2,600mm
車両重量:1,520kg

マセラティについて

創業は1914年。アルフィエーリ・マセラティ(Alfieri Maserati)が創業した会社です。5年後には弟のエットレとエルネストの二人も参加します。
途中、関連会社Fabbrica Candele Accumulatori Maserati S.p.A."を設立し、スパークプラグやアキュムレーターなどの自動車部品を生産しましたが、大手メーカーの大量生産に押され倒産してしまいます。
1965年にはシトロエン傘下に入り、1974年にはシトロエンを買収したプジョーと業務提携を結びますが、翌年にはプジョーとの契約を撤回してデ・トマソ傘下になっています。
1993年にはフィアット傘下となり、その後フィアット傘下のフェラーリ傘下となりました。
現在は、モデナを本拠とする会社組織“Maserati S.p.A.”が設立されています。フィアットのスポーツカー部門において、同じくフィアット傘下にある自動車メーカー・アルファロメオと統括され、高級車を製造しています。

マセラティの紋章

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%A3

マセラティのロゴマークは、創業の地であるボローニャのシンボル“ネプチューンの噴水”に因んでいます。ネプチューンの持つ三叉の銛、“トライデント”がモチーフとなっています。同時にマセラティ三兄弟の結束を表しているそうです。

レース活動

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50年代にはF-1にも参戦していました。残念ながらコンストラクターとしてのタイトルはありませんが、ドライバータイトルは2度獲得しています。全70回の出走のうち、優勝9回、表彰台37回、ポールポジション10回、ファステストラップ13回は、立派な数字でしょう。

photo by hertylion

当時の写真はありませんが、これは日本で行われている“ミッレ・ミリア”での写真です。堺正章さんがオーナードライバーとして参加されているのは有名ですね。
この車はマセラティ200Sです。詳細はわかりませんが、おそらく1956年製ではないかと思います。

マセラティ ボーラの誕生

1960年代~70年代は、世界的にもずば抜けた性能を持つイタリアン・エキゾチックカーが大流行した時代です。ランボルギーニミウラやフェラーリ365GTB/4“デイトナ”、ミウラの後継車となるカウンタック、デイトナの後継車となる365BB(ベルリネッタボクサー)などなど。マセラティにも“ギブリ”というスペシャリティカーがありました。ですが、ランボルギーニミウラに端を発した“ミドシップ2シーター”に当てはまるスーパーカーがありませんでした。

ティーポ117プロジェクト

こうした状況の中、1968年当時のマセラティの親会社であるシトロエンからの助言を受けて、“ミドシップ・2シーター・スーパーカー”という時代の要求に合わせた新しいクルマの開発に乗り出したのです。プロトタイプ名“Tipo177”、後のマセラティボーラです。

1971年に登場した“ボーラ”

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ボーラの市販バージョンは、1971年のジュネーヴ・モーターショーで発表されました。マセラティ初のミドシップ2シーターカーです。デザインはマセラティ・ギブリと同じくジョルジェット・ジウジアーロが担当しています。デザインの基本コンセプトはギブリと同じくウェッジシェイプでありながら、エンジンがミドマウントされたためにノーズは切り詰められて、リアは若干高く長く延ばされています。シルバーに輝くステンレス製ルーフパネルと高く迫り上がったリアエンド、リアクウォーターまで伸びる広く大きなリアグラスエリアが特徴的です。

流用品も多く

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%A9

モノコックシャシでありながらエンジンマウントには鋼管フレームを採用しています。ギブリから流用されたV型8気筒DOHCの4.7Lエンジンは、最高出力310ps/6,000rpm・最大トルク46.9kgm/4,200rpmを発生し最高速度は280km/hを誇ります。マセラティの市販車としては初の四輪独立懸架方式(ダブルウィッシュボーン)サスペンションが採用され、シトロエンから油圧ブレーキシステムの提供を受けて4輪ディスクブレーキをおごられています。

ライバルたちには水をあけられ...

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%A9

当時の市販車でミッドシップレイアウトの製造、販売に成功していたのはイタリアのメーカーのみでした。さらにミッドシップスーパーカーは軒並みパワー志向に走っていて、ライバルのフェラーリやランボルギーニは主力車種にV型12気筒エンジンを採用していました。そんな中でマセラティのラグジュアリー・V型8気筒ミドシップ・2シーターというGTコンセプトは希有な存在とも言えます。排気量こそ5リッタークラスだったものの、そのパフォーマンスはライバルたちには遠く及びませんでした。
性能的には劣るボーラが市場に受け入れられた理由は、スーパーカーでありながら実用性と完成度を持っていたということです。フェラーリやランボルギーニは世界一を競い合い、速さ(実際には出せるかどうか疑問視されるカタログ上の数値)ばかりを追い求めたシンボリックな存在で、実用性などはすこしも 持ち合わせていなかったのです。
そこへいくと、文字にしてしまえば“エンジンをミドシップ・マウントした2人乗りのクーペ”。それはフェラーリやランボルギーニの多くのモデルに共通する“スーパーカー・スペック”ですが、全体のつくりは基本から違っていました。スーパーカーのシャシーと言えば、軽量化のために鋼管や鋼板の組み立てで構成されるものがほとんどだったのですが、マセラティはいわゆるフロアパン・モノコックを採用しています。エンジンもハイパワーだけがウリのV型12気筒ではなく、マセラティが長く使用してきたV型8気DOHC4.7Lです。その頃世界最速の4ドア・サルーンといわれたマセラティ・クワトロポルテや2ドアクーペのスペシャルティカーギブリに搭載していた性能と実用性を兼ね備えたものです。それを310psにチューニングしてミドシップ・マウントしたのです。マセラティ・ボーラを“大人のスーパーカー”だとか“ラグジュアリーなスーパーカー”と形容することが多いのですが、ある意味“当を得ていた”といえるでしょう。最高速度こそ世界一ではないですが、充分スーパーな性能を持ちそれでいて実際に使えるクルマです。

気むずかしさを持ち合わせていない

エンジンとギアボックスを直結して、そのままキャビンの背後に搭載しています。フェラーリやランボルギーニが巨大なV型12気筒エンジンを採用したために、ギアボックスなどのスペースの確保に苦労していたのと対照的な仕上がりです。ランボルギーニミウラもフェラーリ365BBもエンジンの下にギアボックスを配置する2階建て構造になっていて、とても複雑な構造でした。ボーラのコンベンショナルなレイアウトはそのまま良好なメンテナンス性をもたらし、トラブルも少ないというメリットにつながっていたのです。

ラグジュアリーも大切

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%A9

ボディ内外のデザインは、実用車・量産車のパッケージングに手腕を発揮していたジウジアーロが担当しています。スーパーカーらしさは備えつつも、しっかりと実用として使えるだけの配慮がされている印象です。例をあげれば、ドアのサイズなどは実際に使ってみるとなるほど納得できる部分です。インテリアもとても上質な仕上がりです。当時のスーパーカーの類は、とてつもない高額にも関わらず室内のインナー・パネルを留めるビスが露出しているのが当たり前でした。考え方の違いといえばそれまでなのかもしれませんが、マセラティ・ボーラは“スポーツカーだから”という割り切りではなく、ラグジュアリーなスーパーカーという形容が似合うインテリアに仕上がっています。

対米輸出

1973年、アメリカで排気ガス規制が厳しくなりました。これに合わせてライバルたちがアメリカ市場から撤退する中、マセラティは新基準に対応したエンジンを搭載してボーラを存続させたのです。新たに採用されたエンジンは同じくV型8気筒の4.9Lエンジンで、排ガス基準を満たすために燃料コントロールされ最高出力300ps/6,000rpm・最大トルク46.9kgm/3,500rpmにパワーダウンしています。1975年にマイナーチェンジを受け、4.9Lエンジンは改良されて最高出力320ps/5,500rpm・最大トルク49.9kgm/4,000rpmにパワーアップされデザインにも小変更がなされました。

終焉

1975年にシトロエンの傘下を離れてデ・トマソ傘下に入ると、車種統合が図られました。スーパーカーの需要が縮小していたこともあり、1978年に生産終了しました。総生産台数は530台とのことです。

兄弟車メラク

出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Maserati_Merak

ボーラにはひとつ年下の弟がいます。基本的にボーラを踏襲しながら、ひとまわり小さなエンジンを搭載することで、キャビンを拡大して2+2を実現しています。こちらもジョルジェット・ジウジアーロによるデザインですが、フロント周りはバンパーが違う程度でそっくり、まさに“兄弟車”と呼べる存在です。

シトロエンからの流用

メラクに搭載されるのは、シトロエンSMに供給されていたV型6気筒DOHCの3.0Lエンジンで、190ps/6,000rpm・26kgm/4,000rpmを発揮します。前後ブレーキとリトラクタブルヘッドライトを作動させるために、シトロエンご自慢の“ハイドロニューマチック”システムを採用していました。

マセラティ ボーラに逢いたい!

出典:http://www.super-car.net/maserati-bora/

スーパーカー世代ですから、幼い頃に現車を見たことがあります。きっと押入をひっくり返せば色あせた写真が出てくると思います。とは言え乗ったことはありませんし、記憶の片隅にあるだけでしっかりと思い出せるわけでもありません。なんとかしてボーラの実車にお目にかかりたいものです。

中古車を探してみる

まずは中古車を探してみましょう。とは言ったものの2大勢力を誇る中古車サイトには1台もありませんでした。困りましたね。昨年の夏頃に“AUTO SALON SINGEN”というオークションで売られたようですね。そのときの価格が219,000ユーロ(当時の為替で2,840万円)だったそうです。他に探す手が無くなってしまいました。

オーナーはいないのでしょうか?

昨年のはじめまで茨城のドリームオートさんに展示されていて、すでに売却されているそうです。ということは、日本にあることはあるってことですね。ただ、オーナーにたどり着くのは難しそうです。実車に逢うことは難しいのでしょうか。

小さなボーラを探してみます

実車に逢うことがかなわないなら、小さなボーラを探してみます。

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うーん、もう少し大きなスケールがいいのですが...1/43ですか。以前は1/24スケールのプラモデルもあったようですが、在庫切れになっていますね。

イッコー 1/24 マセラッティ ボーラ モーターライズ

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最後にまとめ

今回は少々不完全燃焼です。確かにどこのスーパーカーショーへ行ってもメラクはいた気がしますが、ボーラはどこにでもいるという訳ではありませんでした。でも、確かに見た記憶がありますし、ということは日本にいたはずなんです。とりあえず1/43を入手したいと思います。