【三菱 ミニカ】刺激に満ちた50年の「名車」歴史は半端じゃない!

20バルブ DOHC ICターボを国内四輪初搭載するなど、軽自動車のカテゴリーに刺激を与える技術が満載の50年以上の歴史を持つ「ミニカ」に迫ってみたいと思います。

「ミニカ(MINICA)」

「ミニカ(MINICA)」は、三菱自動車工業が販売していたハッチバック(初代のみノッチバックセダン)型軽自動車です。1962年に三菱自動車初の軽乗用車として登場し、最終型は2011年6月まで販売されました。最終8thモデルは、乗用モデル軽乗用車の商標として最も長命で8代45年を誇るモデルでした。そして2013年の派生モデルの「トッポ」の生産終了により、51年の「ミニカ」の系譜は完全に消滅することになりました。

1thは、「ベースはトラックだった」

1962年に登場した1thモデルは、1961年に登場した軽ボンネットバン、「三菱・360」をベースに、ドライブトレーンを用い、ボディリア構造とグリルのデザインを変えた4人乗り軽乗用モデルとして誕生しました。

1thモデル「LA20/21/23型」(1962年-1969年)

エクステリアデザインは、センターピラーから後ろがノッチバックスタイル、リアウィンドウを垂直に立てることで、乗用車としてのヘッドルームスペースを得ることができ居住性が図られています。駆動方式はFR方式が採用され、リアエンジンが一般的だった当時の軽自動車の中では、最も広いトランクを備えることができていました。搭載エンジンは「ME21型」の2ストローク空冷直列2気筒の359ccエンジンで最高出力は17PSを発生していました。そして1964年11月にマイナーチェンジが行われ、エンジンが「ME24型」に変更されています。この変更に伴い、リードバルブ管制方式、3L独立オイルタンクを備えた分離給油方式(オートミックス)を採用し最高出力を18PSに向上させています。また1966年12月には「スタンダード」モデルを追加しました。翌1967年5月のマイナーチェンジでは、エンジンが「ME24D型」となり21PSへと向上しています。そして1968年10月には、「2G10型」の2サイクル水冷直列2気筒で359ccエンジンを搭載した「スーパーデラックス」が追加しました。最高出力は23PSになっていました。

斬新な2thモデル

2thモデルは、1969年7月に登場しました。1thモデルでは、「堅実的だがどことなく田舎臭い」というイメージがありましたが、若者受けするデザインに変更されました。

2thモデル「A100/101/101V、H-A104/105V、J-A106V型」(1969年-1981年)

2thモデルは、1970年代をリードする軽自動車という意味を込め、「ミニカ'70」という名称で発売されました。駆動方式はFRでしたが、サスペンションはフロントがストラット、リヤは5リンクリジッドに変更されました。またエクステリアデザインは、「ウィング・フローライン」と名づけられ、クラス初の3ドア、更にリヤシートが前倒れするなど、バン的な要素も兼ね備えたデザインでした。搭載エンジンは従来型を踏襲し、2サイクル2気筒の空冷「ME24E型」と水冷「2G10-1型」でした。また1969年12月には、ツインキャブの水冷エンジンを搭載した「GSS」と「SS」、空冷シリーズの最上級版「ハイデラックス」、「ミニカバン(A100V)」を追加しました。この3タイプのエンジンは、エアクリーナーケースに色が塗られペットネームが付けられていました。 イエローエンジンは、ME24E型で26PS、レッドエンジンは、2G10-1型シングルキャブで28PS、ゴールドエンジンは、2G10-2型ツインキャブ38PSとなっていました。

2thモデルMCによる変更点

1970年10月に「ミニカ70」シリーズはマイナーチェンジを行い、イエローエンジンが30PS、レッドエンジンは34PSに向上しました。またシリーズ最上級版の「GL」モデルが登場し、車名が「ミニカ70」となりました。1971年2月には、車名が「ミニカ71」に変更、「ファミリーデラックス」が追加されました。そして1971年5月には、派生モデルでクーペタイプの「ミニカスキッパー」を発表しています。これによって「GSS」は廃止されました。さらに1971年9月のマイナーチェンジで車名を「ミニカ72」へと変更しグリルやテールランプ、インパネなどを変更しています。1972年10月のMCでは全車水冷のレッドエンジンになり車名も「ミニカ73」となりました。バンシリーズも全車水冷化され、「A101V」へと形式変更が行われています。その後、「ミニカ5バン」「ミニカ55バン」に名称変更し、1981年の「エコノ」登場まで発売されています。

バルカンエンジン搭載の3thモデル

1972年10月フルモデルチェンジで車名を「ミニカF4 (A103)」へと変更して3thモデルは登場しています。このモデルでは新開発の通称バルカンエンジンを搭載しました。

3thモデル「A103A/C-A104A型」(1972年-1977年)

エクステリアデザインは、黄金虫シェルと呼ばれるスタイルは全体的に丸みを帯びたデザインで、リヤのテールゲートはガラスハッチタイプに変更されました。エンジンは新開発の「2G21型」です。4サイクル直列2気筒SOHCの359ccエンジンで「通称バルカンエンジン」と呼ばれています。シングルキャブ32PSとツインキャブ36PSの2タイプが用意されていました。そして1974年12月に「2G21型」エンジンにバランサーシャフトを搭載し「バルカンS」エンジンとなったものの、排ガス対策の為に30PSに抑えられていました。また1976年4月にマイナーチェンジが施され、「ミニカ5(A104A)」に車名変更されました。バンパーを大型化しエンジンは「2G22型」の直列2気筒SOHC471ccエンジンに換装されています。また商用モデルは「ミニカ5バン(A104V)」として発売されました。

軽自動車初「ターボ」搭載の4thモデル

1977年6月のフルモデルチェンジで車名を「ミニカ・アミ55(A105A)」へと変更して4thモデルが登場しています。このモデルでは、軽自動車初の「ターボ」搭載モデルが登場しました。

4thモデル「A105A、106A、A107A/V型」(1977年-1984年)

エクステリアデザインは、先代モデルを継承し全長と全幅を拡大したデザインとなっています。搭載ユニットは「2G23型」を搭載し最高出力は31PSです。また「ミニカ5バン」も550ccとなり、「ミニカ55バン(A105V)」へと車名変更されています。1978年9月には、「G23B型(バルカンII)」へ換装されました。また1980年8月には、「アミ55」に脱着式ガラスサンルーフ仕様が追加されています。1981年2月には、「アミ55」に超低価格の51万8000円で発売の「ユーティリカ」が追加されました。そして1981年9月にマイナーチェンジが行われ、車名が「ミニカ・アミL(A107A)」に変更されました。また「ミニカ・エコノ(A107V)」が登場しています。1981年12月「エコノ2シーター」を追加しています。また1982年5月には「エコノ」に女性向けの内外装を持った「マリエ」と「Sスペシャル」が追加されました。

「ミニカ・ターボ」

1983年3月には軽自動車初となる「ターボエンジン」搭載モデルを追加しました。「バルカンSターボ」と呼ばれターボチャージャーを搭載した546cc SOHC 2気筒(G23B型)エンジンの性能は39PS/5.5kgmを発生していました。キャブレター式ターボであったため、エンジン特性は急激にパワーが発生する特性でした。またキャブレターも加圧式キャブレターが装着されていました。しかし、ブレーキシステムは、4輪ドラムブレーキ(前に2リーディングドラム、後にリーディング/トレーリングドラム)を採用し、4速MTというパワートレインだったために、シャシーよりもエンジンパワーが勝った性能でした。

5thモデルよりFF駆動となる

1984年2月のフルモデルチェンジによって5thモデルとなり、このモデルからFF駆動方式が採用されています。

5thモデル「H11A/V、H12V、H14A/V、H15A/V型」(1984年-1989年)

5thモデルは、12年ぶりのボディの変更、シャシーは「A101型」から変わらなかったため25年ぶりの変更と大きな変更が行われたモデルです。このモデルからFF方式に変更となっています。また初の5ドアとなったセダンは再び「ミニカ」に戻り、バンは「ミニカエコノ」の名称を継承しています。搭載エンジンは「G23B型」でしたが、タイミングベルト駆動方式に変更され、名称も「バルカンII」となっています。ターボモデルには軽自動車初のインタークーラーが装着され、フロントディスクブレーキが標準で装備されました。そして1985年8月にセダンの3ドアモデルが復活しました。「エコノ」にはパートタイム4WDモデルが追加されています。また3ドアターボに特別仕様「ジャッカル」が限定700台で発売されました。その後、1986年2月に「ジャッカル」は再び700台限定で発売されています。そして1986年4月にはセダン・オープントップターボ特別仕様の「スカイジャック」を限定500台で発売しています。脱着可能な「カプセルルーフ」を装備していました。また1987年1月に大幅なマイナーチェンジが行われ、エンジンが3気筒「3G81型/サイクロン」エンジンに変更され静粛性や動力性能が向上が図られています。さらに1987年8月には、「エコノターボ」に特別仕様車「JACKAL」(ジャッカル)を1,000台限定で発売しています。1988年1月になると「エコノターボ」に、フルエアロ付きモデル「ZEO(ゼオ)」が発売されました。「ZEO」は「スズキ・アルトワークス」、「ダイハツ・ミラターボTR-XX」の対抗馬として発売されました。

「DOHC 5バルブ ヘッド」の6thモデル

1989年1月のモデルチェンジで6thモデルになりました。国内四輪市販車初の「5バルブ 直列3気筒 DOHC ターボ エンジン」を搭載しています。

6thモデル「H21A/V、H22A/V、H26A/V、H27A/V型」(1989年-1993年)

このモデルから車名は「ミニカ」に統一されました。このモデルには、国内四輪車初、市販車初となる5バルブ 直列3気筒 DOHC ターボエンジンを搭載し、64PSを発揮した「DANGAN(ダンガン)」やトールボーイスタイルの派生モデルである「トッポ」が登場しました。特に「ダンガン」は日本の軽自動車の歴史的な位置付けとなっており、PS2ゲームソフト 「グランツーリスモ4」にも収録されています。1991年5月に「ダンガン ZZ」にATモデルを追加しています。1992年1月にマイナーチェンジが施され、さらに30周年記念モデルの「ミラノ」と「ピアチェ」を発売しています。また「ダンガン ZZ」をベースに「4ABS」、リアELR3点式シートベルトなどを追加した「ダンガン ZZ-LIMITED」が追加発売されました。

世界最小ターボエンジン搭載した7thモデル

1993年9月にモデルチェンジして7thモデルとなり、ファジイ制御式4ATや軽自動車初で世界最小となる「4気筒 DOHC 20バルブ ターボ」エンジンを搭載していました。

7thモデル「H31A、H32A/V、H36A、H37A/V型」(1993年-1998年)

エクステリアデザインは、丸みを帯びたスタイリングで、ヘッドランプも異形丸型となりました。搭載エンジンは「3G83型」、新開発の「4A30型」が設定されていました。またファジイ制御式4ATや軽自動車初で世界最小の4気筒 DOHC 20バルブツインスクロールターボエンジンを搭載していたモデルもありました。また全車にフロントディスクブレーキが標準装備化されました。UVカットガラスや、鮮やかなボディカラーを用意した「グッピー」、レトロ風ドレスアップの「アンティ」、トッポをベースにRV風ドレスアップの「カラボス」などバリエーションが多いモデルでもありました。

最終モデルの8代目

1998年10月に登場した8thモデルは、「ミニカ」の最終モデルとなりました。

8thモデル「H42A/47A、H42V/47V型」(1998年-2011年)

このモデルは2001年まで「3G83型」2002年モデル以降は「ekワゴン」搭載の「3G83型」に換装されています。1999年1月には、レトロ調のエクステリアデザインは「タウンビー」が追加されました。また1999年12月に「ミニカ」をベースに「1.1GDI-ASG型(アイドリング・ストップアンド・ゴー)」エンジンを搭載した「ピスタチオ」が50台限定で発売されました。その後、2000年11月マイナーチェンジg施され、フロントマスクが「ピスタチオ」に似たデザインに変更されています。2006年4月のマイナーチェンジではバンのフロントマスクがセダンのものに統一、セダン・バンに関わらず全車ヘッドランプがマルチリフレクター化され、液晶式トリップメーターも全車に標準装備されました。2007年6月になると販売台数減少、および軽セダン市場不振などの理由で「H42A/H47A型」が生産終了および販売終了となりました。これにより「ミニカ」の乗用シリーズは45年の歴史に幕を下ろしました。これは軽乗用車の商標としては最も長いものでした。その後、2011年5月に販売台数減少、軽ボンネットバンの需要低迷などの理由で「H42V/H47V型」が生産終了となりました。これで名実共に「ミニカ」の商標は49年の歴史に幕を下ろすことになり、「ミニカ」の系譜を引き継いでいた「トッポ」も9月に販売を終了したために51年も続いた「ミニカ」の系譜も完全に消滅してしまいました。

まとめ

「ミニカ」は、50年以上もある歴史あるモデルで世界初採用、軽自動車初採用の技術も投入された日本の自動車史に残る「名車」モデルといえるでしょう。