【いすゞ アスカ】真のグローバルカーを目指したクルマ

いすゞ自動車。現在日本ではトラックやバスで有名ですが、その昔乗用車を作っていたことをご存じの方は多いはず。その一台に「アスカ」があります。ピアッツァやジェミニと共に当時のいすゞの屋台骨を支えていたこのアスカ、一体どんなクルマだったのでしょうか?

いすゞ自動車とは

アスカを生み出したいすゞ自動車は、東京石川島造船所自動車部門として1916年(大正5年)に設立され、日本で最も古い歴史を持つ自動車メーカーです。

出典:https://www.i-hakobu.jp/special/vol06/trivia3.html

初代社章。せきたい流で書かれた「いすゞ」の文字を、12の渦が囲っています。この12という数字に特に深い意味はないそうで、12支など広く基本的な数字であるからということで用いられたと言われています。

出典:http://www.motoqu.com/isuzu-logo

二代目社章。1974年(昭和49年)、米国GM社との提携によりグローバル化を目指すべく新たな決意をデザイン化したものです。ちなみに、2つの柱には「お客様とともに伸びゆくいすゞ」「社会との調和のもとに伸びゆくいすゞ」の願いが込められています。アスカは、この社章の時代に産声を上げました。

出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Isuzu.svg

三代目(現在)社章。「世界中のお客様に、心から満足していただける商品とサービスを創造し、社会に貢献するとともに、人間性豊かな企業として発展する」をキーワードに、シンプルでモダンな社章となりました。1991年(平成3年)から採用されています。

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%81%99%E3%82%9E%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B9

元々は大型車両の製造からスタートしたいすゞですが、第二次世界大戦後は英国製乗用車ヒルマンのノックダウン生産を始め、本格的に乗用車部門への参入を果たします。

商工省標準形式自動車を伊勢神宮の五十鈴川に因んで「いすゞ」と命名したことが、社名の由来になっています。

グローバルカー アスカ誕生

アスカ誕生前夜

アスカの前身ともいえるクルマが、フローリアンです。当時生産されていた小型車、ベレットの上級車種として企画されました。

出典:http://home.kingsoft.jp/news/transport/lrnc/16934212.html

フローリアンは15年という長きにわたり、いすゞを支えてきました。しかし15年の間に自動車に求められる物は進化し、フローリアンは次第に商品力を失っていきます。こうした中企画されたのが「Jカー構想」です。

粋なアスカ、登場

フローリアンの後継車を迫られていたいすゞが、親会社であるGMの「グローバルカー(世界戦略車)構想」に基づき企画されたのが「Jカー構想」です。これは初代ジェミニの開発構想(Tカー構想)からもう一歩踏み込んで、GMグループ内で各国の事情に合わせたクルマを開発し、販売する構想でした。そのため、足回りの共用化と外装の一部部品共用化以外は、ほぼ各メーカー独自で開発されていました。

出典:http://www.nihey.jp/isuzu/aska.html

この構想によりいすゞで生まれたのが、アスカです。登場当初は、フローリアンの後継車であることを示すべく「フローリアン アスカ」と呼ばれていました。ちなみにアスカの名前の由来は、海外の文化を積極的に吸収し、日本の文化発展の礎を築いた「飛鳥時代」から名付けられ、基本設計をGMに依存しながらもいすゞ独自の世界観を築きあげようとしたいすゞの誇りをもって名付けられたものです。

出典:http://racem.org/chevrolet-aska.html

アスカのスタイリングは至ってシンプルで、万人受けしたとは言い難かったフローリアンの反省も踏まえてのものだったのでしょう。端正で正統派な4ドアセダンといったところです。
インテリアもエクステリア同様、シンプルな直線基調でまとめられてあります。この点においても、特徴的だったフローリアンとは正反対です。
ボディサイズは、全長全長4,440mm、全幅1,670mm、全高1,375mm、ホイールベースは2,580mmと当時のこのクラスでは標準的なものでした。

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当時のTVCM。千昌夫氏が出演しています。

こうして1983年(昭和58年)4月にデビューした、アスカ。当初は1.8リッターと2リッターのガソリン車、そしていすゞのお家芸ともいえる2リッターディーゼル車の3種類のエンジンラインナップでスタートします。
そしてその4ヶ月後には、早くもディーゼルターボ車がラインナップに追加。89馬力を誇りました。また、同年11月には伝統の英国RACラリーにも初出場し、クラス優勝の記録を打ち立てます。
アスカの進化は、まだ続きます。翌1984年(昭和59年)1月にはディーゼル車にも待望のAT車が追加。イージードライブを可能にしました。そして同年10月にはディーゼルターボ車にもAT車が追加されます。
1985年、アスカはマイナーチェンジを敢行。フェイスリフトが行われます。
こうしてフローリアンの時とは違い、着実に商品改良を行っていったアスカですが、いすゞのクルマとしてはあまりにも凡庸過ぎた設計だったのが災いし、わずか6年で生産終了という当時のいすゞの乗用車の販売スパンとしては短い部類に入るモデルとなってしまいました。同時に、最後のいすゞ自社設計のアスカでした。

新技術「NAVi5」

短いモデルライフのアスカでしたが、新しい試みも色々となされました。そのひとつとして挙げられるのが「NAVi5」の存在です。NAVi5とは「New Advanced Vehicle with intelligence 5-Speed」の略で、いすゞが世界に先駆けて開発した本格的量産型の電子制御式自動5段変速機のことを言います。
「従来のマニュアル式トランスミッションや乾式単板クラッチを用い、ベテランドライバーの運転操作や感覚を人間工学的に解析、人間が手足で行う運転操作の大部分を電気や機械系に置き換え、場合によっては人間以上の操作を行うシステム」と謳われました。

出典:http://culgon.doorblog.jp/archives/54038302.html

NAVi5には5つの特徴があります。

1.自動、手動変速が両方可能
自動変速モードではコンピュータ(ECU)によるクラッチの断続、最適ギア段の選択とシフト及び変速時スロットル操作などの一連動作がすべて自動で行われます。このため、ドライバーはアクセルペダルを踏み込むだけで運転が可能になりました。また、ドライバーがシフトレバーを操作することにより、ダブルクラッチなどマニュアル車と同様のシフト操作が楽しめるようにもなっています。

2.燃費がよく、ばらつきが少ない
常にECUによって最適な制御が行われるため、ドライバーの技能の差による燃費のばらつきが少なく、かつベテランドライバーの運転に近い燃費性能を実現しています。

3.初心者でもマニュアル車の運転が容易
NAVi5はマニュアル車と同じシフトパターンで、シフト操作も軽いため、初心者でも簡単、確実にシフト操作が出来るという特徴があります。また、誤操作によるシフトミス時もECUがシステムを保護、安全な走行が継続できるようになっています。

4.クリープが少なく、安全性が高い
通常のトルクコンバーター式オートマチックトランスミッション車とは異なり、クラッチが完全に遮断されるため、クリープ現象がなく、不注意による事故を防止できます。

5.押し掛けが可能
通常のオートマチックトランスミッションでは出来ない緊急時の押し掛けによる始動が可能なため、走行不能になることが少なくなります。

ちなみに「NAVi5」の「5」には、上記5つの特徴があるという意味も込められています。

この他にもNAVi5には、以下の様な新機能が搭載されました。
・スロットルの開閉機能
発進、走行時のアクセル使用時などのエンジン負荷に対する自動補正機能です。
・HAS(坂道発進補助装置)機能
坂道での停止時などにブレーキ力を保持し、発進時トルクの伝達点を検出してブレーキを自動解除する機能です。
・オートクルーズ機能
設定速度に対し自動変速機能を使用して、坂道などでも精度よく速度維持ができる機能です。

このNAVi5により、燃費などマニュアルトランスミッションの美点を活かしながらもオートマチックトランスミッションのようなイージードライブの両立が実現でき、またエンジン、クラッチ、トランスミッション、ブレーキなどをきめ細やかに制御できるようになりました。これは、アクセル開度を物理的なワイヤーでなく電気信号で制御する「ドライブ・バイ・ワイヤ」の採用が大きく寄与しました。
この後NAVi5は2代目ジェミニや4代目エルフ、キュービックにも搭載され、採用車種を拡大していきました。

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当時のNAVi5のCM。いすゞは自らNAVi5を「ドライビング・ロボット」と謳っていました。

こうして登場したNAVi5でしたが、当時の電子制御の技術では動力伝達ロスの改善や燃費の向上といったきめ細やかな制御ができるところまでには至っていませんでした。また、自動変速モードでは多様な運転パターンに対応出来ない場面もあり手動変速モードではレバーでドライバーが変速してから実際に変速するまでにタイムラグがありました。
そしてクリープ現象がないといった部分もドライバーに慣れを必要としたこともあり、NAVi5は販売面では成功したとは言い難いものでした。エンジニアの理想は高かったのですが、エレクトロニクスの進化がそれに追いついていなかった結果とも言えます。

出典:http://onopi.at.webry.info/200806/article_32.html

しかしいすゞは乗用車製造撤退後もトラック用トランスミッションとして、このNAVi5を「NAVi6」に進化させ、大型トラックの810やフォワード、キュービックに搭載。現在では「スムーサーE/F/G」となり、エルフなど小型トラックにも搭載される技術となりました。

NAVi5は現在のシングルクラッチやデュアルクラッチといったロボタイズ・トランスミッションの先駆け的存在とも言えます。この技術がなければ、現代のフェラーリやフォルクスワーゲンもロボタイズ・トランスミッションを採用していなかったかもしれません。それだけいすゞの技術者たちは、時代の先を見ていたとも言えます。

その名も「Kagemscher」

アスカには様々なバリエーションがありましたが、その中でもとりわけスポーティなモデルが1985年(昭和60年)10月に発売された「イルムシャー」仕様です。それまでにもISCC(「いすゞスポーツカークラブ」の略)の関西地区メンバー有志により設立された「オリエントスピード」がガソリンターボLSをベースにチューニングした「TC2000」など、いすゞディーラーで買えるアスカのスポーツモデルは存在しましたが、メーカーチューンのアスカはこれが初めてでした。

出典:http://www.banovsky.com/archive/isuzu-aska-irmscher

イルムシャーはSOHCターボ車をベースに、エクステリアや足周りのチューンを西ドイツ(当時)のGM系名門チューナーで、特にオペルとの関係が深いイルムシャー社に依頼。専用エアロパーツやサスペンション、レカロ製バケットシートやモモ製ステアリングを装備したグレードです。

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当時のCM。モーツァルトの「ホルン協奏曲」が印象的です。同時期に発売された「ピアッツァ イルムシャー」も同パターンのCMが放映されていました。硬派なイメージで、ファンの心には今も焼き付いているクルマです。

さて、このイルムシャー仕様とは別に、中古車市場ではちょっと変わったアスカの中古車が現れます。それがイルムシャー仕様ならぬ「カゲムシャー(Kagemscher)」仕様です。
このクルマの登場の背景には、1980年代半ばのアスカの中古車市場と密接な関係があります。当時いすゞ中古車販売(以下、いすゞ中販)では、全国のいすゞディーラーが引取をした下取り車の低年式アスカの滞留在庫の処分に頭を痛めていました。そのため、それらの再販の策としてアスカにドレスアップを行った、現在でいうところの「商品化中古車」の企画を行います。
車両のネーミングは、当時いすゞ中販の社長であった梅津博志氏が行い「アスカ カゲムシャー」となりました。このカゲムシャー仕様のアスカは、1987年(昭和62年)5月に文化放送が主催した後楽園中古車ジャンボフェアの目玉商品として出品され、テスト販売されました。

出典:http://isuzupiazza.fc2web.com/mscherblue.htm

カゲムシャーはベースのアスカターボの中古車に対して、以下の変更点があります。
・ボディカラーはブラック
・フロントグリル、ヘッドライトはアスカ・イルムシャー用新品に交換
・グリルマークはIDFマーク(社章)の代わりにISUZUの文字ロゴ
・ボディサイド及びトランクリッドにASKA Kagemscherのロゴステッカー(シルバー)
・ボディサイドにダブルラインのレッドストライプ
・ドアモール新品交換
・マニュアルドアミラー装着
・フィンタイプ14インチアルミホイール装着
・195/60R14タイヤ装着。メーカーはヨコハマもしくはダンロップ
・成型タイプマッドガード装着
・シート生地及びドアパッドを、イルムシャー用新品に交換
・フロントシートバックレストにKagemscher文字入り刺繍(ロゴはオレンジ色)
・MOMO製本革巻ステアリングホイールをオプション設定(2万円)
・バッテリー新品交換(36B-20Lサイズ)

出典:http://isuzupiazza.fc2web.com/mscherblue.htm

このテスト販売は成功を収め、その後いすゞ中販は60台のカゲムシャーを製作、結局カゲムシャーシリースは第3弾まで制作されます。ちなみに、オーナーがアスカをいすゞ中販に持ち込むことでカゲムシャー仕様にできるメニューも28万円で用意されていました。

その後のアスカ

2代目アスカ「CX」

出典:http://www.car-spec.net/isuzu/aska-cx/

2代目アスカCX

1990年(平成2年)6月、アスカは2代目へモデルチェンジし「アスカCX」となります。
GMのグローバルカー構想が終わり、2代目はスバル レガシィをベースとしたOEM車となりました。OEM車のため、いすゞの得意としたディーゼルエンジンの搭載などはありませんでした。

3〜4代目アスカ

出典:http://www.goo-net.com/car/ISUZU/ASKA/E-CJ1.html

3代目アスカ

出典:http://www.goo-net.com/car/ISUZU/ASKA.html

4代目アスカ

その後、いすゞの小型乗用車自主開発中止が正式に決定。3代目〜4代目アスカは富士重工とのOEM契約が切れたため、ホンダ アコードがベースとなりました。これは1993年(平成5年)にホンダといすゞの間で交わされた商品相互補完契約の一環で、ホンダからはミューをベースにした「ジャズ」や、ビッグホーンをベースとした「ホライゾン」などが発売されました。
そしてこの4代目を最後に、いすゞは乗用車事業から完全撤退。アスカも販売終了となります。

おわりに

当時のいすゞの持てる技術のすべてを投入し、発売されたアスカ。自社設計であったのは初代だけでしたが、その名の通り大いなる野望を秘めて売りだされた意欲作でした。
初代アスカで採用された技術は、今もなおいすゞのコア技術として進化を続けています。だからこそ、いすゞにとってアスカの存在はとても大きなものなのですね。