【オペル マンタ】オペルが開発したスペシャルティカーの神髄がここに。

「オペル マンタ」は日本でも一時期輸入されていたクルマです。しかし、あまり見かけることはなかったクルマなのです。このクルマ、意外とすごいクルマだったんですよ。では、マンタは一体どんなクルマなのでしょうか。

オペル マンタってどんなクルマ?

マンタは、ドイツの自動車メーカーである「オペル」が1970年から1988年までの18年間、製造・販売ていたスペシャルティカーです。マンタデビューの前年、1969年に登場し、大ヒットとなった「フォード カプリ」のライバルとして、カプリ登場の1ヵ月後に「オペル アスコナ」の姉妹車種として登場しました。

ちなみにスペシャリティカーというのは、一般大衆車のシャーシとコンポーネントを基にした、スポーツカーにも見えるスタイリッシュなクーペを架装したものをいいます。比較的低廉な価格にもかかわらず、スポーツカーやGTカーの雰囲気が味わえるというメリットがあります。自動車メーカーにとっては、開発や生産にかかるコストを抑えられるということと、利益率が高く設定できるので、消費者メーカーともにメリットのあるクルマということになります。別名、スペシャリティカーやスポーティーカーともいいます。

マンタAのデザインにはなんと日本人も加わっていたのです。

1970年に登場したマンタの初代モデルです。機構はアスコナ(A)と同じく、レコルト(C)・カデット(A)と共通のエンジンを持たせた設計となっています。マンタのスタイリングは、日本人デザイナー”児玉英雄氏”も参画していて、カプリよりもあっさりとしたラインにまとめられています。こういった海外の、しかも高級車を製造しているメーカーのクルマのデザインに日本人が参画しているというのは意外ですね。

D.O.T. ターボ・マンタ:直4エンジンにターボが装着されたモデルです。

1975年にイギリスのチューナー”トニー・ホール”が、マンタの直列4気筒エンジンにホルセット製のターボチャージャーを装着したモデルを開発しました。この改造により出力は156PS/5,500rpm、トルクは24.0kgm/4,000rpmに向上し、非常にパワフルな走りが実現できるようになりました。D.O.T.の名称は、マンタが販売されていた、イギリス国内のディーラー網の”Dealer Opel Team”にからもじったものといわれています。

マンタB:ついに日本にもマンタがやってきます。

1975年8月、アスコナと同時にモデルチェンジされ、マンタはBに進化するのです。そして、1977年には、3ドアのコンビ・クーペが追加設定されることになり、1,900ccエンジンが1,979ccに若干上げられました。その影響か、2年後の1979年には、1,200ccエンジンも1,300ccにサイズアップされています。その後マイナーチェンジ繰り返しながら、1988年まで継続生産されていました。

日本には、当時の輸入元・東邦モーターズによって、マンタAが1975年まで輸入販売されていたのです。しかし、排ガス規制に対応できなかったために、一時撤退。そして、1983年からは、マンタBの輸入が再開されています。

マンタ400:WRCからアスコナが引退する間近になって投入されます。

1979年、WRCグループ4に参戦するために投入された、オペル初のDOHCエンジン車「オペル・アスコナ400」のマンタ版として、アスコナがラリーから退く直前の、1981年3月に登場します。マンタBをベースにイギリス・コスワースがチューンアップした2,410ccDOHC16バルブ144馬力エンジンを搭載。このエンジンの最高出力は、最終的には340馬力にまで達するなど驚異的なものでした。

レースやラリーではマンタは活躍したの?

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%BF

マンタ400は、アスコナ400よりさらに軽量になり、ラリーでの走行性能のアップが図られました。最高順位3位と検討はしましたが、1984年のラリーで、レースの活動には終止符を打つことになりました。しかし、その後も英国選手権や、ニュルブルクリンク24時間レースなどでつかわれることがあります。
なお、レギュレーション改定により、マンタを含む「製造後10年以上経過した車」はレースには出られなくなってしまうこととなり、このレギュレーション改定が行われた2010年をもって、マンタ400はレース・ラリー参加の終止符が完全に打たれることとなるのです。しかし、この後、主催者特別枠によって、2014年・2015年と2年連続で再び参戦しているのです。若干の装備などのグレードアップは図られていますが、外観はマンタとあって、往年のファンは相当の喜びようだったそうです。

まとめ

いかがでしたか? オペル マンタについてご紹介しました。このクルマ、大衆車出会ったにもかかわらず、最後はレース・ラリーにも使われるほど期待されたクルマだったようです。マンタAからいろいろな派生車種が出たり、いろいろな改造を施されたりと、その歴史にはかなりの紆余曲折がありますが、そんなマンタは今でも往年の名車として愛されています。