【ダイハツ・アプローズ】トヨタの許可を得て発売するもリコール問題で大荒れとなってしまった車。

ダイハツ工業(以下、ダイハツ)が製造・販売していた車。親会社のトヨタの許可を得てようやく発売できた車ですが、大規模なリコールがおき、終売へと至りました。そんなアプローズのすべてをご紹介します。

アプローズとはどんな車なのか?

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BA

1989年のジュネーヴモーターショーに「MS-X90」という名で参考出品された車で、同年に販売が開始されました。それまで「アプローズ」と同じクラスの車は、親会社であるトヨタ自動車と競合するためE20系・E70系カローラ用のプラットフォームを流用した”シャルマン”でまかなわれていたのですが、折しもバブル景気の真っ只中で、自動車販売が好調な時期であったことから、トヨタから「独自開発の許可」をもらって作ったクルマです。

ボディは一見すると4ドアセダンにも見えますが、トランクとリアゲートが持ち上がる「5ドアハッチバック」という珍しい構造(スーパーリッド)となっています。なお、この「スーパーリッド」のコンセプトは、アプローズの登場以前の車種ではクライスラーの”ダッジ・シャドウ”やトヨタの”6代目スプリンターシエロ”・”9代目コロナSF”、そして三菱の”3代目ランサー”などが同じ構造となっています。また、アプローズの登場以降の車種では、シトロエンの”エグザンティア”や”クサラ”などでも採用された構造となりました。
ダイハツとしては、少ない車種で多くの顧客を取り込もうとした、まさにフラッグシップカーとなっていたのですが、発売直後に燃料タンクの技術的問題に起因する事故やトラブルが続出して、リコール騒動に発展したということが、販売不信を招く結果となりました。

ダイハツの数少ない登録車系セダンモデルであったことから、引き続き、マイナーチェンジを繰り返して生産が続けられました。しかし、2000年5月に「シャレード」と共に国内での製造・販売が中止され幕を下ろすことになります。

アプローズの自動車としての性能はどのくらいのもの?

エンジンはHD型 1,589cc直列4気筒SOHCエンジンを搭載しています。「EFI仕様」と「電子制御キャブレター仕様」があり、最高出力はEFI仕様が120馬力、電子制御キャブレター仕様は97馬力となっています。1997年9月のマイナーチェンジ時にデスビレス化などの改良を施しますが、最高出力は変わっていません。駆動方式はFFとビスカスLSD付センターデフ方式フルタイム4WDの2タイプが設定されました。トランスミッションは5速MTと4速ATの2タイプが設定されましたが、4WDはATが未設定とされました。

リコールはどのような内容だったのでしょうか。

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BA

まず最初に、ATとオルタネーターの不具合が見つかり、この2件のリコールを当時の運輸省へ届け出ました。しかし、届け出た日が、たまたま第28回東京モーターショー(1989年)の一般公開日初日であったことから、モーターショーへの影響を懸念した、主催者である自動車工業振興会の会長が、「リコール対象車種」となったことを理由に”出品自粛を要請する”ようなコメントを出したことで、そのことが新聞等でも報じられました。また、燃料タンクの”空気抜き”の設計ミスがあったということもわかり、給油中やタンク内の圧力が、外気圧より高くなってしまっている時に、給油口のキャップを開けた場合、給油口からガソリンが逆流して噴出するという恐れがあることもわかりました。この懸念は現実のものとなり、11月には、噴出したガソリンに何らかの火が引火してしまい、ガソリンスタンドの従業員が火傷を負うという事故が発生してしまいます。さらに、走行中に出火し車が全焼するという事故も発生してしまったのです。この事故が起きた翌12月には、燃料タンクと他に見つかったブレーキ系統の不具合を合わせて運輸省にリコールを届け出たのですが、届出内容にある出火事故に新聞が着目し、「欠陥車」や「燃える車」といった言葉を使って、極めて扇情的な反ダイハツのキャンペーンが繰り広げられました。これはアプローズ単体の販売だけの問題ではなく、ダイハツの「企業イメージ」が致命的なダメージを負うこととなったのです。

アプローズの歴史を振り返りましょう。

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BA

1989年7月、発表・発売が同時にされます。翌年1990年5月には、日本初の周波数感応式ダンパーやハイマウントストップランプ内蔵リアスポイラーなどを装備した、特別仕様車「QR-90」を発売します。なお、この年にリコール問題が起きダイハツは大ダメージを負うこととなります。
1992年7月、マイナーチェンジを行い、フロントマスクおよび前後バンパーの形状変更を行います。そして、1997年9月には、約5年ぶりとなるマイナーチェンジを実施。フロント及びリヤの外観、インテリアを変更しイメージを一新します。このときに全車4速ATのみの構成となりMT設定は全廃されます。
そして、1999年12月生産が終了となり、このあとは在庫のみの販売となります。2000年5月には販売終了となりアプローズの歴史に幕が下ろされました。11年間の総生産台数は2万2000台とふるわなかった車です。

まとめ

ダイハツがようやく念願かなって自社で作った自動車が、度重なるリコールを引き金にイメージが悪くなってしまったという、なんとも残念な運命を背負った車です。今ではダイハツはセダンよりも小型車や軽自動車に注力しています。