【日産プレーリー】ミニバンがなかった時代に登場した風雲児

日産自動車が世間を驚かせた「プレーリー」。当時ミニバンというジャンルがまだ確立されていなかったため、ワゴンとRVの中間車なのかセダンなのか、という疑問がわき起こり、その姿は世間をあっと驚かせました。そんなプレーリーをご紹介します。

「びっくり BOXY SEDAN」というキャッチコピーでデビュー。

1982年8月日産「プレーリー」の販売が開始されます。当時はミニバンというジャンルが存在していなかったため、デビュー時のキャッチコピーは「びっくり BOXY SEDAN」と”新しいタイプのセダン”という位置付けとなっていました。このプレーリーはゆくゆく「リバティ」という車名に変更されますが、元の車名であるリバティをご紹介しています。このリバティ初代「M10型」は特別仕様車の相次ぐ投入やモデル継投の見直しや再編などが繰り返されることとなります。
1983年3月には、特別仕様車「50スペシャル」が販売され、3ヵ月後の6月には、特別仕様車「エクストラ」が販売されます。また、翌年1984年1月には追加モデルとして、エクストラ JW・エクストラ JW-Gの2モデルが追加され、6月には、車種体系見直しが行われます。このとき、1月に追加されたモデルの大元であるJW、JW-Gが廃止されます。
1985年1月、初のマイナーチェンジ。内外装のデザインが一部変更されます。またエンジンも直列4気筒 OHCのCA18S型・E15S型に変更されました。1987年9月に、特別仕様車「4WD JW-L ノルディカバージョン」が販売。
といったようにかなりのモデルが投入され、またなくなっていくモデルも相当の数でした。

ブルーバードをベースにモデルチェンジされたM11型。

1988年9月にブルーバードをベースに開発されたのがM11型です。M10型から後席スライドドアは踏襲されてはいるものの、センターピラーを持つ構造となっています。グレードはJ系とM系の2種類と、初代のデビュー時に比べて大幅に簡略化されています。翌1989年5月には、特別仕様車「アウトドアバージョン」を発売し、初代同様デビューから短期間での特別仕様車の投入となっています。1990年9月には追加モデルが発表され、直列4気筒 2.4L OHC KA24E型を搭載した「240 G-5」と、「240 G-7」の240G系が追加されることとなりました。
そして、1995年8月マイナーチェンジを行います。北米向けを考慮する必要がなくなったことから、日本国内市場に特化し、一般消費者には不評であったスタイルの変更を中心に行われました。
なお、このときから車名も「プレーリージョイ(Prairie joy) 」とされていますが、正式な車名はプレーリーのままとなっています。運転席はSRSエアバッグが全車標準装備となりました。この変更で、特にスタイリングについては評論家や愛好家からは大変な不平や不満が出たのですが、まーケティイングが功を奏し、ファミリー層や高齢層の支持を得て、販売台数は一気に増加しました。しかし、ホンダ・オデッセイや三菱・シャリオグランディスに負けるという結果になっています。
1997年5月、のマイナーチェンジで、助手席エアバッグ&ABSの標準装備化がされています。これを最後にM12型へと引き継がれます。

プレーリーからラフェスタへ。新たな時代に移行。

1998年11月16日、M12型にモデルチェンジ、車名を「プレーリーリバティ」へと改称。パワートレインやサスペンションをW11型アベニールと共用する。
登場時の搭載エンジンは直列4気筒 DOHC SR20DE型のみの1機種。2WD車は全てハイパーCVTを採用し、4WD車は4速オートマチックを採用した。セレナ、ラルゴ、エルグランドにも設定された純正エアロパーツ装着の「ハイウェイスター」も設定された。
1999年10月に3代目としてM12型が登場。この3代目は、初代・2代目とは異なり次のマイナーチェンジまで特別仕様車の設定はされないという異例の事態でした。また、この際新グレードとして「アクシス」が設定されています。2001年5月、マイナーチェンジに伴い車名から「プレーリー」を消し、「リバティ」に変更されます。このマイナーチェンジで、3代目登場とともに生まれた「アクシス」は「ライダー」として生まれ変わります。
2001年5月~8月までの期間限定車として「コールマンバージョン」を発売。アウトドアメーカー「コールマン」とのコラボレーションとして非常に注目を浴びました。専用シート、電源コンセント、大容量バッテリー 、コールマンエンブレムなどが設定されました。2002年1月には、前回のコールマンバージョンからシート色を変更した「コールマンバージョンII」を発売します。
2004年5月、特別仕様車「L-Edition」が発売されます。キセノンヘッドランプや特別仕様車専用シートなどが設定されています。2004年12月、リバティの後継車となる「ラフェスタ」が登場し、リバティの日本向け生産が終了となります。ここでリバティの歴史に終わりが告げられ、ラフェスタへと引き継がれることとなりました。

まとめ

※イメージ画像

日産・プレーリーについてご紹介しました。プレーリーは1982年に誕生して2004年までと22年という期間、話題を振りまき続けた車です。そんなプレーリーは今はお見かけすることはまずありませんが、その魂は現在も日産の車に引き継がれています。