【アウトビアンキA112アバルト】小さなカラダに強烈な心臓を移植されたヤバいヤツ

“アウトビアンキ”というメーカーをご存じですか? もともとは自転車メーカーの自動車部門だったのですが、フィアットの資本提供により独立したメーカーです。フィアットの実験的車輌の開発を担っていたと言ってもよいでしょう。そんなアウトビアンキの中でも大ヒットモデルと言えるのが“A112”という車です。中でもアバルトチューンを受けた“A112アバルト”は遠く離れた日本でも大ヒットしました。

アウトビアンキ112のホットモデル “アバルト”

アウトビアンキA112という車があって、そのスポーツグレードが“アバルト”です。古くはBMCミニにとっての“クーパーS”もそうですし、フィアット500にもアバルトチューンがありました。国産車で言えば、スズキアルトとアルトワークスなんかも同じ構成ですよね。まずはアウトビアンキA112を見てみましょう。

アウトビアンキA112のスタンダードモデル

出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Autobianchi_A112

なんともかわいらしいルックスですよね。アウトビアンキA112は、イタリア・アウトビアンキ社が1969年に発売した小型車です。ボディスタイルは3ドアハッチバックのみで、フィアット850の後期モデル用エンジン(直列4気筒OHV903cc・42ps)を搭載しています。フィアット850はRRレイアウトなのですが、このアウトビアンキA112ではエンジンをフロントに配置し、前輪を駆動するFFレイアウトを採用しました。

そこに登場したホットモデル

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E3%83%93%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%BBA112%E3%82%A2%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%88

これがアウトビアンキA112アバルトです。初代A112アバルトが登場したのは1973年のことでした。ペットネームに“アバルト”とあるように、このクルマのチューニングはアバルトが担当しました。アバルトの名がフィアットグループの市販車にグレード名として与えられたのはこれが初めてです。過去にもアバルトチューンのフィアット車はありましたが、それはカタログモデルではなくワンオフに近い存在です。市販車の1グレードとしてA112アバルトが一番最初です。ふるさとイタリアやお隣のフランスで人気でしたが、遠く海を越えた日本でも人気があったのです。
搭載エンジンは直列4気筒OHV982cc・58psというスペックでしたが、さらなるチューニングにも耐えられるように設計されたエンジンです。

アウトビアンキA112アバルトの諸元
全長:3,268mm
全幅:1,480mm
全高:1,360mm
ホイールベース:2,038mm
重量:700kg
エンジン形式:直列4気筒OHV
排気量:982cc
最高出力:58ps
トランスミッション:5速M/T

パワーアップした2代目

出典:http://flickrhivemind.net/flickr_hvmnd.cgi?method=GET&sorting=Interestingness&page=2&photo_type=250&noform=t&search_domain=Tags&photo_number=50&tag_mode=all&sort=Interestingness&textinput=autobianchi,autobianchia112&originput=autobianchi,autobianchia112&search_type=Tags

1975年にデビューした2代目です。排気量が拡大されて1,050ccになり、出力は70psになりました。ボディサイドにプロテクトモールが付いていますね。

3代目モデルは“Nuova A112”

出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Autobianchi_A112

1977年に登場した3代目モデルです。このとき、“NuovaA112”と名付けられました。“Nouva”は英語で言うところの“New”ですから、新しいA112ということになりますね。さしずめ“新生A112”といったところでしょう。バンパーやサイドモール、グリル回りが樹脂製になって、名前の通り随分とイメージチェンジしましたね。わかりにくいですが、ルーフラインが変更されて少し背が高くなっていますし、ボディサイドのプレスラインが、折れ目だけだったものがわずかに段付きになりました。

5速ギアを手に入れた4代目

出典:http://www.clubautobianchi.fr/Janvier-2014_578.html

1979年には4代目がデビューしました。バンパーが大型化されて、フェンダーアーチとサイドプロテクターまで繋がったデザインになりました。フロントマーカーがバンパーの中に配置されています。Cピラーのエアアウトレットはさらに大型になっています。そして待望の5速M/Tが採用されました。この5速目はオーバードライブ設定のギアレシオで、楽に高速巡航ができるようになりました。

垢抜けた5代目

出典:http://only-carz.com/autobianchi-a112.html

1982年に登場した5代目です。A112をご存じの方は、このあたりからが見慣れたスタイルでしょう。バンパーが大型になってオーバーフェンダーからサイドプロテクターまでがより繋がった印象になりました。Cピラーのエアアウトレットがリファインされて、ボディと同色にペイントされています。全体的に垢抜けてデザインがまとまりました。それもそのはず、このフェイスリフトを担当したのはピニンファリーナなのです。1977年にBMCミニの高性能板“クーパーS”の後継である“1275GT”や“イノチェンティ1300”が生産終了となったことで、そのあとを埋める小型ハイパーモデルとしてA112アバルトが脚光浴びた時代です。

最終モデルになった6代目

出典:http://www.targhenere.net/gallery/articles.php?article_id=122

最後のモデルになった6代目A112アバルトは1984年に登場しました。テールライトのデザインが変更されたのと、左右のテールライトをリフレクターパネルが繋いでいるのが特徴です。これに合わせてリアのナンバープレートの位置もバンパーへ移動しています。フロントフォグランプが付き、フロントターンシグナルがホワイトレンズになりました。さらに赤色のシートベルトが与えられ、よりスポーツモデルの雰囲気が強くなりました。足回りでは、アロイホイールがおごられています。

出典:http://www.targhenere.net/gallery/articles.php?article_id=122

アウトビアンキ社について

出典:http://www.active-s.com/bianchi-old-piaggio/

そもそも“アウトビアンキ”ってあまり聞き慣れない名前じゃないですか。私世代は大好物なのですが、そうでない人のためにアウトビアンキ社について少し触れておきます。アウトビアンキ(Autobianchi )は1955年~1992年の間に操業していたイタリアの自動車ブランドですが、もともとは1899年に設立された自転車メーカー“ビアンキ”の自動車部門でした。第二次世界大戦後に経営不振に陥り、フィアットとピレリの資金援助を受けて“アウトビアンキ”として独立した自動車メーカーになっとのです。フィアット傘下になったアウトビアンキは、フィアットブランドとして導入する前に小型車の新しい技術を試すパイロット・ブランドという位置づけのブランドです。今回お話ししているA112や後のY10はその好例と言えます。A112はフィアット127へ、Y10もフィアット傘下のランチアブランドへ引き継がれていますし、Y10で初めて採用された“Ωサスペンション”は後にフィアット・パンダにも導入されています。
Y10に関しては、イタリア・フランス・日本を除いてはランチアブランドで販売されました。イタリア国内ではアウトビアンキがフィアットの1ブランドとして認知されていたためで、フランスも同様の扱いです。日本では、A112のおかげでそれなりに認知されていたため、アウトビアンキの名前で販売しました。Y10が生産終了し、後継車“ランチア・イプシロン”に道を譲ると同時にアウトビアンキのブランドも消滅したのでした。

出典:https://commons.wikimedia.org/

アウトビアンキ・ビアンキーナ・カブリオレ

ワンメイクラリーを牽引

出典:http://www.mercadoracing.org/38/511842/vendo-autobianchi-a112-abarth-gr-2.html

1973年頃までは、フィアットは国際ラリーやWRCのフィールドではフィアット124と、すでにグループ傘下におさめていたランチアによるGr.4での戦いに集中していました。同格のセアト・127での参戦はあったものの、販売戦略的には小型車クラスであるA112でのラリー活動に興味を示していませんでした。
A112発表直後にアバルトがプロトタイプで1000TCラディアーレ・ユニットでの108PS仕様を製作・発表していましたが、この時点ではフィアット製のノーマルエンジンにツインチョークキャブレターを装着した58PS仕様を量産車仕様としていました。そこで1974年に量産仕様に70馬力仕様を追加して、この車によるワンメイクラリーがヨーロッパ各国で開催されるようになります。なかでも特にフランスでは盛んで“クープ・アウトビアンキ・アバルト”ラリーがシリーズ戦として行われました。本国イタリアでも“A112アバルト・70HPトロフィー”ラリーをメーカーイベントとして開催していきます。
この頃にはラリーに熱心になっていたフィアットは、ラリー用にアバルトの専用チューンを施した97馬力仕様をGr.2仕様として公認を取得、イタリア国内ラリーを中心に参戦し始めました。そこから2年後の1976年。翌年にはフィアット131アバルトのデビューが控えていて、地元を中心にWRCラリー・モンテカルロにA112・アバルトをフィアット側は5台、地元プライベータのシャルドネ側1台でGr.1にエントリーしました。Gr.1のライバル車種であるアルファロメオ2000GTVやBMW2002tii等排気量のあるマシンたちに紛れて奮闘したのです。
5台完走を皮切りに、ツール・ド・コルスではリタイヤを喫したもののGr.2でエントリーした1977年にはモンテカルロでそれまでGr.2で力をつけていたシュコダ130RSの2台に続いてGr.2で3、4、5位と3台が完走を果たしました。ツール・ド・コルスでは、シャルドネ・チームがGr.2でエントリーしました。オペルチームのエンジン仕様の違いによる分散エントリーや、プジョーの台頭によって混戦となっているものの、グループ2位・総合15位に食い込んでいます。
1978年はRACラリー1戦のみの出場で、英国での販売網の違いによりGr.1エントリーによるランチアチームに託されました。この年は他社のGr.1、2ラリーカーも、若手だった選手陣が力をつけていて結果を出せず、A112によるフィアットのWRC Gr.1、2参戦対象は次年のモンテカルロから本格的にフィアット・リトモアバルトへとスイッチし、A112バルトのラリー参戦は終了したのです。

出典:https://usedfuncars.wordpress.com/2014/07/28/a112-abarth-a-great-fun-car/

日本でのA112アバルト

A112アバルトがデビューした当時、日本でのフィアット正規ディーラーは西部自動車販売だったと思います。その後ロイヤルモータース、東邦モータース系列、近鉄モータースを経てジャックスの時代にA112アバルトはラインアップから姿を消しました。あれこれ探してみましたが、いつの時代の記録が見つからず、いつから日本へ導入されていたのか、何台くらい日本に入ってきたのかが定かではありません。中古車市場をのぞいてみても、1982年式以降しかみあたりません。スチールバンパー時代の個体も日本にあるようなのですが、当時新車で輸入されたのか中古車で並行輸入されたものなのかが定かではありません。
年代から考えれば、私が車に興味を持ち始めた頃はまだ樹脂バンパーになる前のハズなのですが、スチールバンパーのA112を見かけた記憶がないのです。メカニックになってからも樹脂バンパー以降の車はたくさん見ましたが、やはりスチールバンパーの個体には出会った記憶がありません。そう考えると、ほとんどがジャックス時代のものなのかもしれませんね。

中古車市場では

中古車市場を覗いてみて驚きました。3生産終了から30年以上経っているにも関わらず、某中古車サイトでも11台の車輌がエントリーされているではありませんか! 年式は1982年から最終モデルの1985年まであります。すでに5速M/Tになってからのモデルですから、どれも楽しめそうですね。失礼。アバルトではないA112(ジュニア)が2台入っていましたのでアバルトは9台でした。価格は597,000円から1,680,000円までと幅が広いですが、これは写真の見た目でもわかるくらいに程度に差がありそうです。

全国のA112の中古車情報(1〜11件)はGoo-net(グーネット)。価格・年式・走行距離からご希望の車を検索・見積りできます。中古車物件情報が30万台!全国のアウトビアンキ(A112)の中古車検索・見積りなら日本最大級の中古車情報サイトGoo-net!

ウィークポイントは

ずばり足回りです。特にアバルトはハイパワーエンジンを搭載していますので、足回りにかかる負担が大きいんです。フロントサスペンションのロアアームの付け根や、ドライブシャフトがよく壊れるポイントです。ロアアームをまもるためにテンションロッドを追加した車を見たことがあります。ドライブシャフトは、この当時のジアコーサ式FF車にはつきものなのですが、左右のドライブシャフトの長さが違うために片方だけに負荷が集中してしまうのです。
エンジン自体は丈夫なつくりです。ただ冷却水の管理が悪く、シリンダヘッドのウォータージャケット回りに腐食があるものが多いですね。これがひどくなると燃焼室とつながってしまいますので、シリンダヘッドの修理が必要です。
古い車ですので部品の入手も大変なのですが、欧州でも人気が高いことに加えて同じ部品を共用している車種が多いので、まだまだ見つけることは可能です。ただ外装部品は共用できませんので、あまりひどくぶつけると治せなくなる可能性があります。

最後にまとめ

“アウトビアンキ”を知らなかった方もいらっしゃるのでしょうね。ジェネレーションギャップを感じる瞬間です。でも今こうして見返してみても、とても魅力的な車ですね。付き合うにはそれなりの覚悟が必要ですが、作りがシンプルで高度な電子制御も使っていませんから、実はそんなにお金がかからない車です。今だからこそ乗る価値がある、そんな気になってしまいました。