【マクラーレンF1】空前絶後の車の何が凄かったのか?

マクラーレンF1は、1990年代に究極のスーパーカーとして販売されました。その台数は特別仕様などを含めても僅かに約100台、販売されている個体は原則としてマクラーレン自身が管理しており、2016年現在中古車で購入するには日本円で2億円以上が必要だと言われていますが、今なお、自動車好きからは高い注目を浴びています。マクラーレンF1の何が凄かったのかをまとめました。

マクラーレンの歴史

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3

マクラーレンは1937年にイギリスで生まれたブルース・マクラーレンによって創設されたレーシングカーのコンストラクター(マシン製造メーカー)です。ブルースは1959年、22歳でF1レーサーとしてイギリスのクーパーからデビューしました。クーパーは今日ではBMWミニの1グレードとして名前が残っていますが、当時はF1で華々しい活躍をしていたメーカーでした。ブルースも、優勝こそしなかったものの、常に上位に食い込む活躍を見せていました。

ところがクーパーは1960年代半ばからマシン開発が停滞、ブルースは独立してチームを興すことを考え、1966年に自らの名前を冠したコンストラクターのマクラーレンを創設するのです。ブルースはマクラーレンに、盟友のデニス・ハルムを迎え入れ、ハルムはレースで優勝、マクラーレンの名前を世界に轟かせました。またブルース自身も、オーナーという立場ながら、チームのセカンドドライバーとして参戦、ハルムの活躍を助けました。しかしブルースは1970年、新マシンのテスト中にクラッシュして事故死、僅か32年という短い生涯を終えました。ブルースの遺志を継ぐようにハルムはその後、シリーズ総合優勝も勝ち取りますが、以降リーダーを失ったマクラーレンは低迷してしまいます。

しかしマクラーレンは1980年に、ロン・デニス率いるF1チームのプロジェクト4と合併、これによりマクラーレンは基盤を整え直し、再びF1の最前線に踊り出たのです。再スタートしたマクラーレンは、アラン・プロスト、ニキ・ラウダ、そしてアイルトン・セナなどのそうそうたるメンバーがステアリングを握りました。また1988年からはエンジンをホンダが供給、マクラーレン・ホンダの名前と、煙草メーカーマルボロの赤と白のカラーリングは、当時のF1を象徴する存在になりました。

そして絶好調のマクラーレンは1990年代、"F1"の名前を冠した市販車を発売するのです。ただし、その市販車を語る上で、もうひとつ忘れてはいけない存在があります。それは開発に関わったエンジニア、ゴードン・マレーです。

天才エンジニア、ゴードン・マレーの経歴

出典:http://www.telegraph.co.uk/motoring/green-motoring/7984228/Gordon-Murray-and-his-T.25-city-car.html

ゴードン・マレーは南アフリカ出身で1946年に生まれました。日本ではゴードン・マーレイ、ゴードン・マーレーという名前で紹介されることもある彼は、大学で機械工学を学び、その知識と才能を生かすべく、F1開発者としての道を選ぶことを決め、23歳で渡英します。

最初にマレーが就職したのは、名門F1コンストラクターのブラバムでした。彼はそこで、ライバルのマシン開発の方針に囚われず、平べったい独特なマシンを開発し、注目を浴びました。残念ながらブラバムの成績は低迷し、マレーのBT55も十分な活躍は出来ませんでしたが、1986年にマクラーレンに移籍し、頭角を現します。彼はマクラーレンでMP4/4を開発、強力な性能を誇るホンダエンジンと、セナとプロストという一流ドライバーの活躍により、MP4/4は1988年のシーズンでは、全16戦中15勝するという、歴史に残る活躍を見せました。

F1の道を極めた彼は、マクラーレンが創設した市販車部門のマクラーレン・カーズに籍を移し、その市販車としてのマクラーレンF1の開発の指揮を担うのです。

マクラーレンF1の歴史と特長

マクラーレンF1のプロジェクトは、夭逝したブルースが生前果たせなかった、マクラーレンの名前を関する市販車を世に送り出すという思いを果たすという意味合いもあるものでした。マレーにとっては最初に開発する市販車のプロジェクトでしたが、彼は大学時代からずっと温めていた市販車のためのノウハウを全て放出し、世界最高のロードゴーイングスポーツを作り上げたのです。

それでは、この最高のスポーツカーの内容、そして短命に終わった理由に触れていきましょう。

出典:http://en.wheelsage.org/mclaren/f1/380/pictures/306207/

F1のようなセンタードライバーレイアウト

マクラーレンF1について考えるときに、絶対に外せないのが、ドライバーが車体の中央に座るというセンタードライバーレイアウトです。これはドライバーがひとりで乗ったときに、左右の車体バランスが最適化される、ドライバーのためのフットスペースが前輪と干渉しないので、ドライバーの位置を相対的に前進させることができる、ドライバーが車体の感覚を把握しやすいなど、様々なメリットがあります。

また、同乗者はドライバーの両側に、ドライバーよりも少し後ろの位置で着席することになります。つまり世界中のスーパーカーが基本的に2人乗りだったのに対して、このマクラーレンF1は1人多い3人乗りだったのです。各座席の居住性は保たれ、大人3人が快適に移動することも可能となりました。

横に3人並べるという発想は、マクラーレンF1に限らず、1970年代のタルボ・マトラ・ムレーナや、1990年代から2000年代にかけて、フィアット・ムルティプラ、ホンダ・エディックスなどでも試みたことがあるレイアウトですが、中央にドライバーを乗せるという点で、マクラーレンF1のレイアウトは空前絶後のものです。マレーはこのアイディアを大学時代からいつか実践したいと考えていたと言われていますが、このような一般的には受け入れがたい特徴的なレイアウトを実践できたのは、マクラーレンの作るスーパースポーツという免罪符があったからとも言えるでしょう。(後年マレーは同じようなレイアウトのシティコミューターのコンセプトを提案していますが、このプロジェクトが結実したヤマハMotivでは、一般的な2人乗りに改められています)

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超弩級のBMW製V12エンジン

マクラーレンF1には、ミッドシップにBMW製のV型12気筒エンジンが搭載されています。当時のスーパーカーは、フェラーリF40やポルシェ959など、ターボで出力を稼ぐ手法が多かったものの、マクラーレンF1では自然吸気が選択され、ドライバーのアクセル操作にリニアに反応する特性を獲得しました。

とはいえエンジン選びは難航しました。マレーは当初、V8ないしV10エンジンの開発を、マクラーレンと関係の深かったホンダに打診、しかしホンダはNSXの開発で財政が圧迫されており、新規にこのようなエンジンを開発する余力はありませんでした。またこの時期、F1カーへの搭載を見込んだエンジン開発を行っていたメーカーは多く、その中でいすゞがマクラーレンに自社製のエンジンの搭載を打診したというエピソードもありますが、これは採用に至りませんでした。門前払いに近かったとも、それなりに真面目に検討されたとも伝えられていますが、主に実績不足などが理由になったという説が濃厚です。

そして最終的にはBMWが、自社のフラッグシップクーペである8シリーズの最速モデルであるM8に搭載を予定していたものの、M8プロジェクトの中止で宙に浮いていたV12エンジンを採用することになったのです。排気量は6.1L、最高出力は627馬力に達しました。またマクラーレンF1では、このエンジンを車体の強度部品としても機能するような搭載を行い、エンジンルームの耐熱材には軽量で高価な金箔が貼られました。

そしてマクラーレンF1の最高速度は300km/hを優に超え、テストによっては390km/hを超える記録を出したこともあったと言われています。

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先進的な空力設計

マクラーレンF1はグループCと呼ばれるカテゴリーのレーシングカーを連想させるデザインでしたが、公道を走るために、いろいろな空力のための仕掛けが施されていました。例えば車体下面には、車体下面の空気を吸いだすためのファンが搭載されました。またリアエンドのリップスポイラーは高速域で稼動して、速度域に合わせた最適な空力特性を得られるように工夫されていました。

それでもマクラーレンF1の空力特性は、300km/hを超える超高速域では十分とは言えないものがありました。そのためレースに参戦するためのGTRは、大きなリアウィングを搭載してダウンフォース不足を補いました。

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圧倒的な快適性

マレーは、当時発売されていたフェラーリ・F40やポルシェ・959などのスーパーカーの快適性の低さを厳しく批判、ホンダ・NSXの快適性を引き合いに出して、スーパーカーと言えども市販車として必要な快適性が備わっているべきだと主張していました。そのため、マクラーレンF1には非常に強力なエアコンが備わっていました。また、マクラーレンF1はカーステレオも重視されており、重量配分を損ねないように最適化されたケンウッド製のCDチェンジャーが搭載されました。(とはいえ高速域では少々騒々しいと言われています)

ちなみにマレー自身はNSXを購入し、後年まで愛用していたと言われています。

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レースでの活躍とジレンマ・商業的失敗

このようなマクラーレンF1は、当然ながらレースシーンでも活躍することが期待されるスペックのものでした。もっとも、あくまで最高のロードカーを作らんとしていたマレーは、意に反してマクラーレンF1がレースに参戦することには反対していました。本来意図していないレースシーンで十分に活躍できるかも懐疑的だったようです。

しかしマクラーレンF1は、結局はロン・デニスの個人的な付き合いなどもあり、市販車改造カテゴリーのGTレースに参戦することになりました。参戦に際しては、市販版の性能がレースのレギュレーションを上回ってしまうために、エンジンのダウンチューンなどが行われました。

果たしてマクラーレンF1レースでも活躍、いきなりルマン24時間レースでカテゴリーで総合優勝してしまうという偉業を成し遂げました。またその後もマクラーレンF1は緒戦で活躍を見せます。しかし市販車とはいえ常識外の性能を持っていたマクラーレンF1の活躍に対して、メルセデス・ベンツやポルシェは、市販車とは全く異なる実質的なレーシングカーの設計開発を行い、これを少数台市販して、市販車改造という体裁を保つような対抗策を取りました。さすがのマクラーレンF1とはいえ、最初から専用設計されたレーシングカーには歯が立たず、以降十分な活躍は叶いませんでした。また全日本GT選手権では、法外な速さからレギュレーションを改定した締め出しなども行われました。

マクラーレンF1はまた、商業的にも失敗しました。マクラーレンF1の価格は当時の日本円で約1億円でしたが、定価の何倍ものプレミアがついていたフェラーリ・F40などと比べれば、十分比較され得る価格ではありました。しかしブランドイメージの確立されたフェラーリに対して、マクラーレンの知名度の低さやブランドイメージの弱さは、中東などの大富豪を振り向かせるには十分ではなく、マクラーレンF1は最後まで日陰の存在でした。そもそも、このマクラーレンF1を乗りこなせる力量と、1億円を払える経済力を両立させた人は、世界にはほんの僅かしかいなかったのです。

かくして1998年にマクラーレンF1の生産は終了しました。市販仕様の"F1"の生産台数は、僅か64台、事業としては大赤字だったと伝えられています。

出典:http://en.wheelsage.org/mclaren/f1/42763/pictures/g3p4ns/

マクラーレンF1のスペック

マクラーレンF1は性能や存在感に反して、実際には非常にコンパクトでした。4.3mに満たない全長は2010年代のフォルクスワーゲン・ゴルフなどと同じくらいの大きさで、当時発売されていたスポーツカーとしては、フェラーリ・348などと同じくらいのサイズ感でした。

全長 4,287mm
全幅 1,820mm
全高 1,140mm
車両重量 1,140kg
エンジン V型12気筒 DOHC 48バルブ
排気量 6.1L
最高出力 636PS/7,400rpm
最大トルク 66.4kgm/5,600rpm
変速機 6速MT

出典:http://en.wheelsage.org/mclaren/f1/380/pictures/244659/

マクラーレンF1を中古で買うならば?

2010年現在マクラーレンF1を中古で購入するならば、マクラーレン・カーズの事業を引き継ぐマクラーレン・オートモーティブを経由する方法が一般的です。オーナーがマクラーレンF1を売却する場合は、マクラーレン・オートモーティブがこれを購入し、新車同等の内容に徹底的なリフレッシュを行い、再販売を行っているのです。市場相場の高騰などもあり、現在の価格は現在2億円程度に達しています。購入を希望する場合は、社会的な信用度の審査、経済力の審査、現地イギリスでの運転力量の評価などが行われ、その上で購入希望者として個体の巡り合わせを待つことになります。サポート体制は世界各国に敷かれていますが、現在市販されている通常のマクラーレンとは異なり、拠点は絞られています。日本ではフォルクスワーゲンのチューナーであるCOXの整備工場が、これを引き受けています。

これ以外にオークションや個人売買などで売買されるケースも存在します。ただこれらの個体は超低走行や、有名人所有など、特長的なケースが多く、落札価格は10億円を優に超える場合もあります。

確実を期すならば、マクラーレン・オートモーティブに認められる地位や財力、ドライビング・テクニックを身につけ、購入待ちのリストに加えてもらうのが、一番の近道でしょう。多くの人にとっては夢物語ですが、一生かけた目標にしても良いかもしれません。マクラーレンF1はそんな存在です。

VW・Audi車をベースとしたコンプリートカーやパーツの開発を行ってまいりました。ドイツのチューニングメーカーのようなビジネスを日本でも確立するという目標を掲げ、わたしたちは「チューニングは調律」であることを自社製品を通して唱え続けています。

まとめ

マクラーレンF1は理詰めで作られたスーパースポーツです。フェラーリやランボルギーニ、ポルシェにあるような、女性とのデートで役立ちそうな色気や華はありません。しかしこの空前絶後のスーパーカーは、おそらく100年後も自動車史に残る存在であり続けるのではないでしょうか。