いまのF1エンジンを理解したら見るのが100倍面白くなる!

過去2年間は今回のエンジンレギュレーション変更(2014年〜)に対して万全の準備を整えていたメスセデスが大きくリードしました。過去21年のF1エンジンの歴史はエンジン回転数と馬力アップの競争でした。今回のF1エンジン2016年レギュレーションの影響がF1に与えたものは何でしょう? そしてチーム間の勢力図にどんな影響を与えるのでしょう? それがわかる鍵がF1エンジンの構造にありました。

いまさら聞けない「パワーユニット」って何?

出典:http://www.formula1-dictionary.net/engine_power_unit_and_ers.html

2015年ルノーのERSレイアウト

2013年までF1のレギュレーションブックでは原動機を「エンジン」と呼んでいました。ところが2014年からは、今までエンジンと呼んでいた部分をICE (Internal Combustion Engine:内燃機関)、新たな部分をERS (Energy Recovery System:エネルギー回生システム)と呼んで、それを初めから組み合わせた総称を「PU」(Power Unit:パワーユニット)という呼び方に変更したのです。

出典:http://www.formula1-dictionary.net/engine_power_unit_and_ers.html

2015年メルセデスのERSのレイアウト

でも今回のレギュレーション変更でF1ファンとして戸惑っている人がたくさんいるのも事実です。それは長年のファンにとって、あのエキサイティングなエキゾーストノート(排気音)が失われてしまったこと。もうひとつは年配や女性やちびっ子ファンにとって、メガジュールとかキロワットとかエンジンや馬力以外に聞きなれない言葉(単位)がたくさん出てきて、応援しているドライバーやチームの問題点がわかりづらいことがです。例えばプロ野球では「4番打者が打てない」「ピッチャー陣が打たれてしまう」とか問題がファンに伝わりやすいのです。そこで今回はそんな方たちとって少しでもお役に立てる様に、多少ラフにはなりますが2014年〜2016年のF1パワーユニットについて解説をしたいと思います。

出典:http://www.formula1-dictionary.net/engine_power_unit_and_ers.html

2015年ホンダ・フェラーリのERSレイアウト

ICE(エンジン)って何?

まず最初にパワーユニットはICEとERSの2つのパートに分かれているとお話ししましたが、馴染みのあるICUいわゆるエンジンから始めましょう。今回のエンジン規定では90°V型6気筒で総排気量は1,600ccと定められていて、下の図(アニメ1)で説明すると、この左右にV字の角度が90°で動いている6個の円筒(灰色)がピストンで銀杏の葉っぱを串刺しにしている様に見える緑色の部分がクランクシャフトです。エンジン回転数とはこの緑色の部分が1分間に何回転しているかを表しています。単位はrpmです。このアニメで数えてみたらクランクシャフトが1分間に37回転(rpm)しているエンジンということになります。
普通の乗用車ならアイドリング時で800〜1,000rpmで走っていると2,000〜3,000rpmくらいだと思うので、このアニメの37rpmから想像すると、普段乗っているエンジンがかなり高速で回っているかなんとなくお分かりいただけたでしょうか。今回のF1エンジンのレギュレーションでエンジン回転数の上限は15,000rpmと定められています。

出典:http://auto.howstuffworks.com/engine2.htm

アニメ1

F1エンジンの能力は排気量の大きさでは決まらない

次に総排気量ですが、下の図(アニメ2)は先程のピストンの1つを詳しく拡大したものです。ピストンが円筒の中を上下していますが、その容積が排気量、そして気筒数で掛け算したものが総排気量と呼ばれています。総排気量1,600ccだと6気筒で割るので約266ccがこの上下動の容積ということになります。実はこの円筒の直径も8cmとエンジン規定で決められているのでピストンの上下動の距離も結果的約5.3cmになります。ここでもう一度下の図(アニメ2)を見ていただいて、ピストンの左上の水色の部分が空気が入って来る通り道で、右上の赤い部分が燃焼したあとの排気ガスが出て行く通り道になっています。この様にICEはかなり細かく規定があるので各エンジンメーカーで技術的な極端な差が生まれることはまずありません。「メルセデス」も「フェラーリ」も「ホンダ」も「ルノー」も同じだと思って構わない部分ですね。

出典:http://makeagif.com/Qox9Cm?

アニメ2

インジェクターの役割

今回のICEでの各メーカーの技術競争のポイントは「アニメ2」の空気の通り道の上にある先端が緑色の部品です。これはガソリンを噴射するインジェクターと呼ばれている部品ですが、バルブの手前の「空気の通り道」でガソリンを噴射しています。ところが今回のルール規定ではを下の図Aの様に「シリンダー内に直接」ガソリンを噴射しなければならないのです。ガソリンを噴射させる圧力は約500気圧(500bar)、ガソリンを送る速さ100kg/hと決められています。どういうことかと言うとガソリンを霧状にする力と量を定めているので、それに見合った空気を入れてあげないとちゃんと「燃焼」しないのでパワーが出なくなっちゃったり「燃費」が悪くなったりするのです。ディーゼルエンジンでは昔から使われている技術ですが、最近「燃費改善」技術としてガソリン車にも使われていてF1でも今回ルールとして採用しました。これは各メーカーのICEにおける技術競争のポイントになっています。

出典:http://www.climatetechwiki.org/technology/ice_improvements

図A

以上ここまでがICU=エンジンの説明になりますが、本当はもっと細かく規定はあるのですがICE(F1エンジンの構造)を知る上では、このあたりまでわかっておいてもらえれば十分だと思います。要するにエンジン単体では、各メーカーの差はほとんどなくガソリンの「燃焼」「燃費」に関する技術向上の競争をルール化しているのです。

ERS(エネルギー・リカバリー・システム)って何?

2つ目のERSですが、こちらが電気が絡んできて専門的な知識がないとルール・ブックに出ている名称や数字及びその単位を言われてもピンとこないのところだと思います。まずERS(エネルギー・リカバリー・システムの略)の言葉の意味ですが、今回のF1ルール内では「これまで捨てていたエネルギーを有効利用するための機構」と訳しておきます。総排気量1,600ccのエンジンといえば国産乗用車のホンダ・フィットとかトヨタ・アクアと同クラスになります。それくらい小さいエンジンでもERSを組み合わせることで世界の自動車レースで最も速いF1のパワーユニットとして走らせることが可能なのです。そして一般の市販車にも応用出来る技術的要素が多いところに各メーカーが意義を感じているのです。そのERSに関わる要素が以下の4つになります。

(1)Turbo Charger(ターボ)…排気ガスで回転する風車(タービン)を使って空気をエンジン内に送り込む過給機
(2)MGU-H(エム・ジー・ユー・エイチ)…タービンが回る軸の回転を利用した発電機
(3)MGU-K(エム・ジー・ユー・ケー)…クランクシャフトの回転を利用した発電機
(4)ES(イーエス)…上記2つの発電機が発電した電気を蓄える電池

では、その捨てていたエネルギーとは何かと言うと「熱エネルギー」になります。ICUのところで説明した通りガソリンを燃焼させたときの「熱エネルギー」をピストンの「上下動(運動エネルギー)」に変え、それがクランクシャフトの「回転(運動エネルギー)」となって最終的にはタイヤが動いているのです。その時の排気ガスはまだ圧力(ものを動かす力)を持っていますが、これまではそのまま捨てていました。そこで排気ガスを(1)ターボチャージャーに送って風車(タービン)を回す力として利用します。この様に最初に熱エネルギーからクランクシャフトを回転させる以外に、いろいろな運動エネルギーに変えて利用するのがエネルギー・リカバリー・システム=ERSです。

(1)ターボチャージャーってどんな役割

では現在F1シーンで起こっているパワー競争の最も大きな要因は何でしょう。それがターボチャージャーの有効利用になります。排気ガスで回転しているタービンはその回転軸の反対に空気を送り出すもう1つのタービンと対になって役割を果たします。そしてICEに送り込まれた空気が「燃焼」の元になります。ただし燃料の量がインジェクターのルールで制限されているので、やみくもに空気を送り込んでも意味がありません。現在でもエンジンの回転数とガソリンの量に見合った適切な空気を送る込むことで総排気量1,600ccのエンジンでも700〜800馬力を得ることが出来ています。ちなみに1987年当時のホンダは1,500ccV6ツインターボエンジンで1,050馬力以上のパワーを得ていたそうです。今回のパワー競争は限られたガソリンでどれだけターボによってパワーアップ出来るかがポイントです。

ターボに関する主な規定

・風車(タービン)の1分間の回転数は125,000rpmまで
・空気を送り込む量は無制限(過給圧)
・タービンの回転軸はICEのV字の真ん中に設置しなさい
・タービンの回転軸はICEのクランクシャフトと水平にしなさい

出典:https://www.fujitsubo.co.jp/mechanics/front_pipe

ターボチャージャー

出典:http://www.minebea.co.jp/technology/column/turbobrg/index.html

一般的なターボのカットモデル
両側の風車(タービン)がつながっている。

(2)MGU-Hってどんな役割

次に(2)MGU-Hです。これはタービンの回転軸に取り付けられ、ターボチャージャーの回転を利用して発電をする発電機になります。MGU-Hは2つの役割があって
(2-a)ターボの回転を利用して発電する
(2-b)モーターとしてターボを回して、その回転数でターボが送り出す空気量をコントロールする
もともと発電機は他の力で回されると電気を発生し、逆に電気を流すとモーターとして回転します。
この(2-b)はピークパワーとういより低・中速域でのエンジンパワーに影響を及ぼすので今回のルールでは特にラップタイムに影響を及ぼします。

MGU-Hに関する主な規定

・ターボの回転軸で串刺しになっていなければならない
・ターボと同じで1分間の回転数は125,000rpmまで
・発電量は無制限(MGU-KにもESにも無制限に電気を送ることが出来る)
・発電した電気の消費量も無制限(発電した電気を自分で使うことも出来る)

出典:http://www.formula1-dictionary.net/engine_power_unit_and_ers.html

両タービンの間にMGU-Hが設置されている2014年のフェラーリ仕様

(3)MGU-Kってどんな役割

(3)MGU-Kはドライバーがアクセルを戻した時(コーナーなどの減速時)に前に進む力が失われるエンジンブレーキがかかった状態の時にクランクシャフトの回転を利用して発電をする発電機です。
このMGU-Kにも2つの役割があります。
(3-a)エンジンブレーキ状態の時にクランクシャフトと連動した歯車の回転を利用して発電する
(3-b)モーターとしてクランクシャフトと連動している歯車を介して駆動系(ミッション〜タイヤまで)にパワーを供給する

MUG−Kの主な規定

・回転数の上限は50,000rpm
・ICEのクランクシャフトとMGU-Kの回転軸は歯車(機械的)によって連動させる
・発電した電気の力を駆動系に伝える役割はMGU-Kに限ります
・MGU-Kが発生する力の上限はは200Nm(ニュートンメートル)
・MGU-KからESへ電気の貯蔵量はレース中にサーキット1周する間で2MJ(メガジュール)まで
・ESからMGU-Kへ電気の放出量はレース中にサーキット1周する間で4MJ(メガジュール)まで
・MGU-Kをモーターとして利用する場合の出力は120kWで伝達トルクは200Nmまで

出典:http://www.formula1-dictionary.net/engine_power_unit_and_ers.html

MGU-K単体とコントロールユニット

(4)ESってどんな役割

F1では点火プラグ・ECU・ミッション等の油圧制御パーツから各種無線からオンボードカメラまで様々な電装部品が使われています。それらの部品は乗用車と同じ概ね12〜24Vくらいの電圧で動いているのでこれまで同様にバッテリーから電源を供給しています。しかしパワーアシストに使うMUG-Kにはもっと高い電圧が必要になります。そこで別に装備した高圧バッテリーがこのES(エナジーストア)なのです。このESはルール規定で1,000Vまで許可されています。そしてMGU-Hをメインに発電して貯蔵された電力は他のすべての電装部品にも流用することが許されています。すべての電装部品に電力を供給できるからストアなのでしょう。ちなみにトヨタ・プリウスの高圧バッテリーは400〜500Vくらいです。

ESに関する主な規定主な規定

・ESの重量は20kg以上25kg以下
・電圧は1,000V以下
・電力はERS以外の電装部品にも利用可

出典:http://www.motorinolimits.com/2014/09/11/la-batteria-della-formula-e-qa-con-craig-wilson/

これでパワーユニットの意味がすべて解明!

MGU-Kって電子レンジと同じだった!

最近はMGU-Kの最高出力がこの120kW=160馬力換算なのでICEの最高出力700馬力+MGU-K160馬力=860馬力のパワーユニットといった言い方がされています。最高出力の理解として正解だと思いますが、この120kWを時間換算で33秒使えるという表現をしていることで誤解を生んでいる気がします。なぜならばその様な電力の使い方をどのチームもしていないからです。

ここが今回のパワーユニットの理解がされにくくなっているところでもあるので、分かりやすく解説します。まずご家庭にある電子レンジを思い出していただいて、お弁当あっためるのに500Wで30秒の設定をします。これと理屈は一緒なんです。お弁当を温めるのに500W×30秒=15,000W・sの電力を使いましたということなのです。
この理屈を今回のルールにあてはめると「電子レンジ=MGU-K」「使える電力=4MJ(メガジュール)」となります。メガジュールという単位は東京電力とか電力会社から毎月請求がくる電気を使った量の単位と同じで1MJ=0.28kW・hなので4MJは1.12kW・hとなります。

ここで1.12kW・hの電力を使って120kWの電子レンジを利用すると何秒使えるかさっきの式に代入すると…120kW×X秒=1.12kW・hとなります。そうするとX(秒)=1.12kW・h÷120kW×3,600秒=33.6秒間使えるっていう事になるのです。

ここでレースの話に戻りますと、F1の場合どのサーキットでも1周に33.6秒で周回する場所はありません。例えば去年の鈴鹿のラップタイムは1分32秒584です。ターボエンジンの出力700馬力+MGU-Kのパワーアシスト160馬力で33.6秒間を走って、残りの約1分くらいは700馬力だけで走るということはしていません。使い方を極端に言えば鈴鹿では1周の間で常にMGU-Kをパワーアシストだけに利用して約58馬力をプラスさせて全周を走ることが出来るのです。この様に常にMGU-Kをパワーアシストとして使うためにMGU-Hで4MJ以上を発電すればいいのです。実際はもっと複雑な制御をしていますが、大雑把に言うとMGU-Hが発電機、MGU-Kがモーターという位置付けで理解しておけば解りやすいと思います。

新時代のF1を100倍楽しむ方法

2013年までのKERS(カーズ)が生んだ誤解

2013年まではMGU-KをKERS(カーズ)と呼んでいて、発電とモーターの両方の役割を1つで担いルール上で現在の半分約16秒くらいしか使えなかったので主に直線でドライバーがボタンでコントロールしていました。そのMGU-K部分だけ捉えてKERSと同じ様な使い方で比較表現してしまっているので誤解が生じてしまったのではないでしょうか。

いまのF1の見所

今回は使える電力が倍に増えたのでドライバーのコントロールではなく、あらかじめ各コース特性やドライバーの好みに合わせて事前にプログラムして1周で使えるパワーを分配しています。これもパワーアシストの利用方法としてルール規定で決まっています。このルールによってドライバーとエンジニアが協力して、コース上を走る前にエンジンの出力マッピングでチーム同士で戦っているのです。レースがスタートするとこのマッピングを変更することは禁止されているので、この辺りの情報を交えて当日のチーム戦略なんかをテレビ中継で解説してもらえると、今回のルール改正によってF1が面白くなっていることが伝わって楽しめるので、今年のフジテレビさんには期待しています.

F1エンジンメーカーは絶対にあきらめない

このパワーアシスト4MJで120kWは各チームとも平等なのでパワー競争においては考えなくてもいいのです。2015年シーズン後半のテレビ中継でもホンダの新井総監督が「エンジンのマッピングが経験不足で難しい」と話をしていたのはこの部分なのです。

・パワーの基本はターボエンジン。
・レースで戦うためのパワーアシストがMGU-K
・レース前にドライバーとエンジニアが協力してのチーム戦がマッピング
・ターボの空気とパワーアシストの電力の供給を担っているMGU-H

という訳で各メーカーのテクノロジー競争でいえばターボエンジンのパワーアップとMGU-H関連がメインとなってくるのです。

現在のメスセデス1強の状態に見えますが、MGU-Hを他のメーカーより上手く開発し、初年度のテストから多くの走り込みが出来て、豊富なデータが蓄積出来たおかげだと思います。しかし、ホンダは1987年に1,050馬力以上のターボエンジンをつくった実績のあるメーカーです。ルノーはF1で初めてターボエンジンを搭載して優勝した第1期ターボ時代の先駆者です。フェラーリはNAエンジンでもターボエンジンでも常にトップ争いを演じ続けています。この1〜2年で必ずMGU-Hとマッピングの問題での格差が縮まり接戦が繰り広げられることは間違いありません。