【オペルコルサ】日本では伝説のドラマでヒロインの愛車になっていました

オペルという自動車メーカーをご存じですか? 最近車に興味を持ち始めたという人は聞いた事がないかもしれませんね。かつてはフォルクスワーゲンと並ぶドイツの大衆車メーカーとして頑張っていましたが、現在はGM(ゼネラルモータース)の1ブランドとして生き延びています。日本でもヤナセが扱うブランドのひとつでしたが、2007年に日本市場から撤退してしまいました。そんなオペルの小型車“コルサ”についてのお話です。

現在のオペルコルサは5代目です

出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Opel_Corsa

どうですか? けっこうかわいらしくて日本でも人気が出そうな気がしますが、ライバル達がしのぎを削る激戦区ですから難しいのでしょうか。トヨタのアクアくらいの大きさのFWD車で、直列3気筒DOHC999cc~直列4気筒DOHC1,598ccターボまで5種類のガソリンエンジンに加えて最新の1.3Lディーゼルエンジンもラインナップに加えています。

オペルについて少しだけ

創業は1863年と古く、ミシンや自転車を生産する会社でしたが、創業者のアダム・オペルが亡くなると息子達5人が自動車の生産を開始しました。1899年当時、ドイツのルッツマンやフランスのダラックをライセンス生産しながら技術を修得し、1902年には独自開発車を完成させています。早くからフルライン化を進めていて、第一次世界大戦勃発以前の時点で、“ドクトルヴァーゲン”と呼ばれる小型車からメルセデスに並ぶ高級車・高性能レーシングカーまで製造する有力メーカーでした。
第一次世界大戦後に量産大衆車“ラウフプロッシュ(雨蛙)”の成功で、当時のドイツ国内最大手自動車メーカーの地位を確たるものにしています。
ですが、戦後の不況下でドイツへのアメリカ資本流入が激化し、欧州進出攻勢を強めていたGM資本を受け入れ、1931年にはGMの完全子会社となってしまいます。第二次世界大戦初期にナチスの圧力でGMが権利を放棄し、軍需向けに中型トラック“ブリッツ”を製造していましたが、1948年にはGMが経営権を回復しました。
1970年代にGMが打ち出した“グローバルカー構想”に振り回され、“ドイツ最大手メーカー”の名声は完全に失われてしまいます。現在もGMの1ブランドという扱いで、このコルサも欧州ではオペル、英国ではヴォグスホール、オーストラリアではホールデンとブランド名を換えて販売されています。

初代コルサ

出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Opel_Corsa

初代のコルサです。日本にも少量ながら輸入されていました。すでにトヨタが“コルサ”の名前を使っていましたので、“オペル100i”及び“オペル130GT”という名前で販売されました。

日本で大ヒットした2代目

出典:http://www.carsensor.net/catalog/opel/vita/F001/M007G005/

40代のかたでしたら“あー!”って言いますよね。日本での名称を憶えていますか?あ、写真のナンバープレートでネタバレしてますね。そう、“ヴィータ”です。先代とは大きくデザインが異なりますが、これはGM所属の日本人デザイナー・児玉英雄氏によるデザインなんです。
中尾ミエさんのヒット曲“可愛いベイビー”のメロディに乗せて“かわいいVITA♪ハイハイ”と歌う親しみやすいCM、丸みを帯びたデザイン、さらにデュアルエアバッグやABSといった安全装備が充実していて価格も輸入車としては安かったことから初年分はすぐに完売してしまいました。
調子に乗って輸入台数を増やした結果余剰在庫を抱えることになり値引き販売を始めましたが、2000年に放送された大ヒットドラマ“ビューティフルライフ”でヒロインの愛車として赤いヴィータが起用され、在庫過多は一変輸入待ち状態になったのです。

鳴かず飛ばずの3代目

出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Opel_Corsa

2001年にデビューした3代目コルサです。日本では引き続き“ヴィータ”の名前で販売されました。2000年に“日本ゼネラルモーターズ”が設立され輸入権がヤナセから移りますが、しばらくはヤナセでも併売されていました。
GMは独自に“GMオートワールド”というディーラーネットワークを立ち上げ、ヤナセとの間に確執が生まれたことでヤナセは次第にオペルの販売から遠のきます。結果的にオペルの販売台数は激減し、日本GMは低価格で薄利なヴィータの輸入をモデル途中にも関わらず打ち切ることになったのでした。

日本には導入されなかった4代目

出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Opel_Corsa

先代の途中で販売が打ち切られたコルサが日本へ輸入されることはありませんでした。日本GMはそれまでの低価格路線を変更して高級路線にシフトするも、メルセデスやBMWに価格帯が近づいたことでオペルの販売台数はさらに低迷してしまいました。
故障が多く修理費用が割高、それによる中古車市場での人気低迷、リセールバリューの低さ、折からの輸入車ブームにより目が肥えた日本のユーザーから“他のドイツ車と比較して地味で、信頼性や高級感も劣る、プレミアム性に欠けるブランド”と認知されてしまったのでした。
もはやブランド価値は崩壊し、日本でのオペル車販売を維持することは困難でした。親会社であるGMの経営悪化が深刻化したことも重なり、2006年5月8日に、GMは日本撤退を表明したのです。

最後にまとめ

下半身不随のヒロインを演ずる常盤貴子が車イスを出してヴィータから降りてくる姿は、当時の年頃の女子に多大な影響を及ぼしたようですね。親世代の“娘にかってやりたい車”の第1位に選ばれた車でもありました。
ヤナセとの関係を崩さなければ、もしかしたら今頃は“輸入車と言えばオペル”になれていたのかもしれませんが、“たら・れば”を言っても仕方がないのが世の常というものなのでしょう。