【マセラティビトゥルボ】はドイツ語で“ターボがふたつ”って意味なんです

マセラティと言えばイタリアを代表するスペシャリティカーメーカーですが、1960年代以降は財政難にあえぎながらあちこちをたらい回しにされつつなんとか生産を続けている状態でした。フィアット傘下に合流後、とりわけフェラーリ直轄になってからは素晴らしい業績を上げていますが、70年代・80年代は決して褒められる自動車づくりではありませんでした。この“ビトゥルボ”は、まさにその時代に生まれた車なのです。

マセラティ社について

1914年に創立したマセラティは、大戦後から50年代の半ばまでフェラーリの最大の好敵手としてレース活動をするほど優れたメーカーでしたが、すべてをつぎ込んだレース活動でも思うような結果に恵まれず、1958年には経営危機に陥ります。以降はシトロエン、シトロエンを買収したプジョー、デ・トマソ、フィアットの元を転々とします。フィアットグループ参入後、とりわけフェラーリ直轄になってからは良い環境で車づくりができています。

レースでの活躍

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%A3

50年代にはF-1にも参戦していました。残念ながらコンストラクターとしてのタイトルはありませんが、ドライバータイトルは2度獲得しています。
全70回の出走のうち、優勝9回、表彰台37回、ポールポジション10回、ファステストラップ13回は、立派な数字でしょう。
この戦績から、フェラーリよりも格上と見なしている向きも少なくありません。

photo by hertylion

当時の写真ではありませんが、これは現在日本で行われている“ミッレ・ミリア”での写真です。堺正章さんがオーナードライバーとして参加されているのは有名ですね。
この車はマセラティ200Sです。詳細はわかりませんが、おそらく1956年製ではないかと思います。

マセラティビトゥルボという車

出典:https://www.carthrottle.com/post/retrospective-maserati-biturbo/

マセラティ・ビトゥルボ

ビトゥルボのデビューは1981年です。当時のマセラティはデ・トマソ傘下でした。マセラティを手に入れたデ・トマソは、この名門スポーツカーメーカーのブランド力をもっと買いやすい価格の乗用車の販売に利用しようと思い、2リッタークラスの4人乗りスポーティカーの開発に着手しました。
こうして生まれたビトゥルボは、純粋なスポーツカーというよりはスポーティーな乗用車です。2ドアノッチバック・クーペの車体寸法は当時のBMW323i(E21系)よりもやや小さいものの、豪華な内装と高度な設計のエンジンを搭載して価格はBMWよりもやや高いという設定でした。
ビトゥルボの名前は、2つのターボチャージャーが備え付けられていたことに由来しています(ツインターボのドイツ語表記)。ちなみに装着していたターボチャージャーは石川島播磨重工業(現IHI)製です。アルミ製の90度V6SOHCツインターボ付きエンジンは、メラクの2,000ccモデルをベースにしたものですが、元をたどればマセラティの名技師長ジュリオ・アルフィエーリが設計したF1レーシングカー用V8エンジンをショートカットしたものです。
デビュー時の2,000ccという排気量は、それを超えると車両価格の38%の特別税が課せられるイタリア国内向けに用意されたものです。翌年には、2,491cc・185psに増強した輸出向けの“ビトゥルボE”がデビューしています。
発売当初はマーケットに好評で迎えられ、ピーク時には年産5,000台以上を記録してマセラティを倒産から救ったビトゥルボですが、信頼性の低さと維持メンテナンスの困難さから次第に人気は低下してしまいました。

ありがたくない評判

私がメカニックだったころ、業界ではマセラティ車は“かっこいいだけで手を出してはいけない車”と呼ばれていました。走行中に突然止まる、エンジンがかからない、などは日常茶飯事で、小さなボディに納められたツインターボ仕様のV6エンジンはお世辞にもメンテナンスしやすい車ではありませんでした。“1年の半分以上を工場で過ごす”などと揶揄されるのが常でした。

モデルバリエーション

そうは言ってもビトゥルボは長寿モデルで、フィアット傘下になる1994年まで生産されました。以降1997年まで、カリフ、228、シャマル、ギブリIIなどの派生モデルたちのベースとなりました。

2ドアクーペ

出典:https://www.carthrottle.com/post/retrospective-maserati-biturbo/

マセラティ・ビトゥルボS

1983年に登場した“ビトゥルボS”です。黒塗りのフロントグリルやボンネット上のエアスクープでスポーティな外観になりました。ターボチャージャーにインタークーラーを装備して、国内仕様は1,995cc・180psから1,995cc・205psへ、輸出仕様は2,491cc・196psにそれぞれ強化されています。
1986年にドイツ・ボッシュのK-Eジェトロニック電子式燃料噴射付きになり、1,995cc・185psのイタリア国内向け“ビトゥルボi”、225psの“ビトゥルボSi”、2,491cc・188psの“ビトゥルボ2.5Si”になりました。1988年にマイナーチェンジを受け、ビトゥルボの名前が消えました。イタリア国内向け“マセラティ・2.24V”(4バルブ1,996cc・245ps)、“222E”・“222SE”・“222SR”(2,790cc・250ps)、“222 4V”(4バルブ2,790cc・279ps)になっています。また1991年に最高性能版として、1,996cc・285psの“マセラティ・レーシング”も生産されました。フィアットに売却された後、ビトゥルボ系は大幅なマイナーチェンジを受けてギブリIIに発展しています。

出典:https://www.carthrottle.com/post/retrospective-maserati-biturbo/

マセラティ・レーシング

4ドアセダン

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%AB%E3%83%9C

マセラティ・430

1983年に4度亜セダンが追加されました。もはやクアトロポルテではないか! というご意見はとりあえずしまっておいてください。ホイールベースを2,600mmに延長して後席の居住性が高められています。当初は2,491cc・200psの“ビトゥルボ425”、その後イタリア国内向け1,995cc・180psの“ビトゥルボ420”が登場しました。
1986年以降は、クーペと同様に燃料噴射付きになり、“ビトゥルボ420i”、“ビトゥルボ425i”に加えて、2,790cc・225psの“ビトゥルボ430”も加わりました。1990年以降はクーペと同様にビトゥルボの名前が消えています。1994年にはクアトロポルテIVに発展しました。

スパイダー

出典:https://www.carthrottle.com/post/retrospective-maserati-biturbo/

マセラティ・スパイダービトゥルボ

1984年のトリノ・ショーでスパイダーが発表されました。セダンとは逆にクーペのホイールベースを2,400mmに短縮して2シーターとし、カロッツェリア・ザガートがオープンボディを架装しています。クーペ同様“ビトゥルボi”、“ビトゥルボ2.5”、“ビトゥルボ2.8i”その他のモデルも用意されましたが、1991年以降は“スパイダーIII”に車名変更されました。

最後にまとめ

出典:https://www.carthrottle.com/post/retrospective-maserati-biturbo/

とにかく“すぐ壊れる”という印象しかありません。でも、調子が良いときは素晴らしく速くて楽しい車でした。さすがに中古車市場でも見なくなりましたが、まさに“手を出してはいけない車”です。