【BMW 2002】いまでも世界中で愛されているのは何故?

BMW(ドイツ語:Bayerische Motoren Werke、和訳:バイエルン発動機製造工場)言わずと知れたドイツの自動車・オートバイのメーカーです。フロントマスクに特徴的なデザインがあってキドニーグリルと呼ばれています。キドニーとは英語で「腎臓」の意味で、形が似てたからだと思いますが他にも例えがあった様な気はしますよね。でも、それを見れば「ああ、BMWね」と気づく人は結構いると思います。

BMW 2002が生まれるまで

1800年代後半にドイツの偉人たちによって発明された内燃機を搭載した自動車がこの世に走り出しました。それからおよそ30年後の1916年からBMWという会社の歴史は始まったのです。創業から100年の歴史を持ち、正に自動車史と共に生きてきた老舗メーカーですね。その歴史の中でもクラシックカーのファンに絶大な人気を誇っているのがBMW2002シリーズです。今回はBMWの歴史を辿りながらBMW2002シリーズの人気について考えてみたいと思います。

BMWの歴史と二つの世界大戦

BMW創業時のドイツは第一次世界大戦(1914〜1918年)の真っ只中にありました。1916年にBayerische Flugzeug Werke (BFW AG、バイエルン航空機製造株式会社)という名称で創業し、翌年1917年には社名をBayerische Motoren Werke(BMW AG、バイエルン発動機製造株式会社)と改名したのが現在のBMWです。この年に最初の航空機エンジン「タイプIIIa」を製造しました。BMWのエンブレムデザインのモチーフは飛行機のプロペラだと言われていますが、戦火の中で産声を上げたBMWが戦闘機の製造メーカーだったからなのです。そして第一次世界大戦の敗戦国ドイツは1919年に締結されたヴェルサイユ条約によって国内での航空機及び関連部品も含め製造・輸出が禁止されてしまい、BMWは主力商品を失うこととなりました。そんな戦後の混乱を経て1922年にモーターサイクルメーカーとしての再出発を果たしました。そして1926年には改めて航空機製造部門をBFWとして分離(同社は1938年にメッサーシュミットと改名)し、1932年には念願の自社開発4輪車"3/20 AM 1"の製造が開始されました。こうして2輪・4輪のメーカーとして事業を再開できたのです。しかしわずか7年後には、またも戦争の影がBMWを覆うことになります。1939〜1945年の第二次世界大戦です。この開戦の年に世界初のジェット戦闘機、メッサーシュミットMe262用ジェットエンジン、BMW003の開発をスタートさせました。この様にBMWは2つの世界大戦に於いて技術力が裏目となって翻弄されながら操業と停止を繰り返して来ました。そして戦後の混乱を乗り越えて1948年から前回同様に2輪車から操業を再開させたのでした。

BMW3度目の危機

1951年に戦後初の4輪車・501が製造開始され商業的にも成功しBMWのイメージ再興にも大きな役割を果たしました。しかし、この大型高級車市場ではすでに圧倒的な強さを誇るメルセデスの存在があり、敗戦国ドイツにおいてはこのクラスの需要は限られていました。また、大衆向けにはイタリアのイソ・イセッタからライセンスを受けたBMW・イセッタ、その発展型のBMW・600を市場展開していましたが、その両極端は車種構成が災いし、1959年には経営破綻寸前にまで追い込まれてしまいました。

BMWの新たな挑戦

「ノイエ・クラッセ」新しいコンセプトカーの誕生

1959年にはダイムラー・ベンツへの吸収合併寸前まで行ったBMWでしたが、実業家ヘルベルト・クヴァント氏の出資によって存続の危機を免れました。そして1961年にBMW社内においてノイエ・クラッセ(ドイツ語:Neue Klasse )というコードネームで設計が進められたBMW1500が発表、翌年から販売開始されました。英語表記でNew Class(新しいクラス)という意味で、財政破綻を招く原因となった車種構成を改め第二次世界大戦後に作っていた車種とは異なる新たな設計コンセプトでした。それは車体に構造強度を持たせるモノコックボディーの採用でした。もとは航空機のエンジンメーカーとして技術力には定評のあったBMW1500はこれまでのアッパークラス(高級車)とスモールクラス(大衆車)のちょうど中間に当たるミドルクラスというカテゴリーを高性能・高品質な車として市場に受け入れさせることに成功しました。一足先に登場していたリアエンジン大衆車700と、このBMW1500の成功により経営状況は改善、販売規模が拡大し、破綻寸前だったBMWを一気にドイツの代表的メーカーに成長させ、その後の世界中の自動車デザインに大きな影響を与えました。

BMW1500シリーズ

このBMW1500はその性能向上と他社との競争に勝つ抜くために排気量が拡大されていきました。1963年1,773ccのBMW1800。1964年には中間車種として1,573ccのBMW1600。1966年には1,990ccのBMW2000とバリエーションを増やしていきました。BMW1500は1966年、BMW1600は1968年にその役目を終えて生産終了しましたが、BMW1800とBMW2000はボディーやシャーシの基本構造は変えずに1972年にBMW初代5シリーズ(E12モデル)が登場するまで生産されました。また、ツインキャブレターの高性能版であるBMW1800TI/2000TIは、時のヨーロッパ・ツーリンガー選手権(ETC)などでも好成績を収め、キューゲルフィッシャー製機械式燃料噴射装置を装備したBMW2000tiiも登場しました。現在のBMWの5シリーズは、BMW1500の直系発展型で、その他のセダン・クーペ車種である3シリーズ、6シリーズ、7シリーズは、基本的にはこのノイエ・クラッセ各車種の派生系になります。近年のBMWのラインナップにスモールクラスとして2シリーズの名称が復活していますね。

2シリーズの誕生

この「ノイエ・クラッセ」BMW1500シリーズのボディスタイルは4ドア・セダンモデルで、欧州だけでなく北米市場でも販売が好調でした。その北米の販売代理店から「よりスポーティーな2ドアモデルが必要だ」という要望が多く寄せられていました。当時の北米市場ではジャガー・Eタイプなどイギリス製の2ドアスポーツカーが好調な販売実績を挙げていて、BMW1500シリーズも販売戦略上2ドアモデルが必要不可欠となっていました。そこで1966年に北米市場の要望に応えジュネーブショーで2ドアモデルのBMW1600-2を発表しました。

BMW1502〜2002

1966年に発表されたBMW1600-2は後にBMW1602と改名された。そしてBMW2002、BMW1802、BMW1502という順で4ドアモデルと並行して2ドアモデルがラインナップされて行きました。
1966年からの前期型も1973年からの後期型も外観はタルガトップ(屋根が外せる仕様)やスポイラー装着などモデルのバリエーション展開やマイナーチェンジはありましたが、それぞれの基本となるモノックボディーは共通で、前期型のデザインは丸型のテールランプ、後期型は角型のテールランプが外観上の大きな特徴のひとつになっています。

2002の系譜

出典:https://fr.wikipedia.org/wiki/BMW_2002

前期型のBMW2002

2シリーズは日本のクラシックカーファンの中でも人気があり、「マルニ」の愛称で呼ばれています。生産台数もシリーズの中で最も多かったのが2,000ccエンジンを搭載したBMW2002でした。また、排気量表記の数字「2002」シングル・キャブレター仕様、の後に付くアルファベットによって「2002ti」ツイン・キャブレター仕様、「2002tii」機械式インジェクション仕様、「2002turbo」ターボ仕様といった吸気システムによるバリエーションを表していました。1975年には初代5シリーズ(E12)としてフルモデルチェンジされましたが、廉価版・省燃費版のBMW1502のみは1977年6月まで生産されていました。ちなみにこの年に初代3シリーズも発表されています。また、BMW2002turboは世界で初めてターボを搭載した量産車として自動車の歴史に名を残しています。

出典:http://car.astroawani.com/detail/legends-and-legacies-bmw-2002-turbo-52641

BMW2002turbo
フロントスポイラーの文字が反転されているのは、前車のバックミラーに映った際の「威嚇」だったと言われています。当時はそれほど高性能だったそうです。

BMW2002シリーズの性能は

BMW2002
エンジン:SOHC直列4気筒1,990cc
出力:100HP/5,500rpm、16.0kg-m/3,500rpm
最高速:173km/h
全長:4,230mm
全幅:1,590mm
全高:1,410mm
車両重量:990kg

BMW2002ti(ツインキャブレターモデル)
エンジン:SOHC直列4気筒1,990cc(圧縮比を9.3:1にハイコンプレッション化)
出力:120HP/5,500rpm、17.0kg-m/3,600rpm
最高速:185km/h

BMW2002tii(インジェクションモデル)
エンジン:SOHC直列4気筒1,990cc(圧縮比を9.5:1にハイコンプレッション化)
出力:130HP/5,800rpm、18.1kg-m/4,500rpm
最高速:190km/h

BMW2002Turbo(ターボモデル)
エンジン:SOHC直列4気筒1,990cc(圧縮比を6.9:1にローコンプレッション化)
※独KKK社(Kühnle Kopp und Kausch)製BLDターボチャージャー装着
出力:170HP/5,800rpm、24.5kg-m/4,000rpm
最高速:211km/h


下記の参考データは同世代の日産ブルーバード(510)に搭載されていたSOHC4気筒排気量1,800ccのL18型エンジンの出力です。輸出向けには排気量2,000cc仕様もあったので、そちらのエンジンであればBMW2002と比較して遜色の無い性能があったと思います。
105HP/6,000rpm 15.0kg-m/3,600rpm(シングルキャブ仕様)
110HP/6,000rpm 15.5kg-m/3,600rpm(SUツインキャブ仕様)

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ここで1960〜1970年代のBMW2002シリーズの価格についても触れてみましょう。この時代はまだアメリカ中心の金本位制に基づく固定為替相場だったので、日本円が1ドル=360円、ドイツマルクが1ドル=4.2マルクの時代でした。ここから計算するとBMW2002turboのドイツ国内での新車価格が20,780DMだったので日本円にすると約178万円程です。「お、以外と安い」と思わないで下さいね。現在の貨幣価値に直すと4倍の712万円位のイメージです。ドイツ本国価格での換算なので実際は1,000万円位はしたのでしょうね。ちなみに前期型のBMW2002は9,400DMだったので約500万円位のイメージですね。このBMW2002シリーズが現在の中古市場でどれくらいの価格で取引されているか見てみると、その人気がご理解いただけると思います。40年以上前の車のなので保存状態によって価格差が大きいのですが、程度の良い物はおよそ200〜300万円が相場といった感じです。エンスージアストは100〜200万円位の車を手に入れて、ご自身でパーツを集めてレストアを楽しむ方もいます。また、金額は新車並みですがクラシックカー専門店で素性が明らかで、メンテナンスが行き届いている車を手に入れて走りを満喫している方もいます。量産車ではあったので探せば比較的見つけやすいことも確かで、クラシックカーの世界に足を踏み入れてみるにはちょうど良い車ではないでしょうか。

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BMW2002シリーズが今なお愛される理由

ここまでBMWという自動車メーカーが辿ってきた歴史的背景から名車BMW2002を見てきました。自動車にモノコック構造というコンセプトをもたらし、航空機エンジン技術であったターボチャージャーを量産車に搭載したBMW。そして、この二つ技術は世界の自動車メーカーが現在でも採用している技術です。このBMW2シリーズにはBMWの戦後の歴史そのものであり、そのハイエンドモデルがBMW2002シリーズなんですね。1919〜1930年頃までのいわゆる自動車黎明期の車をビンテージカー、それ以降からは現代から遡って25年以上前の車を概ねクラッシックカー・ヒストリックカーと呼ぶそうです。その定義は曖昧だそうですが、あえて今回のBMW2002シリーズはヒストリックカーと呼んであげたいですね。今夜はビールとソーセージで不屈のゲルマン魂に乾杯!!