【ランボルギーニー・エスパーダ】4人乗り実用的なスーパーカー?

ランボルギーニー・エスパーダ(Lamborghini Espada)は、ランボルギーニの4名乗りのグランツーリスモとして誕生した車です。10年間で、1,217台生産されました。ランボルギーニの中では、比較的生産台数が多いモデルです。では、エスパーダの歴史をみていきましょう。

ランボルギーニという会社

ランボルギーニ(Lamborghini)は、「フェルッチオ・ランボルギーニ」が創設したイタリアの自動車メーカーです。正式名称は「ヌオーヴァ・アウトモービリ・フェルッチオ・ランボルギーニ」(Nuova Automobili Ferruccio Lamborghini Spa)といいます。
1949年(昭和24年)に「フェルッチオ・ランボルギーニ」が「ランボルギーニ・トラットリーチ」を設立しました。
創設時は、トラクターの自社開発、自ら開発した排気熱で軽油を気化するイン・パボリザトーレというシステムを使って高性能なトラクターを造り成功を収めました。このトラクターは、日本にも輸入され販売されていたこともあります。
1962年に「フェルッチオ・ランボルギーニ」を設立しここからランボルギーニのスポーツカーの歴史が始まりました。
1963年トリノショーに「350GTV」を発表し、当時としては、非常に目を引く独創性にあふれたものでした。
1964年に「350GTV」に改良を加え、市販車第一号として販売を開始しました。
その後、「400GT」を販売し、1966年ランボルギーニ・ミウラ、1971年ランボルギーニ・カウンタックと次々とスーパーカーを販売しました。

好調だったランボルギーニもボリビアのクーデターやオイルショックなどにより経営が悪化し
1978年(昭和53年)4月、BMWから委託されていたM1の生産の遅れから契約を破棄され倒産してしまいました。M1のデザインまでは、できていたそうですが、製造着手が遅れたそうです。
ここから、ランボルギーニの苦難の時代が始まりました。
1987年、クライスラー傘下に入り、ランボルギーニのブランドは存続されました。
1999年、クライスラーが倒産したためアウディ傘下となりました。
現在、ランボルギーニは、フォルクスワーゲン・グループのアウディ・ブランド部門のブランドに属しています。単独のブランドではないのは残念ですが、今後も存続してほしいブランドです。

【ランボルギーニ・エスパーダ】という車

【ランボルギーニ・エスパーダ】の名前の由来

ランボルギーニー・エスパーダのエスパーダ(Espada)は、ランボルギーニが1968年から1978年の10年間生産したグランツーリスモです。エスパーダとはスペイン語で「剣」を意味します。車のエンブレムのデザインも「剣」をモチーフにしています。左右のサイドで、カーデザインが違います。

【ランボルギーニ・エスパーダ】の誕生

ランボルギーニ・エスパーダは、1967年ジュネーヴ・ショーに出品されたランボルギーニ・マルツァル、同年のロンドンショーにデビューしたジャガー・ピラーナという2つのプロトタイプのモチーフが生産モデルとして現実化されたものです。ランボルギーニ・エスパーダは、3ドアハッチバックボディデザインでデザインを担当したのはミウラ同様、ベルトーネに在籍当時のマルチェロ・ガンディーニです。
ランボルギーニ・エスパーダは完全4シーターのスーパーGTとして設計され、400GT/ミウラと同じV12エンジンをフロントに積み、全4輪ディスクブレーキを備えていました。

【ランボルギーニ・エスパーダ】の遍歴

ランボルギーニ・エスパーダは、10年間で2回のモデルチェンジをしています。それぞれのモデルチェンジで3つの時期に分かれています。
(1)1968~1970年シリーズ1(S1・生産台数186台)
(2)1970~1972年シリーズ2(S2・生産台数575台)、1970年にはパワーステアリングがオプションでつきました。
(3)1972~1978年シリーズ3(S3・生産台数456台)、フロントグリルとホイールデザインが変更されました。1974年にはランボルギーニとしては初めてオートマチックを搭載し、1975年には対米仕様のバンパーが黒い衝撃吸収式に改良されました。その後、1978年に残念ながらランボルギーニ倒産とともに生産中止になりました。

【ランボルギーニ・エスパーダ】のスペック

ランボルギーニ・エスパーダのインテリア

ランボルギーニ・エスパーダの内装ですが、少し大きめの木のハンドルとインパネ周りも木のデザインでとても落ち着いた感じです。また、しっかり体をホールドできるシート、後部座席も前席と同じシートで、前席と同じ座り心地が確保されています。さらに、後ろのトランクルームも全面に開くハッチバックでかなりの広さが確保できています。スーパーカーとしては、かなり実用的な車になっているのではないでしょうか。生前、フェルッチオ・ランボルギーニは「助手席に座るレディのメイクアップが(汗で)落ちないような快適な車を作りたい」といってたようなので、このような空間のスーパーカーができたのでしょう。

フロントのボンネットは、かなり大きく前方に開く開き方が特徴です。日本では、いすゞのPIAZZAがこういう開き方でした。あと、後部座席のウインドは下の部分が外側に開き、風が取り込みやすくなっています。なかなか面白い開き方です

【ランボルギーニ・エスパーダ】のエンジン

エンジンは、V12気筒、最高出力350hpとスーパーカーのお決まりのスペックです。エンジンのV12サウンドは、車好きにはたまりません。V12気筒エンジンの最大の特徴としては、12個ある気筒によって一次振動と二次振動が完全に打ち消される形となり、理論上では直列6気筒エンジン、水平対向6気筒エンジンと並び、振動の無い「完全バランスエンジン」の1つといえることです。この特性により非常にスムーズな回転感覚に加え、12気筒の大排気量から生まれる高出力が得られるためスポーツカーにはなくてはならないエンジンの形の一つになっています。このV12気筒エンジンをランボルギーニは、初めから独自に開発しておりいまだに研究開発をしています。

ちなみに、現在、ムルシエラゴ後継モデルに搭載する新型V12エンジンは、最高出力515kW(700ps)/8,250rpm、最大トルク690Nm(70.4kgm)/5,500rpmを発生するまでになっています。出力は、ランボルギーニ・エスパーダに積んだV12エンジンの2倍までになっています。

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しびれますね、エンジンのV12サウンドをお聞きください。

【ランボルギーニ・エスパーダ】の基本スペック

【車名】ランボルギーニ・エスパーダ(Lamborghini Espada)
【販売期間】1968年~1978年
【デザイン】ベルトーネ
【乗車定員】4名
【ボディタイプ】 3ドアハッチバック
【エンジン】V型12気筒ガソリン3,929cc
【最高出力】350hp
【変速機】5速MT/3速AT
【駆動方式】FR
【全長】4,730mm 【全幅】1,860mm【全高】1,185mm【ホイールベース】2,650mm
【車両重量】1,480.1kg
【0-100Km/h加速】6.6秒
【最高速度】260km/h

【生産台数】1,217台

【ランボルギーニ・エスパーダ】数々のアニメに出演

タイガーマスク、伊達直人の愛車はランボルギーニ・エスパーダ?

タイガーマスクは、1968年~1971年にかけて、漫画雑誌に連載された漫画です。アニメ化されよみうりテレビ・日本テレビ系列にて1969年10月2日から1971年9月30日まで放映されました。原作は、梶原一騎、作画は、辻なおきです。記憶のある人も多いのではないでしょうか? その主人公タイガーマスクこと伊達直人が乗っている車が、赤いスポーツカーでした。
ぱっと見た目、そのスポーツカーがランボルギーニ・エスパーダのようにみえます。画像がないので判断できないと思いますが、ボディの形状は、ランボルギーニ・エスパーダなのですがよくよく見てみるとヘッドランプとフロントグリルの形状とが、ちょっと違っています。これは、ランボルギーニ・エスパーダではなく、そのモチーフになったジャガー・ピラーではないかと思います。正直、どちらを描きかったのかわかりませんが、このスポーツカーに興味を持ち描いてくれたことはうれしいことです。興味があれば、タイガーマスク見て比較してみてください。

アニメ「ルパン三世」にも登場

ランボルギーニ・エスパーダは、ルパン三世にも登場しています。ファーストシリーズの第13話「タイムマシンには気をつけろ」に登場しています。冒頭から登場し前半部分に登場しています。赤のランボルギーニ・エスパーダです。ただ、なぜか右ハンドルです。その辺がアニメですかね? でも、ルパン三世はどのシリーズも乗り物の描写には凝っていますから数ある名車の中で、ランボルギーニ・エスパーダが選ばれ描かれたのは、その車の魅力があった証拠だと思います。また、ルパン三世には、ランボルギーニ・エスパーダ以外のいろいろな名車が登場していますので見るときは、注意して探してみてください。

【ランボルギーニ・エスパーダ】日本での販売

ランボルギーニ・エスパーダの日本でのお目見えは、1969年の東京オートショーに正規輸入第一号として三和自動車によって出店されました。その後も輸入販売されました。

ただ、ランボルギーニ・エスパーダを手に入れるには中古車を探すしかないのですが、日本での中古市場では、売りに出ているものは一台も無いようでした。海外を探すしかないようです。

ちなみに、日本で、ランボルギーニ・エスパーダを所有していた著名人は、俳優の「夏木陽介」さんが1972年に所持、「黒沢年男」さんが1973年に所持、所有していた年代はわからないのですが「松田優作」さんが所持していました。このほかも所持していた人がいると思いますので調べてみてください。これだけの著名人が所有してたので、国内には結構台数があったような気がしますが、ほとんど今は見かけませんし中古市場にも出てこない状況です。まあ、約45年も前の物ですから維持はかなり難しいのでしょう。

【ランボルギーニ・エスパーダ】を見たい!

でも、どうしても実物を見てみたいという人には、博物館などに行くしかありません。しかし、残念ながら日本国内で常設展示している博物館はありませんでした。

ただ、昨年の「トヨタ博物館クラシックカーフェスティバル2015」に展示されていたのと東京ビッグサイトで「S.I.S スペシャルインポートカーショー プレミアム2014」に展示されていました。2015年も「S.I.S スペシャルインポートカーショー プレミアム」は開催されましたが、ランボルギーニ・ミウラは展示されていたのですがランボルギーニ・エスパーダは展示されていませんでした。

もしかしたら、2016年、もしくは次回以降の展示会で展示されるかもしれませんので、情報の網を張って楽しみに待ちましょう。

最後は、もうイタリアに乗り込むしかありません。ランボルギーニが2001年に開館したランボルギーニ・ミュージアムには、ランボルギーニ・エスパーダはもちろん、歴代のランボルギーニのモデルが展示してありますので、どうしてもランボルギーニ・エスパーダを見たいという方は、ぜひ、訪問してみてください。また、工場見学もできるようです。

トヨタ博物館の公式ホームページです。施設の紹介、企画展・イベント情報、展示、利用案内、トヨタ博物館だよりなどをご覧いただけます。

ミュージアムでは専用のイベントを開催できるスペースをご用意しております。イベントや特別なご要望がありましたら、visit@lamborghini.com までメールでお問い合わせください。

番外【ランボルギーニ・エスパーダ】復活はある?

いろいろ、ランボルギーニ エスパーダについて調べていたらこんな記事を見つけました。『ランボルギーニ・エスパーダ復活へ…米インサイダー筋』! 内容を見ると、アメリカ自動車産業の業界ニュースでは定評のある『Destroit News』紙の運営するウェブサイト『Autos Insider』に【ランボルギーニ・エスパーダ】の復活を告げている。というものでした。よく日付を見ると2005年に掲載された記事でした。写真ものっていたので信憑性があるように思えたのですが、今現在、販売されていないので夢物語で終わってしまっているのがとても残念です。当時は、ミウラも復活?ということで結構騒がれたようでした。ただ、 エスパーダを復活したいという思いはまだありそうなので期待して待ちたいと思います。

まとめ

いかがでしたか? ランボルギーニ・エスパーダは、ランボルギーニ創設初期から一時、倒産までの10年間で生産されたモデルです。ランボルギー二が、倒産しなかったら今も生産されていたでしょうか? もし、生産されていたらどんな車になっていたのか想像するとワクワクしますし復活の話も一度でてきているので、どんなグランツーリスモになって現代に復活してくれるのか期待して待ちたいと思います。