【フェラーリテスタロッサ】今も尚語り継がれるフラッグシップモデル

1980年代中期。時は好景気に後押しされてバブル経済に突入しようという頃。フェラーリは熟成を重ねたベルリネッタボクサーの後継車種を発表しました。その名も“Testarossa(テスタロッサ)”。伝統だった排気量からの命名ではなかったことに加え、往年のフェラーリファンにとっては“特別な存在”である名車の名前が復活したことに人々は歓喜しました。四半世紀を迎えてもなお人気の高いフラッグシップモデルです。

まずはご覧いただきましょう

出典:http://jfs24.com/reviews/ferrari-testarossa.html

いかがですか、この堂々たる顔つき。名門フェラーリの頂点であることへの誇りに満ちた顔つきだと思いませんか。この姿がバックミラーに映ったときの威圧感は尋常ではありません。実際に現車を見ると、1,980mmという車幅と1,130mmという車高から繰り出される“平ぺったさ”は他を圧倒します。
今でこそランボルギーニを初めとするライバル達も含めて、このカテゴリーの車としては一般的な大きさになりましたが、デビューイヤーとなる1984年当時では、ここまで大型のスポーツカーは他にありませんでしたから、デビューしたときのインパクトはとても大きいものでした。

搭載するエンジンhは180度バンクのV型12気筒DOHC4バルブ。ボア×ストローク:82mm×78mmで総排気量は4,943ccです。
最大出力は、390ps/6,300rpm・50.0kgm/4,500rpmを誇りました。
最高速度:300km/h・0-100km/h:5.8秒・0-1,000m:24.1秒。
残念ながら、日本及び北米向け仕様は排気ガス規制の関係上、380ps・48kgmで、トランスミッションのギヤ比設定も異なる仕様になっていました。

この美しいスタイリングは言うまでもなくピニンファリーナによるものです。
発表当時話題になった左のドアミラーは、イタリア国内の法規に合わせてAピラーの中央位置に配置されていました。ミラーの形さえも優美で、このミラーを象ったオブジェが販売されていたほどです。
サイドラジエーターに空気を取り込むために、ドアからリアフェンダーにかけてスリット状のエアインテークが設けられているのが特徴です。これは、スモールバージョンである348TBにも取り入れられました。ドアのアウターハンドルがこのスリットの中に隠されているあたりが秀逸で、さすがピニンファリーナと思わせてくれるところです。

スポーツ走行性能はもちろんキャビン居住性にも配慮した結果、エンジンの搭載位置は従来モデルよりも後ろ側へ追いやられて、リアアクスル上にあるギアボックスの上方に配置されました。結果、ミッドシップというよりもRR車に近い重量配分になり、必然的に重心も高くなってしまいました。
そこに加えて、年を追うごとに厳しくなる各国の安全基準への対応により車両重量が増加してしまい、ミッドシップ・スポーツカーというよりもグランツーリスモ然としたハンドリングキャラクターに仕上がっています。

マイナーチェンジ

テスタロッサは2度のマイナーチェンジを受けます。
1度目は1986年のことです。
あの特徴的な左側のドアミラーが位置変更されました。輸出先諸外国の法規を考慮して、より一般的なAピラー付け根に取り付けられるようになりました。
エンジン制御システムが電子化され、KジェトロニックからKEジェトロニックへと変更されました。排気ガス規制への対応策で、出力の変更はありません。

2度目は1989年のことです。
これも特徴的だったセンターロックホイールが廃止され、一般的な5穴ホイールへ変更されました。

1992年、後継車となる512TRの発表により生産が終了されました。

これがテスタロッサたる由縁です

出典:http://mooregoodink.com/this-mans-efi-controllers-dominate-high-end-drag-racing-how-did-this-come-to-pass/

車輌に搭載された状態だと見にくいのですが、こうして単体になるとよくわかりますね。ヘッドカバーが鮮やかな赤色に塗られていること。これがテスタロッサの証です。
もちろん、あなたの愛車のエンジンも、ヘッドカバーを赤色にぬれば“テスタロッサ”に早変わりです。

冗談は置いておいて、こうして見てみると見事に水平配置のエンジンですね。でも、対向エンジンではありません。このエンジンは、一般的に60度や72度などとして使うV型エンジンのバンク角を180度まで開くことで水平配置にしているのです。
構造的にはボクサー(水平対向)ではなくV型の扱いになります。

水平対向エンジンについては以下の記事にまとめてありますので、ぜひご一読ください。

先代は512BB

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BB512BB

フェラーリで5リッター12気筒エンジンと言えば、512BBです。といって共感して下さるのは40台の方ですね。となりにいるランボルギーニミウラにも目がいってしまいますが...
実は、この512BBのエンジンもボア×ストローク:82mm×78mmで総排気量は4,943ccです。
テスタロッサはこの512BBのエンジンを基本的に踏襲しています。
シリンダヘッド周りがリファインされて4バルブ化されたことが一番の違いです。
512BBはデビュー当時はキャブレター仕様(ウェーバー製トリプルチョークダウンドラフトを3機搭載)でしたが、モデル末期には排気ガス規制に対応するためにインジェクション(ボッシュ製Kジェトロニック)を搭載していて、これもそのままテスタロッサに引き継がれました。
“BB”は“ベルリネッタボクサー”の意味なのですが、“ベルリネッタ”は屋根が閉じたクーペを指し、ボクサーは水平対向エンジンを指す呼称です。
ですがフェラーリの12気筒エンジンは、バンク角こそ180度ですが水平対向ではなくV型エンジンでボクサー構造ではないため、特にポルシェファンからいろいろと言われたものです。
ちなみにこの“BB”の呼称は、512BBの先代にあたる365GT4BBから使われています。

後継モデルは512TR

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BB512TR

一見するとテスタロッサと見分けが付かないほど似ています。見分けるポイントは、フロント側ならグリルのデザインと一体化されたウィンカー&ドライビングランプくらいです。リア側ではエンブレムと、エンジンベイの脇のフィンが一番後ろまで延長されていることでしょうか。
ホイールのサイズとデザインが変更されています。
“512”の“5”は排気量5.0Lを、“12”は12気筒エンジンを搭載することを意味しています。“TR”はテスタロッサの略です。
リトラクタブルヘッドライトやルーバー越しの角型テールライトなど大半のデザインはテスタロッサを踏襲していますが、タイヤサイズはテスタロッサの16インチから18インチへと大型化され、エンジン出力は425PSまで引き上げられました。
分割式だったフレームを一体式に改めて剛性を見直したり、エンジン重心位置を下げたり、操縦安定性に関する改良も行われています。テスタロッサの改良版として、長きに渡り造り続けてきたクルマの水準を引き上げた車です。
総生産台数は2,280台。

歴史的なモデル “テスタロッサ”

出典:http://www.benibuta.com/ferrari/V_brunch2002/VB2002_02.html

できれば走っている姿をお見せしたかったのですが、展示されている姿の写真しか探せませんでした。これも“テスタロッサ”と呼ばれる車です。というかこれこそ初代テスタロッサ“500TR”です。

1956年、強豪マセラティの2リッター4気筒エンジンに対抗するため、フェラーリは新たなエンジンをつくりました。かつてマセラティのエンジニアだったマッシミーノが、信頼性が高くてパワフルなエンジンへと熟成させました。
この新しいエンジンはヘッドカバーに赤色の塗装が施されていて、ここからテスタロッサの名前が生まれました。“テスタ”=頭で、“ロッサ”=赤色なのです。ボディスタイリングはスカリエッティが担当しました。
さらに空力に優れたスタイルのいいセカンドバージョンの500TRCもつくられ、やはりスカリエッティボディをまとっています。
ファクトリーカーとしてレースに出走したことはありませんが、既存のカスタマー向けにデリバリーされた500TRCは秀逸なハンドリングと信頼性を発揮して幾多の勝利を挙げました。

もうひとつ伝説の“テスタロッサ”

出典:http://roadcars.net/ferrari/225_250/ferrari_250_tr.htm

こちらは1957年に製作された250TRです。
1957年のスポーツカー世界選手権シーズン終了後、危険な領域に入りかけたレーシングスピードを抑制する目的で、1958年シーズンからはレーシングスポーツの排気量を3リットルに制限すると発表されました。
フェラーリは新型車の開発に先立ち、搭載するエンジンの選択に迫られました。315Sの4カム(DOHC)は開発期間の問題から却下され、コロンボ系のV型12気筒エンジンに決定されました。これはホモロゲーションの関係で少量ながら市販される前提であり、DOHCはプライベートユーザーの手に渡った際に扱いがシビアすぎるという理由で見送られ、SOHCの250GTユニットに決定されました。
新型3リットルマシン用のエンジンとして、それまでの250GTユニットからいくつかの改良が施されました。点火プラグの位置をVバンクの内側から排気ポート側へ移動することで、6基のツインチョーク・ダウンドラフト・ウェーバー・キャブレター38DCNを搭載できるようになりました。さらにバルブ径を拡大し軽量コンロッドや軽量ピストンに変更することで、最高出力は従来型の263psから304psへ強化されています。
このエンジンの開発時に、旧型エンジンとの識別のためにヘッドカバーを赤く塗っていたため、新型マシンは250テスタロッサと呼ばれるようになり、250TRと略称されることもあります。
もちろん、“250”は当時のフェラーリの伝統に習って、一気筒当りの排気量を表しています。
初期型TRの250ユニットはピストンにクラックが入るトラブルが多発し、勝てなかったレースも多くありました。
シャシは従来型と変わらず、航空機用の太い鋼管によるラダーフレーム構造です。サスペンションはフロントがダブルウィッシュボーンとコイル、リアは横置きリーフスプリングのド・ディオンアクスルか、トレーリングアームとリーフスプリングによるリジットアクスルが選択できました(市販型はリジットアクスルのみで、250GTOまで使われています)。

フェラーリ250については、以下の記事にまとめてありますのでぜひご一読下さい。

急騰しているテスタロッサ

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%83%86%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%B5

デビューから30年を経過したテスタロッサですが、ここへきて中古車相場が急騰しているのをご存じでしょうか。
テスタロッサのみならず、その後継モデルである512TRや、さらにその後継である512Mまでもが高騰しています。
数年前までは500万円台の車輌もあったテスタロッサですが、今では1,000万円を超えています。
512TRと512Mに関しては、価格応談の表記が並んでいます。
さらにその影響はスモールフェラーリにも波及し、F40や348シリーズなどの同世代のフェラーリも軒並み高騰しているのです。

同じ状況のポルシェ911

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BB911

実は、ポルシェ911の空冷モデルでも同じ現象が起きています。ナローと呼ばれる初期のモデルから、コードネーム993と呼ばれる最後の空冷911まで、中古車があれば売れる状況に陥っているのです。

テスタロッサと言い、911と言い、一体何が起きているのでしょうか。

ポルシェ911についてはこちらにまとめてあります。

過去にも事例が

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%BB206/246

その昔、フェラーリディノが突然高騰したことがありましたが、これはディノという車が正しく評価されていなかった事が原因です。
フェラーリの創始者エンツォは、“息子がつくったディノをフェラーリとは認めない”とのたまわったため、ディノは世間ではフェラーリ車として認められない存在でした。
その仕置きは徹底していて、ディノにはフェラーリのエンブレムが貼られていませんでした。
ところがエンツォが亡くなる直前に“ディノは良くできた車だ。フェラーリファミリーだ”と認めたために、それまで高級国産車よりも安値で取引されていたディノが10倍を超える事態を迎えることになりました。
現在でもディノの中古車は5,000万円を超えています。

狙われた日本の中古車市場

話がそれましたが、911やテスタロッサに起きているのは、ディノとは原因が明らかに違います。
なぜ突然中古相場が高騰しているのでしょうか。
それは、海外からの買付が増えたことが主な原因なのです。

911の場合は、エンジンを水冷化し足回りを大改革したことで近代的な乗り物に進化した反面、“ポルシェらしさ”を失ってしまったと見る向きも少なくありません。
そんな熱烈なファン達が“やはり空冷の911に乗りたい”と動き出しました。

80年代~90年代のフェラーリも同様に、エンツォが亡くなりピニンファリーナとの蜜月も終わって独自路線を歩き出したフェラーリ。
“あの頃のフェラーリは良かった”とか“ピニンファリーナデザインこそフェラーリ”などと言うマニアが動き出したのです。

海外ではある程度自分で車を整備する習慣があり、オリジナルの状態を保っている個体があまり多くありません。さらにフリーマーケットが各地で開催され、個人間レベルでも中古車の売買がさかんに行われていますので、履歴のはっきりしない車が多いのです。
それに比べて日本では、(特に高級車では)オイル交換までディーラーに任せる傾向が強く程度の良い車が多いですし、オークションの制度が確立されていて、整備の履歴や素性がはっきりしている(盗難車ではない)車が多いのです。
さらにオークション開場へ足を運べばお目当ての車が一度に見られ、各地を回って探す必要もありません。
このような理由から、日本の中古車市場は格好の漁場になっているのです。

最後にまとめ

テスタロッサ、512TR、512M、348、F40をお持ちの方がいらっしゃいましたら、大切にされることをおすすめします。
上述したとおり、バブル期に生産されたフェラーリは実に作りが良く、ピニンファリーナも円熟期を迎えて素晴らしいデザインでした。
私にとってはもはや手の届くところではありませんが、精一杯あの頃を思い出して楽しみたいと思います。