フランスが産んだ小粋なライトウェイト「アルピーヌA110」

ルノーの「1ブランド」というイメージが強い「アルピーヌ」ですが、もともとは独立した会社。そのアルピーヌ社がレースの世界を席巻しはじめたのがアルピーヌA110でした。いかつくもグラマラスな外観とは違い、初期に搭載されたエンジンはわずか1,000cc。今も名車として数を多くのファンのいるA110について調べてみました。

A110を産んだアルピーヌとは

アルピーヌ社は、1956年にフランスに設立されたカーメーカで、レーシングドライバーであり、ルノーの自動車ディーラーを経営していたジャン・レデレによって設立されました。
ジャン・レデレは、父から継いだカーディーラーが本業で、レースは自分用に改造したクルマを使って参加するアマチュアレーサーだったといいます。そのうち、このレースの様子を観た人から、自分にも同じクルマを作って欲しいというリクエストが出てくるようになります。このことでディーラー以外の収入源が得られました。また、後に起業するときにもレースに参加していたことでイタリアのレース業界とのコネクションも形成され、後にカーメーカー、特にスポーツカーメーカーという業種に参入する上で、大きな助けになっていきました。

ライトウェイトなスポーツカーA106のデザインが伝統化

1950年代という、戦争が終わった後の自動車業界再興期というタイミングも良かったのでしょうが、レース用の改造やルノーのチューンナップという仕事が増えだし、遂にA106を発売します。A106は、ルノー4CV用エンジンを使い、1950年代にトライアンフなどの名車を手がけたデザイナー、ジョヴァンニ・ミケロッティがデザインしたFRP製のボディーを背骨のような鋼管を使った頑丈なシャシーに載せていました。
この組み合わせで重量は500kgと非常に軽く、43hpの非力なエンジンながら、最高速度は153km/hを記録しています。

A106は、エンジン配置をリアマウントとしたことで、フロントノーズの低い美しい流線型のフォルムを形作ることができました。また、低いフロントノーズの先には巨大なヘッドライトや補助灯が取り付けられ、グラマラスでありながら、スマートさも感じられる独特な印象を与えるものでした。

この特徴的なスタイルには、ルノーからの部品・販売等サポートを受ける形で順調に生産も進み、フランス人にとっては、国産のスポーツカーとして満足の行く仕上がりになっておりアマチュアドライバーを中心に支持を集めました。実際、このA106は1962年まで生産が続けられた上、ジョヴァンニ・ミケロッティがデザインしたボディーは、このA108、A110と後継モデルに使われ続け、今でもファンを惹きつける魅力を放っています。

【基本情報】
車種名:アルピーヌA106(以下、初期モデル)
製造国 フランス
設計統括 ジャン・レデレ
デザイン ジョバンニ・ミケロッティ(ミッレ・ミリア)/自社(キャブリオレ、グラン・ルクス)
乗車定員 2人
ボディタイプ クーペ(ミッレ・ミリア、グラン・ルクス)/オープンカー(キャブリオレ)
エンジン 747cc 水冷直列4気筒OHV
最高出力 48PS/6,200rpmまたは27PS/4,400rpm
最大トルク 5.7kgm/1,800rpm
変速機 5速MT
駆動方式 RR
サスペンション 前:ダブルウィッシュボーン 後:スウィングアクスル
全長 3,700mm
全幅 1,450mm
全高 1,220mm
ホイールベース 2,100mm
車両重量 565kgまたは545kg

レースシーンに登場したアルピーヌ「A106」

その後、ルノー4CVベースのA106が大成功を収めたアルピーヌは、1959年のパリサロンでA108を発表します。A108はそれまでのルノー4CVベースからルノー・ドーフィンをベース車両に変更しています。ドーフィン用水冷直列4気筒OHVエンジン845ccをボアアップし904ccとした出力60hp/6,200rpmのエンジンを搭載たA108では、A106のようにシャシーまで流用することができませんでした。そのため、新しいシャシーを製作する必要があり、床下の車体中央を縦に走る中心線に太い丸鋼管を配置してメインビームにしたバックボーンフレームを採用しています。アルピーヌではA106のボディー形状を使い続けましたが、このフレーム形式は、後のA610までアルピーヌブランドのスポーツカーでは伝統として使われ続けることになります。決してパワフルとはいえないながら、軽量化された車体との組み合わせも良く、最高速は167〜170km/hとされています。

発売当初はクーペの「ミッレ・ミリア」とオープンカーの「キャブリオレ」と2つのボディータイプがでしたが、1960年にはキャブリオレに固定ボディを載せた「ベルリネット」が追加され、合計4つのボディータイプがラインナップに揃っています。そして、1961年のツール・ド・フランス・オートモービルと、ツール・ド・コルスでワークス車両がクラス優勝を勝ち取り、このレース仕様バージョンは1962年から「ツール・ド・フランス」の名称で市販されました。

【基本情報】
車種名:アルピーヌA108(以下、初期モデル)
製造国:フランス
設計統括:ジャン・レデレ
デザイン:ジョバンニ・ミケロッティ他
乗車定員:2人
エンジン:845cc 水冷直列4気筒OHV
変速機:5速マニュアル
駆動方式:RR
サスペンション 前:ダブルウィッシュボーン 後:スウィングアクスル
全長:3,700mm
全幅:1,450mm
全高:1,270mm
ホイールベース:2,100mm
車両重量:530kg

ついに、A110登場!

A106、A108と順調にの成功を収めて開発されたのがA110でした。全長3,850mm、全幅1,450mmとコンパクトな車体はFRPで出来ていて、A108と同様に鋼管バックボーンタイプのシャシーにこのモノコックボディを載せています。FRP製ボディーはシャシー後部とはリベットを主として一部はFRPが張り込まれることで固定され、シャシー前方はFRPでの張り込みで固定されています。

このフォルムは1963年にパリサロンという大舞台ではピョウされています。この時点でのエンジンは、A108よりは大きくなっていますが、わずかに1,100cc。ルノーR8のエンジンをアメデ・ゴルディーニによってチューンされていました。そしてボディタイプは、ベルリネッタとクーペにカブリオレ、GT4の4つのタイプでラインナップが構成されていました。
外観は、A108のイメージを踏襲していますが、A108がベースとしてルノー・ドーフィンを採用していたのに対し、A110はルノー8のシャーシ、そしてエンジンをベースにしていたところが大きな違いです。つまり、A108の皮を被ったルノー8と言う状態だったのです。

ただ、実際には、エンジンは先ほど書いたようにチューンナップが施されていますし、エンジンや補器類のレイアウトが変更されています。また、車体中央を通る鉄チューブはA108からの流用でしたが前後のシャシーや足回りはルノー8からのものを利用しています。リアに置かれたエンジンのため、ラジエーターがドアの後ろ、車体最後尾に配置され、車体の後ろ上部から空気を吸入しエンジンに風を送る構造になっています。そして、このことはエンジンに対する冷却効果だけではなく、デザイン的にもA108よりもスッキリとした印象を与える効果を産んでいます。

ハイパワーな大排気量車に負けない軽量車両

このように小さなライトウェイトスポーツとして誕生したA110でしたが、バックボーンシャシーとFRP製ボディを組み合わせた結果、後のモデルの1600Sは約730kg、1600SCで約840kg、最終型のSXは約850kgと非常に軽量に仕上げられています(一部には、メーカー側で実車重よりも相当軽い数値を公表していたとも言われます)。更にラリーなどの競技車両はFRPを薄く積み上げることで、ボディを軽量化し更に50~100kgは軽くなっていたと言われます。

このため、当初はボアアップの904ccエンジン、そして最終型でも1,600cc、レース仕様車でも1,800ccと小さなエンジンでもパワーウエイトレシオが非常に高い数値となっていたため、ル・マン24時間レースへの参加や、最初のWRCマニファクチャラーズ部門のチャンピオンに輝くなど、ライトウェイトスポーツとしての成功という以上のレース成績を残しました。また、特に、ワインディングが多い場面では軽量な上にRR特有の高いトラクションが効果を発揮し、無類の強さを見せつけています。これはジャン・レデレがアルピーヌ(ALPINE)とつけた車名の通り、山岳路を意図したクルマに与えられた花開いたというべきでしょう。この事は市販車の売上にも波及し、A110はA106、A108以上の商業的な成功も納めます。

【基本情報】
車種名:アルピーヌA110(以下、初期モデル)
製造国:フランス
設計統括:ジャン・レデレ
デザイン:ジョバンニ・ミケロッティ他
乗車定員:2人
エンジン:956cc 水平直列4気筒OHV
変速機:5速マニュアル
駆動方式:RR
サスペンション 前:ダブルウィッシュボーン 後:スウィングアクスル
全長:3,850mm
全幅:1,460mm
全高:1,130mm
ホイールベース:2,130mm
車両重量:565kg

A110をベースにA210開発。ル・マンを狙ったアルピーヌ

こうして、高い評価のクルマを創りだし、そして好きだったレースシーンでも成功を収めたジャン・レデレ率いるアルピーヌは、A110の生産拠点を1977年以降、フランスからスペインやメキシコなどに移します。では、フランスのラインは休眠したかと言えば、そういうわけではありません。より大きな車体を持つA310の開発に移ります。

さて、ここでA110が活躍していた時期に、スポーツプロトタイプとして開発されたA210に触れておきましょう。A210は、A106から使われ続けていたジョヴァンニ・ミケロッティのボディを使わず、スポーツプロトタイプらしいフォルムに変貌を遂げます。ボディを担当したのはマルセル・ユベールは、A110 ベルリネッタをベースにした形で、ル・マンを主眼においたクルマの開発に入ります。ル・マンの高速コースに対応するため、空力に注力したデザインには、従来のA110とは全く違う形でしたが流麗さは、不思議とアルピーヌらしさを感じさせるもので、ボディ素材には従来と同様FRPを採用しています。こうして、A210 M63が1963年に誕生します。しかし、1963年のシーズンでは不振を極め、ル・マンにも3台も持ち込んだのですが、全てがリタイヤしてしまいます。

失敗を活かしてM64開発

M63の発展形として、アルピーヌは1964年にM64を作成します。外観はM63を継承し、フレームはアルピーヌ伝統のバックボーンが廃止され多鋼管スペースフレーム構造となります。一見、重量負荷を増やしそうなスペースフレームですが、実際には40㎏であり、このM64は最高速240km/hを記録したそうです。

当然、前年に惨敗に終わったル・マン24時間レースへのリベンジのための改良であって、この年、再挑戦をしています。その結果は完走、総合17位でしたが、13.16リットル/100㎞の燃費を記録し熱効率指数賞を受賞、小排気量車としては強豪と認識させるのに充分な走りを観せています。

更に翌年、M65を作り上げます。M63、M64を更に発展させたM65は、フレームはM64を流用、ボディは後尾に大きなフィンを跳ね上げる改良が施されました。これで軽量ボディによる高いコーナリング特性と共に、高速走行時の直進安定性が向上指定います。また、このことで直線での高速性に優れた大排気量車に追い越された時の、巻き込み風の影響を下げているとも言われます。エンジンは、OHVエンジンをチェーン駆動式のDOHCに改良しパワーアップが図られています。この結果、1966年のル・マン24時間レースでは、大排気量の競合に割り込み、総合11、12、13位と好成績を収めた上、またも熱効率指数賞の1~3位もかくとくするという成功を納めました。

【基本情報】
車種名:アルピーヌA210
製造国:フランス
デザイン:ロン・トーラナック
設計統括:ジャン・レデレ
乗車定員:2人
エンジン:1,296cc水冷直列型4気筒DOHC
出力:130,0hp/7,500rpm
変速機:5速マニュアル
サスペンション 前:ダブルウィッシュボーン 後:ダブルウィッシュボーン
全長:4,350mm
全幅:1,520mm
全高:1,050mm
ホイールベース:2,300mm
車両重量:740kg

名エンジニアの努力むなしくハイパワーへのチャレンジは大失敗

SPARK 1/43 アルピーヌ A220 No.128 Criterium des cevennes 1969 J. P. Jabouille - J. C. Gu?nard

販売サイトへ

この後、1968年、A210もA220へと進化します。しかし、この年からレギュレーションでの排気量制限が3リットル以下と改訂され、アルピーヌは国威発揚の意味も含めマトラと共にフランス政府から資金提供を受け、3リットルエンジンをA220に積み込みます。

このエンジンはこれまでのアルピーヌの歴史の中で常にタッチしてきたゴルディーニでした。しかし、結果はM63以上の惨敗。パワーも足りず、耐久性も足りなかったのです。翌1969年にも再度のチャレンジをしますが、根本的なパワー不足は改善されておらずリベンジは果たせずに終わりました。こうしてプロトタイプ戦線からアルピーヌは姿を消し、ゴルディーニもこの失敗によりアルピーヌを去りました。

まとめ

アルピーヌは1973年、ルノーに買収されA310などが行われますが、その後は復活の噂がたびたび出るものの、2013年には株式の半分がイギリス・ケータハムに譲渡されるなど、気を揉むばかりで中々、現代のアルピーヌを観ることができません。

小さいエンジンに軽いボディ。まるで弾丸のようにラリーコースを走ったA110のようなクルマが再び蘇ってくる日は来るのでしょうか? たたひたすら、そんな日が来ることを祈っています。