【Cuteなトラック】頑丈さも売りだった!「プリンス・クリッパー」

今では日産の一部になった「プリンス自動車」。その系譜は、今でもスカイラインに受け継がれていますが、日産に合併され暫く生産されていた小型トラックがありました。その名前は「クリッパー」。個性的なグリルと4灯のヘッドライトが顔立ちが個性的なトラックです。今回、この愛らしいトラックについて調べてみました。

プリンス・クリッパー登場まで道のり

1954年、プリンス自動車(当時 富士精密工業)は「キャブオーバートラックAKTG型」を発売します。当時は朝鮮半島での戦争特需があり、朝鮮戦争による特需が巻き起こした好景気によって、三輪オートが積載量オーバーで疾走しているのが当たり前になっていた状況です。四輪トラック「SKトラック」もありましたが積載量は1トン、オート三輪全盛の時代では未だ脇役に留まっていました。これに対して、1,500cc・積載量1.25トンの四輪トラックを送り出したのがプリンス自動車でした。「プリンス キャブオーバー(AKTG-I)」として売りだされたトラックは、車体強度を高くし3倍の3.75トンまでは耐えられる設計をとり、またそれまでの主流のボンネット型トラックの宿命だったリアヘビーの重力比をキャブオーバー構造にすることで解消し、またトレッド幅を短くすることで小回り性能を上げ、荷台は可能な限り延長することで荷台面積を広くするという、今では小型トラックでは常識になった構造を作り出したトラックでもありました。

初代クリッパー登場!

1958年10月、プリンスはキャブオーバートラックの後継車両としてクリッパー(AQTI-1型)を発売します。このクルマには、当たり前のようにあったラジエーターグリルの代わりに楕円の穴が上下に3個ずつ、合計6個並んだ個性的な顔をしていたのが、外観上の大きな特長です。クリッパーの積載量は先代のキャブオーバーよりも大きな2トンになり、定員は3人、エンジンはGA30型 直列4気筒OHV 1,484ccと全体的にもキャブオーバーよりも一回りサイズアップされています。

2年後の1960年7月にマイナーチェンジで - AQTI-2型のクリッパー発売され、エンジンはGA4型 直列4気筒OHVに変えられると70PS/4,800rpm、11.5kgm/3,600rpmとパワーアップされ、半年後の1961年2月には「スーパークリッパー」として、 GB30型 直列4気筒OHV(1,862cc)に換装されたパワーアップモデル(80PS/4,800rpm、14.9kgm/3,200rpm)が追加されます。このスーパークリッパーには翌年、5月にロングボディーバージョンも追加と、順調にラインナップが充実していきました。

そして1963年3月にトレードマークとなる4灯式ヘッドライトが国産の中型キャブオーバートラックとしてはじめて採用されました。

「クリッパー」の名前の由来は?

ところで「クリッパー」という車名ですが「俊足の馬」などの由来が散見されるものの、明確な理由は見つけられませんでした。確かに、オート三輪よりも早く動く4輪トラックとしてふさわしい由来かもしれません。ただ、トラックとしては、もしかしたらかつて「ティークリッパー」と呼ばれた帆船…イギリスを中心にインドからヨーロッパへ紅茶を運んだカティーサークなどの高速帆船たちの呼び名が連想されたのかもしれませんね。

ご長寿「2代目クリッパー」は2つのフロント十文字が目印

2代目のクリッパーは1966年4月にT65型として発売されます。外観の大きな変化はフロントの6つの穴が2つに減ったこと、そして左右それぞれに十字のモールが嵌めこまれています。これで完全に鼻の穴のように見える形状になりました。当然、これがクリッパーのシンボルとされるまで時間は掛かりません。このモデルは10年間製造と長寿になったこともあり、オールドファンにはクリッパーと言えば、このモデルを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?

このクリッパーが登場した直後の5月、プリンス自動車は日産に買収されます。このため車名は「日産プリンスクリッパー」に変更されます。

二代目には、トランスミッションはOD付の前進5段となり、全浮動式リアアクスルが採用されています。パワーユニットは1982ccのH20型・エンジン、そして2164ccのディーゼルエンジンも追加となっています。

プリンス・クリッパーの名残「三代目クリッパー」

2代目クリッパーの後を受けた3代目が登場するのは1976年5月、C340型として発売されます。この時に、日産キャブオールと姉妹車になっています。外観の特徴だったフロントグリルは十字のモールはそのままに残されていますが、楕円から四角に変更されています。大きな印象の変化を与えるほどの変更では無いはずなのですが、愛嬌のある表情が、少しマジメになったような印象に変化しています。キャブオールには、このグリルデザインが与えられなかったので、主な識別ポイントになっているのですが、輸出仕様のキャブオールには、取り付けられているのでユニークさをアピールするためには良かったのかもしれませんね。

純然たる日産クリッパーになった三代目ですが、1981年12月に日産アトラスが登場したのに伴って生産を終了しています。

まとめ

この後、三菱からのOEM、そしてスズキからのOEMではNV100クリッパーとして名称復活しますが、軽のバンでした。クリッパーの特徴だった鼻の穴も復活の対象にならなかったのは、少し寂しかったですね。高度成長期を支えたクルマとして、このプリンスクリッパーが記憶が皆さんの記憶に留まれば嬉しいです。