絶対見たい!おすすめクラシックカーイベント:イタリアとイギリスの2大イベントをご紹介

クラシックカーやスーパーカーのイベントが日本でも増えてきましたが、本場ヨーロッパでは長い歴史をもつビッグイベントが数多く開催されています。その中でも、私たち日本人にも馴染み深いクルマやレーシングマシンが数多く登場する、ふたつのイベントをご紹介します。

春のイタリアを駆け抜けるクラシックカーの祭典、ミッレミリア

かつて1,000マイル=約1,600キロの公道レースがあった

出典:https://jerrygarrett.wordpress.com/2013/08/03/pebble-beach-to-honor-legendary-alfa-romeo-8c/

春のイタリア北部、中世の街ブレシアが世界のヒストリックカーのエグゾーストノートで活気づきます。世界でも有数のイベント「1000 MIGLIA(ミッレミリア)」のスタートです。
イタリア語で「1000」はミッレ、「マイル」がミリア。つまり、1,000マイル=約1,600キロメートル。この距離を一気に走るレースが、かつてのイタリアにありました。現在のミッレミリアは、その当時の様子をしのぶクラシックカーイベントとして開かれています。
オリジナルのミッレミリアは、1927年から1957年に開催されていました。ミラノから東へ約70キロ、ブレシアをスタートして長靴のようなカタチをしたイタリアを南下、イタリア中部のローマで折り返して再びブレシアに戻ってゴール。その間、1,000マイル。もちろん、公道レースです。
日本なら東京から西へ走り、広島まで往復するのほぼ等しい距離。時代は、大正から昭和に元号が変わったばかり、東京で「円タク」が走り始めた頃です。その時代から、ミゼットなどの軽三輪や、ダットサンのフェアレディがようやく走り始めた時代まで、ミッレミリアは続けられたことになります。

「イニシャルD」のルーツのようなエピソードも

ミッレミリアは当初、OM、アルファロメオ、ランチア、スタンゲリーニ、マセラティ、フィアット、オスカ、ブガッティといった名門メーカーやそのユーザーがプライベートとして参加するレースでした。
第一次世界大戦後はフェラーリなどの新興メーカーのほか、ヒトラーのナチスドイツが国威発揚の場として参加するほど大きな盛り上がりを見せています。
第二次世界大戦の中断をはさみ、1955年のレースではイギリスのF1ドライバー、スターリング・モスが平均速度157.7km/hという驚異的な新記録を樹立しています。計算では、1,600キロのレースを約10時間で駆け抜けたことになります。レーシングカーとはいえ、1950年代の技術と装備で、この圧倒的なスピードで公道を走り続けるのはまさに神ワザとしか言いようがありません。
先の例で言うなら、東京・広島間を一般道だけで10時間で往復するのと同じことです。峠道で前を走るクルマを抜くためにヘッドライトを消して背後に忍び寄った、などマンガ「イニシャルD」の元祖とも呼べるエピソードも残しています。

出典:http://www.motortrend.com/news/stirling-moss-on-racing-a-mercedes-benz-300slr-in-the-1955-mille-miglia/

1955年優勝のスターリング・モスとメルセデス300SLR

大事故により、レースとしては終了

大いに盛り上がっていたこのレースイベントも、1957年に沿道の観客を巻き込んだ死亡事故が起き、それを最後にレースの歴史は終わりを告げます。それまで戦前から戦後にかけて、レースマシンの技術やドライバーのテクニックの進化を促したビッグイベントでしたが、技術が進んだこと、モータリゼーションが進展して公道の主役は一般車に取って代わっていったという時代背景などにより、この時代から世界各地で公道レースが姿を消していきます。ミッレミリアも、そのひとつだったのです。

過去の歴史をしのぶイベントとして1977年に再開

出典:http://www.ilturista.info/ugc/foto_viaggi_vacanze/491-Foto_dalla_1000_Miglia_2012_l_itinerario_e_le_vetture_in_gara/?idfoto=9137

現代のミッレミリアは、そうした近代レースの輝かしい歴史をしのぶイベントとして、1977年に再開されたものです。さすがにレースではなく、ルート上に区間を設定し、制限速度などを加味した基準タイムを設け、どれだけその時間ギリギリに走れるか、というタイムコントロールド・ラリーの形式で行われるクラシックカー・イベントとなっています。期間は4日程度、そのくらいの日数をかけ、1,600キロ前後の全行程を走り抜けます。

過去のレースに出場したマシンが登場

出典:http://morrisandwelford.com/mille-miglia-2014/

2014年のミッレミリアに集まったマシンたち。ブルーのマシンはフランスのブガッティ

参加資格は、当時参戦したマシンと、オリジナルのレースが開催された期間(1927〜1957年)に生産されたモデルとなっています。オリジナルの大会が開かれた1920年代から50年代の後半にかけては、自動車のテクノロジーが大きく進化した時代でもあります。葉巻型のクラシックなカタチから箱形のスタイルへ、さらに空力を追求した独自のデザイン、DOHCや大排気量によるハイパワーの時代、そのエンジンがまき散らす熱気とオーラ、そういったハイパワーな走りを支えるサスペンションやブレーキなどなど、数々のトライ&エラーがありました。ここに参加してくるクルマたちはその実例であり、ドライバーは生き証人です。レーシングマシンの進化のプロセスを一望するショーケースとして、ミッレミリアに参加するマシンたちを見ても面白いでしょう。

出典:http://www.historic-motor-racing-news.eu/2010/05/1000-miglia/1000_miglia-2/

往年の優勝ドライバーや、現代のF1レーサーも参加

参加ドライバーは、スターリング・モスのような大会のレジェンドはもちろん、ファン・マニュエル・ファンジオなど往年の名ドライバーや、ジャン・アレジやミカ・ハッキネンなどの現代のF1レーサー、さらにクラシックカーコレクターとしても知られるピンクフロイドのニック・メイスンといった有名人も参加しています。
日本からも、堺正章さんといったクルマの趣味人をはじめ、アルファロメオやマセラティなど名車コレクターもこぞって参加しています。その他、ヨーロッパ各地はもちろん、北米や南米などからも参加者が丹精込めて整備された自慢の愛車とともに集まってきます。

出典:http://www.corriere.it/gallery/motori/05-2011/Mille-Miglia/1/mille-miglia_dceb417a-7bb4-11e0-9798-7300882160ff.shtml#11

2010年に出場した元F1ドライバー、ミカ・ハッキネン(奥)とデビッド・クルサード(手前)

スタートのブレシアは、お祭り騒ぎ

参加台数は400台近くに上る年もあるほど。スタート地点となるブレシアの市民広場はお祭り騒ぎとなります。スタート大脇に陣取ったコメンテーターが、参加する一台一台のモデル名はもちろん、過去のどのレースで誰が乗り、どんな成績を残したかといったヒストリーまで詳しく説明します。「俺、そのレース見たぞ、子供のころ!」といった歓声が観客席から聞こえてきたりも。まさにロードレーシングの国、イタリアならではのイベント風景です。

出典:http://www.corriere.it/gallery/motori/05-2011/Mille-Miglia/1/mille-miglia_dceb417a-7bb4-11e0-9798-7300882160ff.shtml#8

スタート地点の様子

参加ドライバーはみんなのヒーロー

ブレシアでスタートしたら、決められたルートを制限速度などの交通ルールを守って走るパレードランが中心となります。このとき、イタリア各地の交通警察ががっちりと護衛します。ときには一般の交通を止めたりして、参加マシンの通行が優先されたりもします。
この護衛任務は、イタリアの警察官にとってはとても名誉なことなのです。日本では箱根駅伝で選手に伴走する白バイ隊員に選抜されることは名誉なこととしてよく報道されていますが、それと同じ感覚です。
一緒に走っている一般車両もこのイベントをよく理解していて、歓迎の意を表すためにクラクションを盛大に鳴らしたり、お気に入りのマシンを応援したりする光景が見られます。もちろん、沿道でも多くの人が待ち受け、目の前を通り過ぎていく一台一台に声援を寄せます。

出典:http://www.sirmionehotel.com/en/1000-miglia-2015-en/#prettyPhoto

春のイタリアで繰り広げられる、幸福なイベント

この新ミッレミリアは、毎年春に行われます。キラキラとした明るい陽ざしを浴びて、往年の名マシンが、名ドライバーの操縦でイタリア各地を巡ります。そこに集まり見守る人が、このお祭りに活気を与えてくれます。
そして、イタリアンマシンの赤が明るい陽ざしに映えます。イギリスのブリティッシュグリーンがトスカーナの木々の緑にとけ込みます。ドイツのシルバーが、レンガ造りが並ぶ街でしぶい輝きを放ちます。そんな伝統のナショナルカラー、それを纏った様々なカタチの名マシン、そして美しいイタリアの光景が渾然一体となって、とても幸せな時間を紡ぎ出します。これが、ミッレミリアです。

出典:http://www.sirmionehotel.com/en/1000-miglia-2015-en/#prettyPhoto

イタリアのミッレミリア・オフィシャルサイト

日本版「ミッレミリア」も、開催中

出典:http://www.lafestamm.com/2015/photo_gallery/index.html

ミッレミリアは、日本でも開催されています。イタリア本国のライセンスのもと、「La Festa Mille Miglia」として毎年秋に開催され、2015年は19回の開催を数えています。東京の原宿、明治神宮をスタート地点として、2015年は新潟県湯沢から長野県軽井沢、神奈川県箱根の1都7県を経由して再び明治神宮に戻る、約1,200キロのルートが設定されていました。
参加車両は1919年から1958年までに製造されたモデルですが、ミッレミリア参加資格者が最優先されます。2015年の参加台数は160台近く。片山右京、鈴木亜久里、篠塚建次郎といった往年の名ドライバーのほか、堺正章、クレイジーケンバンドの横山剣といった有名人もエントリーリストに名を連ねています。過去の大会では、近藤真彦、東儀秀樹、保坂尚輝、パンツェッタ・ジローラモ、西田ひかるといった有名人も参加しています。また、ヨーロッパやアメリカなどからの参加もあります。
この日本版ミッレミリアは、トヨタ2000GTといった日本のヴィンテージカーも参加し、独特な雰囲気をかもし出しています。日本に自動車文化を根付かせるイベントとして注目されます。

La Festa Mille Miglia(ラ・フェスタ ミッレミリア)は、原宿をスタートし公道をクラシックカーで1600km走るラリーイベントとして毎年開催されています。

クラシックから現代モデルまでレースマシンが集まる、グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード

出典:http://sxsracing.co.uk/sxs-goodwood-festival-speed/

20万人近いファンが集まる、モータースポーツのフェス

出典:http://www.realclassic.co.uk/ridesfiles/goodwood_festival_of_speed_2013.html

ミッレミリアが歴史的なレースに基づくイベントなら、こちらはイギリスの貴族によるプライベートイベントです。ヨーロッパには日本の常識では及びも付かないようなスーパーエスタブリッシュメントがいますが、ウェスト・サセックスのリッチモンド公爵家もそのひとつ。約5,000ヘクタール(東京ドーム約1,000個分!)という広大な敷地にリゾートホテルやゴルフコース、モーターレーシング用サーキット、競馬場、さらに空港を持ちます。その中のサーキットや広大な牧草地を開放して行われるのが、「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」なのです。1993年に第一回イベントが開かれ、以降、毎年6月前後に開かれています。近年は20万人近いファンが集まるビッグイベントへと成長しています。
イベントのイメージは、過去から現在に至る、レーシングマシンのガーデンパーティ。日本でいうなら広大な庭で楽しむ、バイクとクルマのフェス、といった感じでしょうか。
公爵家のガーデンハウスや広大な牧草地に二輪や四輪のレーシングマシンと、そのライダーやドライバー、そしてファンが集まり、過去の名レースを思い出したり、当時の激闘をたたえ合ったり、また現在のレースの様子に花を咲かせたり、そんな和やかなひとときが繰り広げられます。

出典:http://www.telegraph.co.uk/motoring/goodwood-festival-of-speed/10140521/Win-a-VIP-visitor-package-to-the-Goodwood-Festival-of-Speed.html

広大な会場の、ほんの一部

メインは、広大な敷地で開かれる豪快なヒルクライム

出典:http://www.sportscardigest.com/goodwood-festival-of-speed-results-and-photo-gallery/?nggpage=3

ゲストには、スターリング・モスやジャッキー・スチュワートといったイギリスの名ドライバーをはじめ、ルイス・ハミルトンやバレンティーノ・ロッシといった四輪/二輪のトップカテゴリーのドライバーや選手なども駆けつけ、ドライビングやライディングを披露したりもします。
そして何と言っても注目は、ヒルクライムです。広大な敷地を縫うように設定された全長約1.9キロ、高低差約60メートルのコースを、往年のマシンから現代ののものまでさまざまなマシンが全速力で駆け抜けます。
参加マシンは四輪や二輪のレーシングマシンがメイン。アルファロメオやロータスなど往年のマシンからメルセデスやレッドブルなどの現代のマシンまで、さらにル・マン24時間などの耐久マシン、ニュルブルクリンクやスパ・フランコルシャンを彩った往年のツーリングカーマシンから、最新のDTMやWTCCのマシン、WRCラリーカーなどなど。二輪は2ストロークのグランプリマシンをはじめ、最新のモトGPマシン、さらにレーシングサイドカー(ニーラー)といった、マニアックなマシンまで。次から次に登場してきて、圧倒的なスピードと迫力のエグゾーストノイズを残して続々とコースを駆け上がっていきます。

貴重なクルマでも、本気で走る。その気迫が凄い

出典:http://www.sportscardigest.com/goodwood-festival-of-speed-results-and-photo-gallery/?nggpage=4

ヨーロッパのこうしたイベントでは、例え世界に何台しかないような貴重なヴィンテージマシンであっても、フルスロットルでタイヤをきしませながら走ります。コースアウトやクラッシュも何のその、その迫力ある走りで観客を魅了します。このイベントも例外ではありません。1960年代のフェラーリやMVアグスタといった宝石のようなマシンから、現代のF1、ときにはプロトタイプのレーシングマシンまで、さまざまなマシンが全速力で観客の目の前を駆け抜けます。コースが狭く、路面のμも低いのでコースアウトするマシンが続出します。昔ながらのストローバリア(藁を四角くまとめた緩衝材)に突っ込み、カウルを破損したり、二輪であれば転倒したり、そんな光景によく出くわします。2000年に開催されたイベントでは死亡事故も発生しています。
イベントとはいえ、本気です。本気で走り、本気で遊びます。その結果、クラッシュしたりしても、それはそのときの本人の責任です。そうした意識が欧州では徹底しています。死者を出してしまったと言うことはとても悲しく、取り返しの付かないことですが、だからといってこのイベントが中止されることはありません。「それでもレースは続く」とは、ヨーロッパなどでよく使われるフレーズです。これまで多くの名ドライバーたちを失ってきた彼らならではの意識だと感じます。

2015年は、マツダがテーマ・モニュメントに

出典:http://www.mazda.co.jp/beadriver/experience/goodwood_2015/index/

2015年は、日本のメーカーにとっては記念すべきイベントとなりました。近年のこのイベントでは毎年、テーマが設定され、それに合わせたモニュメントが会場に飾られるのですが、それにマツダが選ばれたのです。
1997年のフェラーリに始まり、ポルシェ、ジャガー、メルセデスベンツ、ルノー、アルファロメオといったそうそうたるメーカーが選ばれていますが、マツダはそれらと肩を並べることとなったのです。1991年のル・マン24時間レースでの日本車として唯一の総合優勝が選定の大きな理由のひとつですが、その他にも近年の自動車市場でのめざましい活躍もクローズアップされています。
会場にはル・マン優勝マシンの「マツダ787B」のレプリカと、人気ドライビングシミュレーション・ゲーム「グランツーリスモ6」で登場した「マツダ LM55 ビジョン グランツーリスモ」のフルスケールモデル、この新旧のマシンがモニュメントではお互いに絡み合うように高さ40mの空中に舞い上がるようにデザインされていました。これからのマツダ、そしてモータースポーツのさらなる進化と発展を願う気持ちが、そこに盛り込まれていたように感じます。

出典:http://www.mazda.co.jp/beadriver/experience/goodwood_2015/index/

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