ヨーロッパのミニバンのパイオニア、ルノーエスパスの歴史

日本に留まらず今や世界中で大人気のミニバン。ヨーロッパではルノーが1984年に発売したエスパスが近代ミニバンの発祥として知られていますが、その登場までは紆余曲折がありました。日本では馴染みの薄いエスパスですが、登場前夜の出来事から、2014年に登場した5代目エスパスの情報までをまとめます。

ルノー・エスパスとミニバンの歴史

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自動車の多目的性に早くから注目してきたルノー

フランスの自動車会社は、古くから独自性に富み、先進性の高い設計を行ってきたことで知られています。その中でルノーは、早くから乗用車の多目的性に注目してきていた自動車会社でした。

例えば1961年に発売したルノー4(キャトル)は戦後初めての5ドアハッチバックボディを持つ乗用車として発売され、大人4人が快適に過ごせる広い室内空間と、必要に応じて後席を倒すことで広大な荷室を確保できる実用性を持ち、1993年まで製造されるヒット作となりました。ルノー4は世界中の大衆車の在り方に、強い影響を与えました。

しかしルノーの特筆すべき点は、この様な実用性の高いハッチバックボディを大衆車の4のみならず、最上級モデルの16(セーズ)にまで、幅広く採用したという点にあります。ルノーにとって乗用車は、仮に上級モデルであっても、必要に応じて様々な用途に使える多目的性が必要な存在だったのです。この16の多目的性や合理性、ルノーの姿勢は、伊丹十三もエッセイ「女たちよ!」で言及しました。

その後もルノーは自社の各モデルに、様々な多目的性を持たせました。例えばミッテラン大統領の公用車としても使われた1983年登場の25(ヴァンサンク)さえも、ハッチバックのボディを持つ実用車として開発されていたのです。

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ヨーロッパでの販路拡大の切り札に多目的車を用意したクライスラー

ルノーが4や16などを発売していたのと同じ1960年代、アメリカの大手自動車会社ビッグスリーのひとつ、クライスラーはヨーロッパ進出を進めていました。第二次大戦以前からヨーロッパに製造拠点を開設したフォードや、ドイツのオペルを買収していたゼネラルモーターズ(GM)と比べ、クライスラーはヨーロッパ市場で出遅れていました。そこでタルボやサンビームなどのブランドを擁するイギリスのルーツや、フランスの老舗シムカを買収、クライスラー・ヨーロッパとして存在感を強めようとしていたのです。

その中でもクライスラーがヨーロッパ市場での切り札として検討していたのが、多目的に使える前輪駆動の全く新しい乗用車でした。必要に応じて7人までの乗員が乗れる広い室内空間の確保、あるいは座席を取り外して沢山の荷物を積める高い積載性、そして商用車とは異なる良好な乗り心地や高速安定性、これらはまさに現在のミニバンの概念だったのです。

この新型車の開発は1969年からシムカ傘下に入っていて航空宇宙産業に起源を持つマトラが担当しました。同社は航空宇宙産業のノウハウを活かして、この新しい乗り物に、フレームが応力を受け持つスペースフレーム構造を採用します。応力がかからない車体外板の材質には、軽量な樹脂を採用しました。こうしてクライスラーが提案した新しい乗り物は、マトラの手によって着実に市販化に向けて進んでいたのです。ところが…

クライスラーの撤退と、マトラとルノーの思惑の一致

1978年、アメリカ本国の業績悪化に伴い、クライスラーは戦略の見直しを迫られ、利益を十分にあげられていなかったクライスラー・ヨーロッパ(ルーツとシムカ)は、まとめてフランスのPSAプジョーシトロエンに売却されてしまうのです。

新型多目的乗用車のプロジェクトは一旦PSAの傘下で継続されます。1979年の時点では全長約4mのP16、やや短い3.8m級のP17、やや長い4.3m級のP18の3タイプが具体化しており、プジョーの最上級車である604の基本設計を流用して市販する方向で検討されていました。しかしPSAは、このプロジェクトに結局ゴーサインを出しませんでした。当時プジョーやシトロエンには「ファミリアール」と呼ばれる3列シートのステーションワゴンがラインアップされており、未知数の新型車を発売する必要は希薄だったのです。

しかしマトラのPhilippe Guédonはプロジェクトを継続、プジョーやシトロエンのライバルであるルノーの中型車であるルノー18(ディジュイット)をベースに、1982年に試作車P23を開発します。横置きエンジンだった604と違って18は縦置きエンジンだったため、少なからずの設計変更を伴いましたが、このP23はルノーの関心を引く内容でした。

こうして縁談はトントン拍子に進み、マトラはシムカ傘下を離れ、1983年からルノーと提携することになったのです。そしてP23の市販版として、翌1984年にエスパスが発売されたのでした。

前後する1983年、クライスラーは首脳陣の交代により、ヨーロッパで開発していたのと同じ様なコンセプトの多目的乗用車のボイジャーを、フルサイズのバンよりも小さなことから「ミニバン」として発売しました。ボイジャーとエスパスはミニバンのパイオニアとして、競合他社に多大な影響を与え、今日のミニバン人気の礎となったのです。

まずはここからはじまった!初代エスパス(1984〜1991)

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マトラとの提携開始から早々に市販に漕ぎ着けた初代エスパス、その内容は前述の通り、マトラが半ば独断で推し進めた試作車P23そのものでした。

当時の他のルノーの車種とはあまり共通点の強くないスクエアで独特なボディデザインや、決して安くないばかりか、むしろ高価な価格にも関わらず、エスパスはその使い勝手の良さや、普通の乗用車と比べても遜色ない走行性能でヒット作となり、1991年までの間に191,694台が製造されました。

生産はロモランタン=ラントネーのマトラの工場で行われました。ルノーとの提携当時、マトラはムレーナという横3人がけの個性的なミッドシップスポーツカーを製造していましたが、アルピーヌとの競合を避けるため、またエスパスの生産に注力するために、ムレーナは登場から3年で生産中止されています。

初代をベースにブラッシュアップを進めた2代目エスパス(1991〜1997)

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1991年にエスパスは2代目に以降します。樹脂の外板を持つスペースフレーム構造は初代と変わらず多くの設計も初代から継承しましたが、メカニズムは初代の16に代わって当時のルノーのフラッグシップ、25をベースとしたものに変わりました。それに伴い、初代よりもパワフルなV6エンジンが搭載されるなど、大きく、やや重くなった車体に対して十分な動力性能が得られています。パッケージングや汎用性などは初代の美点を全て引き継いでいます。

デザインも同時期のルノーに共通した丸みを帯びたデザインになりました。そして、その顔立ちはトヨタの天才タマゴことエスティマに少しだけ似ています。もっとも発売はエスティマの方が1990年と微妙に先行していました。

1990年代のルノーは積極的に日本車の研究を行っており、特にトゥインゴはホンダのシティを参考にしたことが知られています。ただ2代目エスパスのデザインがエスティマと似たことは、発売タイミングを考えると恐らく偶然でしょう。

ちなみにエスティマは開発に当たって初代エスパスを少なからず参考にしたと言われています。エスティマのデザインも、2代目エスパスのデザインも、初代エスパスを基調とした結果として似たというところが正解かもしれません。

2代目エスパスは初代以上のヒット作となり、生産台数は317,225台に達しました。

新たにロングバージョンが加わった3代目エスパス(1996〜2002)

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1996年末には3代目のエスパスが発表されます。3代目のエスパスはベースモデルを当時の最新中型セダン、ラグナに変更したので、初代以来続いてきた縦置きエンジンに代わって横置きエンジンのレイアウトが採用された、完全新設計のモデルとなっています。もっともエスパス独自のスペースフレーム構造と樹脂外板は継承されています。

3代目エスパスではこれまでの通常モデルに加えて、ホイールベースを延長したロングボディのグランエスパスが新たに追加されました。グランエスパスは、7名フル乗車でも今まで以上に広い荷室を提供し、また座席を取り外せば、商用車顔負けの広大な荷室空間を作ることも出来ます。

パトリック・ル・ケマンが担当したデザイン性の高さも3代目エスパスの特徴で、エクステリアでは例えばボンネットと連なるようなドアミラーが目を引きます。このドアミラーの付け根に配置されたスリットは室内への吸気口としても機能しており、デザイン性と機能性が両立しています。

インテリアのデザインは初代以来の乗用車然としたやや古風なレイアウトから一転、曲線を描いた広々としたダッシュボードの中央にセンターメーターを配置した独特なデザインが採用されています。左右独立の空調の操作パネルは運転席と助手席、それぞれのドア側に寄せられ、オーディオなどの操作系は蓋の中に隠されています。内外装のデザインを担当したのはパトリック・ル・ケマンでした。

3代目のエスパスも人気は続き、生産台数は365,200台に達しました。またこの3代目エスパスをベースに、個性的な大型クーペのアヴァンタイムも製造されました。

マトラの手を離れてルノー独自開発となった4代目エスパス(2002〜2014)

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2002年には4代目のエスパスが発表されましたが、この世代からエスパスはマトラの手を離れてルノーの単独開発となりました。背景には諸説ありますが、エスパスの販売に際してはマトラの供給能力の低さがボトルネックになっていたと言われています。これを機にマトラは自動車関連部門をピニンファリーナに売却し、航空宇宙産業に専念することになりました。

開発のルノーへの以降に伴い、初代以来の特徴だったスペースフレーム構造は廃止され、一般的なモノコックボディに改められましたが、応力のかからない部分に樹脂部品は多用されており、また内外装のデザインも3代目と共通点を感じさせるものとなっています。

パワートレインは3代目同様に横置きエンジンで、2代目のラグナやフラッグシップのヴェルサティスがベースとなりました。

ルノーはエスパスに電動パーキングブレーキやタイヤ空気圧のモニタリングシステムなど、当時としてはかなり先進的な技術を盛り込みました。しかし(必ずしもルノーに限りませんが)採用例の少なかったこれらのメカニズムは初期不良を多発させ、イギリスでは消費者の満足度調査で不満足車として挙げられてしまうなど、不名誉な実績も残してしまいます。

更に過去のエスパスの存在が他社にライバルを多数登場させたことも、本家エスパスの人気を鈍らせました。4代目エスパスの生産台数は歴代最多の372,692台でしたが、歴代最長の生産期間を加味すると、その勢いはかなり衰えてしまったと言えるでしょう。

4代目エスパスのボディタイプ

3代目同様にショートホイールベースのエスパスと、ロングホイールベースのグランエスパスが設定されました。定員はどちらも5〜7名で、2列目と3列目のシートは脱着が可能で多彩なシートアレンジが可能なのも、先代を踏襲しています。

4代目エスパスのスペックなど

4代目エスパスも日本に正規輸入されず、日本語の情報は少なめです。

下のショップのブログでは、エスパスの2.2Lディーゼル仕様のスペックが、試乗記と一緒に分かりやすく掲載されています。

ミニバンからクロスオーバーに転身した5代目エスパス(2015〜)

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失速したエスパスに対してルノーは大胆なコンセプトの転換を決断します。ル・ケマンに代わって新たにルノーのデザインやブランドコンセプトを担当することになったローレンス・ヴァン・デン・アッカーは「次期エスパスはクロスオーバーとして生まれ変わらせる」と宣言し、果たして実際に5代目のエスパスは、ミニバンとSUVのクロスオーバーとして誕生しました。

定員は5人を基本として、7人乗り仕様を選んだ場合、3列目には簡易的な折りたたみシートが備わります。依然として高い実用性は持つものの、初代以来の多目的性、汎用性、実用性という観点では、微妙に後退した感も否めません。もっとも初代エスパス登場当時と比べると、現在は商用車をベースとした乗用車のレベルも非常に上がっており、その意味で今までのエスパスが担ってきた役割は一旦は終了したとも考えられます。

新型エスパスは、高級セダンやSUVの市場に割り込み、存在感を発揮していくことが期待されています。

5代目エスパスのボディタイプ

出典:http://en.autowp.ru/renault/espace/82977/pictures/u09hu2/

今回のエスパスではグランエスパスという括りがなくなり、エスパス1モデルのみとなりました。但し、その全長は先代のグランエスパスに近い大きさとなっています。

5代目エスパスのスペックなど

まだ登場から間もない5代目エスパスは、マイナーな車種ということもあり、日本語の情報は少なめです。

下のショップのブログでは、最新のエスパスのグレードやエンジン詳細が、分かりやすく掲載されています。

ルノー・エスパスを中古車で選ぶなら?

ルノー・エスパスは登場以来、派生車種のアヴァンタイムを除けば、残念ながら日本には一度も正規輸入されたことがありません。理由としては例えば、エスパスの価格は高価なものの、ラグジュアリーさを重視した日本の高級ミニバンとはコンセプトが異なり、需要が少ないと判断されてきたことなどがしばしば挙げられています。しかし愛好家によって並行輸入された例は少なくなく、たまにそういった個体が中古車情報として掲載されることがあります。

またヨーロッパで中古車として販売されていた個体が日本に輸入される、いわゆる中古輸入車として流通するケースもあります。並行輸入車販売店によっては希望を伝えれば個体を探してくれる場合もあるので、相談してみても良いかもしれませんね。

いずれにしても日本での流通量は少なく、維持していく上では多少の情熱が必要になります。メンテナンスをしてくれる整備工場を探したり、オーナーのコミュニティと接点を作って話を聞くなど、情報収集が大切になるでしょう。

ルノー・エスパスのまとめ

日本ではマイナーなミニバン、エスパスの歴史を駆け足でまとめてみましたが、いかがだったでしょうか?

エスパスは、その生まれた背景をはじめ、掘り下げるとコアなエピソードが沢山出てくる自動車です。この記事でエスパスに興味を持たれる方が増えればと思います。