スプリンタートレノ 名車「ハチロク」とその歴史

トヨタの名シリーズスプリンタートレノ。車好きなら誰しもが知る名車AE86を生んだシリーズですが、実は歴史は長く7世代、28年もの間生産され続けました。その各世代、各名車を振り返ってみたいと思います。

初代スプリンタートレノ「TE27」

今から43年前の1972年に登場したのが初代スプリンタートレノTE27。カローラ/スプリンターのクーペボディにセリカ1600GTの2T-G型1.6Lエンジンを搭載した初代スプリンタートレノはファンの間では通称「ニイナナ」とも呼ばれています。車重86kgに最大馬力110馬力という抜群のパワーウェイトレシオを実現しモータースポーツシーンでも活躍をしました。何より驚きなのは、燃料をガソリン仕様とハイオク仕様のスペック違いも発売されていました。今では考えられない”走り”を全面に出した車だったのです。

二代目 「TE47・61・65」

TE47

「ニイナナ」から2年後の1974年に登場したのが二世代目の前期型スプリンタートレノTE47です。トレノで初めてのフルモデルチェンジが行われました。エンジンは引き続き2T-G型1.6Lを採用レビンはクーペに変わりクラス初の2ドアハードトップにラインナップされたため、歴代モデルで唯一のレビン/トレノでボディ形状が異なるモデルとなりました。トレノのみでGTという豪華装備グレードも誕生しました。「ニイナナ」に比べてホイールベースが35mm延長され、車重も60kg重くなってしまったためスポーツ性能が低下してしまいました。1975年には2T-G型エンジンが昭和50年排気ガス規制をクリアできずレビンと共に生産中止になり、生産台数が少ないためかなり希少車に当たると思います。

TE61

TE47の生産中止から2年後の1977年に登場したのが二世代目中期型TE61です。
2T-G型エンジンを電子制御燃料噴射(EFI)と酸化触媒を使用することで昭和51年排気ガス規制に適合させることに成功し2T-G型エンジンの再生産が可能になったのに伴いレビンと共に復活しました。ボディは変わりませんが車重がTE47に比べてさらに25kg重くなりました。

TE65

1978年に登場したのが二世代目の後期型TE65です。昭和53年排気ガス規制のため型式を変更したもののTE61と外観はほとんど変わりません。しかし年々強化される排気ガス規制の影響で車重は965kgとなりTE47と比べ40kgも重く、「ニイナナ」と比べると100kgも重くスポーツ性能は「ニイナナ」とは程遠いものとなってしまいました。昭和50年初期の排気ガス規制はやっと根付いてきたスポーツカーという文化には非常に厳しい現実でもあり、それ以前に生まれた「ニイナナ」が名車と言われる大きな要因にもなりました。

三代目 「TE71」

1979年フルモデルチェンジされ生まれかわって三世代目の「TE71」が登場しました。
ボディは3ドアハッチバックのみで最後の2T-Gエンジン搭載モデルとなり、サスペンションを4リンクコイルに変更した事により操縦性が向上しました。他にも2T-Gエンジンを搭載したスプリンターのセダンや2ドアハードトップやリフトバックに「GT」グレードが認められ、1981年にはトレノにもサンルーフを標準装備した豪華装備グレード「アペックス」機械式LSDを標準装備した「S」グレードが設けらました。

四代目 「AE85・ AE86」

1983年カローラ/スプリンターシリーズのフルモデルチェンジが行われカローラ/スプリンターのセダンは前輪駆動(FF)へと変更されたが、走りが優先されたスポーツモデルであるレビン/トレノは従来通り後輪駆動(FR)での販売となりました。車重は大幅軽減されたがGT-APEXグレードは1tを超え重量税が他のグレードよりも高くなりました。2T-G型エンジンの後継機である4A-GEエンジンを開発しました。ボディは2ドアノッチバッククーペと3ドアハッチバッククーペの二種類でトレノは代名詞とも言えるリトラクタブル式ヘッドライトを採用し、カローラ系では最後の後輪駆動(FR)となりました。

AE85

AE85は通称「ハチゴー」とも呼ばれています。3A-U型1.5LSOHCエンジン搭載モデルです。
AE86に比べると仕様面で大きく異なりブレーキシステムもドラムブレーキとディスクブレーキでパワーも「ハチロク」が130馬力に対して「ハチゴー」は85馬力と大幅に劣るためハチロクに比べると人気は劣りました。しかしハチロクとハチゴーは見た目がほぼ同じですがハチゴーの方が車重は40kgほど軽いためエンジンをチューンナップしたりエンジンを載せ替え等で重宝されました。前述した通り見た目の差がほとんどないことからしげの秀一作のマンガ「頭文字D」では登場人物の武内樹がハチロクとハチゴーを間違えて買ってしまうというエピソードが書かれています。

photo by hirokikokubu

AE86

AE86、通称「ハチロク」と呼ばれるこの型式は車好きなら知らない人はいない名車として人気を博しています。4A-GE 1.6L DOHCエンジンが搭載され車重は940kgで130馬力とスポーツ性能も高いモデルでした。ハチロク人気の火つけ役となったのは元レーシングドライバーの土屋圭一さんで、富士フレッシュマンレースにおいてADVANトレノを操り6連勝を果たし注目を浴び、しげの秀一作のマンガ「頭文字D」の主人公藤原拓海がハチロクを操ることで爆発的なハチロク人気になりました。しかし販売当初はレビンが圧倒的人気で生産台数も多く、頭文字Dのヒットでトレノの人気に火が付き在庫不足から一時中古価格が急騰しました。
また「頭文字D」の作者のしげの秀一さん、「頭文字D」主人公藤原拓海の声優三木眞一郎さん、元レーシングドライバーの土屋圭一さんも実際にハチロクを所有しています。

五代目 「AE91・92」

1987年に登場したAE91「キューイチ」とAE92「キューニー」
このモデルから前輪駆動(FF)仕様となり、ボディもノッチバッククーペのみになりました。FF化も販売面では功を奏しトレノとしては最高の販売台数を記録しました。しかし台数が多さから中古価格が値崩れを起こしました。
AE92は4A-Gエンジンを搭載し120馬力での販売開始でしたが、1989年のマイナーチェンジではT-VIS廃止によるポート形状の変更に加えて高圧縮化され、ハイオクガソリン指定になり140馬力になりました。
AE91にはシングルキャブレター仕様の5A-F型1.5Lのハイメカツインカムエンジンが搭載されました。

六代目 「AE100・101」

1991年にAE100型とAE101型が登場しました。
AE101型は4スペックで「SJ」は1.6L 4A-FE型エンジンを搭載で115馬力、「GT」は1.6L 4A-GE型エンジンで160馬力。このGTはGT-APEXのパワーウインドウ等の快適装備が簡素化されより競技車両に近づけた車体でした。前途した「GT-APEX」はGTと同じく1.6L 4A-GE型エンジンでオプションでスーパースラットサスペンションもつけることができました。このGT-APEXは1991年のグットデザイン賞を受賞しました。「GT-Z」1.6L スーパーチャージャー付き4A-GZE型エンジンを搭載し170馬力にスーパースラットサスペンション、ビスカスLSDを標準装備で変速機はMTのみでの販売でした。
「GT」「GT-APEX」に搭載された4A-GE型エンジンは1気筒当たり5バルブ(吸気3、排気2)に進化しました。「GT-APEX」のスーパースラットサスペンションオプション装備車と「GT-Z」はバブル景気を反映し200万円を超える値段で発売されました。
AE100型は「S」グレードを発売、1.5L 5A-FE型エンジンを搭載し105馬力です。

最終世代 7代目 「AE110・111」

1995年にモデルチェンジし登場しました。ボディが軽量化されスポーツ性能がアップしBZ系グレードにはエンジンヘッドが黒く塗装されていることから通称「黒ヘッド」と呼ばれている4A-GE型エンジンを搭載し、エンジン制御方式をエアフロメーターを使用するLジェトロからAE92以来のDジェトロに戻し、燃料室形状の変更、4スロットル径拡大などの改良により4A-GEエンジンは165馬力に向上しました。
この世代からスーパーチャージャー付きグレードは廃止され、GTグレードに変わってBZグレードと呼ばれる後継グレードが誕生し、GT-APEXグレードはBZ-Gグレードに変更されました。さらにかつてのGTグレードのような装備を抑えて競技車両に寄せたグレードはBZ-Vとなりました。スーパースラットサスペンションはBZ-Vに標準装備、BZ-Gにオプション装備されました。ハイメカツインカムを搭載するベーシックグレードも1.6L 4A-FE型エンジンを搭載するのはXZ、型式は110となりますが1.5L 5A-FE型エンジンを搭載するのはFZと名乗りました。1997年にはマイナーチェンジが施され初の自社開発となる6速MTが採用されましたが、衝突安全ボディ(GOA)が採用されたためモデルチェンジ前より若干車重が重くなりました。
グレードも一部変更され全車4灯式のマルチリフレクターヘッドランプが標準装備されました。
BZ-Gのスーパースラットサスペンション装備車がBZ-Rに、これまでのBZ-VはBZ-R V仕様と改称されました。クーペ販売不振により2000年8月このモデルを最後にレビン/トレノの生産、販売が惜しまれつつ終了になりました。

現代へ

2000年惜しまれつつ生産終了したトレノについでスプリンターそのものも終了しました。
TE27からAE111まで排ガス規定やバブル、そして販売不振と時代とともに歩んだスプリンタートレノですがニイナナを今振り返り見てみるとスポーツカーを作るというメーカーの熱い気持ちと洗礼されたスポーツカーのDNAが引き継がれていき、今や知る人ぞ知る名車ハチロクが生まれました。
その熱い遺伝子を持った車が2012年4月に登場しました。トヨタ86です。29年の時を経てあの「ハチロク」の名前を持った車が誕生したのです。スプリンタートレノではありませんが、開発者たちのあの「ハチロク」のようにお客様に愛されて育って欲しいという気持ちで名付けられたそうです。
長い月日が経っても現世に再びその名を復活させたことこそが「スプリンタートレノ」シリーズが名シリーズの証だと思います。