ちょっと残念だったOEM「トヨタ・スパーキー」

トヨタ スパーキー。実はダイハツのアトレー7。というOEM車両です。ちょっと残念な結果を出したクルマなので、注目してしまいました。そのトヨタ スパーキーを紹介してみましょう。

トヨタ・スパーキーとは、どんなクルマ?

トヨタ・スパーキーは2000年〜 2003年、トヨタで販売していたミニバンタイプの乗用車です。エンジンは直列4気筒 DOHC 1.3Lで、初期型は90ps/6,000rpm、マイナーチェンジ後は92ps/6,000rpmにパワーアップされています。トランスミッションは5速のマニュアル車(フロアシフト)と4速のオートマチック(コラムシフト)。そして駆動方式は、FRとフルタイム4WDの2種類がありました。

そして製造メーカーはダイハツです。

日本で一番古いカーメーカー「ダイハツ自動車」

ダイハツは日本で最も歴史の長い量産車メーカーだということは、意外に思われる方が多いかもしれません。1907年に「発動機製造株式会社」として創立されたと言うのですから、既に100年以上の歴史があるのです。当初の製品は、自動車用ではなく、工場などで使うためのガス燃料エンジンだったそうです。

1998年にトヨタ傘下に入り、グループ会社になりましたが、1967年には既に業務提携を行っていてトヨタへのOEM供給や委託生産をしていました。また、トヨタと提携関係にあるスバルに対しても2008年から協力体制を構築していて、ムーブ(ステラとして)、ミラ(プレオとして)をOEM供給しています。

スパーキー。OEMは何故おこなわれたのか?

スパーキーとアトレー7。同じ所と違う所

ダイハツのアトレー7とトヨタのスパーキー、基本の仕様は一緒です。が、幾つか違いもあります。外観でバンパーやフロントグリル、そしてリアガーニッシュ。また内装では、シートやトリム素材などを変化させています。そして、装備設定を変えて、価格帯もそれに伴って違っていました。

OEMをすればトヨタの販売網が活かせる

トヨタに対するダイハツの期待は開発も含めて多々あると思います。その中の一つにはトヨタが巨大な「販売網」を持っていることが挙げられるでしょう。例えば、2004年からOEMで供給したブーンは、トヨタではパッソとして販売されました。この2車種、ブーンの販売台数が2,050台に対してパッソは51,241台と大きな差が出ています。パッソのCMは今でも印象に残っている人がいるでしょうが、ブーンのCMは? となると余り記憶には残っていないように思えます。

「ダイハツ」アトレー7より売れなかった「スパーキー」

ところが、スパーキーはアトレー7の売上には届かなかったそうです。この理由は、先ほどの2車種の違い価格設定にあったのでは無いかと見られています。現在調べられる数字ですと、アトレー7の価格帯が「116.3万〜177.0万円」に対して、スパーキーの価格帯は「131.5万〜186.0万円」。最低グレードで15万円近くの差、最上位グレードでも9万円の違いならば…大トヨタの販売網が立ちはだかっても、ダイハツの価格優位性がそれを打ち破ったということなのでしょう。

その理由は、他のOEM車の場合、ベース車とほぼ同じ仕様で、ほぼ同じ価格帯として販売するのです。そうなれば、販売網の力でトヨタがOEMで受け取った車種の方が売れて当たり前になるのです。

ところが、スパーキーはベース車であるアトレー7と装備設定などを変えています。例えば、アトレーには無かった蛍光管式デジタルクロックですが、スパーキーには他のトヨタ車と同様に取り付けられています。

「シエンタ」の登場と共に消えた「スパーキー」

この様な差別化がトヨタの標準に合わせるためだったのか、それともダイハツに対して直接的な競合にならないための配慮だったのか、明確には説明されていません。ただ、結果としてトヨタが行った差別化は、トヨタにとっては販売・営業上のメリットは少なかったように見えます。

そのことも影響したのでしょうか、トヨタオリジナルで同じ3列シートの「シエンタ」が2003年に登場、また販売系列のビスタ店がネッツ店に統合されたことに合わせ2003年で車名が消えることになりました。ちなみにアトレー7の生産終了は翌年の2004年です。

ダイハツは「ミニバン」を諦めたのか?

ダイハツは、この後しばらく「ミニバン」の販売をしていませんでした。再び現れたのは2008年にブーンルミナスのことでした。でも、実際には製造はしていたのです。それが、スパーキーの後継ともいえる「シエンタ」です。シエンタは先ほども書いたようにトヨタの「オリジナル」として作られていたのですが、2006年にマイナーチェンジが行われた時にダイハツ工業京都工場で生産されるようになっていたのです(その前の「前期型」はトヨタ自動車高岡工場で生産されていました)。スパーキーのDNAは引き継がれていたのですね。

まとめ

今回、スパーキーのことを調べていて「国分佐智子」さんの名前が頻繁に出てきました。気になってしらべてみたところ国分佐智子の写真集に「Private Sparky」というものがあったのですね。しかも、この写真集、スパーキーとのコラボレーションとのコラボだったのだそうです。

結果として「エネルギッシュな・いきいきとした」という意味のスパーキーに対して、ちょっと残念な結果と同じような…かなり意外な組み合わせの写真集があったのですね。