古き好きアメ車とオールディーズ「アメリカン・グラフィティ」

「アメリカン・グラフィティ」。誰でも名前ぐらいは知っている名画ですね。でも、その監督はスター・ウォーズシリーズを作ったジョージ・ルーカス。青春時代、カーマニアだった彼自身の思い出をベースにした映画だということは案外知られていないかもしれませんね。今日は、そんな「アメリカン・グラフィティ」を紹介します。

今でも愛されている「アメリカン・グラフィティ」とは?

アメリカン・グラフィティ(American Graffiti)は1973年制作のアメリカ映画、日本での公開は翌年1974年になります。

1960年代のカリフォルニア州郊外のとある町を舞台に、イーストコーストの大学に進むため、最後の夜を迎えた主人公と、その友達三人を中心に、街で暮らす若者たちを描いた青春映画です。

監督は、処女作の興行で大失敗した若手「ジョージ・ルーカス」。脚本は、ジョージ・ルーカスと、その後のルーカス作品も手がけたグロリア・カッツ、ウィラード・ハイクの三人。またプロデューサーにはルーカスの処女作でもコンビを組んだフランシス・フォード・コッポラ(地獄の黙示録、ゴッド・ファーザー)、そしてスター・ウォーズシリーズの第一作、第二作を手がけたゲイリー・カーツが名を連ねています。

ファッション、改造されたアメ車、オールディーズなど、60年代を再現した映画の中の世界は、その後のファッションなどにも影響した大ヒット作です。

ストーリをざっくりとご紹介

奨学金を貰ったカート・ヘンダーソンは、明日の朝、東海岸の大学に向かう。今夜が故郷で過ごす最後の夜。

スティーブ・ボレンダは高校の生徒会長をしていた。彼もカートと同様、大学入学のために今夜が最後の夜。スティーブの彼女はカートの妹ローリー。スティーブは、故郷を発つのを機会にこれからはそれぞれ自由な恋愛をしようと提案する。当然、ローリーは激怒。

ジョンはドラッグレースに自身満々。そんなジョンに、その晩、ボブが勝負を挑んできた。そしてボブの助手席には親友スティーブの(元)彼女ローリが。そしてジョンとボブのレースが始まるが。ボブの車はコースアウトして、あっという間に終了。するとローリーはスティーブの元に駆け寄って仲直りをする。

そして夜明け。カートは飛行機に、しかしスティーブは…

トラブル続きの大ヒット作

処女作で大失敗していた若手監督「ジョージ・ルーカス」

ルーカスの処女作『THX 1138』は、学生時代からルーカスの才能を評価していたフランシス・コッポラが期待と支援を送って作った映画でした。でも、配給会社のワーナー・ブラザースに「訳がわからない」と酷評された上、勝手に5分もカットをされてしまいます。その結果、興行としては完全に失敗に終わるという散々なものでした。

そのリベンジにと企画した『アメリカン・グラフィティ』ですが、ワーナー・ブラザースの怒りは静まっておらず、制作資金が整いません。それでも、どうにかこうにかワーナー・ブラザースを説得し、脚本分のギャラを手に入れます。ところが、脚本を依頼していたはずのカッツは、その間に他の映画の執筆に取り掛かってしまっていて、この『アメリカン・グラフィティ』を書き上げるだけの余裕が残っていませんでした。資金にようやく目処がついたと思ったルーカスですが、今度は続きを書いてくれる脚本家探しに東奔西走。しかし、せっかく見つけた代役の脚本家でも、中々思うようにはシナリオには書き上げてくれません。仕方なく、ルーカスは自分で書き上げることを決意し、実現します。それもたったの3週間で。

しかし、やはり突貫工事で書いたシナリオ。処女作の大失敗でしこりを残していたワーナー・ブラザース受け入れられるはずもありません。ダメな脚本だと判断したワーナー・ブラザースは企画を蹴ります。つまり、ルーカスにとって制作資金を出してくれる大切なスポンサーを失ったのです。

コッポラに救われた(?)「アメリカン・グラフィティ」制作資金

そこから1年、苦労してなんとかユニバーサル映画との契約話に漕ぎ着けるのですが、その時の条件が「大物を映画に入れろ」というものだったそうです。この条件、若手監督にとって、そして予算を期待できない状況ではハードルの高いものだったと思います。しかしルーカスには師匠と言っても良い大物の知人がいました。それがコッポラです。コッポラはルーカスの頼みを聞き入れ、プロデューサーとして映画に名を連ねることになりました。これで、ようやく映画撮影に着手できる用意ができました。そうなると、やはり問題は脚本です。そこで再び、最初に依頼していたカッツ、そしてハイクに再度依頼をしなおし、今でも私たちが観られる、あのストーリーができあがったのです。

絶品「オールディーズ」を聞くだけでも満足

もう一つのお楽しみは、楽曲です。50年代〜60年代初頭のオールディーズ、それもスタンダートとなった名曲が全編で流されます。ちなみに、日本でこの時代にヒットしたアメリカやイギリスの音楽が「オールディーズ」と呼ばれるようになったのは、この「アメリカン・グラフィティ」が公開されてから。というのが定説のようです。

「アメリカン・グラフィティ」ファンならオールディーズを聞くだけで、映画の中のシーンを思い出す。そんな劇中で使用された名曲の中から、幾つかピックアップしてみましょう。

ロック・アラウンド・ザ・クロック(ビル・ヘイリー&ザ・コメッツ)

発売当初はヒットせず、1955年に映画『暴力教室』のオープニングに使用されてから、ビルボードチャートで8週連続1位の大ヒットを記録しました。ギネスブックでも世界中で通算2500万枚(推定)と認められていて「ロックンロールの最初で最大のヒット曲」と言われています。そして、記録も凄いのですが、それ以前は決してメジャーなジャンルでは無かった「ロックンロール」がブレイクし、全米から世界中にブームを巻き起こしたのです。ちなみに、日本でも日本語訳の詩で江利チエミ、そしてダーク・ダックスの競作として歌われています。

煙が目にしみる(プラターズ)

1955年発売されR&Bチャートで7週連続1位、全米ポップチャートでも5位を記録したミリオンセールスの大ヒット曲です。アメリカン・グラフィティの中でプラターズは、もう一曲「煙が目にしみる」が使われているほどの人気グループです。この他にも、「グレート・プリテンダー」(全米ポップチャートで1位)、「トワイライト・タイム」など多くのヒット曲でも良く知られています。

ジョニー・B・グッド(チャック・ベリー)

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でも使われた名曲です。その証拠と言っては変ですが、アメリカの無人宇宙探査機ボイジャー1号、そして2号に積み込まれた地球外知的生命体へ向けたメッセージレコードにも録音されているのです。

そして、この曲を歌ったチャック・ベリーは、ロックンロールの元祖のような存在で、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」第41位、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」第5位、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」2003年は第6位を記録している、本当の偉大なアーティストです。

アメリカン・グラフィティは「無名俳優」と「アメ車」の映画

みんな若手だった! 名優たちの出世作

この映画の一つの楽しみは、当時は無名俳優、そして今では大御所俳優が端役で出ているシーンを見つけることかもしれません。では、ちょっと紹介してみましょう。

■ カート・ヘンダーソン リチャード・ドレイファス(『ジョーズ』、『未知との遭遇』)
■ スティーヴ・ボランダー ロニー・ハワード(ロン・ハワード監督です)
■ テリー・フィールズ チャールズ・マーティン・スミス(『アンタッチャブル』、『アイ・ラブ・トラブル』)
■ DJウルフマン・ジャック ウルフマン・ジャック(『ウルフマン・ジャック・ショー』は53の国と地域、2,000局以上で放送)
■ ボブ・ファルファ ハリソン・フォード(説明の必要は無いですね)
■ ペグ キャスリーン・クインラン (『アポロ13』アカデミー助演女優賞ノミネート)
■ ジェーン ケイ・レンツ(1990年、TVドラマ『Midnight Caller』ゲスト出演、プライムタイム・エミー賞受賞)
■ ジョー ボー・ホプキンス(『ミッドナイト・エクスプレス』)

アメリカン・グラフィティ後もルーカスの映画に出続けている俳優さんもいます。リチャード・ドレイファスやハリソン・フォードが代表格ですね。ハリウッドにも日本の映画と同じように、「ルーカス組」があるのでしょうか?

映画に登場した古き好きアメ車たち

この映画で重要なことは、役者以上に50年台の古き好きアメ車たちの活躍だと思います。劇中の印象的なシーンには必ずと言っていいほど、自動車が一緒にいるのですから。今ではクラッシックカーとも言われそうな素敵なアメ車たちは、この映画の主役なのかもしれませんね。

■ 1951マーキュリー:ジョーの愛車。カートが拉致されて押し込まれる場面で愉快に使われます。
■ 1958シボレー・インパラ:スティーブの愛車。テリーが借りてナンパに成功したシーンは必見。
■ 1932 フォード・デュース・クーペ:デュースの愛車。なかなか凄い改造が見もの。
■ 1955シボレー・150:ボブの愛車。劇中ではクラッシュシーンで…
■ 1956フォード・サンダーバード:劇中でのナンパ相手になるブロンド美人の愛車。色気のある車体です。

名作だからこそ、知っておくべき「トリビア」

■ タイトルは、アメリカン・グラフィティでは無かったかも知れない
映画会社は「アナザー・スロー・ナイト・オブ・モデスト」、コッポラは「ロック・アラウンド・ザ・ブロック」を提案した。どうやらルーカスがつけた「アメリカン・グラフィティ」は、気に入られなかったようですね。

■ 撮影は真冬
映画ではT−シャツ姿など夏の設定ですが、実際の撮影は冬でした。シーンの中には俳優の息が白いところもあるそうですよ。

■ ウルフマン・ジャックは海賊放送のDJだった
劇中で、大げさに見えるウルフマン・ジャックのDJ姿と雄叫びですが、実際にAFNなどで聞かれた彼のDJスタイルとはそれほど変わっていません。ただ、あのスタイルを完成させたのは、海賊放送と言ってもいいくらいの放送局だったことは、あまり知られていないかもしれません。この放送局、メキシコのアメリカ国境付近にあり、一般的には認められていない程の出力があったそうです。そこから全米で視聴できるほどだったいうのですから、海賊放送同然。ここでDJをしていたウルフマン・ジャックは、トレードマークになった狼風の叫び声などのスタイルを確立していったそうです。そして、本来は演技は素人の彼が劇中で演じたDJ。ウルフマン・ジャックの海賊放送局でのDJ姿を再現したような演技にしていたそうです。

■ 苦労の積み重ねの脚本は…演出で軽視さていた
ルーカスは、俳優が好きなように演技させていたそうです。脚本通りに演じるはルーカスの好みではなかったようです。

■ カメラ・オペレータから怒られたリチャード・ドレイファス
ドレイファスは癖なのか、撮影中もかかとをを上げたり、下げたり、手は常時ぶらぶらとさせていました。これを嫌がったカメラ・オペレーターから「じっとしてろ」と怒られてしまったそうです。実際、その癖(?)は映画の中でも写り込んでいます。

■ 髪は俳優の命です
撮影当時よりも10年近く前を舞台とした映画ですから、髪型も「古臭い」ものにしなくてはなりません。そのため、チャールズ・マーティン・スミスはプライベートでは常に帽子をかぶり、ハリソン・フォードは髪を切るのを拒絶し、カウボーイ・ハットを被っての演技で許してもらったそうです。

■ 名曲が邪魔をしたビデオ化
オールディーズが映画の中で使われまくっている。それが「アメリカン・グラフィティ」の特徴の一つですし、人気のポイントですが、このために権利関係が難しくなり、なかなかビデオ化ができなかったそうです。

■ ユニバーサルでも気に入られていなかった「アメリカン・グラフィティ」
先ほども書きましたが、もともとはワーナー・ブラザースで配給されるはずだった映画。でも、脚本は気に入られずに、紆余曲折の末にユニバーサルの映画になりました。でも、完成後、試写をみたユニバーサルの重役は「客に見せるレベルでは無い!」と激怒したそうです。ワーナー・ブラザースと同じように…偉い人には受け入れがたい革新的な映画だったのですね。
その結果、最初の公開はニューヨークで1、ロスアンゼルスで2の映画館だけだったそうです。

■ ユニバーサルが企画を蹴った「スター・ウォーズ」
ルーカスは『アメリカン・グラフィティ』完成後、上映されるまでの期間でユニバーサルに「スター・ウォーズ」の企画を提示していました。でも、ユニバーサルの回答は「NO」。それほど、ヒットする以前の「アメリカン・グラフィティ」やルーカスに対する評価が低かったのでしょうね

■ 大御所俳優揃いの映画でも、当時はプロ俳優が一人だけだった
先ほども書いたように、この映画には無名俳優ばかりが出ていました。当時プロの役者だったのはハワードだけだったそうです。でも、そのハワードは俳優というより監督としての方が有名になってしまいましたね。

■ ルーカスの処女作に対する執念が写り込んでいる?
劇中でジョンの愛車フォードのナンバープレートは「THX-138」。ほとんど処女作「THX 1138」と一緒ですね。

■ ルーカスは、映画の大ヒットの裏でハリウッド不信になっていた?
処女作の大失敗の影響もあってワーナー・ブラザースからは嫌われた上に、「アメリカン・グラフィティ」の制作まで打ち切られたルーカス。その「アメリカン・グラフィティ」は大ヒットしたものの、ディレクターズカット版は2分ほど長い。どうもユニバーサルの意向でカットされてしまっていたようです。これでルーカスはすっかりハリウッド不信に陥っていたらしいのです。そのため、スター・ウォーズの公開前には「もし失敗したら」と心配になり、ハワイへ逃げてしまったそうです。多分、本当に失敗していたら…ハリウッドでは、もう映画を撮れないと思ったのかもしれませんね。

まとめ

お金のなかったルーカスが、思いの丈を込めて作った「アメリカン・グラフィティ」。この頃のルーカスがスター・ウォーズやインディージョーンズで大成功し、出演していたロン・ハワードがアカデミー賞監督に転身し、大工あがりの役者ハリソン・フォードがハリウッド随一のスターになると誰が予想していたでしょうか? 恐らく、ルーカスの才能を信じていたフランシス・コッポラでも、これほどの成功を皆がおさめるとは想像していなかったんでしゃないでしょうか?

そんなハリウッドスターたちの運命を切り開いた名作。もし、まだ観たことがないなら、要チェックですよ!