【平手晃平】日本屈指のイケメンレーサーの活躍に迫る!

若干16歳でフォーミュラ・トヨタにデビューして話題となった平手晃平。海外での実績もさることながら国内でのカテゴリーを問わない目覚ましい活躍も注目されています。そんな平手晃平の輝かしい戦績や伝説のプロポーズ、さらには年収に至るまで調べましたのでご紹介します。

平手晃平とは?

現在日本を中心に活躍しているレーシングドライバーです。
2002年に若干16歳という史上最年少でフォーミュラ・トヨタに参戦した経歴もあり、若くして才能を見せつけています。
また整った顔立ちと爽やかな雰囲気で日本でも指折りのイケメンドライバーとしても知られています。
またレース以外での活動として地元愛知県でアルミ製品を取り扱っている光生アルミニューム工業のCMに出演した経験があり、このCMは同じく地元愛知のCBCラジオの野球中継内で放送されていました。

プロフィール

・生年月日 1986年3月24日
・出身地 愛知県小牧市
・身長 171cm
・体重 63kg
・血液型 Rh+O型

また尊敬するドライバーにアイルトン・セナの名前を挙げています。
ドライビングスタイルは積極果敢に仕掛けるオーバーテイクが持ち味です。

年収は?

レーシングドライバーの収入はレースで獲得した賞金のほかにチーム、スポンサーから支払われる給料がベースとなります。
平手晃平はトップクラスのドライバーとなりますので契約しているチームからのスポンサー収入も多いと予想されます。
またそれ以外にもトークショーなどのイベント、CM出演などの料金を含めると年収は1億円以上ではないかと推測されます。

平手晃平のこれまでの戦績

2016年8月現在30歳という若さですが、13歳からレース活動をしており、その戦績は豊富です。
デビューから現在までの平手晃平の戦績を振り返ってみましょう。

デビューからフォーミュラ・トヨタまで

出典:http://www.toyota.co.jp/ms/ft/whats.html

13歳でレーシングカートデビュー、全日本ジュニアカート選手権の初代シリーズチャンピオンに輝いた経歴があります。
その後もしばらくレーシングカートの世界で活躍を続け、15歳の時にフォーミュラトヨタレーシングスクールを受講、スカラシップを獲得します。

2002年にはエッソ・フォーミュラ・トヨタシリーズに参戦、若干16歳という若さで注目を集めました。
若いだけでなく速さも備えており、第2戦のスポーツランド菅生、第4戦筑波サーキット、第7戦MINEサーキット、第10戦富士スピードウェイで勝利するというシリーズ通算4勝を挙げる活躍をみせました。

海外フォーミュラシリーズでの活躍

2003年からはトヨタ・ヤングドライバーズ・プログラムの支援を受け、フォーミュラ・ルノー2000・イタリアシリーズへ参戦します。
2004年までの2シーズン参戦し、合計7勝を挙げました。

2005年から2006年にかけてはフォーミュラ・3・ユーロシリーズに参戦します。
初年度はチーム・ロズベルグから参戦、ニュルブルクリンクで行われた戦いでは3位表彰台を獲得する活躍を見せシリーズランキング12位となります。
ちなみにこの2005年シーズンでは現在F1で圧倒的な強さを見せているルイス・ハミルトンとのバトルも演じています。
2006年はマノー・モータースポーツに移籍しホッケンハイムで待望の初勝利を挙げます。
その後もシリーズを通して安定した活躍をみせ、シリーズランキングでも3位という上々の成績を収めました。

翌2007年にはGP2へステップアップ、トライデント・レーシングから参戦を果たします。
第6戦のニュルブルクリンクではレース1で5位、レース2で2位を獲得すると見せ場を作りましたが、これ以降のレースではノーポイントに終わってしまい、結局シリーズランキングは19位にとどまっています。

2003年から2007年にかけて海外で戦った印象として「ヨーロッパには想像もつかないような速いドライバーがいて刺激になる」と話しています。

フォーミュラ・ニッポンでの成績

出典:http://www.inging.co.jp/photo/2013/rd3/index.html

2008年からは活躍の場を日本に移し、現在のスーパー・フォーミュラの前身であるフォーミュラ・ニッポンとスーパーGT選手権に同時参戦します。
フォーミュラ・ニッポンではチームIMPULからの出場となり、鈴鹿サーキットで行われた第5戦で待望の初勝利を飾ります。
しかしツインリンクもてぎで行われた第6戦で悲劇が起こります。
前方を周回していた伊沢拓也のリアに取りついた平手晃平は、スリップストリームを活かして一気に追い抜こうとコーナー手前で伊沢拓也のインに入ります。
これに気付いて早めにインを取っていた伊沢拓也のリアタイヤに平手晃平のフロントタイヤが接触、平手晃平の車は大きく跳ね上がり宙を舞いながらグラベルに引っかかり横に1回転する大クラッシュを喫してしまいます。
このクラッシュにより胸椎の圧迫骨折、肺挫傷という大怪我を追ってしまい次の第7戦は欠場、しかし最終戦では無事に復帰を果たしシリーズランキング4位という活躍を見せました。
この活躍により2008年度のルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得します。

2009年も引き続きIMPULから参戦、富士スピードウェイで行われた開幕戦でポールポジションを獲得し決勝でも3位となりいよいよシリーズチャンピオンかと期待されましたが、結局この開幕戦と最終戦の3位がベストリザルトとなってしまいシリーズランキングは5位にとどまってしまいます。

2010年と2011年もチームIMPULに残留、2010年には鈴鹿サーキットでの開幕戦でライバルの伊沢拓也をダンロップコーナーで大胆なオーバーテイクを披露する活躍をみせ4位、富士スピードウェイで行われた第3戦では圧倒的強さをみせる独走で優勝と前半戦は好調な滑り出しでしたが後半は失速、シリーズランキングは前年に続き5位に終わっています。

2012年にはプロジェクトミュー/セルモ・INGINGに移籍、しかしシリーズランキングは9位に終わります。
翌2013年も同チームに残留し、第3戦富士スピードウェイでは2位に入る活躍を見せましたが11ポイント獲得するにとどまりシリーズランキングも前年と変わらず9位となりました。

スーパーGTでの成績

2008年からフォーミュラ・ニッポンと並行する形でスーパーGTにも参戦しています。
初年度はGT300クラスのチームaprからトヨタ・MR-Sを使用しカーナンバー95を付けて参戦しました。
第3戦FUJI GT 500kmでは初のポールポジションと優勝を飾りGTの世界でもその名を印象付けることになります。
しかし前述のフォーミュラ・ニッポンでの事故により第6戦、第7戦と欠場することになってしまい、シリーズランキングは9位で終わります。

2009年にはGT500クラスにステップアップします。
チームもダンロップ・サードに移籍する形になり使用するマシンはレクサス・SC430カーナンバーは39となりました。
この年の最高位は第5戦のスポーツランドSUGOでの2位となり、シリーズランキングは14位で終えています。
2010年も同じチーム体制でGT500クラスに参戦、表彰台の獲得はありませんでしたがシリーズランキングは12位と前年よりも上の成績を残しています。

2011年にはセルモに移籍しカーナンバーも38に変更となります。
第6戦の富士スピードウェイでは勝利を挙げ、シリーズランキングも6位と好成績を収めました。
2012年も同じ体制で参戦、チームに慣れてきたのか開幕戦と第8戦で優勝を飾るなど2勝をあげ、シリーズランキングも2位と大きく成績を伸ばします。
2013年も引き続きセルモから参戦、勝利は第6戦の富士スピードウェイでの1勝となりましたが、念願のシリーズチャンピオンを獲得します。
その後2014年までセルモからGT500クラスを戦い第4戦のスポーツランドSUGOで1勝を挙げシリーズランキング8位、総獲得ポイントは43という活躍でした。

2015年には過去に在籍していたサードに移籍することになりカーナンバーも39に戻ります。
この時のチームメイトはF1での優勝経験もあるヘイキ・コバライネンでした。
この年は序盤の5位が2回が最高位で総獲得ポイントは23に終わり、シリーズランキングは14位に落としてしまいます。
2016年も引き続きセルモから参戦しており、第5戦富士スピードウェイ終了時点でシリーズランキング2位と奮闘しています。

インタープロトシリーズでの成績

インタープロトシリーズは2013年からはじまった4.0LのV6エンジンをミッドシップに搭載したkurumaと呼ばれるレーシングカーで行われるワンメイクレースです。
富士スピードウェイで4月から約3か月に1回のペースで開催されています。
レーシングカーの性能とドライバーの腕がバランスよく発揮されるようにABSなどの運転補助装置はついていないのも特徴です。

2016年、平手晃平はこのインタープロトシリーズにTeam Kurosawaから参戦、4月に行われた第1戦で見事優勝を遂げています。

平手晃平の特徴

2010年に圧倒的強さを見せたフォーミュラ・ニッポンでのレースやインタプロトシリーズでの成績、スーパーGTでの全6勝中3勝があらわしているように、平手晃平は富士スピードウェイを得意コースとしているとみられます。
前半セクションでのスピードの保ち方や難所である最終コーナーのまとめ方が特に上手な印象があります。
また以下に平手晃平本人による富士スピードウェイ攻略法の動画もアップされています。

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平手晃平と愛車

プロレーサーとして活躍する平手晃平はプライベートでも車好きで知られています。
過去に3台の車を所有していたようですが、どのような車種に乗っていたのでしょうか。

レースでもプライベートでもトヨタと縁が深い

前述のように2001年にフォーミュラトヨタレーシングスクールを受講し、後にフォーミュラ・トヨタに参戦、スーパーGTに参戦してからも使用車両はすべてトヨタというレース活動でトヨタと縁の深い平手晃平のプライベートでの愛車遍歴を見てみると
・トヨタ アルテッツァ
・レクサス IS350
・レクサス LS460 F SPORT
とプライベートでも見事なまでにトヨタ党のようです。

初めての愛車はアルテッツァ

出典:http://ms.toyota.co.jp/jp/tdp/column_khirate_091007.html

ヨーロッパから帰国した2007年にはじめて手にした愛車がアルテッツァだそうです。
なぜアルテッツァを選んだのかと聞かれ、「とにかくマニュアル車に乗りたかったから」と答えています。
またアルテッツァは2005年で生産終了していることから中古での価格も安くなってきている時期だった、安価でチューニングしやすい車両が欲しかった、という理由もあるそうです。

このアルテッツァは最初は街乗りと山道を両方それなりに走れるようにチューニングしようとしていたそうですが、だんだんとチューニング熱が止まらなくなってしまったようでホイールからエアロパーツ、内装まで手を付けた結果、仲間内からは「ヒラテッツァ」と呼ばれるオリジナルカーに仕上がったといいます。

2代目のレクサス IS350もチューニングしまくり?

出典:http://ms.toyota.co.jp/jp/tdp/column_khirate_100617.html

2010年頃にレクサス IS350を購入したそうです。
レクサスのISFと迷った結果、運転した感覚でIS350を選んだといいます。
先代のアルテッツァと同じく、購入から1年足らずでリア、フロントのエアロからホイール、フォグランプまで徹底的にチューニングされ、さらにはオートマチックトランスミッションを取り払いマニュアルに変更するという大掛かりなチューニングまで施されました。
平手晃平の車に対する熱意が伝わるエピソードですね。

3代目のレクサス LS460 F SPORTはチャンピオン獲得のご褒美!

2014年の初頭に前年のスーパーGTチャンピオン獲得の自分へのご褒美として購入されました。
またレーシングドライバーの後輩である石浦宏明が同車を購入したこともきっかけとなったそうです。
「チャンピオンを取れば、トップドライバーになればこんないい車に乗れるんだ」という後進たちへのメッセージも込められているようで平手晃平のドライバーとしての男気を感じますね。

愛車が盗難事件に!

衝撃的な一言がツイッターを駆け抜けました。
2016年1月30日に平手晃平の3代目の愛車であるレクサス LS460 F SPORTが盗難にあってしまったとのことです。
前述のように自分へのご褒美、そして後進への熱いメッセージの込められた1台であることはファンも承知で、怒りと心配のリツイートが駆け巡りました。

当日中に無事解決!

ツイッターを利用してたくさんの人に情報を求めた結果、当日中に発見され、本人から感謝のツイートが届きました。
一生懸命探してくれたファンと当事者の迅速な呼びかけが功を奏したと思います。
無事に本人のもとに帰ってきてくれて一安心ですね。

平手晃平の結婚事情

平手晃平は2010年にスポーツランドSUGOでレースクイーンを勤めていた内藤淑美さんという女性と結婚しています。
彼女との結婚にはイケメン平手晃平らしい素敵なエピソードがありますのでご紹介します。

伝説の表彰台からのプロポーズ

2010年の7月18日に行われたフォーミュラ・ニッポンの第3戦富士では前述のように圧倒的な強さで優勝を飾りました。
この勝利は平手晃平自身フォーミュラ・ニッポンでの待望の2勝目だったのでシャンパンファイトでとても嬉しそうにはしゃぐ姿が印象的でした。
暫定表彰式が終わりそのままバックステージへ姿を消すかと思われたのですが、突然平手晃平は表彰台にもどり、マイクを手に取って表彰台の下にいた淑美さんに「結婚してください!これからのレース人生を一緒に歩んでください」と公開プロポーズを行います。
前代未聞のポディウムからのプロポーズにお相手の淑美さんも相当びっくりしたそうです。
しかし、これほど素敵なサプライズ演出をされて嬉しくないはずがありません。
返事は勿論OKで、2010年の12月20日に正式に入籍しました。
この入籍の日にはちょっとしたトラブルがあったらしく、平手晃平は当日スポンサーへの挨拶を行ってから役所へ向かったそうですが、役所が閉まる17時に間に合わず、先に到着していた淑美さんが係りの人に「もう少しで到着しますので」と交渉するシーンがあったそうです。

まとめ

若干16歳でフォーミュラ・トヨタに参戦した平手晃平は早熟の天才タイプのドライバーといえるでしょう。
そしてまだまだ30歳という年齢、年を重ねるごとに円熟されていくドライビングスタイルはこれからのさらなる活躍を予感させてくれます。
甘いマスクに表彰台でのプロポーズなど、スター性も持ち合わせていますから日本だけでなくもう一度海外
でも大きな活躍をしてくれるかもしれません。
また大クラッシュを経験してもめげない精神力の強さも大きな武器となりそうです。
オフィシャルブログも頻繁に更新されていますし、ツイッターではプライベートな写真も多数アップされていますので、最新情報は常に要チェックですね。

平手晃平さんのブログ「平手晃平オフィシャルブログ「KStyle」Powered by Ameba」です。最新記事は「LGDA夏祭り 終」です。