1980年代を走った近未来カー、シトロエンBX

日本がバブルの絶頂期を迎えようとする1980年代から90年代初めにかけて、近未来感あふれるクルマがトーキョーをはじめ、世界のあちこちを走っていました。その名は「シトロエン BX」。窒素とオイルのサスペンションに支えられて走る、それはそれはユニークなクルマだったのです。

オイルと窒素ガスに支えられて走る、独創性のかたまり

シトロエン BXは1982年から92年まで生産された、シトロエンのミッドレンジのモデル。独特なスタイリングにハイドロニューマチックといった独自のテクノロジーなど、シトロエンらしい独創性が随所に盛り込まれたモデルです。
そんなBXの斬新さやオリジナリティを、当時を振り返ってレポートしてみました。

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カウンタックをつくった、ガンディーニのデザイン

何といっても、そのスタイリングが特徴的です。シトロエンは、古くは1950年代の「DS」からはじまって、「Ami」「CX」など、宇宙船のようなクルマを作ってきましたが、そういった流れを感じさせるデザインです。
直線を基調としたファストバックスタイル、大きなウインドウ、グリルのないツルッとしたノーズ、フェンダーに半分隠れたリアタイヤなど、いま見ても斬新なスタイリング。このまま翼を付けて加速したら、空に舞い上がりそうです。

デザイナーは、当時、イタリアのカロッツェリア、ベルトーネに在籍していたマルチェロ・ガンディーニ。ランボルギーニ・カウンタックやランチア・ストラトスといった、スポーツカーのデザインで有名なマエストロです。そのテイストはいずれも直線を基調としながら、クルマを通して見る人に独特のオーラを感じさせるのが上手なデザイナーでした。カウンタックでは獰猛なパワー感を、ストラトスでは異次元のスピードを、そしてこのBXでは近未来感の都市の乗り物をユーザーに提案していたように思います。

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ハイドロニューマチックのサスペンション

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ハイドロニューマチック・サスペンション動態図

もうひとつ、BXに近未来感を感じる理由、それが「ハイドロニューマチック」のサスペンションでしょう。「ハイドロ」は液体の意味でこの場合はオイルを、そして「ニュー」はフランス語で気体の意味でここでは窒素ガスを、それぞれ使っていました。金属バネと油圧ダンバーによる一般的なサスペンションに代わるシステムとして、シトロエンが開発したものです。

金属バネと油圧ダンパーによるサスペンションでは、トランクに荷物をたくさん載せると重みでリアが沈み込み、お尻が下がった状態のまま走ることになります。そうなると、FF車のように、フロントタイヤを駆動して走るクルマは、前輪で地面を蹴ることができなくなったりと、走行が不安定となったりします。また、金属バネは大きな力が加わると瞬間的に底突き(ボトミング)してショックの吸収力を失ってしまい、乗り心地が不快になったり、クルマの姿勢が不安定になったりする原因となります。

ハイドロニューマチックなら、そうした従来システムの難点はありません。クルマの荷重が増えてもつねに高いプレッシャーがかけられた油圧シリンダーによって高さを一定に保つセルフレベリング機能があります。
そして路面からのショックは窒素ガスが吸収します。ガスは密閉された容器の中に収まっているため、たとえ大きな力がかかっても、ガスが圧縮されるだけでショックの吸収力はなくなったりしません。

人が乗ったり荷物を積んだりしても、ボディは路面からつねに一定の高さを維持するようにハイドロニューマチックは働きます。走っていて、路面に大きなうねりや凹凸があってもふわり、やんわりとやり過ごし、ボディを揺らさないように動き続けます。
つまりハイドロニューマチックは、昔のSFで見たような空気で浮いて走る「エアカー」を目指したかのような、そんな“ハイテク”だったのです。

ガンディーニのエクステリアデザイン、そして魔法のようなハイドロニューマチックとの組み合わせで、シトロエン BXは近未来感あふれる走りで当時のクルマ好きを熱狂させたのでした。

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ミステリアスなメーターの内装デザイン

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エクステリアが宇宙船のようなら、ダッシュボードなど内装の作りもスペースムードたっぷりでした。
ハンドルは1本スポーク、まるで丸い輪が目の前に浮いているような感じです。その向こうに見えるメーターのデザインもミステリアス。アナログ式の表示はどこにもなく、インジケータのようなものが並んでいるだけです。スピードメータは有名なボビンメーター。円筒形に記された数字がぐるぐる回る、ちょうどiPhoneのピッカーのように表示するスタイルとなっています。

ウインカーレバーなどはありません。この当時、ハンドルからなるべく手を離さずにライトなどの操作が行えるよう、メーターフード両脇に合理的にスイッチを配置する「クラスタースイッチ」が流行していましたが、シトロエンはその最先端をいっていました。ウインカーもライトもワイパーも、スイッチはすべて、手の指の動きに最適な場所にスイッチをレイアウトした、と当時シトロエンは言っています。
確かに、見ているとカッコいいのですが、これを操作するのは大変です。瞬間的にパッと操作できるようになるまで、どれくらい時間が必要でしょうか。初めて乗ったら、戸惑うどころか、操作を放棄してしまいそうな予感もします。

さすがにシトロエンもやり過ぎだと反省したのか、後期型では“まし”になります。一般的なアナログ方式のスピード/タコメーター、レバーによるウインカー操作。レバーをひねると点灯するランプなど、インターフェースが使いやすくなり、それがユーザーを増やす理由のひとつになったりもしました。

それでもまだおかしなところは残っていて、その代表がクラクションです。シトロエンのクルマは代々、ハンドルにホーンボタンがないクルマが多くありました。BXも同様で、初期型はクラスターに、後期型はなんとウインカーレバーに仕込まれていました。
左右のウインカー点灯は、通常のレバー操作でOK。そしてウインカーレバーを垂直方向に押し込むと、クラクションが鳴ります。ラテン車らしい牧歌的な響きで、それはそれで好ましい音色です。

しかし問題なのは、クラクションを鳴らすシチュエーションです。子供が飛び出してきたり、速報からクルマが割り込んできたり、そんなエマージェンシーな瞬間に、ウインカーレバーを正確に垂直方向に押し込むのは至難のわざです。幸運にも押し込めたとしても、上下方向にレバーを動かしてしまうことがよくあります。そうなると、ウインカーが点滅してしまうのです。慌ててクラクションを鳴らしているのに、なぜかウインカーもつけている、そんな間抜けなドライバーを演じてしまうわけです。

この独創的なクルマに、ちょっと乗ってみましょう!

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では、この地上を走る宇宙船に乗ってみましょう。日本に主に入ってきていた、1.9リッターモデルをベースに話を進めます。

ハッピーな気分になれる、明るい気分の内装

ドアは今のクルマほど分厚くできていません。しかもクルマ全体が軽量(本国仕様で980kg)にできているので、ドアを閉めるときなどは「パンッ」を軽やかな音を立て、仕立ての良い金属がきちんと閉まる音がします。ドイツ車のような「ドスン」ではもちろんありませんが、昔の日本車によくあった「バシャッ」とかいう安っぽい音でもありません。

室内に入ると、たっぷりとしたシートが出迎えてくれます。小柄な日本人には大きすぎて少し落ち着かないくらいです。たっぷりとした“あんこ”が身体をやんわりと支えてくれます。フカフカとした感触ですが、コシがあるため、同じ姿勢で長く座っていても快適です。ヨーロッパ車らしくリクラインはダイヤル式ですから、背もたれはジャストな好みの角度に設定できます。

綾織りの柄がおしゃれなシート地、そして大きめのウインドウから差し込む光で、室内にいるとハッピーな気分になってきます。日本仕様ではほぼ標準装備だったサンルーフが、さらに明るい気分にさせてくれます。このサンルーフはチルトアップもできるスグレモノ(死語ですね、もはや)で、雨の日の換気やタバコを吸うときなどに便利です。もし、まだタバコを吸っている人がいれば、の話ですが。

目の前のハンドルやダッシュボードは、ちょっと“プラスチッキー”な仕上りです。こういうところは、日本車のような高品位な感触は望めません。ですが、そのチープな感じがいかにも生活雑貨的なタッチで好ましくもあります。アバタもえくぼ、といったところでしょうか。

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ワゴンのカーゴルームは広大

飾りっ気のない100馬力エンジン、スポーティなAT

1.9リッター/100馬力のエンジンはプジョー製です。プジョーが自社のクルマ(405など)に使う際は、120馬力を出していました。BXではハイドロニューマチックの油圧ポンプを駆動しなければならないので、その分、馬力を喰われてしまうのです。また、シトロエンが中速域をメインとしたチューニングを施したという事情もあります。

エンジンをかけると、ちょっと乾いた独特の音がします。燃焼室での爆発音がそのまま外に漏れてくるような、化粧っ気のない音です。
アクセルを踏むと、くっとお尻を下げてBXは前に進み出します。でもハイドロニューマチックのセルフレベリング機能ですぐにボディは水平に戻ります。日本に輸入されていたのは、主にトルコンの4速ATです。低中速でトルクを出しているエンジンとのマッチングで、回転が上がるたびにどんどんシフトアップして、速度を増していきます。

逆に、スピードが落ちてくると積極的にシフトダウンします。60キロ前後で4速から3速へダウンし、活発に走れる回転数をできるだけ維持するようにします。ですから、再度アクセルを踏めば間髪を入れず加速します。いつでもスタンバイOKな、スポーティなATです。

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ブレーキは、ハイドロニューマチックの独特なタッチ

赤信号でブレーキ。そのときの“足ごたえ”が、普通のクルマとは違います。通常のクルマは油圧ブレーキで、ペダルを踏んでいくと沈み込みます。BXは違います。ペダルにかける力でブレーキをコントロールします。これは、ブレーキにもハイドロニューマチックの油圧を利用していることによるものです。
以前のシトロエン車はこのブレーキ以外にも、パワーステアリングなどにハイドロニューマチックの油圧を利用していましたが、あまりにもシステムが煩雑すぎ、次第に機能が整理されていきました。BXはその過渡期にあるクルマといえます。

ちなみに、ハイドロニューマチックの油圧がクルマ中を駆け巡っているシトロエン車は、古くなるとあちこちに駆け巡っているオイルラインからオイルが漏れ、最後には停まってしまうそうです。その姿をイメージしていたら、筆者はアニメ「風の谷のナウシカ」に出てくる巨神兵を思い出してしまいました。

ゆったりとした“2拍子”の乗り心地

余談はさておき、郊外の道に走り出してみましょう。

起伏があり、信号が少ない一本道などは、このクルマの独壇場です。BXを走らせるなら、ある程度のスピードで流した方が快適ですし、クルマの実力も分かります。
大きなうねりも、小さな凸凹も、すべてハイドロニューマチックのサスペンションが、まるっと飲み込むようにして路面からの振動をボディから遮断してくれます。不思議なの凹凸の大小にかかわらず、ボディが揺れる際はつねに一定の振幅になることです。タタタタ・・・といった16ビートのような小さな振幅も、4拍子くらいのうねりも、BXにかかるとすべて2拍子になってしまう、そんなイメージです。

ハイドロニューマチックの恩恵ももちろんありますが、2,655mmもあるロングホイールベース、さらにサスペンションが支えやすく路面からの影響も受けにくい軽量ボディなど、いくつかの要因が上手く作用し合って、この独特な乗り味がうまれているのでしょう。

フランス仕込みの、優れた直進性

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ワゴンの「BXブレイク」

そんなハイドロニューマチックにも弱点はあります。首都高を走っているとよくある、効果のつなぎ目のような小さくて細かい段差です。ハイドロニューマチックの油圧がは高く、こうした細かい動きに追従するのが苦手なためです。そのような段差を速めのスピードで乗り越えると、「ドシン」と鋭い反応を社内の乗員に伝えてしまいます。さすがにこれはシトロエンも要改善と思ったのでしょう。電子制御と組み合わせた次世代の「ハイドラクティブ」では、このウィークポイントは克服されています。

直進性はバツグンです。FFであることに加えロングベース、しかもアクセルを踏めばクルマ自身が真っ直ぐに走るように躾けられています。一説によると、フランス人は車内で同乗者と話が弾むとハンドルから手を離して身振り手振りをしたり、あろうことか助手席やリアシートの方を向いたり(つまりよそ見)するのも平気らしいです。そんな状況でも、フランスのほとんどはは平坦で真っ直ぐな道が多いので、とにかく真っ直ぐ走ってさえいればとりあえず安全。だからフランスのカーメーカーは直進性を重視する、という話があります。ウソのようですが、フランスと聞くと、本当のことのように思えてなりません。

急な上り坂は、やっぱり苦手

道がゆるやかにカーブしていても、その直進性を活かして、矢のように走ることができます。高速になればなるほど、ハンドリングがシャープになって、わずかなステアリング操作で狙ったラインをトレースすることができます。大きなコーナーであれば、小指1本分動かす程度でもクリアできてしまうほどシャープになります。高速走行時はこうしたハンドリングの方が、ある程度の緊張感を走ることができ、その結果注意散漫になったり、居眠りをしたりしなくすむ、と当時のシトロエンは主張しています。

ただ、急な上り坂になると、100馬力しかないエンジンがさすがにゼイゼイ言い出します。音ばかり大きくなり、なかなか前に進まなくなります。さらに、山の頂上近くになってコーナーがタイトになると、ロングホイールベースが災いして身のこなしが少しギクシャクしてきます。

フランスのような平坦な大陸育ちのBXには、こういうシチュエーションは苦手です。逆に、そういうところに、フランス土着のクルマだという実感や愛着がわいてきます。今のクルマはインターナショナルになって、BXのように“生まれや育ち”を感じるようなことはなくなりましたから。

峠の下りは、飛ぶように、矢のように

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ただ、峠を越えて、下り坂になったら、しかもゆるいカーブが続くようなシーンになったら、BXは息を吹き返します。その気になりさえすれば、驚異的なスピードで目的地まで着くことができるでしょう。

175/65R14という細いタイヤでもハイドロニューマチックのサスペンションはしっかりとロードホールディングをして、山を駆け下ります。

ハードブレーキングもセルフレベリング機能がノーズダイブを抑制し、安定した姿勢でコーナーに突っ込んでいくことができます。さっきも書いたように、ブレーキのタッチは独特ですが、ハードに使い込んでもキャリパーが開いたり、フェードを起したりしないのは、さすがヨーロッパ製のクルマです。

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車高階切り替えで悪路や雪道も走破

また、BXは雪道も得意です。スキーの道具を積んだり人を乗せても、セルフレベリングが適正な車高を保ち、前輪のトラクションを確保してくれます。通常のFFのように、お尻が沈み込んでフロントタイヤが空転しやすくなったりはしません。

さらに、積雪が増したら、車高を上げることができます。ギアのセレクトレバー後方にある、無愛想なL型のレバーで車高を4段階に切替えることができます。犬の“伏せ”のようにべたっと車高を下げるポジションから、通常走行用のノーマルポジション、ちょっとした悪路や段差を超えるときのハイ・ポジション、さらに10センチ近く上がるポジションも用意されています。最も高いポジションはタイヤ交換などの際、リアのハーフスカートのフェンダーからタイヤを露出させるためのモードで、走ることは推奨されていません。

雪道の際はハイ・ポジションを使えば、前述のトラクションの良さともあいまって、かなりの走破性を発揮します。とはいえ4輪駆動のようなパワフルな走りはさすがにムリですが。

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フランス本国では、4輪駆動モデルも販売されていた

実際に使うと、とても楽しい。こんなクルマほかにない

新車当時は、フォルクスワーゲン ゴルフと人気を二分

どんな道を走っていても、BXはいつも安楽にもてなしてくれます。外見は少しアバンギャルドな感じですが、実際に使ってみると軽やかなテイストのインテリア、大きめの窓やサンルーフから差し込む光や景色、そしてハイドロニューマチックが演出してくれる独特な“2拍子”の走り。生活の道具としてこんな楽しいクルマは他にはなく、当然のように人気が出ました。

冒頭にも書いたように、BXが新車で走っていた時代は1980年から90年代初頭にかけて。フランス本国はもちろんヨーロッパ全体でも人気となり、なんとあのフォルクスワー ゴルフに匹敵する販売台数を誇ったそうです。もちろん日本でもたくさん走っていました。フランス車では最も多く輸入されたモデルのひとつなのではないでしょうか。

今も乗れる、1980年代の近未来

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前述したように、主に正式輸入されたのは1.9リッター100馬力仕様ですが、その他に1.6リッターのベーシックモデル、さらにスポーティなDOHC1.9リッター/120馬力のモデルも入ってきていました。ボディタイプは5ドアハッチバックのほか、広大なラッゲージスペースを備え「ブレイク」とネーミングされたワゴンボディのモデルもラインアップしていました。

あれから30年前後が過ぎた今も、大切に乗られているBXが残っています。新車当時は300万円クラスの販売価格でしたが、現在は100万円以下、中には数十万円で店頭に並べられているの中古車も見かけます。

さすがに、安楽なソファのようなシートは、さすがにへたっているかもしれません。きれいな柄のシート地も当時の鮮やかさは残っていないでしょう。何より、特徴でもありアキレス腱でもあるハイドロニューマチックの調子が気になります。

ただ、すべてが完調でなくても、BXはいま乗ってもきっとあの独特な世界観で乗る人を包み込んでくれることでしょう。
2010年代のいま、1980年代を走っていたこの近未来カーを乗り回してみるのも、面白いかもしれません。

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