【ダイハツ コンソルテ】トヨタと提携した第一作!

ダイハツ コンソルテは、1969年に発売された当時「コンソルテ ベルリーナ」と呼ばれ、1972年にパブリカの部品共用を増やしたマイナーチェンジが行われ、ベルリーナの呼称が外れることになりました。ダイハツ車では、「二代目ムーヴ」や「ハイゼット」もそうですが、この当時のコンソルテクーペも、ジウジアーロによってデザインされたものになります。

コンソルテ 車名の由来は「提携」

パブリカとの競合を控えたコンソルテ

出典:http://lrnc.cc/_ct/16948834

トヨタとの提携後、パブリカと同型車種だったコンソルテはデラックスとスタンダードの二種類だけのグレードで販売。パブリカに設定されていたツインキャブ搭載モデルや、バン/ピックアップなどの商用車は設定されていませんでした。

パブリカと共通のボディでありながら、搭載するエンジンはパブリカの3K型1,200ccから、FE型の1,000ccエンジンに換装されていたことからも、「兄弟車であっても競合は避ける」と言う姿勢が明らかな販売戦略でした。

コンソルテは車名の由来が「伴侶・提携」という意味であり、当時のダイハツとトヨタの関係を意味しています。対ユーザーにもつながる車名の意味ですが、少なからずトヨタ側を意識したグレード設定だったのは間違いありません。

コンソルテにトヨタ製エンジンを搭載

トヨタ製 3K型 1,200ccエンジン

1971年にはトヨタ製3Kエンジンを搭載したスポーティモデルがラインナップされました。パブリカと同等のスペックを与えられたコンソルテは「1200S」と称され、最高速度は150km/hと公表されています。

翌年にはリアデザインの変更などをともなう、大がかりなマイナーチェンジが行われました。この時点で「ベルリーナ」のモデルネームは無くなり、「1200S」は「1200GS」へと名称が変更されています。発売から4年目の時点でパブリカとの部品共用は、およそ75%となりました。

出典:http://blogs.yahoo.co.jp/mihusito/60792005.html

パブリカ・スターレットは、初代セリカで好評だったフルチョイスシステム(エンジン・外装・内装の材質、その他の装備やトランスミッションなどを選択できるプラン)を簡略化した、フリーチョイスシステムが設定されていましたが、OEMで販売するコンソルテには同プランが採用されていませんでした。

スターレットのOEMで クーペモデルの追加

1973年にはパブリカ・スターレットのOEMであるコンソルテにクーペが追加されました。グレードは、1,000ccのモデルが「HL」と「TL」の二種類、1,200ccモデルには「GHL」と「GL」が設定され、GHLには当時、高級車にしか採用されていなかったレザートップが標準装備されていました。

出典:http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/621956/524640/84752484

コンソルテの主要諸元

販売期間:1969年から1977年
エンジン型式:FE型 1.0L 直4 OHV[3K型 1.2L 直4 OHV]
総排気量(cc):993[1,166]
最高出力(PS/rpm):58/6,000[68/6,000]
最大トルク(kg/rpm):7.8/4,000[9.5/3,800] 
駆動方式:FR
全長/全幅/全高(mm):3,695/1,450/1,380
ホイールベース(mm):2,160
総重量(kg):730[755]
乗車定員(名):5
先代車:コンパーノ
後継車:シャレード

コンソルテの前身 ダイハツ コンパーノ

コンソルテに"ベルリーナ"の名を残したコンパーノ

ダイハツ・コンパーノは、コンソルテの前身モデルにあたります。コンソルテが1969年に発表された当初、コンパーノと同様に「コンソルテ・ベルリーナ」と呼ばれていた時期があり、1972年までの間ベルリーナの呼称が使われていました。コンソルテに後継を譲るかたちで、コンパーノは1970年に生産を終えました。

コンソルテの後継車 ダイハツ シャレード

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%89#/media/File:Daihatsu-Charade.JPG

1977年発売のシャレードは、実質としてコンソルテの後継車になります。前任のコンソルテはモデルサイクルが長く、欧州各国では小型車の駆動方式をFFに改めていたこともあり、基本設計の古いコンソルテは姿を消して後継をシャレードに譲ってます。

初代シャルマンはユーザーからの要望

ダイハツがシャルマンの開発に至った理由として、コンパーノやコンソルテに乗っていたユーザーから、もっと上級なクルマを、と言う強い要望があったことが上げられます。マーケットの声によりトヨタは長年拒んでいたダイハツの「乗用車に関する自主開発」を許可して、シャルマンが誕生したと言う経緯があります。

コンソルテの中古車は存在するの?

旧車としても希少なコンソルテ

出典:http://kakaku.com/kuruma/used/item/12488327/

生産が終わって40年ほど経っているコンソルテ、現存する中古車は、すでに希少なものになっています。故障の際のパーツなどは互換性のあるもので対応できそうですが、要の部品はワンオフになってしまうかも知れません。現在見つかるものでは、車両価格 90万円前後で販売されています。

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 まとめ

おわりに。

名神高速道路の一部開通は、コンパーノが発売された1963年になります。この当時は、高速道路を快適に走れることを前提に、各自動車メーカーが次々と新しいモデルを発表しています。ダイハツ コンソルテも、先代であるコンパーノに改良をほどこし、高速走行に適したクルマへと進化を遂げた一台と言えます。

これからは多くのクルマに"自動運転"が普及していくと思われますが、旧車と呼ばれるクルマ達が「自動車の基本性能」を築いてくれたことを、これからも忘れずにいたいものです。