【佐藤琢磨】「No attack No chance」日本人最強ドライバー!攻めの走りで2016年も大注目!

元F1レーサーにして現役のインディカーレーサーでもある佐藤琢磨。非凡な才能と努力、アグレッシブな走りで観客のみならずライバルも魅了するほどです。そんな琢磨選手の魅力を戦歴を交えながらご紹介いたします。

佐藤琢磨とは

佐藤琢磨は日本のレーシングドライバーです。2002年から2008年まで自動車レースの最高峰「F1」に参戦し、史上7人目の日本人フルタイムF1ドライバーとなり活躍しました。2010年からはF1のライバルにしてアメリカレース界の最高峰「インディカーシリーズ」に参戦。現在に至るまで世界のレース界の最前線で活躍しています。また2012年より中日本自動車短期大学客員教授を務めたり、オフシーズンには日本で行われるさまざまなモータースポーツイベントに出演しモータースポーツ活動の普及に務めています。

佐藤琢磨のプロフィール

出典:http://lineblog.me/satotakuma/archives/4588005.html

現在はアメリカを主戦場に活躍し、過去にはF1において世界中を飛び回っていたレーシングドライバー佐藤琢磨はレーシングドライバーの中では異質の経歴の持ち主です。生活の拠点もアメリカに移してインディカーシリーズに参戦している彼の基本的なプロフィールは以下の通りです。

・名前:佐藤琢磨(さとうたくま)
・生年月日:1977年1月28日
・出身地:東京都新宿区
・身長:164センチ、体重:59キロ、血液型:A型
・最終学歴:早稲田大学人間科学部中退
・愛称:琢磨(英語圏ではTAKU)

佐藤琢磨の自転車時代を振り返る

佐藤琢磨はカーレースの世界に入る前、自転車競技の選手として数々の戦歴を残しています。大学もスポーツ推薦で入学したくらいですので、全国大会でも上位の成績を残すほどレベルの高い選手でした。そもそも幼い頃から自転車が好きで、競技の世界を知ったのは高校に入学してからです。そこから自転車競技の魅力に傾倒していくことになります。

ゼロから始めた高校時代の自転車競技!

高校時代にサイクルショップの店長にロードバイクのレースに誘われたのがきっかけで興味を持ち始めます。レースと聞いて鈴鹿サーキットで感じた興奮が蘇り、地域のレースなどに参加していましたが、全国レベルのレースに出たいと思うようになり、学校の先生に頼み込んで顧問になってもらい自転車部をつくり、顧問ひとり部員ひとりでインターハイを目指した伝説を持つ男です。

そして高校生の祭典でもあるインターハイに出場し、たぐい希な才能を発揮して見事インターハイを制することになります。カーレースでも同じですが、短期間で非常に高い集中力を発揮しレベルを上げていく姿勢は高校時代に培われたものです。

F1への転機となった大学時代

高校で輝かしい戦績を残し、推薦で早稲田大学に入学したあとも、学生トップの自転車競技選手として数々のタイトルを取っています。中でも1996年の全日本学生選手権男子キロ速度競走の部での優勝は将来を嘱望されるにいたる素晴らしい成績です。本気でオリンピックも目指していたのですが、子どもの頃に体験したF1レースの感動を忘れることができず、1996年に設立されたSRS-Fの門をたたくことになります。

自転車競技時代の戦績

・1994年5月:全国高等学校総合体育大会自転車トラック競技総合優勝
・1994年8月:第45回全国高等学校対抗自転車競技選手大会(インターハイ)で優勝
・1995年9月:全日本大学対抗選手権2位
・1995年11月:国民体育大会6位
・1996年6月:第37回全日本学生選手権男子4km速度競走で優勝

カーレーサー佐藤琢磨の年収ってどのくらい?

プロ野球選手の年俸は記者会見などを通してオープンにされることも多いのですが、カーレーサーの年収はミステリアスな部分が多く、金額が伝わることが非常に少ないです。現在のF1やインディカーシリーズに日本人選手が少ないことも影響していますが、佐藤琢磨選手に至ってはあまり知られていないのが実情です。

最高成績の2013年の年収と現在の年収

インディカーシリーズで初優勝を飾った2013年の年収は、7億~8億円と言われています。シリーズではレース優勝者に賞金が与えられるだけでなく、オーバーテイクの回数や順位でも賞金があるようです。レーサーの年収は、なかなか複雑で簡単に計算出来ないのですが、そのほとんどがスポンサーとの契約金から支払われます。そこにプラスしてレースの賞金が加算されます。現在はホンダがサポートしていることもあり2013年と同等の年収があると推測されます。

参考)最高峰と言われるF1ドライバーの年収は?

世界で20数人しかいないF1ドライバーはいったいどのくらいの年収があるのか気になるところです。現在インディーカーシリーズで活躍する佐藤琢磨選手はF1時代8億の年収があったと言われています。先輩格にあたる片山右京選手も7億~8億の年収があったとテレビなどで告白しています。一般庶民からすればプロ野球選手よりも多い年収に驚くのですが、ひとつ間違えれば命にかかわる職業だけに、多いか少ないかの判断は難しいところです。

歴代のF1レーサーで最高年収は、皇帝ミハエル・シューマッハーで200億円と桁違いの年収です。2016年現役ドライバーでトップはフェルナンド・アロンソの49億円となっています。実績を残しているドライバーはやはり高給取りとなっています。ちなみに2014年の小林可夢偉選手は2,000万円程の契約だったと言われています。

来歴と戦績について

F3からF1へステップアップ、そしてインディカーシリーズへと華麗な転身を遂げた佐藤琢磨選手の戦績はどのようになっているのか興味のあるところです。そして現在の成績は? 2016年シーズンを中心に見ていきます。

学生時代~レースデビューまでの道のり

和光学園高校を卒業後、早稲田大学に入学します。子どもの頃に鈴鹿サーキットで初めてF1を観戦し、モータースポーツに強い憧れを持つようになります。しかしその当時の佐藤琢磨は、高校時代インターハイで優勝するほど自転車競技に身を投じており、大学入学後も自転車競技で数々の記録を残しています。

1996年自転車の全日本学生選手権で優勝し将来有望としながらも、モータースポーツへの憧れは捨てきれず、同年に設立されたばかりの鈴鹿サーキット・レーシング・スクール・フォーミュラへ入学。大学を休学してまでモータースポーツの世界に飛び込みました。非凡な才能は随所に発揮され、時にはタイムで講師陣を上回ることもあり、1997年首席で卒業という栄誉を手にします。

レースデビュー~F3時代

鈴鹿サーキット・レーシング・スクール・フォーミュラ(SRS-F)を首席で卒業して獲得したスカラシップにより、1998年念願の全日本F3選手権デビューを飾ります。SRS-Fがホンダと鈴鹿サーキットが作ったスクールということもあり、チームは無限×童夢プロジェクトという有望チーム。しかし序盤の2戦に出場したのち、シーズン半ばながら単身渡英します。

F1を目標にしていた佐藤琢磨にとってイギリスF3選手権は、F1関係者も注目する登竜門でもあります。かつてアイルトン・セナやミカ・ハッキネンなどがこのイギリスF3からF1へステップアップしていったことから自ら選んだ戦いの場と言えます。出場した2年間のうち2000年についてはチームのミスなど不運も重なり、不本意なシーズンでしたが、才能は2001年に開花します。前評判の高かった佐藤琢磨は、見事に日本人初のイギリスF3選手権チャンピオンを獲得。同年のマカオGPも制してF3ドライバーとして世界の頂点を極めました。いよいよF1、その時がやってきます。

これまで数多くのF1ドライバーを輩出してきたイギリスF3選手権が、シリーズ存続の危機に直面している。

念願のF1シート!7年にわたり世界を飛び回る

2002年、佐藤琢磨の一つの夢が叶うことになります。日本人として7人目のF1フルタイムドライバーとしてDHL・ジョーダン・ホンダチームからF1デビューを果たします。鈴鹿での日本GPにおいて決勝5位フィニッシュで初ポイントを獲得し、翌年以降の活躍が期待される中、チジョーダンチームのエンジン変更でシートを失うことになります。

ホンダの仲介もありBARチームへ移った2003年はテストドライバーとしての契約でしたが、シーズン途中に代走で出場しポイント獲得しています。2004年~2005年はBARのレギュラードライバーとして、日本人初のラップリーダー、予選フロントロー獲得、日本人最高位の決勝3位獲得と才能通りの活躍を見せます。

その後、2006年からは複数チームのオファーを蹴り鈴木亜久里氏率いるスーパーアグリF1チームへ加入しオール日本チームで2008年までF1の舞台で戦うことになります。しかしチームは慢性的な資金不足状態にあり2007年には一時期ワークスホンダチームとも競い合えるレベルでレースをしていましたが、2008年のシーズン半ばにチームがF1からの撤退を表明、シートを失うことになります。ストーブリーグと呼ばれるシート争いでは佐藤琢磨の名前は最後まであがるもののシートが決まることはなく、2009年以降が白紙になってしまいます。

2008年に発行されたイギリスの月刊誌F1 Racingが行った歴代ドライバー100傑では、唯一の日本人ドライバーとして78位と評価されています。

F1世界選手権での戦績

【2002年:ジョーダン・ホンダ】
・F1世界選手権に初参戦、シリーズ15位
・日本GPにてF1初入賞(5位)

【2003年:BAR・ホンダ】
・リザーブ兼テストドライバー
・日本GPにスポット参戦し6位入賞

【2004年:BAR・ホンダ】
・F1フル参戦に復帰、シリーズ8位
・バーレーンGPで予選日本人最高位タイ(5位)
・スペインGPで予選日本人最高位を更新(3位)
・ヨーロッパGPで予選日本人最高位を更新(2位)フロントロー獲得
・アメリカGPで日本人最高位タイ(3位)自身初の表彰台

【2005年:BAR・ホンダ】
・ハンガリーGPで8位入賞、シリーズ23位

【2006年:スーパーアグリF1】
・年間ノーポイント、シリーズ23位

【2007年:スーパーアグリF1】
・スペインGPでチーム創設後初のポイント(8位)を獲得
・カナダGPで6位入賞

【2008年:スーパーアグリF1】
・シーズン途中でチーム撤退によりシート喪失

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新しい活躍の場アメリカへ!

シートを失い2009年はF1に参戦することなく2010年のシート獲得を目指していましたが、戦いの場をアメリカに移しインディーカーシリーズに参戦するという新たな挑戦がはじまります。当時インディカーシリーズでは日本でもレースを開催しておりF1には及ばなくとも人気のあるレースでした。アメリカではF1以上の人気を博し、オーバルコースで競い合うF1にはない激しさのあるシリーズです。そこへ佐藤琢磨が参戦し現在に至るまでレギュラードライバーとして第一戦で活躍しています。

2013年には誰もが待ち望んでいた初優勝を飾り、インディカーシリーズのトップレーサーの仲間入りを果たします。この優勝は、インディカー・シリーズの歴史において、またトップフォーミュラの歴史において日本人として初めての優勝を飾った歴史的瞬間です。

インディカーシリーズでの戦績

【2010年:KVレーシング】
・インディカーシリーズ初参戦、シリーズ21位
・第11戦エドモントンで9位入賞

【2011年:KVレーシング】
・7回トップ10フィニッシュ、シリーズ13位
・第8戦アイオワの予選で初のPPを獲得(日本人初)
・第10戦エドモントンの予選で2度目のPPを獲得

【2012年:レイホール・レターマン・レーシング】
・第4戦サンパウロで3位表彰台獲得、シリーズ14位
・第11戦エドモントンで2位入賞し自己最高成績を更新

【2013年:AJフォイト・エンタープライズ】
・第3戦ロングビーチで日本人初優勝を記録、シリーズ17位
・第4戦サンパウロで2位入賞

【2014年:AJフォイト・エンタープライズ】
・5回トップ10フィニッシュ、シリーズ18位
・開幕戦セントピーターズバーグでポールポジションを獲得
・第7戦デトロイト・レース2でポールポジション獲得

【2015年:AJフォイト・エンタープライズ】
・第7戦デトロイト・レース2で2位入賞、シリーズ14位

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注目の2016年シーズンの成績は?

AJフォイト・エンタープライズチームに移籍して4年目となる2016年シーズンは開幕からの好成績が期待されていました。オーナーのAJフォイトを除くドライバーではチーム最長であることからもチームが佐藤琢磨選手に寄せる信頼が大きいことの現れでもあります。成熟しホンダエンジンとの相性もよい車体を操りシリーズ上位への期待もますます高まります。

開幕戦:セント・ピーターズバーグ

・予選:11位
・決勝:6位

予選ではセッティングが合わない場面もありタイムロスし11位に終わったものの、決勝では二度の激しい追い上げでの6位フィニッシュ。

第2戦:フェニックス

・予選20位
・決勝15位

プラクティス1の開始早々にアクシデントを起こし、修理に時間を要し予選に出走できず。決勝は完璧ではないマシンで完走を果たし、粘りの走りで15位完走となる。

第3戦:ロングビーチ

・予選8位
・決勝5位

2013年に初優勝を飾った思い出の地で、素晴らしいレース運びで5位フィニッシュ。レース終盤のモントーヤとのバトルなど見せ場も十分でロングビーチで人気の高い「TAKU」の健在をアピールしています。

第4戦:アラバマ

・予選:16位
・決勝:13位

金曜日のプラクティスで最速タイムを記録して期待されましたが、予選当日のコンディションでハンドリングが悪化し16位に終わります。決勝は新しいセッティングで挑み、好ラップを刻みましたが、スタート直後の混乱で順位を落としたことが最後まで影響し13位でのゴールとなりました。

第5戦:インディアナポリス

・予選22位
・決勝18位

不運が重なり最高速が伸びないマシンで厳しく、苦しい戦いを強いられました。それでもピットクルーの素晴らしい作業は次戦へ期待が持てる内容です。

第6戦:インディ500

・予選12位
・決勝26位

100回目の開催となる伝統のインディ500は、ホンダエンジンを搭載したアレクサンダー・ロッシが優勝。佐藤琢磨は、スタート直後からハンドリングの悪いマシンに悩まされるものの途中トップ10入りするところまでばん回します。しかし残り37周でアクシデントによるリタイアとなりました。

第7戦:デトロイト

・予選11位
・決勝11位

2014年にはポールポジションを獲得し、昨年は2位フィニッシュとコースと相性のよい佐藤琢磨は、マシンセッティングがコンディションにマッチしておらず、苦しい戦いを余儀なくされました。

第8戦:デトロイト2

・予選16位
・決勝10位

スタート直後に発生した多重アクシデントに巻き込まれるも、トップグループとはあえて異なるタイミングでピットストップし、ポジションを上げて行くことを目指す戦いを展開、スタート直後にはほぼ最後尾までポジションを下げていた順位もトップ10フィニッシュとなりました。

第9戦:テキサス

・予選4位
・決勝--位

予選4番手と絶好の位置からスタートしたものの降雨でレースは中断。そのまま延期となりました。8月27日にナイトレースでの再開が予定されており、中断時の佐藤琢磨の順位は17位となっています。

第10戦:ウィスコンシン

・予選15位
・決勝17位

マシンのセッティングミスから予選は15番手でスタートしたものの、中盤の追い上げで一時7位まで順位をあげました。しかしピットロードでのスピード違反でのペナルティにより17位フィニッシュとなりました。

インディカーシリーズはウィスコンシンでの戦いの後。一週間の休みを挟んでアイオワスピードウェイで今シーズン2度目の、そして今シーズン最後のショートオーバルでの戦いとなります。アイオワコーン300は7月10日開催です。

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佐藤琢磨の評価はどうなっているのか?

佐藤琢磨の代名詞といえば、アグレッシブな走りです。最後まで決して諦めることなくチャレンジし続ける姿がレースでも随所に見られます。これは自転車競技をしていた学生時代や、F3、F1の時でも同じでインディカーシリーズに参戦している現在も全く変わることなく貫き通しています。2位で走っていても1位を目指してチャレンジし続けるのが佐藤琢磨です。たとえチャレンジしてリタイアしたとしても、上を目指す姿勢にファンのみならずメディアも好意的です。

F1時代にはシューマッハーにバトルを仕掛けて後から怒られたというエピソードもあり、日本よりもヨーロッパやアメリカで評価を得ています。歴代のF1レーサーランキングにおいても日本人で唯一トップ100人に選ばれています。今後もアグレッシブな姿は間違いなく見られるので、これからも評価が上がっていく可能性も十分にあります。

まるでサムライ!:アメリカでは評価の高いドライバー

2012年のインディ500でラスト1周まで2位を走っていた佐藤琢磨は、ファイナルラップで果敢にトップを狙いクラッシュ。結果17位に終わりましたが、これについてニューヨークタイムズが取り上げるなど、大変話題となりました。ライバルチームのオーナーからも称賛の声があがるなど、最後まで諦めない姿勢は「まるでサムライ」と讃えられ、それ以後アグレッシブな走りが高く評価されています。

第96回インディアナポリス500マイルレースで、レイホール・レターマン・ラニガンの佐藤琢磨はファイナルラップのターン1でトップを狙いクラッシュ、17位に終わることとなったが、チームオーナーのボビー・レイホールは琢磨のレースを称賛した。

琢磨のヘルメットがチャリティーオークションに!

第100回と記念すべき大会となったインディ500で佐藤琢磨が使用していたヘルメットが、「第100回インディ500参戦記念スペシャルヘルメットチャリティーオークション」としてヤフオクのチャリティオークションに出品し、その金額なんと1,112,111円で落札されました。落札で得た収益は10パーセントを「ヤフオク! みんなのチャリティー」に募金、残りの収益は佐藤琢磨が立ち上げた「With you Japan」を通じて復興地の子どもたちの長期支援の活動に役立てられます。

プライベートはどんな感じ?

レースでは命を張ってアグレッシブな走りをし、勝負師的な佐藤琢磨選手のプライベートはどうなっているのかとても気になるところです。ここでは家族と愛車にスポットライトをあててみます。

愛妻と家族について

一流レーサーの休日というとモナコに浮かぶ豪華クルーザーでの休日を思い浮かべがちですが、いったんレースを離れれば2児の優しいお父さんでもある佐藤琢磨選手はオフは子どもや奥様と過ごすことも多いです。愛妻家でもある琢磨選手の奥様は、若い頃からずっと彼を支えてくれた「パートナー」であり2005年に男児が生まれたのを機に婚姻し、2008年には第2子となる女児も誕生しています。現在は家族揃ってアメリカコロラド州デンバーに住んでいます。

愛車って何に乗ってるの?

愛車については、ライトウェイスポーツと呼ばれる車を気に入っており、ミニクーパーやホンダビートを愛車にしています。コンパクトなスポーツタイプの車を佐藤琢磨ならではのアクセルワークで軽快に操る光景が目に浮かびます。特にホンダ・ビートは1991年~1996年に生産された2シーターオープンカーで今や新車では買えない名車で、中古車市場においても非常に人気の高い車です。

佐藤琢磨のまとめ

アグレッシブで最後まで攻め続ける走りで人気の佐藤琢磨は、F1世界選手権とインディカーシリーズの両方で表彰台に立った初めての日本人です。モーターレースの情報が少ない日本より欧米で高い評価を得ており現在はアメリカのインディカーシリーズを主戦場にしています。カーレーサーの中では異色の経歴の持ち主としても知られています。高校時代から大学までは自転車競技のトップ選手としてインターハイや大学選手権で活躍しています。

カーレースとの出会いは19才と遅いのですが、10才の時に鈴鹿で見たアイルトン・セナにずっと憧れていたという生粋のF1ファンでもありました。日本人として初めてインディカーシリーズで優勝を経験し、実力、知名度、人気ともにトップクラスのレーサーとして今後もますますの活躍が期待されます。