【ルイスハミルトン】メルセデス黄金時代の立役者、戦績から収入などをご紹介!

ルイス・カール・デビットソン・ハミルトンはそのキャリアにおいて3回の世界王者に輝いた経歴を持つF1ドライバーで、現在では幼いころからの親友であり、ライバルでもあった「ニコ・ロズベルグ」と共にメルセデスの黄金時代を築き上げています。

プロフィール

ルイス・ハミルトン(Lewis Hamilton)はイギリス、ハートフォードシャー州出身のレーシングドライバーで、現在は「メルセデス・AMG・ペトロナス・フォーミュラワン・チーム」に所属しています。1985年1月7日生まれの31歳。身長175cm、体重66kg。アフリカ系イギリス人の父と、イングランド人の母の間に生まれました。2008年、2014年、2015年シーズンの世界王者であり、今年は2年連続でディフェンディング・チャンピオンとして望む年でありますが、今シーズンはチームメイトの「ニコ・ロズベルグ」の先行を許すレースが少なくありません。

戦績・スタイル

ルイス・ハミルトンのキャリアは8歳でレーシングカートを乗ったところから始まります。その後1995年、10歳の時にイギリスカートチャンピオンに輝き、その年の「オートスポーツアワード」でマクラーレンF1の代表である「ロン・デニス」に出会います。この出会いが、ハミルトンのその後の人生を大きく変えていくきっかけになるわけです。
この時10歳であったハミルトン少年はロン・デニスに「あなたのクルマでレースがしたい」と言いました。しかしまだハミルトンは10歳。デニスはハミルトンに「9年後、連絡をして」と書き残したと言います。結局その後ハミルトンはカートでキャリアを重ねるとともにその名前を知らしめていくこととなり、ロン・デニスはそれから3年後、自らハミルトンに連絡をし、マクラーレンとの間でドライバー契約を結ぶこととなります。
マクラーレンの支援の元、順調にキャリアを重ねていくハミルトンはジュニア・フォーミュラー、F3と参戦をし2006年にはGP2の世界に入ります。実はこの年、現在メルセデスでチームメイトであるとともに、カートキャリアを一緒に重ねてきた「ニコ・ロズベルグ」が先にF1の世界へ入ったこともあり、その空いたドライバー枠を埋める形でハミルトンが参戦したのでした。
結局、GP2参戦一年目の2006年は通算5勝とし、初年度でGP2のチャンピオンに輝きます。

F1デビューはマクラーレンから

2006年にGP2チャンピオンとなったハミルトンは、翌年2007年についにF1の世界へ足を踏み入れます。参戦するチームは「マクラーレン・メルセデス」なんと2005年、2006年シーズンの世界王者である「フェルナンド・アロンソ」といきなりコンビを組むこととなります。
ルーキーながら「マクラーレンの秘蔵っ子」という愛称で呼ばれるなど、それまでのキャリアを積み重ねてきた成果を試される一年となります。ハミルトンは2007年シーズン開幕戦のオーストラリアGPでいきなり3位表彰台の上ると、第2戦マレーシア、第3戦バーレーン、第4戦スペイン、第5戦モナコとなんと5戦連続で表彰台に登り史上初の記録を打ち立てます。しかも第4戦スペインGP終了時にはドライバーズランキングで1位となります。
そして迎えた第6戦カナダGPでは予選でポールポジションを獲得し、決勝レースではそのままポール・トゥ・ウィン。初優勝を掴むと、第7戦アメリカGPでもカナダと同じくポール・トゥ・ウィン。連続優勝を収め、第8戦、第9戦も3位と9戦連続表彰台を経験します。

この年のマクラーレンMP4-22は比較的戦闘力が高かったのですが、それにしても9戦連続表彰台という記録はハミルトンの力量がどれほどのものかを感じさせます。しかし、このハミルトンの活躍によってマクラーレンに思わぬ暗雲が立ち込めることとなってしまいます。
第10戦ヨーロッパGPでは残念ながら入賞圏外となってしまうものの、第11戦ハンガリーGPでは優勝、第13イタリアGPでは2位表彰台とし、第15戦日本GPでも優勝してポイントを稼ぎ、フェラーリの「キミ・ライコネン」やチームメイトの「フェルナンド・アロンソ」を抑えてドライバーズランキングで1位をキープします。
しかしこの頃になると、チームメイトのフェルナンド・アロンソとの関係が悪化し、アロンソがハミルトンの予選タイムアタックを妨害するなど問題が浮かび上がってきます。チームは次第にアロンソから距離を置くようになり、ルーキーであるハミルトンを擁護するような態勢となりますが、それが更にアロンソの機嫌を悪くする形となってしまいます。
それが原因かどうかはわかりかねますが、アロンソは第15戦日本GPでリタイア。ハミルトンも第16戦中国GPでリタイアとなり、「ルイス・ハミルトン」「フェルナンド・アロンソ」「キミ・ライコネン」という三つ巴の世界王者への争いが最終戦ブラジルGPまで続くこととなります。ブラジルGPではスタートで出遅れた後マシントラブルにも見舞われ、2007年シーズン最終戦を7位で終えます。アロンソも3位となり、優勝はキミ・ライコネン。ドライバーズランキングでもライコネンが逆転で世界王者となり、ハミルトンとアロンソはライコネンにわずか1ポイント及ばず、ハミルトンはルーキーイヤーでの世界王者を逃し、アロンソは世界王者3連覇を逃します。
結局アロンソは3年契約のうち2年を残しマクラーレンからいなくなることとなりましたが、ハミルトンにとってはルーキーながらドライバーズランキングを最後まで争ったことにより、そのドライバーとしての能力の高さを見せつける年となりました。

そして世界王者へ

2008年、フェルナンド・アロンソがルノーに移籍したことでチームメイトが「ヘイキ・コバライネン」に変わります。それは名実ともに、ハミルトンがマクラーレンのエースドライバーとなったということでした。2007年に衝撃的なデビューを果たしたハミルトンには「今年こそは世界王者に」という期待が掛けられていましたが、このシーズンは彼の若さが出てしまう一年となります。
開幕戦オーストラリアGPで優勝を果たしたものの、その後は他車への妨害、そしてコーナーカットペナルティ。ミスでマシンを破損させるなど「勝利」へ執着するあまり周りが見えていないというような状況に陥ったのかもしれません。それでも第6戦モナコGP、第9戦母国イギリスGP、第10戦ドイツ、第17戦中国と優勝を飾り、それ以外でも表彰台が5回を記録します。
最終戦ブラジルGPでは、ドライバーズランキング2位のフェラーリ「フェリペ・マッサ」の成績に関係なく、ハミルトンが5位に入賞できれば「世界王者」というレースになりますが、残り2周で「セバスチャン・ベッテル」にオーバーテイクされ6位に後退してしまいます。ですが天気が味方をし、降雨の中ドライコンディション用のタイヤを履いていた「ティモ・グロック」を最終ラップの最終コーナーで抜き、なんとか5位入賞、そして彼自身初の「世界王者」となります。
このハミルトンの世界王者の記録は「23歳と100日」で当時は最年少記録でした。

2008年は荒い運転で「若さ」を表に出しすぎてしまったハミルトンでしたが、2009年もファンの期待は高いものでした。しかしその年のマシン「MP4-24」は新たなレギュレーションに苦しみます。空力のレギュレーション変更とKERS搭載により、重くなったマシンでダウンフォース減少という二重苦に陥ります。それはマクラーレンだけでなく、フェラーリやルノーといったチームも同じように開幕を迎えても一向にマシンの状態は上向きません。
その一方で、レギュレーションの隙をついた形となったブラウンGP「BGP-001」は本来ホンダが2009年用に開発していたマシンで、レギュレーションによりダウンフォースの減少を押さえ、尚かつブラウンGPは予算の問題からKERSを搭載していなかったことが功を奏し、「ジェンソン・バトン」と「ルーベンス・バリチェロ」がワンツーフィニッシュ。そしてホンダが開発していたマシンと同じように空力設計に手を加えていたトヨタが3位4位を獲得します。
ハミルトンは開幕戦オーストラリアで失格、彼がやっとそのシーズンで表彰台に登ったのは、マクラーレンやフェラーリがアップデートでブラウンGPに速さで追いついてきた第10戦ハンガリーGPの優勝でした。しかし、そこから世界王者になるにはあまりにも遅い優勝で、その後も第11戦ヨーロッパGPで2位。シンガポールGPで優勝、日本GP、ブラジルGPでは3位表彰台に登りましたがブラウンGPのジェンソンバトンにはポイントで遠く及ばす、ドライバーズランキング5位で2009年シーズンを終えることとなります。

2010年。チームメイトは「ヘイキ・コバライネン」から、前年ブラウンGPで世界王者となった「ジェンソン・バトン」に代わります。開幕戦オーストラリアでは4位となり、フェラーリ、レッドブル、マクラーレンと三つ巴の戦いが続きます。序盤こそレッドブルとフェラーリに遅れを取るレースが続きましたが、後半になって盛り返します。バトンはポイントランキングで世界王者の戦いからは脱落してしまいますが、ハミルトンは最終戦まで世界王者を争い、フェラーリのアロンソ絶対有利の中最終戦アブダビGPを迎えます。
しかしアロンソは決勝で伸びずに7位に沈み、逆転でレッドブルの「セバスチャン・ベッテル」が世界王者となり、ハミルトンは最終戦を2位でフィニッシュするもポイントでは及ばす、ドライバーズランキングは4位で2010年シーズンを終えます。

2011年シーズンもレッドブルやフェラーリが速さを見せつけるかと思われましたが、なんとか開幕戦では2位表彰台を獲得しましたが、第2戦マレーシアではグリッド降格ペナルティなどの影響もあり8位、第3戦ではベッテルが速さを見せる中、決勝レースでなんとかベッテルをかわして2011年シーズン初優勝を収めます。その後はやはりレッドブルの速さが目立つ形となり、第5戦スペインGPの2位、第10戦ドイツGPで優勝、韓国GPで2位表彰台とアブダビGPでの優勝。優勝が3回と、その他に表彰台が3回。ドライバーズランキングでは5位となりました。
全体としてはやはり荒いレースが目立ち、表彰台12回と優勝3回というチームメイトのジェンソンバトンにも大きく水をあけられる形となってしまいました。

2012年、マクラーレンは「MP4-27」を投入し、そのマシンは戦闘力も高く、好調なレッドブル、セバスチャン・ベッテルにくらいつくレースを見せます。このマシンはその年の各チームの中で最速最強と言われることもあり、ハミルトンとチームメイトのバトンに期待が寄せられました。
開幕戦オーストラリアGPから第3戦中国GPまで連続で3位表彰台を獲得しましたが、その後はチームのミスが続いてしまい、ハミルトンがその年ようやく優勝を手にしたのは第7戦カナダGPでした。第11戦のハンガリーGPでも優勝しますが、チームのミスやマシントラブル、レース中のアクシデント等も重なりリタイアの数が増えていきます。
結局ハミルトンは2012年シーズン、優勝4回、それ以外の表彰台が3回。リタイアが6回とポイントを獲得できないレースも多くありました。ドライバーズランキングは4位にとどまり、2013年シーズンからはマクラーレンではなく、「メルセデス」からの参戦が発表されます。

メルセデス移籍と旧友ニコ・ロズベルグとのコンビ

2013年、メルセデスに移籍したハミルトン。チームメイトはカート時代からの友人である「ニコ・ロズベルグ」しかしメルセデスに対してのファンの評判は高くありませんでした。それでもそのシーズン、メルセデスは戦闘力の高い「F1W04」を投入します。そのマシンは前評判以上の速さを見せ、開幕戦オーストラリアGPこそ5位入賞という結果でしたが、第2戦マレーシア、第3戦中国で3位表彰台を獲得します。
それに応えるかのように、チームメイトであるニコ・ロズベルグも第6戦モナコGPで優勝。同い年ということもあり、親友であるライバル。ハミルトンは「苦しむと思われたメルセデス1年目」を表彰台5回、リタイアが1回と安定した走りを見せましたが好調ベッテルには届かずドライバーズランキング4位となります。
しかし、メルセデス移籍1年目でこの成績を残したこと、なおかつ、リタイア1回と安定した走りを見せたこと。それまでは荒い走りが目立った中で、ハミルトンはメルセデスに移籍したことで大きくドライバーとして成長をしたと言えるでしょう。そしてチームメイトである「ニコ・ロズベルグ」の存在もそれに大きく貢献しました。

世界王者奪還とメルセデス黄金時代の幕開け

2014年、F1の世界では大幅なレギュレーション変更が行われました。V型6気筒直噴シングルターボに統一されたエンジンと、ハイブリッド技術を詰め込んだマシンを作ることが各チームに求められました。シーズン前のテストではパワーユニットに問題が発生するチームも多くありました。
そんな中、まさに「圧倒的」と言うべき強さを見せたのがメルセデス勢のハミルトンとロズベルグ。ハミルトンは開幕戦オーストラリアGPではパワーユニットのトラブルでリタイアとなりますが、ロズベルグがトップチェッカーを受け優勝、フェラーリやマクラーレン、他のチームを圧倒する勝利を収めます。ハミルトンは第2戦マレーシア、第3戦バーレーン、第4戦中国、第5戦スペインで優勝してロズベルグをポイントで抜きましたが第6戦モナコでは2位表彰台。ポイントではロズベルグに遅れをとりましたが、それでもメルセデスの二人は「圧倒的」でした。
2014年シーズンのハミルトンは全19戦のうちリタイアが3回。その他の完走したレースは全て表彰台に登り、その中でも優勝が11回。一方ロズベルグはリタイアが2回、表彰台が15回。その内優勝が5回となりその年のメルセデスがどれほどの力を持っていたのかを物語っています。ハミルトンはロズベルグを2位に従える形で自身2度目の世界王者に返り咲きます。

メルセデスの黄金時代は翌2015年シーズンになっても続きました。しかし少し昨シーズンと違ったことはフェラーリが勢いを取り戻してきたことでした。2015年シーズンからは「セバスチャン・ベッテル」がフェラーリに移籍し、チームメイトの「キミ・ライコネン」とともにメルセデスを追いかけるレースが続きます。
しかし、それでもメルセデス圧倒的有利の状況はあまり変わりません。ハミルトンは開幕戦オーストラリアを優勝し、第2戦こそベッテルに優勝されるも、第3戦中国、第4戦バーレーンと連続で優勝し、チームメイトと共に第9戦イギリスGP終了時に9戦連続表彰台に登ります。ハミルトンはその内優勝が5回、ロズベルグが3回。第2戦にベッテルが優勝した以外は、メルセデスが8戦でワンツー・フィニッシュということになります。
第10戦ハンガリーGPではマシンの戦闘力が急に落ち、ロズベルグとともに表彰台にすら上がれませんでしたが、その後の第11戦ベルギー、第12戦イタリアと連続で優勝。マシンの不調が嘘のような成績を出します。第13戦シンガポールではリタイアを喫するものの、その後は全て表彰台に登り、またしてもロズベルグを2位に従える形で2015年シーズンも世界王者となります。

メルセデスが速さを存分に見せつけるシーズンとなったわけですが、結局フェラーリもメルセデスワンツー態勢を崩し切るというところまでは行くことができず、「ハミルトン」と「ロズベルグ」で1位を争うという形が続いた1年でした。その影響なのか、チームメイト同士での仕掛け合いやブロック。チームが恐れていたチームメイト同士でのクラッシュなども起き、親友でありライバルでもある「ロズベルグ」との関係があまり良い物ではないのではないかという噂も流れるシーズンとなってしまいました。

レーススタイル

ハミルトンは現代F1のドライバーの中でも速さにおいてはトップクラスであることは結果が示しています。常に上位を狙い、常にオーバーテイクを狙うというアグレッシブな走りが彼の魅力であり、強さなのですが、逆にそれが彼の弱い部分でもあるのかもしれません。
誰よりも速いということに執着しすぎるあまり、ミスをするという場面を多く見かけます。それが親友でありライバルでもあるロズベルグが相手となればなおさらのことで、前述したようなチームメイト同士でのクラッシュも、ハミルトンとロズベルグが同じような性格であることが理由だと思われます。確かに「誰よりも速く走る」ことがF1ドライバーの仕事なわけですが、速さを追及するあまりマシンを走れない状態にしてしまっては意味がないのです。

戦績まとめ

2007年 マクラーレン 最高決勝順位1位 ドライバーズランキング2位
2008年        最高決勝順位1位 ドライバーズランキング1位
2009年        最高決勝順位1位 ドライバーズランキング5位
2010年        最高決勝順位1位 ドライバーズランキング4位
2011年        最高決勝順位1位 ドライバーズランキング5位
2012年        最高決勝順位1位 ドライバーズランキング4位
2013年 メルセデス  最高決勝順位1位 ドライバーズランキング4位
2014年        最高決勝順位1位 ドライバーズランキング1位
2015年        最高決勝順位1位 ドライバーズランキング1位
2016年        最高決勝順位1位(2016年6月29日現在)

ハミルトンの年収、愛車は?

F1キャリア9年で3度の世界王者に輝いたハミルトン。どうしても気になってしまうのはそんなドライバーの年収です。ちなみに彼の愛車は「パガーニゾンダ760LH」市販されていない特注品です。値段は3億近いとも言われますが、彼はこの車で交通事故を起こしています。
そんなクルマに乗っているハミルトンの年収は2,300万ユーロと言われています。数字としては1位のフェルナンド・アロンソ【マクラーレン】の3,500万ユーロ、2位のセバスチャン・ベッテル【フェラーリ】の2,800万ユーロに次ぐ第3位の数字です。2,300万ユーロは日本円に直すと26億円、3億円のゾンダを特注するのもわかります。

ハミルトンの彼女は?

ハミルトンの元恋人と噂されるのが「ニコール・シャージンガー」です。ニコールは1978年生まれの38歳。現在はシンガーソングライターとして活躍しています。長年にわたり交際されていると言われ続けてきて、破局と復縁を数回繰り返してきました。しかし、2015年にニコールとの破局が報道され、その理由はニコールが「結婚をしつこく求めてきた」ということのようです。
ハミルトンは独身をもっと楽しみたかったのでしょう。その後すぐにまた熱愛が報道されたのが歌手の「リアーナ」リアーナは数々のビッグネームと浮名を流してきた女性で、過去には「レオナルド・ディカプリオ」やサッカーフランス代表の「カリム・ベンゼマ」との交際が噂されています。
しかも同時期にはモデルの「ケンダル・ジェナー」とも噂がありましたが、リアーナとの噂が出てきた時期と被りますので、恐らくジェナーは親しい友人ということなのではないでしょうか。

ハミルトンがカーズ2に?

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ディズニーの人気映画「カーズ2」ですが、F1ドライバーたちが多数出演しています。ハミルトンはマクラーレンMP4-12Cを彷彿とさせるシルエットの「ハミルトンカー」で登場しています。またドイツ版では「セバスチャン・ベッテル」が、スペイン語版では「フェルナンド・アロンソ」が、ロシア版では「ヴィタリー・ペトロフ」と共演しています。

まとめ

「ルイス・ハミルトン」は間違いなく現代F1においてトップクラスのドライバーです。そして彼の僚友「ニコ・ロズベルグ」も世界王者にこそなっていませんが、ドライバーとしての腕は超一流でしょう。彼ら二人が現在のメルセデス黄金時代を築いたことは言うまでもありませんが、これからもこのメルセデス一強という状況が続くとは限りません。
「セバスチャン・ベッテル」と「キミ・ライコネン」2人のスターを抱えて追うフェラーリ、「ダニエル・リカルド」と「マックス・フェルスタッペン」を擁し、ベッテル在籍時の輝きを取り戻そうとしているレッドブル。他にここで述べていないチームもメルセデスの勢いを止めるためさらなるアップデートを重ねてくるでしょう。その中にマクラーレンホンダが入っていることは言うまでもありません。

ハミルトンとロズベルグ。この2人がどのようにメルセデスのマシンを駆り、そしてどのように他チームの追撃をかわすのか。2016年現在ではロズベルグに少し遅れをとっていますが、彼は3連覇がかかっています。これから後半にさしかかるにつれ、この2人の間のバトルも激しくなっていきます。そこでチームメイト同士で文字通り同士討ちとなってしまえば、後ろから追いかけてくるフェラーリ、レッドブルといったチームにも可能性が出て来てくることでしょう。

公式サイトリンクまとめ

Dare to be the greatest. Inspire, spread love, and live every day to the fullest. Snapchat👻: lewishamilton

ルイス・ハミルトン公式インスタグラム

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ルイスハミルトン公式ツイッター

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