三菱 エメロード 滑らかな4ドアHTボディを纏う7thギャランの派生車

日本で4ドアハードトップという車型が全盛を誇っていた頃、4ドアセダンだった7代目ギャランの4ドアハードトップボディを持つ兄弟車として登場したのがエメロードです。エメラルドを意味するエメロードという名称からは、さながらダイアモンドを意味する名前でヒットを飛ばしていた初代ディアマンテの弟分といった印象を与えました。

三菱 エメロードとは? 

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三菱エメロード PV

三菱エメロードは1992年10月に5ヶ月前に登場していたセダンボディの7代目ギャラン/5代目エテルナの4ドアハードトップ(以下HT)タイプの兄弟車として登場しました。

ミニバンはさることながら軽自動車まで室内の広さをウリにする車が主流になっている今では考えられないことですが、1980年代~90年代初頭にかけては、今風に言うとセリカの4ドアクーペ版と表現できるようなカリーナEDを筆頭に、中型クラスの4ドア車ですら室内高を犠牲にしてでも低くスタイリッシュな外観を優先する4ドアHTが非常に人気でした。

にもかかわらず、6代目ギャランの世代では、三菱は中型クラスに時流にのった4ドアHTの車種をラインナップできていませんでした。このような事情から満を持して登場したのがエメロードなのです。ミドルクラスの4ドアHTスペシャリティとしても日本車の中でも最後発のデビューだったことにも起因するのか、CMのキャッチコピーはジェエル・クライマックスといったものでした。

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三菱エメロード 15秒CM

CMキャッチコピーのジュエルという言葉に象徴されるように、エメロードという車名はエメラルドを意味するフランス語です。

質実剛健なキャラクターのギャランとは違い、エレガントでスペシャリティなこの車ならではのキャラクターが上手く表現された命名となっています。また、エメロードの発売当時は1つ上のクラスでダイアモンドを意味するスペイン語を関したディアマンテが大ヒットしており、同じ宝石を意味する名をつけることでの関連づけや、一種のげんかつぎの意味合いもあったかもしれません。

そのスタイリングはコンピュータシミュレーションや風洞実験を駆使することで、Cd値0.29という現在の水準でも遜色ない空力性能を達成。見た目にもその空力が伝わってくるような滑らかなボディのフロントには、特徴的な3連マルチリフレクターランプを配した幅広の左右のヘッドライトユニットが小さなクリアガーニッシュのグリルで連結され斬新で個性的な表情を演出していました。

一方、インテリアについてはインパネが兄弟車のギャラン/エテルナと基本的に同一だったため、スペシャリティな存在を謳うには少々物足りないものがありました。

ボディタイプは4ドアハードトップ、搭載エンジンは 1.8リッターが4G93型の直列4気筒SOHCと6A11型 のV6SOHCの2種類、2リッターは、発売当初では6A12型V6のSOHC、DOHCの2種類でしたが、94年2月に追加されたハイスポーツグレード「スーパーツーリング-R」用に可変バルブタイミング機構を備えたマイベック仕様が追加され、こちらのエンジンは5速MT仕様で200馬力を誇りました。尚このグレードでは4WS仕様の足回りを選択できた時期もあります。しかしながら兄弟車のギャラン/エテルナに用意された2リッターV6DOHCインタークーラー付きツインターボ(240馬力)までは用意されず、あくまでエレガントなキャラクターを貫いていました。

トランスミッションは全グレード4速AT/5速MTどちらかが選択できました。駆動方式は基本FFでフルタイム4WD専用グレードとしてスーパーツーリング4というグレードが用意されていました。

以上のように中々意欲的なモデルであったエメロードですが、デビューした年にバブルは崩壊、車の流行も居住性より外観を優先の4ドアHTから、多人数でレジャーに高じるのに便利なステーションワゴンや、クロスカントリー4WD(今でいうSUV)、ミニバンなどに人気のジャンルが移っていきます。

加えて価格的にちょっと金額的に上乗せすれば1クラス上のディアマンテが購入できてしまう価格帯であったことも裏目に出て、販売不振に陥ってしまったのです。

この次の世代の8代目ギャランの開発過程でも、当初は4ドアHTのボディ形式でデザイン試作がされていたのですが、時代背景の変化やこのエメロードの不振からか市販ボディはセダンボディに変更。ギャランベースの4ドアHTはこのエメロードが最後となりました。

エメロードはギャランを扱うギャラン店、エテルナを扱うカープラザ店の双方で併売されていましたが、4ドアHTより5ドアワゴンに市場の人気が移ってきていたことを背景に、エメロード廃止後のギャラン派生の両店併売車種の後釜には、8代目ギャランのワゴン版であるレグナムが収まり、こちらは精悍なルックスと幅広いバリエーションから販売面でも大成功を収めました。

またギャランが7代目から8代目へと切り替わるときに、エメロードと共にひっそりと姿を消した車がありました。カープラザ店向けのギャランとして存在していたエテルナです。実はエメロードの世代の7代目ギャラン/5代目エテルナも、開発時のバブル景気と3ナンバー税制変更で3ナンバーサイズがユーザーにとって身近な存在になることを読み違え、ボディを3ナンバー化に大型化してしまったことが災いし、思ったような販売実績をあげられていなかったのです。

そのため、8代目ギャランが3ナンバーサイズを維持する一方、主に欧州向けにギャランとランサーの間を埋めるべく、ボルボおよびオランダ政府との合弁のプロジェクトで開発されたカリスマを5ナンバーサイズに仕立てた日本仕様をエテルナの後継として据えることとなり、カープラザ店発足当初からの銘柄であったエテルナは看板をおろすことになったのです。

エメロードの中古車の流通について

残念ながら製造廃止されてから20年。現役当時から不人気車だったこともあり、16年8月現在エメロードの中古車を見つけることはできませんでした。数少ない現存車も、下取り廃棄が前提のエコカー減税制度の餌食になってしまったのではないでしょうか。何が何でもエメロードが欲しいのであれば、中古車情報からオークションまで、くまなく情報をチェックするのはもちろんのこと、現所有オーナーを探し出し、手放す際に譲っていただく交渉するくらいのしぶとさが必要かもしれません。

まとめ

エメロードが登場した1992年にデビューした車種は開発時期がバブル最盛期であるがゆえに、意欲作も少なくないのですが、デビュー年にバブルが崩壊した余波をもろに被って販売不振に終わった車種もそれなりにありました。

そういった車種はたいてい意欲作であるものの、こだわりの部分がバブルならではの勢い任せのキワモノであったり、3ナンバー税制の変更を利用して大きいのは良いことだとばかりにサイズを大型化したのは良いものの、上位クラス車種への遠慮もあって質感はそれなりなど、どこかバブル期の浮かれ気分によるツメの甘さが商品に垣間見れるものでした。

エメロードの商品企画はそこまで醜いものではなかったと思いますが、バブル期において大いに人気を博した4ドアHTという市場に最後発として臨むにあたっては時既に遅しだった部分は否めないでしょう。

バブル期に関する日本車の話題となると、シーマ現象という言葉の由来になった初代シーマに始まり、バブル最盛期の1989年が初代セルシオや、BNR32スカイラインGT-R、ホンダNSX、NA型ユーノスロードスターなどの登場によって日本車が世界に追いついたヴィンテージイヤーと称されるなど、なにかと輝かしい側面ばかり注目されがちです。

しかし、今回紹介したエメロードをはじめとして、バブルの影の部分に翻弄された車種にも目を向けてみると意外な発見があるかもしれませんし、より自動車ビジネスの難しさや奥深さも感じられるかと思います。