【ジェンソン・バトン】英国生まれのイケメンドライバーは大の親日家?気になる年収や資産から戦績まで!

ジェンソンバトン(ジェンソン・アレクサンダー・ライオンズ・バトン)はイギリス出身のレーシングドライバーで、現在はマクラーレンホンダに在籍しており、2009年にはブラウンGPで年間チャンピオンにも輝いているベテランドライバーです。そんな英国紳士は大変「日本好き」と言われています。

来歴・基本情報

ジェンソン・バトンはイギリス、サマセット州出身のレーシングドライバーで、現在は「マクラーレンホンダ」に所属しています。1980年1月19日生まれの36歳。身長182cm、体重70,5kg。出身はイギリスですが、現在はモンテカルロでGPも行われる「モナコ」在住のようです。2009年には「ブラウンGP」で年間チャンピオンに輝いており、同じく年間チャンピオンのフェルナンド・アロンソとチームメイトであることから、マクラーレンホンダの復活に向けたキーマンと言えるでしょう。

バトンがレーサーとしてのキャリアをスタートさせたのは8歳の時、60ccのカートを誕生日に貰い、そのカートで大会に出場したことがきっかけでした。バトンはその大会で優勝。そこからカートを通じて着実にレーサーとしてステップアップしていくことになります。17歳でカートスーパーAクラス・ヨーロッパ選手権を史上最年少で優勝。次の年から四輪の、ブリティッシュ・フォーミュラー・フォードに参戦します。
このブリティッシュ・フォーミュラー・フォードは、かの「アイルトン・セナ」やオーストラリア人ドライバーの「マークウェバー」がキャリアを積んだ場所として有名で、まさに「F1の世界への入り口」と言えるレースカテゴリーです。初年度からタイトルを取り、フォーミュラー・フォード世界選手権でも優勝。レーサーとして非凡な才能を見せます。

1999年からはイギリスF3選手権に参戦(リンクは全日本F3)し、その年の終わりにはついにF1のテストを受けることになりますが、このテスト、前年に受けた、マクラーレン・ヤングドライバー・オブザイヤーの特典で、このテストをきっかけにして「ジェンソン・バトン」の名前が様々なF1チームに広がることとなります。

ついにF1の世界へ

2000年。バトンに転機が訪れます。ニコ・ロズベルグ、中島一貴といったドライバーがそのF1キャリアを開始したことで知られるウィリアムズがバトンのトライアウトをし、見事その年のセカンドドライバーのシートを獲得。ついに彼はF1ドライバーという狭き門をくぐったのです。
ルーキーイヤーのその年はオーストリア、日本、ベルギーGPで5位入賞など新人とは思えないほどの走りを見せ、ドライバーズランキングでは8位と好成績を残します。翌年からの活躍に期待が持たれましたが、翌2001年ファン・パブロ・モントーヤがウィリアムズに加入。バトンはウィリアムズと契約が残っていましたが、モントーヤにシートを奪われる形となり、ベネトン・フォーミュラにレンタル移籍されることになります。ベネトンではジャン・カルロ・フィジケラとコンビを組むことになりますが、その年のベネトンのマシンは決して速いマシンとは言えず、バトンも年間を通じて「入賞1回のみ」という戦績になってしまいます。

悔しいシーズンを過ごしたのち、ベネトンはルノーに買収されることとなり、バトンもそれに伴ってルノーF1で2002年シーズンを戦うことになります。チームメイトはヤルノ・トゥルーリで、マレーシア、ブラジルGPで4位に入るなどドライバーズランキングでも7位となりました。

B・A・R移籍からホンダF1時代

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/B%E3%83%BBA%E3%83%BBR

現在、マクラーレンホンダでチームメイトであるフェルナンド・アロンソが、ルノーのテストドライバーから昇格したことでレギュラーシートを失ったバトンは、2003年からはブリティッシュ・アメリカン・レーシング、BARに移籍します。BARでは1997年の年間チャンピオンであるジャック・ヴィルヌーヴとチームメイトとなりますが、そのヴィルヌーヴとの関係が良くなかったこと、そして元年間チャンピオンのヴィルヌーヴの年俸が高かったこと。チームがヴィルヌーヴではなく、バトンを支持する立場を取ったことなどからヴィルヌーヴは契約を更新されないこととなり、2003年シーズンの最終戦であった日本GPから日本人ドライバーである佐藤琢磨がバトンのチームメイトとなります。
シーズン全体としては決して「速いマシン」であったとは言えないものの、バトンが入賞6回に対しヴィルヌーヴは2回。表彰台こそ届きませんでしたが4位が2回と意地を見せつけ、ドライバーズランキングでも9位と健闘しました。

翌年2004年シーズン。バトンにとってはこのシーズンは飛躍の年。マシンの戦闘力は高く、キャリア初の表彰台も経験し、このシーズンでのドライバーズランキングでは3位を記録します。チームメイトであった佐藤琢磨もこの年のドライバーズランキングでは8位で、BARにとってもバトンにとってもこの年は良い一年になったことでしょう。
しかし2005年。BARは前の年の活躍が嘘のような不振に陥り、彼自身もドライバーズランキングでは9位。しかも、それまでエンジンを供給していたホンダがBARの株式を100パーセント取得したことで、2006年はホンダF1からの参戦となることが決まります。

しかしこれが功を奏したのか、2006年シーズンはバトンのキャリア初となる優勝をハンガリーGPで経験すると、入賞回数を伸ばしランキングでも6位に食い込みます。彼自身初となる優勝の表彰台では、ホンダのクルーたちが涙を流しながら「君が代」を聞いていました。
ですが2007年、2008年とホンダもバトンも低迷し、2008年シーズンではランキング18位と低迷することになり、追い打ちをかけるようにその年でホンダがF1からの撤退を表明。バトンはシートを失うこととなってしまいます。

ブラウンGP参戦、そして年間王者へ

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3GP

ホンダがF1から撤退したことでバトンのシート獲得が危ぶまれていましたが、ホンダF1でチーム代表を務めていたロス・ブラウンがホンダF1を買収したことで「ブラウンGP」が誕生します。2009年用のマシンとして開発されていたホンダRA109を使用し、そこへメルセデスのエンジンを搭載したBGP001はその高い戦闘力を開幕から発揮します。バトンはチームメイトのルーベンス・バリチェロとともに開幕戦のオーストラリアGP予選でフロントローを独占。決勝レースもバトンがポール・トゥ・ウィン。バリチェロも2位となり、ブラウンGPは開幕からフロントロー独占とワンツーフィニッシュという快挙を成し遂げます。
次戦マレーシアGPでもバトンは驚異的な速さでポール・トゥ・ウィン。シーズン後半こそ資金で勝る他チームとの開発競争の中で順位が沈むことも多くなったとはいえ、この年のバトンはベルギーGP以外全てのレースで入賞し、自身初の年間チャンピオンに輝きました。

なぜ新規参入のチームであるブラウンGPがこれだけの速さを見せたのか、それにはちゃんと理由がありました。
一つはリアディフューザーです。これはホンダが2008年の段階から2009年シーズンを見据えて開発されたものであり、いわばレギュレーションの隙をついたようなものでした。これはマシンの車体下部を通った空気を拡散させ、ダウンフォースを発生させるものですが、そのホンダの技術がそのままブラウンGPに渡ったこと、そしてそのような技術に他のチームが遅れを取ったことがひとつ。
二つ目は、KERSを搭載しなかったことがあげられます。KERSは運動エネルギー回生システムの略ですが、内容はブレーキング時のエネルギーを蓄積させ、オーバーテイク時にそのエネルギーを使用するというものです。ブラウンGPはプライベーターでしたのでそのような技術開発にかけられる資金がありませんでした。その結果、KERSの重量でマシンに負荷をかけることなく、最適な重量で走ることができたと言われています。
三つ目は、これが一番の速さの理由と言っていいのですが、ホンダエンジンではなく、メルセデスのエンジンを搭載したことです。2008年のホンダエンジンにくらべ、2009年のメルセデスエンジンは馬力が70ps上がったと言われています。
つまりは、2009年の新しいレギュレーションに適応したマシンを早くからホンダが作り上げていたことと、開発資金の無さでKERSを搭載できず、その分マシンの重量バランスがいい方向へ向かったこと。それに加えて、パワーの上がったエンジンを搭載すれば鬼に金棒といった形で、ブラウンGPは速さを見せつけたのです。
その証拠に、フェラーリやルノーといった他チームがリアディフューザー開発の遅れを取り戻してくるころにはなかなかトップに食い込むことが出来なくなっていたことを考えれば、ホンダが作り上げた2009年シーズン用のマシンがいかに最新鋭であったかがわかります。

ブラウンGP買収とマクラーレン移籍

2009年、ブラウンGPはコンストラクターズチャンピオンに輝き、バトンも自身初の年間チャンピオンに輝きました。しかしチームはそれまでエンジンを供給していたメルセデスに買収されることとなり、年俸に折り合いがつかなかったと言われる理由で2010年シーズンはマクラーレンから参戦することが決まります。前年の「年間王者」がマシンの性能だけが理由でなかったと証明したいバトンでしたが、セバスチャン・ベッテルなど若手の台頭に押され、2010年は5位。2011年は一歩及ばず2位となります。その後も安定した走りを見せ、2012年、13年、14年と5位、9位、8位。ビジネス色が強くなってきたと言われるF1ドライバー達の中でも、まさに世界の第一線で活躍を続けます。

特に2014年シーズンは2015年からマクラーレンにフェルナンド・アロンソが加入すると発表されたことで、当時のチームメイトであったケビン・マグヌッセンとのシート競争が激化しますが、元王者の威厳か貫禄か、残りひとつのシートを守ることに成功します。

アロンソが加入した2015年。マクラーレンはそれまで契約していたメルセデスのエンジンではなく、ホンダのエンジンを使用することを発表しました。しかし、アロンソが日本GP鈴鹿でのレース中に「GP2のエンジンかよ!」と悲痛な叫びを挙げ、バトンも「刀を持たないサムライだ」とコメントするなど、ホンダのエンジンはそれまでのメルセデスエンジンに比べて競争力に欠けており、フェラーリやメルセデスといったチームにはもちろんのこと、元年間王者である二人が乗っていても勝てないレースが続き、苦難の一年を過ごすことになります。ドライバーズランキングでも16位と低迷し、バトンには「引退」という言葉もささやかれるようになってしまいます。しかし、マクラーレンは2016年シーズンもアロンソとバトン、二人での体制を維持すると発表しました。

ジェンソンバトンの戦績

F1ドライバーは速くなくても務まる?

2000年にウィリアムズでF1のキャリアをスタートさせてから、バトンはシートを失ったことは一度もありません。常に世界のレーシングスポーツの頂点ともいえるF1の世界に身を置いてきました。現在ではF1ドライバーのシートは「ビジネス色」が強くなってきているとも言われます。日本人ドライバーの小林可夢偉がシートを失ったこともその部分が大きいと言われます。なぜならF1ドライバーというのはスポンサーがどれだけついているか、そこも大きく評価されるポイントだからです。
例えば小林可夢偉は2014年を最後にF1シートを失いました。2012年にもザウバーでシートを失っています。そのシーズンではドライバーズランキング12位と結果を残し、日本GPでも表彰台に立ったドライバーが契約されなかったのです。新たに小林可夢偉の代わりに契約されたのはエステバン・グティエレス。GP3やGP2でのキャリアは少なからずありましたが、それでも無名のドライバーでした。そんな無名なドライバーに、表彰台に立ち「オーバーテイクキング」と異名をつけられたドライバーがシートを奪われてしまう時代なのです。

そんな中でもシートを失うことがない

そんな中でこの16年間一度もレギュラーシートを失わなかった。それはジェンソン・バトンが常に一流であったことの証拠でもあります。確かに低迷していた時期もありましたが、そこはF1マシンを扱うことの難しさもあったのでしょう。いくら優秀なドライバーといえど、戦えないマシンではどうにもならないのです。残念ながら、現在のマクラーレンホンダの状況もそれを物語っていると言っていいでしょう。過去とはいえレギュラーシートを年間王者でそろえたにも関わらず、ここまで苦しい戦いが続いているのですから。

ジェンソン・バトンのF1キャリア~2013シーズン

2000年 ウィリアムズ 最高決勝順位4位 ドライバーズランキング8位
2001年 ベネトン   最高決勝順位5位 ドライバーズランキング17位
2002年 ルノー    最高決勝順位4位 ドライバーズランキング7位
2003年 BAR     最高決勝順位4位 ドライバーズランキング9位
2004年        最高決勝順位2位 ドライバーズランキング3位
2005年        最高決勝順位3位 ドライバーズランキング9位
2006年 ホンダ    最高決勝順位1位 ドライバーズランキング6位
2007年        最高決勝順位5位 ドライバーズランキング15位
2008年        最高決勝順位6位 ドライバーズランキング18位
2009年 ブラウンGP 最高決勝順位1位 ドライバーズランキング1位
2010年 マクラーレン 最高決勝順位1位 ドライバーズランキング5位
2011年        最高決勝順位1位 ドライバーズランキング2位
2012年        最高決勝順位1位 ドライバーズランキング5位
2013年        最高決勝順位4位 ドライバーズランキング9位
2014年        最高決勝順位3位 ドライバーズランキング8位
2015年        最高決勝順位8位 ドライバーズランキング16位
2016年6月現在     最高決勝順位9位 

バトンの魅力は、まさに英国紳士のように「マシン」を、そして「タイヤ」を思いやりながら走れるドライバーであることです。どんなに速くても走るたびにマシンを壊しているようではチームの信頼も落ちますし、それが契約に繋がらないこともあります。ベテランならではの安定した走り。そしてレース戦略にも上手さがあると言われています。そこはタイヤを思いやりながら走る部分に通じてくるのですが、単純に考えて、タイヤの交換は少なければ少ないほどピットの回数が減りますし、その分周回を重ねることができるわけです。
すべてのドライバーが出来るわけではありません。ですから大半のドライバーはピットストップの回数が1回増えたとしても、その分新しいタイヤでプッシュするほうが速く走れるわけです。ですがバトンの場合はタイヤマネジメントに長けている分、そのタイヤの寿命が長くなり、余裕が生まれます。その余裕は天候やアクシデントに大きく左右されるレースの中で大きく有利に動くのです。
マクラーレンホンダのように、まだホンダ製のパワーユニットが成熟されていない中では、「レースに勝つこと」よりも「マシンを無事にピットに帰し、データを集めること」が優先される面もあります。まさにそういった面でマクラーレンホンダにバトンは欠かせない人材だと言えるでしょう。

ジェンソンバトンの気になる年収と資産

常にトップカテゴリーのフォーミュラーワンの世界に身を置いてきたトップドライバーにはどれだけの収入があるのか、そして資産はどれほどなのか、どうしても気になってしまいます。ここではジェンソン・バトンが保有していると言われている資産や、その年俸についてご紹介したいと思います。

マクラーレンホンダは以外にも高給?

マクラーレンといえばアラン・プロストやミカ・ハッキネン、ニキ・ラウダやアイルトン・セナ。数々のトップドライバー達が契約してきた過去のある「名門」です。現在走っているドライバーの中でもルイス・ハミルトン(メルセデス)やキミ・ライコネン(フェラーリ)も所属していました。
そんな「名門」であるマクラーレンも、現在ではかなり苦しい立場にいることは明確で、前述したとおり去年、そして今年も決して満足のいく走りを見せているとは言えません。ですがそこは元年間王者の二人。年俸の額もかなり破格と言えるでしょう。

The annual list of what each driver is earning has been released by Business Book GP, and whilst Fernando Alonso might not be doing so well on the track, his bank account certainly is.

出典:www.grandprixtimes.com

「トラック上ではうまくいっていないフェルナンド・アロンソだが、彼の銀行口座は順調そのもの」と冒頭で元年間王者を皮肉っています。

Further down the salary grid sees Jenson Button in sixth. The McLaren driver was forced to take a pay cut to keep his seat, dropping from €16m (£9.5m) in 2014 to €10m (£7m) this year.

出典:www.grandprixtimes.com

「ジェンソン・バトンはランキング6位に落ちた。彼は今年のシート獲得のために、2014年の1,600万ユーロから今年は1000万ユーロへの減俸を受け入れた」と書いてあります。1,000万ユーロは2016年6月時点のレートで日本円に直すと約12億円。減俸される前の2014年は1,600万ユーロですから、約19億円。減俸されたとはいえ、バトンの収入は高いレベルだと言えるでしょう。
ちなみに前述したフェルナンド・アロンソは年俸ランキングですと堂々の3,500万ユーロで第1位。日本円に換算すればなんと約42億円です。フェラーリのセバスチャン・ベッテル、キミ・ライコネン。そしてメルセデスのルイス・ハミルトンとニコ・ロズベルグ。この4人を圧倒してのトップとなります。
いかにマクラーレンが低迷しているとはいえ、そこはやはり「名門」なのでしょう。以外と低いと感じたのはレッドブルの二人。ダニエル・リカルドとダニール・クビアトです。二人足しても到底バトンに追いつける数字ではありませんから、やはりドライバーの世界は「経験」と「年間王者」というのが尊重されるのかもしれませんね。

2015年F1ドライバー年俸ランキング詳細まとめ

You can see the entire salary grid below:
# Driver Team Salary
01 Fernando Alonso McLaren €35m
02 Sebastian Vettel Ferrari €28m
03 Lewis Hamilton Mercedes €25m
04 Kimi Raikkonen Ferrari €18m
05 Nico Rosberg Mercedes €13.5m
06 Jenson Button McLaren €10m
07 Felipe Massa Williams €4m
= Nico Hulkenberg Force India €4m
= Sergio Perez Force India €4m
= Romain Grosjean Lotus €4m
= Pastor Maldonado Lotus €4m
12 Valtteri Bottas Williams €2m
13 Daniel Ricciardo Red Bull €1.5m
14 Daniil Kvyat Red Bull €750,000
15 Max Verstappen Toro Rosso €250,000
= Carlos Sainz Toro Rosso €250,000
17 Felipe Nasr Sauber €200,000
= Marcus Ericsson Sauber €200,000
19 Will Stevens Manor €150,000
20 Roberto Merhi Manor €50,000

出典:www.grandprixtimes.com

1位 フェルナンド・アロンソ(マクラーレン)3,500万ユーロ(約42億円)
2位 セバスチャン・ベッテル(フェラーリ) 2,800万ユーロ(約33億円)
3位 ルイス・ハミルトン  (メルセデス) 2,300万ユーロ(約27億円)
4位 キミ・ライコネン   (フェラーリ) 1,800万ユーロ(約21億円)
5位 ニコ・ロズベルグ   (メルセデス) 1,350万ユーロ(約16億円)
6位 ジェンソン・バトン  (マクラーレン)1,000万ユーロ(約12億円)
7位 フェリペ・マッサ   (ウィリアムズ)400万ユーロ(約5億円)
ニコ・ヒュルケンベルグ(フォースインディア)
セルジオ・ペレス(フォースインディア)
ロマン・グロージャン(ロータス)
パストール・マルドナード(ロータス)
12位 バルテリ・ボッタス  (ウィリアムズ)200万ユーロ(約2.5億円)
13位 ダニエル・リカルド  (レッドブル) 150万ユーロ(約1.8億円)
14位 ダニール・クビアト  (レッドブル) 75万ユーロ (約9,000万円)
15位 マックス・フェルスタッペン (トロロッソ) 25万ユーロ(約3,000万円)
カルロス・サインツ(トロロッソ)
17位 フェリペ・ナッセ   (ザウバー)  20万ユーロ(約2,400万円)
マーカス・エリクソン(ザウバー)
19位 ウィル・スティーブンズ (マノー)   15万ユーロ(約1,800万円)
20位 ロバート・メルヒ    (マノー) 5万ユーロ(約600万円)

1位は約42億円、20位は約600万円。チームの財政状態やキャリアの違いはあるにしても、ものすごい開きです。時速300kmを超える速度で走り命をかけている割には、少し下位のほうは安いような気もします。

気になる資産は?車は何に乗っているの?

これはあくまで推定ですが、ジェンソン・バトンの総資産額は約4000万ポンドと言われています。これは日本円にして約63億円。これだけを見ると「すごい額だ」という感想を持ちますが、彼の年俸を思い出してみてください。減俸になって約12億円です。そう考えると少し少ないような気もします。
彼のインスタグラムを覗いてみると、非常に「趣味」や「車」の写真が多いです。まぁインスタグラムとは本来そういうものなのですが、写真の中では「マクラーレン650sスパイダー」や「マクラーレンP1」の姿を見ることができます。やはりマクラーレンのスポーツカーを所有しているようです。また、ホンダの「NSX」を持っているという噂や、かつてホンダF1に所属していた時はホンダジェットの第1号オーナーになる噂が立つなど、お金の使い方は少々荒いのかもしれません。ちなみにマクラーレン650sは約4,200万円。マクラーレンP1は約1億円とやはり高額です。

イケメンドライバーの恋愛事情

元奥様は日本人!

これだけイケメンで、これだけ高額な年俸もあり、F1ドライバーという魅力的な職業についているジェンソン・バトンですが、実はバツイチ。2014年にモデルの道端ジェシカさんと結婚、しかし約1年で離婚しています。二人の交際が発覚したのが2009年といいますから、比較的長い交際期間を経て結婚した割には、短い結婚生活になってしまいました。しかし、離婚理由は「仲が悪くなった」というわけではなく、互いに忙しい中で結婚生活というのは多少厳しかったのかもしれません。

勝利の女神

ジェンソン・バトンと道端ジェシカさんの交際が始まったのは2008年の終わりと言われています。丁度ホンダがF1撤退を決めた頃ですね。そして交際がスタートしてから初めてのシーズンでバトンは初の「年間王者」に輝くわけです。しかも新規参入のプライベーターであるブラウンGPでの優勝ですから、道端ジェシカさんが「勝利の女神」と呼ばれるのもわかるような気がします。
2011年の日本GPでも彼女が見守る中、バトンは日本GP初優勝を手にしています。

今の恋人は?

2015年の終わりに道端ジェシカさんと離婚を報じられたジェンソン・バトンですが、16年に入ってすぐ新恋人と言われる「ブリトニー・ウォード」との写真をパパラッチされました。しかし、彼らの関係はすでにオープンなものなのか、パパラッチに対しても嫌がることなく、二人は終始笑顔だったということです。この新恋人と噂される「ブリトニー・ウォード」はアメリカのモデルで道端ジェシカに劣らず大変な美女です。

お金もちのドライバーでイケメンとくれば、世界中の美女がバトンを放っておくわけがありませんね。

バトンはかなりの親日家

ジェンソン・バトンはF1ドライバーの中でもかなりの親日家と知られています。このヘルメットを見れば一目瞭然ですね。理由としては長年の恋人、そして離婚はしましたが道端ジェシカがパートナーであったこと。そしてBAR時代からホンダと関わりがあったことがあげられます。
2011年の大震災の時は当時恋人であった道端ジェシカのチャリティーに参加するため来日。自身も高額な募金活動を行いました。また「日本は僕の家のようなもの」「僕の心は常に東北の人々とともにある」など日本を気遣う発言をしています。そしてその年、バトンは日本GPでの初優勝を成し遂げるのです。

インスタグラムにも日本を意識した写真が多くアップされています。

上の写真では自転車に乗ったバトンが永大通りの看板前で微笑んでいますが、彼はトライアスロンを趣味で行っており、その写真も多いです。そしてご覧いただいてわかる通り、バトンのトライアスロンチームの名前は「ICHIBAN」どれほど日本が好きかわかる一枚です。

上のツイートはバトンが「皇居マラソン」に出場したときの呟きです。なんと10kmのレースに出て優勝しているんですね。ちなみにこの時は当時恋人であった道端ジェシカも出場しています。

まとめ

ここまでF1ドライバーのジェンソン・バトンについてご紹介してきました。彼が優れたドライバーであることは歴史が物語っていますし、これからも優秀なドライバーとして存在し続けるでしょう。そしてそんな彼が現在所属しているマクラーレンホンダは2015年、16年現在もかなり苦しい状況が続いていると言えます。
しかし、今年はジェンソン・バトン、そしてフェルナンド・アロンソこのベテラン二人の底力。そしてチームの「なんとか二人に戦えるマシンを」という想いもあってか、報道ではかなりポジティブな発言も目立つようになってきました。それでも、1988年から1991年のように4年連続でコンストラクターチャンピオンになっていた時のような「常勝軍団」には程遠いと言えます。
「常勝軍団」にはあのアイルトン・セナ、そしてアラン・プロストという名ドライバーが居ました。その頃はホンダ・マルボロ・マクラーレンというチーム名でしたが、その頃の輝きをもう一度観たいという方も多いのではないでしょうか。
マクラーレンホンダをそんな「常勝軍団」に再び復活させるためには、この二人の元年間王者は欠かすことができないドライバーです。そしてチームも、少しでも二人を満足させるようなマシンを作らねばなりません。

現在、トヨタが小林可夢偉をドライバーに据えて、F1に復帰するのではという報道があります。日本人としては日本の自動車メーカーが、フルワークスのチームを組み、日本人のドライバーで表彰台に上がる。そんな光景を見てみたいと思うのは普通のことです。しかし、それ以上にバトンに愛着があるという日本人も多いと思います。
彼が親日家であるとか、イケメンであるとか、そういったこと以上にやはり長年ホンダと歩んできたドライバーキャリアというものを評価している部分が大きいのではないでしょうか。トヨタがF1に復帰するかどうかは不確定です。が、できればトヨタが復帰して、マクラーレンホンダが本当に意味で「戦えるマシン」を作り、表彰台に上がる。そしてできればそのドライバーは「ジェンソン・バトン」であって欲しい。それが日本の自動車メーカーであるホンダが、長年一緒に戦ってきたバトンにしてあげられる最大で最高のプレゼントなのではないでしょうか。

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ジェンソン・バトン公式サイト

2009 F1 World Champ, McLaren team member, Ichiban Triathlon founder ;) #22

ジェンソン・バトン インスタグラム

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ジェンソン・バトン公式ツイッター

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マクラーレンホンダ公式サイト

おまけ

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マクラーレンホンダのスポンサーであるシャンパンメーカーのCMです。もうやりたい放題といった感じですが、元年間王者2人の豪華な共演です。