三菱 ミニカスキッパー 三菱再建に「こしゃくな軽」は必要不可欠? 中古車情報からレストアまで!

軽の燃費偽装が発端で日産傘下での再建に臨む三菱自動車。度重なる不正ゆえに世間ではかなり手厳しい意見も少なくないですが、パジェロやランエボをはじめ、車好きにとって魅力的な車種を生み出してきたのもまた事実です。日産との軽の開発は継続するとのことで、三菱復活には元気な軽が欠かせないのでは?という訳で、往年の三菱に存在した元気な軽の代表格として、ミニカスキッパーを紹介しようと思います。

プリウスを先取りした装備も!ミニカスキッパーってどんな車?

2代目ミニカベースのファストバッククーペ

三菱ミニカスキッパーは1971年5月、三菱ミニカのクーペタイプの追加車種として登場しました。

スキッパーという名前は「こいきな船のキャプテン」という意味で、公式には大人っぽい若者が毎日の生活をスマートに多彩にエンジョイできる車という思いを込めたと謳われています。と同時に、当時のミニカのラインナップにおけるイメージリーダー的存在となったという意味でも、非常にマッチしたネーミングだったといえるのではないでしょうか?

リンク先の商品は、昭和48年式のミニカスキッパーIV。サイドのエンブレムからグレードはL/Lと思われます。走行距離不明の記録簿なしではありますが、修復歴なしというのはなかなかのポイントではないでしょうか? これで価格は98万円となっています。ちなみに同年式同グレードの売約済み商品もみつけましたが、そちらはエンジン一発始動の経年のヤレ・錆あり、修復歴不明の現状渡しで63万円というプライスタグがついておりました。

出物が少なく、おそらく程度もピンキリ、購入希望者の思い入れも関係してくるため、相場もあってないようなもの。ご紹介した2台の売価は相場の目安程度にしておいてください。また、仮に出物があっても40年以上の月日がたっていることを考慮して、価格に見合うものかご自身の価値観に照らし合わせて考える必要があるでしょう。

ちなみに目当ての出物が中々でない場合、それを逆手にとって良い出物に出会うため、また入手後に素敵な旧車ライフを送るための準備に勤しみましょう。旧車に強い、信頼に足りる中古車屋やレストアも請け負ってくれる修理業者を見つけるのはもちろんのこと、気楽に相談に乗ることができる旧車オーナーさんと知り合いになれたら心強いです。

今のネット社会では、個人ホームページ、ブログ、SNSで多くの旧車ユーザーさんが発信する情報に触れることができます。また全国各地で旧車イベントに参加することで、旧車オーナーさんと直に交流することも可能です。ネットであれリアルであれ、想いを強く誠実に働きかければ、旧者ライフを営む上で心強い交流関係を築くことも不可能ではありません。ただし、相手方にあってご迷惑にならないよう常識的な配慮は欠かさないようにしましょう。

レストアってやっぱり必要?

旧車といえば切っても切れないのがレストア。ミニカスキッパーも齢40以上のご高齢です。
やっぱりレストアは欠かせないものなのでしょうか?

実際のところはベース車の状態次第です。ただ、表向きはキレイでも、見えないところにとんでもない病理が潜んでいる可能性もあります。なのでレストアするしないに関わらず、所有する固体の錆やヤレなどは把握しているにこしたことはないですし、本格的なレストアを含め、所有しながらも愛車のネガをつぶしていくことを楽しみにできるくらいであった方が、旧車ライフを楽しめると思います。

逆に、色々な意味でレストアする余裕がないのに、固体のウィークポイントが気になってしまうのであれば、商品を購入する際に、徹底的に程度をチェックした方が良いのでしょう。

ただし年代物の商品ですので、いつ何時トラブルが生じるかわかりません。また不運にも事故にあって外装パーツが破損するようなことがあった場合、まず交換パーツが出ない物と考えた方がよいです。
そのために予備のパーツをストックしている旧車乗りは少なくありません。

そんなわけで、もしもの時への対処がストレスとなったり、それらの対処が手間に感じてしまう人はやはり旧車ライフはあきらめた方が良いと思います。

以下にミニカスキッパーをDIYでレストアされた様子を紹介している個人サイトおよびブログをリンクいたします。お二方とも純正パーツがない部分は、ご自身の創意工夫で代用品を用いたり、オリジナルアレンジをしてみたりと楽しんで作業されていますね。

これからミニカスキッパーをレストアされる方には良い参考になるのではないでしょうか? 

ミニカスキッパーにお乗りの田舎おやじさんの個人サイト。若返り作戦のコーナーでは、ご自身のDIYレストアの様子を紹介されています。

factory1967さんが、以前、所有されていたミニカスキッパーのDIYレストアの様子を紹介されています。

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軽スペシャリティの先陣を切ったのは、ホンダZ! 

まず先陣を切ったのが1970年10月発売(~1974年)のホンダZ。他社に先駆けての軽スペシャリティの投入は軽自動車のパワー競争のきっかけを作ったホンダの面目躍如といったところでしょうか?

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ベースのNIII360(後期型は初代ライフ)とは大きく異なるオリジナルボディは、4人乗りを可能とするためのロングルーフボディを採用。黒い樹脂枠に囲まれた特徴的なグラスハッチのリアウインドウは「水中メガネ」や「金魚鉢」といった愛称にも繋がりました。

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エンジンの性能こそ終始、ツインキャブ36PS/シングルキャブ31PSといったもので、ミニカスキッパーに若干劣るものの、車としての性能バランス向上を図った前輪ディスクブレーキや5速マニュアルを採用したグレードが追加投入されるなど、技術を売りにするホンダの良心が感じられる取り組みがなされていました。

ホンダZ、三菱ミニカスキッパーに続いて、ダイハツは軽最強の心臓をもつフェローMAXハードトップを投入!  

ホンダZに続いて登場したのが、本記事で取り上げているミニカスキッパー。そして、続いて登場したのがダイハツの2代目フェローマックスに1971年8月に追加されたハードトップモデル(~1976年5月)です。上手い具合に競合ライバルと被らないボディ形式を採用しているところが興味深いですね。ホンダZが1972年11月にハードトップボディへマイナーチェンジされてしまうため、ボディタイプの独自性は失われてしまいますが…。

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この車、せっかくのハードトップボディを採用するも、競合他車と比較すると見た目はちょっと地味な印象です。しかしながら、ダイハツは見た目の印象の弱さを補って余りある強力な武器を用意していたのです。

それがこの軽スペシャリティブームの発端となった軽パワー競争のトップに君臨することなった最高馬力40馬力を誇るツインキャブエンジンです。軽スペシャリティの各車ともトップモデルはリッター100馬力を誇っていましたが、流石に360ccの軽規格での40馬力の大台のせは大きな話題になったのです。

しかも、ベースとなったダイハツフェローMAXはホンダN360に続きFFの駆動方式を採用も、後発の強みを活かし、前輪にはストラット、後輪にはセミトレーニングアームとホンダより優れた四輪独立懸架のサスペンションを有していました。加えて40馬力を誇るツインキャブ車にはしっかり前輪ディスクブレーキを標準採用するなど、全体の性能バランスを考慮されていたことも、大きな魅力となっていたと思います。

70年代軽スペシャリティのトリは、ジウジアーロ由来のボディが自慢のフロンテ・クーペ! 

そして360ccの軽スポーツといえば、真っ先にこの車を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか? フェローMAXハードトップに遅れること1ヵ月の1971年9月、軽スペシャリティブームのトリを務めたのがスズキフロンテクーペ(~1976年6月)です。

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今回紹介するなかで唯一、2シーターモデルとしてデビュー、全高1,200mmと他車を圧倒する低全高に大きく傾斜したフロントウインドウなど際立ってスポーティーな外観に加え、インテリアにおいても6連スポーツメーターにチルト式ステアリング、本格的なバケットタイプシートの採用。エンジンも37馬力を誇る三連キャブエンジンを奢るなど軽スペシャリティというよりも、むしろ生粋の軽スポーツとして満を持しての登場でした。

これは小さな軽サイズの制約ゆえに若干無理があるペダルレイアウトを改善するためのスポーツペダルやロールバーなど豊富な競技用オプションパーツを用意した点からも伺えるものでした。

しかしながら、ジョルジェット・ジウジアーロが原案を手がけたスタイルは多くの人を魅了したのか4人乗りモデルを望む声が多かったようで、発売から半年たたない72年2月には2+2モデルが追加、同年10月には2シーターが廃止され如実に軽スペシャリティとしての性格を色濃くしていきました。

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76年6月に一旦生産終了するも、同年10月には、基本デザインは踏襲したまま550ccの新軽規格にあわせると共に、パーソナルクーペとしての性格を色濃くした初代セルボとしてリファインされました。

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このセルボが1982年6月まで発売されたことを踏まえると、軽スペシャリティの中で最も成功したモデルといえるかもしれません。しかしながらジウジアーロが手がけたデザイン原案はキャビンフォワードでモノフォルムな背高セダンボディであったことは知るぞ知る話で、原案の魅力あってのこととは言え、魅力的なクーペボディにアレンジしたスズキの社内デザイナーの力量もなかなかのものですね。

ニューモデル速報 歴代シリーズ 360cc 軽自動車のすべて

ここで、当時の360㏄軽自動車に興味をもたれたのなら、このような電子書籍はいかがでしょう?

本記事で紹介したような軽スペシャリティはもちろんのこと、マイナーな車種まで幅広く紹介されています。

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ライバルに遅れての発進となったミニカスキッパー。しかし発売の2年前にはプロトタイプが発表されていた? 実はあの車も同じく・・・

先に述べたようにミニカスキッパーが登場した時代はホンダN360に始まる軽自動車パワーウォーズの最中でした。

70年10月に登場したホンダZが創出した軽スペシャリティに乗り遅れまいと、前年登場しすでに人気を博していたギャランGTOの要素を盛り込んで急造したように思われがちなミニカスキッパーですが、実はそのプロトタイプはすでに1969年の東京モーターショーで三菱ミニカクーペとして公開されていました。しかも同ショーにおいて三菱は今でもミニカスキッパーのネタ元のように扱われるコルトギャランGTOのプロトタイプ、ギャランクーペGTX-1も同時公開していたのです! 

先に紹介した各社の軽スペシャリティを送り出したメーカーの中で、1969年当時、軽から大型車までの幅広いラインナップを展開していたのは三菱自動車のみでした。同社はその強みを活かし、軽自動車で競合する他社が持たない上位モデルのテイストを軽サイズでも水平展開すること前提で両車を開発していたのかもしれませんね。

歴代東京モーターショーのすべて―あの日の未来のクルマをもう一度! (モーターファン別冊)

ここでかつての東京モーターショーを簡単に振り返ってみたいと思った方は、歴代のモーターショーの出店内容がダイジェスト的に紹介されているこちらの書籍に目を通してみてはいかがでしょう? 

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日本のショーカー 2(1970~1979年)―自動車アーカイヴEX (別冊CG 自動車アーカイヴEX)

もっと詳細に各回のコンセプトカーを見てみたいという方向けにオススメなのが、別冊CGの日本のショーカーシリーズ、こちらの紹介するのは70年代に出展されたショーカーがまとめられた2巻ですが、年代別に計4冊出版されています。

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排ガス規制とオイルショックの荒波に揉まれて

このように軽のパワーウォーズの渦に呑まれるようにして華々しく登場したミニカスキッパーでしたが、登場早くも軽自動車を取り巻く環境は急速に変化していきます。

まずスキッパーが登場した1971年の時点ですでに、排ガスによる環境問題が大きく問題になっており、昭和48年(1973年)規制、昭和50年(1975年)規制と段階的に排ガス規制が強化されることになっていました。

三菱自動車は厳しい内容の昭和50年規制をにらみ、1972年10月の標準型ミニカのフルモデルチェンジにあわせ、4サイクル化することで規制対応に対応した2G21型、通称バルカンエンジンを開発。従来エンジンと比較しても馬力低下を2PSに抑えたこのエンジンは、発売後1年半に満たない、ミニカスキッパーにもそのまま搭載されることとなり、名称も4サイクルをあらわすミニカスキッパーIVとなりました。

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50年規制対応の新エンジンの搭載で、性能減を最小限に抑えることに成功したミニカスキッパーでしたが、排ガス規制という逆風に追い討ちをかけるように、当時のスポーツ車にトドメを刺す出来事が起こりました。昭和48年の第一次オイルショックです。これによって燃費や環境性能を犠牲に性能を追求した多くのスポーツモデルの需要が激減し、ミニカスキッパーも同年10月にはイメージリーダー的存在であったGTを廃止。翌年の1974年7月にはわずか3年2ヵ月のモデルライフを終えることとなるのです。

出典:http://9608blog.jugem.jp/?cid=8

【まとめ】今こそ、逆境を乗り越えられるだけの「こしゃくな」軽を期待したい。

今回は日産傘下で再建を図る三菱自動車にエールをおくる意味で、三菱が送り出した魅力ある軽としてミニカスキッパーを紹介いたしました。しかしながら、こうして振り返ってみると、なかなかどうして目まぐるしい環境変化に晒されたモデルライフだったことが良く分かりますね。

ただ当時の窮状と比較しても、自らの過ちによって厳しい状態に陥ってしまった現在の三菱自動車を取り巻く環境は、外的環境の変化に起因するものではないだけに、なかなかに厳しいものです。しかし、だからこそ、現在の三菱自動車に冷たい視線を送る人たちに「三菱の癖にこしゃくな(生意気だ)!」と思わせるくらいの、魅力的なモデルを開発することが、日本市場において三菱復活するために求められることではないでしょうか?

せめて日産三菱両者が得意としているSUV/CUVのカテゴリー、および注力しているEVのカテゴリーにおいてミニカスキッパーに負けない魅力を備えた「こしゃくな軽」を送り出してくれることを、一人の車好きとして期待したいと思います。