フェラーリ250という怪物 その素性と魅力

Ferrari250。おそらくフェラーリの歴史の中で、レーシングモデル・ロードゴーイングモデルともに一番バリエーションが豊富な車だと思います。それだけエンツォに愛されたという証なのでしょう。もちろん、それは世間に望まれてこそのことです。発売から50年以上が経過した今でも、人々に愛され続ける250の魅力に迫ります。

フェラーリ250とは

元々レーシングドライバーだったエンツォ・フェラーリが、アルファロメオから独立し工場を開いてから8年、フェラーリ初のレーシングカーは1947年デビューの125Sでした。すぐに排気量を増やした159をリリース。翌1948年には166へと発展し、市販車166インターの販売を始めます。これがフェラーリ初の市販車でした。さらに195S、212、225と拡大し、250へと発展します。

なぜ250?

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250TR

この頃のフェラーリの車種名はすべて排気量を表しています。と言っても1気筒あたりの排気量です。つまり、250の場合は×12気筒=3,000cc(厳密には246.10cc×12=2,953cc)です。

Ferrari250の歴史

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Ferrari250S

250の最初のモデルは、1952年のミッレミリアに参戦した“250S ベルリネッタ・プロトタイプ” でした。ライバルだったメルセデス・ベンツ・300SLレーシングに長い直線などでは遅れをとりますが、上り坂やコーナー・セクションでは好走を見せ、最終的にはメルセデスに勝利したのです。この車は後にル・マン24時間レースとカレラ・パナメリカーナ・メヒコにも参戦しました。

レーシングモデルたち

フェラーリ250は、その卓越したバランスの良さから、たくさんのバリエーションが作られました。参戦するレースによりミッレ・ミリア、ル・マン、テスタロッサ、モンツァなどが用意されました。

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Ferrari250MM

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Ferrari250monza

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Ferrari250LM

G・T・Oと言う名の怪物

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Ferrari250GTO

世界スポーツカー選手権はスポーツプロトタイプの競争が過熱しすぎることを憂慮していました。1962年からは量産車のGTカークラスにチャンピオンシップをかけ、“国際マニュファクチャラーズ選手権”と改名しました。
フェラーリはこのレースを制するために、250GTベルリネッタSWBの空力的な弱点を改良した250GTOを投入します。
“GTO”はGran Turismo Omologato(グラン・ツーリスモ・オモロガート)の頭文字で、“GT選手権用に公認(ホモロゲーション)を取得したモデル”という意味です。
“連続した12か月に100台以上生産”というGT選手権参戦基準(ホモロゲーション)に対して、いくつかのエンジンバリエーション違いを含め39台が作られただけで、公認を受けるにはほど遠い結果でした。
そこでフェラーリはSWBのバリエーションだと説明し、SWBの生産台数230台とあわせて100台を超えていると主張したのでした。
当時のGTレギュレーションでは、ホモロゲーションを受けるためにボディ形状の決まりはありませんでした。つまり、1台ずつ形状が違っていてもルール違反にはならなかったのです。
SWBにはオールアルミボディや6連キャブレター、5速ミッションなどのオプションが巧みに設定されていたので、GTOもそのバリエーションであるというフェラーリ側からの申し入れが認められるのでした。
こうして250GTOは、晴れてホモロゲーションを取得したのです。

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FERRARI 250 berlinetta SWB

プロトタイプの存在

1961年のル・マン24時間レースに、スクーデリア・フェラーリから1台の奇妙なベルリネッタ・フェラーリがエントリーしました。ゼッケン12をつけたこのマシンは、素晴らしいパフォーマンスを見せながらもエンジントラブルでリタイアしてしまったのでした。
SWBのシャシにピニンファリーナデザインのボディを纏い、低められたボンネットの下には紛れもなく250テスタロッサの3.0Lエンジンが搭載されていました。
この車こそ250GTOのプロトタイプ“エクスペリメンタル”だったのです。1962年初頭のデイトナ24時間レースにも姿を現し、その直後に250GTOが発表されたのでした。

輝かしい戦歴

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1962年にモデナで発表された250GTOは、スカリエッティが製造した総アルミニウム製ボディを纏い、軽量化が図られていました。エクスペリメンタルで問題になったフロントのリフトを抑えるために、フロントノーズはSWBよりさらに低く長くされました。
後部は太くなったタイヤを収めるために大きく盛り上がったリアフェンダーと、ファストバックのリアデッキがすっぱり切り落とされたカットオフテール“コーダトロンカ”を形成していました。
1962年型はフロントサイドのスリットが2本なのに対し、1963年生産のものから3本へ変更されています。
1962年から1963年にかけて36台製造されたGTOは、国際マニュファクチャラーズ選手権で1962年・1963年に連続してGT-IIIクラス(排気量2L以上)のチャンピオンを獲得したのでした。

公道のための250

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250GTルッソ

レーシングカーとして成功した250シリーズですが、後に下記のような数々のGTモデル(公道仕様)も作られ成功を収めました。
250ヨーロッパGT
250GTボアノ/エレナ
250GTベルリネッタ ツール・ド・フランス
250GTカブリオレピニンファリーナ シリーズI
250GTスパイダーカリフォルニアLWB
250GTクーペピニンファリーナ
250GTカブリオレピニンファリーナシリーズII
250GTベルリネッタSWB
250GTスパイダーカリフォルニアSWB
250GTE
250GTルッソ
330アメリカ

最後にまとめ

昨年8月、1963年式の250GTOがオークションで3811万5000ドル(約39億円)で落札されるなど、まだまだ人気の高い250シリーズについて、少しでも理解を深めていただけたら幸いです。
250の成功の後、275、330、365とバージョンアップしますが、歴代のフェラーリの中でも250の持つ魅力は色褪せるどころか色濃くなっている気がします。