ケータハム スーパー7 ロータスから受け継いだセブンの血筋

ケータハムという名前をご存知でしょうか。少し前にはF-1をスポンサードしていましたので、そちらをご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。ケータハムは“スーパー7”という名の車を作っているイギリスのメーカーです。ロータス7にそっくりなスーパー7について、ロータスとの関係も含めて徹底解剖しましょう。2015年11月更新

ケータハムスーパー7とは

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イギリスの自動車メーカー“ケータハム”がつくるフォーミュラカーのような車、それがスーパー7(セブン)です。きっとみなさんも一度は見たことがあると思います。“超”がつくほど軽量なボディと、小排気量ながら小気味よく回るエンジンの組み合わせは、異次元の走りを実現しています。
この写真を見て“ロータスだ!”って思った方もいらっしゃるでしょう。実はこのケータハムスーパーセブンは、イギリスを代表するスポーツカーメーカーであるロータスのヒット作“ロータス7”のレプリカなんです。ここでは便宜上レプリカと呼んでおきますが、実際は“そのもの”と言っても過言ではないのです。

ロータス7について

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ロータス・セブンは、レーシングカーとして制作された“ロータス・マーク6”の流れを汲むチューブラーフレームに、アルミ外板を張ったセミモノコック構造のオープンホイールのクラブマンレーサー。1957年秋のロンドンショーで、FRPモノコックシャーシを持つロータス初のGTカー“エリート”と同時に発表されました。
スタビライザーがアッパーアームを兼用したダブルウィッシュボーンのフロントサスペンションと、A形のアームでアクスルハウジングの前後・左右の位置を決めるセンターAアーム式のリアリジッドサスペンションが特徴です。これにより部品点数を削減して、コストダウンと軽量化に成功しています。
当時のタイヤ性能ではこれでも充分な強度があり、必要以上の強度を持たせることによる重量増加を嫌うコーリン・チャプマンの思想が色濃く反映されています。
ベーシックモデルは“ロータス・セブン”と呼ばれ、フォード100E、116Eや、BMC・Aタイプなどのエンジンが積まれていました。さらにチューンアップされたエンジンを積んだ高性能バージョンも用意され、これを“スーパーセブン”と呼びます。
ロータス・セブンはシリーズ1からシリーズ4までモデルチェンジが行われ、いくつかのバリエーションの完成車とキットフォームで販売されました。なかでもシリーズ4は、当時最新のレーシングカー製作技術を取り入れたスペースフレーム+FRPボディーが採用されています。ロータス社内のタイプナンバーも、当初の7から60に変更されました。
当時のイギリスでは、自動車を購入する際の物品税が非常に高かったのですが、キットの状態で購入して自分で組み立てれば安価に入手することができました。キットが配送される際は郵便扱いだったため、「車を郵便屋が運んでくれる」と大衆に言わしめるほどでした。
また、エンジンやトランスミッションなどの高価な部品を含まない廉価版のキットを購入し、スクラップになった車から好みのエンジンを流用して組み立てることで、さらに購入価格を抑えることもできたのです。多くの部品が大衆車からの流用で、構造が簡単で改造も容易なキットカーならではのエピソードですね。経済力の無い若者がモータースポーツを始めるには最適なモデルだったと言えます。

ロータスとケータハムの関係

キットカーは税金が安いというメリットのおかげで順調に販売できていたのですが、イギリス政府がこの税制を改めることになったのです。さらに、セブンのもう一つの市場と目論んでいたアメリカで安全基準が厳しくなり、自動車は立派なバンパーを備えなくてはならなくなりました。
キットカーとしてのうまみがなくなりアメリカでの販売も難しいと考えたロータスは、1973年にセブンの生産中止を決めたのです。
当時、ロンドン郊外のケータハムでロータスディーラーを営んでいたグラハム・ニアーンはセブンの消滅を惜しみ、製造権と生産に必要な工具類すべてをロータス・カーズから購入しました。こうして立ち上がったのがケータハム・カーズです。

ケーターハムは、当初はFRPボディーのシリーズ4を生産していましたが、ボディーの在庫が無くなったのを機に、より製造が容易なアルミボディーのシリーズ3タイプの生産を開始した。当時、これほど大きなFRPボディーや最新のスペース・フレームの作成はロータス以外では難しく、多くのパーツを外注するケーターハムの製造方法ではコストが多額に掛かってしまうためです。一介の代理店であったケーターハムにとっては、適切な選択だったのでしょう。

レプリカというよりも

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上記の理由から、ケータハム・スーパーセブンはロータスセブンのレプリカと言うよりも、むしろロータスセブンそのものと言ってもよいのです。時代の流れにあわせて、エンジンバリエーションや足回りの強化のための小変更こそあるものの、ほぼロータスセブンのまま生産され続けています。

ケータハムのその後

出典:http://f1-gate.com/caterham/

2005年初頭、グラハムの息子・サイモンに引き継がれていたケーターハム・カーズは、元ロータスのゼネラルマネージャーであるアンサー・アリを中心としたグループによって買収されました。その後は、新たな経営陣によって従来通りにスーパーセブンの製作が続けられています。
2011年4月、マレーシアの実業家でありエアアジアのCEOでもあるトニー・フェルナンデス率いるF1チーム“チーム・ロータス”により買収されました。
2012年からチーム・ロータスは“ケータハムF1チーム”と改名して参戦していましたが、2014年にはフェルナンデスが同チームを投資家グループに売却し、以後は単なるスポンサーの一社という関係になっています。

ニア7(セブン)たち

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光岡ゼロワン

ロータス・セブンのレプリカは至る所に存在します。ロータス純正ではないという意味ではケータハムも同類でしょう。南アフリカのバーキン、オランダのドンカーブート、ニュージーランドのフレイザー、イギリスのウェストフィールド、フランスのシュペールマルタン、カナダのカナディアンなどなど。
実は日本でもセブンのレプリカを作っていたのです。光岡自動車のゼロワンはあきらかにセブンを意識したデザインでしたし、愛知県のヒストリックカーを扱う“鈴商”はバーキンを扱う傍ら自社製のセブンレプリカを完成させました。

バーキンとの戦い

1982年にロータスの創始者コーリン・チャプマンが心臓発作で死去してしまいます。ロータスを継いだ妻のヘイゼル・チャプマンは、人件費の安い南アフリカに支社設立を画策します。現地へ移民したイギリス貴族バーキン卿が起こした“バーキン”というレプリカ専門メーカーに、製作が容易なシリーズ3セブンの再生産を任せる計画を立てました。バーキン卿の祖父はル・マン24時間レースで2度の優勝歴があるほどの車好きなのです。
シリーズ4のもろもろ及びセブンの販売権はケータハムに譲渡しているものの、シリーズ3以前に関しては設計図などの売却はしていないため名称を除いてはケーターハムとはなんら問題はないはずでした。
ヘイゼル・チャプマンと当時のロータスF1ドライバー(ナイジェル・マンセル、エリオ・デ・アンジェリス)を招いての発表会を行うために、2台のバーキン製シリーズ3タイプが制作されたと言われています。
ところがアパルトヘイト(人種隔離政策)問題で、南アフリカ・ロータス計画そのものが頓挫してしまいました。以後、そのときの契約を盾にバーキンはロータスとは関わりなくセブンの生産を続けたのです。
のちにセブンの販売権利について“バーキン・ケータハム裁判”が勃発するのでした。ヘイゼル・チャプマンとの契約が認められて、シリーズ3タイプ自体の製造権はバーキンに認められましたが、“スーパーセブン”の名前は、シリーズ4の販売権を正式に購入したケーターハムに認められ、痛み分けで終了することになったのでした。
このときに、やはりセブンのレプリカを生産していたウエストフィールドとも裁判をしていますが、ロータスとは何の関わりもなく正当性に欠けるウエストフィールドは敗訴、ボディデザインを若干変更して、シリーズ4のようなFRPで生産することになりました。

モデルの変遷

出典:http://www.caterham-cars.jp/cars/

バーキンとの間で一応の決着が付き、ケータハムは新生セブンの開発に注力します。
スタンダードなケントモデルは、1,300ccや1,600ccのフォードOHVクロスフローエンジン(通称ケント・ユニット)を積むモデル。
ロータスツインカムモデルは、その名の通りロータス製DOHCエンジンを積むモデルで、チャップマンの没後にロータス・カーズのCEOとなったマイク・キンバリーが手がけたエンジン(腰下はケント・ユニットを使用)です。
1700SS(スプリントスペシャル)は、ケントユニットを1,700cc・135psまでパワーアップしたモデル。
1600BDR・1700BDR-Sモデルは、コスワースBDAのデチューン版であるBDRエンジンを搭載。ケント・ユニットにコスワース製16バルブヘッドとピストンを載せたエンジンで1,600cc(120ps)と、BDR-Sと呼ばれる1,700cc(150~170ps)があります。
※BDAはベルトドライブAタイプの略で、当時のフォーミュラレースやラリーなどに使われたエンジン。
ボグゾールモデルは、16バルブボグゾール2,000ccエンジン(160ps・200ps)を搭載したモデル。シリンダーヘッドはコスワースの設計です。よりスポーツ走行に適したボグゾールレーシングと言うモデルも生まれました。

1992年にはボグゾールユニットの出力を250psまで高めたJPE(ジョナサン・パーマーエヴォリューション)が最速モデルとして限定販売されました。

Kエンジンモデルは、1.4LのローバーのKシリーズエンジンを搭載しています。重量の軽減とともに電子制御インジェクション化され、ヒーター配管の合理化が図られました。キャブレターむき出しのセブン特有の吸気音が消えたモデルです。
以後排気量は1.6L、1.8Lとアップされ、より軽量化したスーパーライトモデルやスポーツ走行に適したKレーシング、Kシリーズ最速となるレーシングスペックのR500がデビューしました(R500の名前の由来は1トンあたり500psの意)。

2006年以降は基本的にフォード製16バルブ DOHCのシグマエンジン(1,600cc)、デュラテックエンジン(2,000cc)が採用されています。
ロードスポーツは、スーパーセブン生誕50周年となる2007年に発表されたモデルで、仕様の違いによりロードスポーツ200/ロードスポーツ300の2種類があります。
スーパーライトは軽量でハイパワーなスポーツ走行に適したモデルです。仕様の違いによりR200/R300/R500の3種があります。

CSRは2005年に発表された、フレームやサスペンション構造を再設計し大型化したモデルです。剛性と空力性能の向上などが行われています。

RST-V8 Levante(レバンテ)は、2008年に発表されました。スズキのオートバイ・GSX1300Rハヤブサのエンジンを2個合体させたV8エンジンで、2,400cc・550hpのパワーを発揮するモンスターモデル。パワーウエイトレシオは1トンあたり1,000ps以上にも達するそうです。

Caterham SEVEN 160は2013年に発表、2014年より販売しています。チューニングしたスズキ製の660ccエンジン、K6A(3気筒ターボ)と5速MTを採用し、リアフェンダーを細身にして軽自動車のサイズになるように作ってありますので日本では軽自動車登録されます。イギリス向け・日本向けは160、欧州向けは165を名乗ります。
2013年11月の初回発表時には日本仕様のみ名称が「130」で、馬力も軽自動車の自主規制に合わせた64馬力に落とした上で生産されていましたが、2014年3月には日本でも「160」を発表、4月より販売しています。他国向けと同じ80馬力になりました。

現在手に入るケータハム・セブンは、160モデルが¥4,980,000.-からリリースされています。

ケータハム JAPAN 公式サイト

最後にまとめ

いかがでしたか。ケータハム・スーパーセブンについて、またロータスとケータハムの関係など、なかなか面白いことが起きていたのですね。それだけ、元になったロータスセブンという車が魅力的なのでしょう。メカニック時代にはたくさんのケータハムをメンテナンスさせてもらいました。スタンダードなケントユニットでもとても楽しく走れる車です。というよりもBDRやJPEなどは、怖くてまともにアクセルを踏み込めませんでした。
こんな素敵な車が現代の技術で乗れるなんて、すばらしいことだと思いませんか。