ロータス ヨーロッパは“庶民派スポーツカー”だった?

英国の伝統的ライトウェイトスポーツカーメーカーであるロータスが、レース活動で培ったノウハウを注ぎ込んで世に送り出したロードゴーイングレーサー“ヨーロッパ”。日本では、なんと言っても漫画“サーキットの狼”の主人公の愛車として有名になりました。そんなヨーロッパの出生から現在までを追いかけてみましょう。

ロータスの歩み

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LOTUS Mk-2

1947年当時、ロンドン大学の学生でありながら中古車販売業もしていたコーリン・チャップマンは、売れ残った商品車“1928年型オースチン7(セブン)”を、レーシングカーに改造しようと思い立ちました。仕事のパートナー2人と、ガールフレンドも仲間にして大改造をはじめます。旧式のシャシなど大部分を作り直して、もはや別の車と言えるほどの大幅な改造を行いました。この作業はロンドンのミューセル・ヒルにあった友人の実家のガレージで行われたそうです。
翌1948年、早速マイナーレースへの参戦を果たしますが、旧式のオースチン・7のエンジンパワーでは本格的なレースに参戦するのは不十分で、より強力なフォード製“フォード8”エンジンを搭載した次モデルの構想に着手します。この次期モデルは“ロータス”と名付けられ、1949年に完成しました。
これが“ロータス”と呼ばれたはじめての車となります。
“チャプマンが完成させた2番目の車”ということで“マーク2”と呼ばれるようになり、あわせて最初の車は“マーク1”と呼ばれることになったようです。マーク2の完成からほどなくしてして、さらに強力な“フォード10”エンジンへと換装されました。レースデビューは翌1950年。
マーク2の性能はすばらしく、総合優勝が4回、クラス優勝も4回と好成績を挙げました。中でも同年6月3日に開催されたエイトクラブ主催のレース(シルバーストーンサーキット)では、現在でいえばF1マシンに相当するグランプリレーサー、ブガッティ・タイプ37と競り合いの末優勝してしまうのでした。
型落ちとはいえ、腐ってもGPレーサーです。無名のガレージ、しかも学生が作った車が勝利したことは驚異で、チャプマンは大いに注目されることとなります。マーク2は、ロータスの初顧客となるマイク・ローソンに売却されました。
気をよくしたチャプマンは、さらに本格レーシングカーの開発を始めます。新たにマイケル&ナイジェルのアレン兄弟を迎えて、販売目的のレーシングカー、マーク3、マーク4を完成させました。特にマーク3は、当時イギリスで人気のあったフォーミュラ750カテゴリで無敵の強さを発揮、ロータスの名は着実に高まっていきました。
本格レーシングカー製造販売を目指していたチャプマン。マーク3の成功により、いよいよ市販モデルの構想に着手します。
それまでのワンオフスタイルとは異なり、量産を前提に開発したモデルは“マーク6”と呼ばれています。1952年1月1日、ロンドンのホーンジー、トテナム通りにロータス・エンジニアリングを設立しました。

レーシングカー・メーカーとして

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LOTUS Mk-6

マーク6の成功で十分な資金を調達できたロータスは、より軽いシャシ、より洗練されたボディを持つ新しいレーシングカーの開発を始めます。本格的に空力を考慮したボディは、フランク・コスティンの手により開発されました。コスティンは、開発・生産エンジニアとして創成期のロータスを支えることになります。
“マーク8”と呼ばれる新型車は、1954年4月に完成後そのシーズンのレースにエントリーしています。
翌1955年にはマーク6の成功から自動車製造販売組合に加入し、正式に自動車メーカーとして認知されました。同年のアールズ・コート・モーターショーに出品が認められます。
ロータスはこのショーにマーク8の発展型である“マーク9”のベアシャシを出品しました。発展系としてマーク10そしてイレブンまで開発しています。
イレブンは1956年のシリーズ1、1957年のシリーズ2と総計して270台が製造されました。

市販車も手掛けるメーカーに

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LOTUS ELITE

自動車メーカーとして認められたこともあり、市販車の販売にも力を入れるようになりました。レース活動で培ったFRP技術を駆使し、フルFRPのモノコックボディを持つエリート(マーク14)をリリース。
マーク6をキット化し、クラブマン向けレーサーとして販売したマーク7。
英国フォードのファミリー向けセダン“コンサル・コーティナ”にロータスチューンのエンジンを載せたロータス・コーティナ。
エリートの後継車として開発されたGTカーのエラン(マーク26)と、精力的にリリースしました。

ヨーロッパのデビュー

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LOTUS EUROPE Sr-1

タイプナンバー46。通称“シリーズ1”と呼ばれる最初期型ヨーロッパです。開発経緯としてセブンの後を受け持つことになりますが、強靭な逆Y字型バックボーンフレームとFRPボディの組み合わせは、むしろエラン譲りと言うべきでしょう。
エランで採用したY字型バックボーンフレームは、エンジンの搭載位置を極限まで低くするためのアイデアで、エンジンは太いボックス断面を持つフレームの間に挟まれるようにして載せられています。ヨーロッパでもこれを踏襲しますが、エランではFRだったパワートレインをミドシップに配置するためにY字から逆Y字に反転させています。
ミドシップ配置のエンジンとリアの足回りを同居させるために、ラジアスアームとロアトランスバースリンク式を組み合わせた、ヨーロッパのために専用設計されたサスペンションを採用しています。ギアボックスの上を横に走るボックス断面型鋼板ラジアスアームと、ドライブシャフトを兼ねたアッパーアーム、それにロアアームを組み合わせたものです。
ちなみにダブルウィッシュボーン型のフロントサスペンションは、トライアンフ・スピットファイアのものから流用した既製品でした。
当時のミッドシップ車は、日常使用には不向きなレーシングカーや、富裕層向けの高価格・高級モデルしかありませんでした。開発目標の1つとして“庶民にも手の届くスポーツカー”を目指していたことから、当時としては最先端だったFRPボディの採用や優秀な空力フォルムなど、技術的トピックに溢れるヨーロッパにも各部にコストダウンの跡がみられます。
ウインドウは固定式で、内装にもカーペットや遮音材類は使われていません。パワートレインは、全てルノー・16からの流用で、ルノーによるエンジンチューン以外は完全な吊るしの状態で搭載されていました。
このガソリンエンジンはウエットライナー構造のアルミ製でした。水冷式直列4気筒OHVエンジン・排気量1.5Lで、圧縮比の向上やハイカムの採用によって82馬力を発生しています。トランスミッションは、実用車からの流用だったため4段M/Tでした。
考えられる限りの軽量化のおかげで、車体重量は非常に軽く610kgに抑えられていました。
シリーズ1はフランスへの輸出を念頭において生産されたモデルだったため、イギリス向けに販売された公式記録はありません。右ハンドル車もメーカでは製造していません。
ただ、母国イギリスで右ハンドルへ改造された個体も存在しますし、日本にも個人輸入されているようです。

レーシングマシン 47

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LOTUS 47

タイプ47。ヨーロッパ・シリーズ1をベースにしたレース仕様がロータス47です。ロータスの伝統にのっとり、レース専用車ですのでヨーロッパの名前はついていません。真横から見ると四角く見えるクォーターピラーの形状から“世界一速いパン屋のバン”と呼ばれたそうです。グループ4カテゴリーへの出走を目的としたこの47は、FRP製のボディが更に軽量化されたのと、リアサスペンションの構造を大きく変更(当時のロータスF1に準ずる4リンク式を採用)するなど、レースで勝つことに焦点を絞って開発されました。
フレームも型式こそ市販型ヨーロッパと同様の逆Y字型ですが、断面形状はもとより板厚も下げられ、市販型とは別物になっています。軽量にはなったものの、撓み易くクラックが入り易い脆弱なものでした。
動力性能に関しても大きく変更されています。エンジンは1.6Lのコスワース製Mk.13型(直列4気筒)エンジンが採用されました。強力なエンジンパワーに対処するために、ヒューランド製FT200と呼ばれる5段マニュアルトランスミッションが搭載されました。
ブレーキもフロントディスク/リアドラムから4輪ディスクブレーキに変更されています。
大幅なモディファイを加えられたロータス47は、非力ながらもその軽量ボディを活かして、グループ4では常に上位に名を連ねていました。時には格上クラスの車の順位を上回るほどの活躍を見せていました。
その後も開発は進められ、シャシーの改良や大排気量V型8気筒エンジンを搭載したモデルなどが派生しました。

シリーズ2へ

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LOTUS EUROPE Sr-2 Type-65北米仕様

シリーズ2(タイプナンバー54)。通称シリーズ2と呼ばれたモデルは、1968年に登場しました。イギリス国内での需要に応えて、右ハンドル車の生産・イギリス本国での販売も1969年から行われるようになりました。
快適性を無視したようなシリーズ1に比べ、パワーウィンドゥのより開閉可能な窓やアジャスト機能のついたホールド性の高いバケットシート、ラジオも標準装備になりました。内装の消音にも気が配られるなど快適装備を手に入れています(車重は50kgほど増加)。
フレームに対して接着固定されていたFRP製ボディは、ボルト固定式に変更されました。パワートレインやサスペンションなど、動力性能に関する変更はありません。
タイプナンバー65と呼ばれるモデルが追加され、フロントターンシグナルの位置が変更されています。タイプナンバー54と65をあわせてシリーズ2として扱われます。

ツインカムエンジンを搭載した“ヨーロッパツインカム”

出典:http://livedoor.blogimg.jp/ms_company/

M's Company様のブログより

ツインカム(タイプナンバー74)。1971年に“ツインカム”という名の通りツインカムエンジンに変更されました。エランから採用されていたツインカムユニットは、フォード製のOHVエンジンにロータス製DOHCシリンダヘッドを組み合わせてあります。排気量は1.6Lとなり、出力も105馬力まで向上しています。
ここでボディに小変更を受けます。アメリカの安全基準に対処するため、後方視野改善措置としてバーティカルフィンの高さが下げられました。
エンジンの変更などで、車重はシリーズ2から更に約50kg増の711kg。車重の増加と出力向上で燃費が低下したため、燃料タンクが追加されて32Lから57Lに増加しています。

ビッグバルブ搭載の“スペシャル”

出典:http://www.helmo.gr/

LOTUS EUROPE SPECIAL

スペシャル。1972年に登場した最終型です。スペシャルではツインカムエンジンをさらにチューンした通称“ビッグバルブ”と呼ばれるエンジンにに変更されました。吸気効率向上のためインテークバルブが大型化されていて、圧縮比も高められています。
最高出力は126馬力で、歴代の市販型ヨーロッパでは最高出力になりました。トランスミッションも標準装備のルノー製からゴルディーニ製5段M/Tが設定されました(オプション設定)。
北米仕様と欧州仕様があり、北米仕様は排気ガス規制によりストロンバーグ製のキャブレターが装着されました(欧州仕様はデロルト製)。
もともとヨーロッパスペシャルは、100台の限定車(ブラックのみ)として生産されました。その証として、ダッシュボードにシリアルナンバー入りのエンブレムが貼り付けられています。
その後、増産の要望が多かったためにスペシャルでないスペシャルがカタログモデルとしてラインナップされることになり、その希少性は薄れることになってしまいました。

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LOTUS TWINCAM BIGVALVE

現代のヨーロッパ“S”

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LOTUS EUROPE S

2006年9月、エキシージの上位クラスモデルとして発売されました。ロータスによれば“ビジネスクラスGT”とのことで、上で紹介した初代とはミドシップ2シータ-ということ以外に共通項はなく、名称のみ受け継いでいます。
搭載される2Lターボエンジンは最高出力200馬力、最大トルク27.7kgf·m。これはエリーゼの派生モデル、オペル・スピードスターのターボモデルに搭載されていたエンジンを、ヨーロッパS向けに専用チューニングしたもの。
2007年6月には上級グレードのLXが追加され、革張りのインテリアやボディ同色のエアインテーク等を装備しています。
2008年3月には、最高出力が225PSに向上した“ヨーロッパ225”が追加されました。
総生産台数は456台で、2010年に生産終了しました。

終わりのまとめ

スーパーカー世代の端くれとしては、強烈な印象をもつ1台です。あの“ぺったんこ”なフォルムがたまりませんね。メカニック時代には、初期限定のヨーロッパスペシャルをメンテナンスしていました。ボディとフレームを分離しレストア作業もさせていただきました。あの頃の車は、運転してもいじっても楽しいですね。程度の良い個体を見つけるのは難しいかもしれませんが、純粋に“走る楽しさ”を教えてくれる車を残していただきたいと思います。