アルファロメオ ジュリエッタ 二人姉妹のお転婆な妹

2010年の発売以来、順調な売れ行きを見せるジュリエッタ。日本でも2012年にデリバリーが始まってからまだ3年半ですが、結構街中でも見かけるようになりました。実は現行モデルはすでに3代目だってご存知ですか?ジュリエッタ誕生から今日までを、“お姉さん”との関係もふまえて振り返ってみたいと思います。2015年11月更新

復活したお転婆娘

今から約6年前の2009年12月2日、当時アルファの主力モデルだった147の後継車両として、過去の大ヒットモデルのネーミングを復活させることを発表しました。翌2010年のジュネーブショーでワールドプレミアを行った後、5月からイタリア国内で発売を開始しました。
日本での販売は、本国から遅れること2年、2012年2月のことでした。当初は50台限定の“アルフィスティ”を除いて右ハンドルのみの設定でしたが、8月には左ハンドルの設定も追加されました。
ド派手なカラーリングを施したジュリエッタが、スーパーバイク選手権のセーフティカーに採用されています。

日本にフィットするデザインとサイズ

新生ジュリエッタのボディデザインは、フィアットグループのデザインディレクターであるロレンツォ・ラマチョッティ。彼が統括する“アルファスタイリングセンター”の作品です。ロレンツォ・ラマチョッティは、以前ピニンファリーナに在籍していました。

ボディサイズ
全長:4,350mm
全幅:1,800mm
全高:1,460mm
ホイールベース:2,635mm
トレッド:前後1,555mm

“コンパクト”と名づけられたジュリエッタのプラットフォームは、まったく新たに開発されたものです。ちなみに先代の147は、フィアットティーポのプラットフォームを流用していました。
新造されたジュリエッタ専用のプラットフォームは、優れたロードホールディングと俊敏性に加えて快適さと高度な安全性をも備えています。高剛性シャシ、進化したフロントマクファーソンストラット、アルミ化されたリアマルチリンクサスペンション、デュアルピニオン式ギアボックス+電動パワーアシストを採用したステアリングなど、最新技術の導入によるものです。
これらの技術は、今後フィアット、クライスラーグループのC、Dセグメントの車種に幅広く採用される予定です。

次世代を担うエンジン

出典:http://www.alfaromeo-jp.com/

1.4L ターボ マルチエアエンジン
新しい時代を切り拓くクルマにふさわしいパフォーマンスと環境性能、そして汎用性の三拍子を併せ持った革命的な新世代ガソリンエンジンを搭載しています。“インターナショナル エンジン オブ ザイヤー”においても、ベストニューエンジン・オブ・ザ・イヤー部門で、栄えある“エンジン・オブ・ザ・イヤー2010”を受賞しています。 

マルチエアーテクノロジー

出典:http://www.alfaromeo-jp.com/giulietta/efficiency/

【MULTIAIR TECHNOLOGY】
吸気バルブの開閉タイミングとリフト量を、電子制御式油圧システムでコントロールしています。アクセルペダルの操作に応じて、最適なエンジン出力を実現しています。市街地走行時の低回転域・低負荷時では“吸気バルブを2回開ける”ことにより、燃費や排出ガスを低減することに成功しました。
高速道路走行時の高回転域では“吸気バルブを全開にする”ことで、エンジンの最高性能を余すところ無く引き出します。回転数や負荷に応じた制御を可能にすることで、高出力&低燃費、そしてクリーン性能を高いレベルで実現しました。
新世代のマルチエアエンジンは、傑出した走りを創造します。日常のドライビングからスポーツドライビングまで、幅広いシーンでそのポテンシャルを余すことなく発揮してくれます。

先進のトランスミッションテクノロジー

【Alfa TCT】
奇数段と偶数段ごとに乾式クラッチディスクを2組備えた、他に類を見ない構造のオートマチックトランスミッションです。走行中、シフトチェンジの前には次のギアが常にスタンバイしています。片方のクラッチを解放すると同時に、もう一方のクラッチをつなぐことで瞬間的なシフトチェンジを実現しています。
駆動力の途切れをまったく感じさせない加速性能を提供できるので、ワンランク上のエキサイティングなドライビングを堪能できるのです。
さらに、オートマチックモードに加えてマニュアルモードも選択でき、快適な走行にもスポーティーなドライビングにも自在に対応できます。どちらのモードでも高次元のドライビングプレジャーを実現しつつエンジン効率を最適化し、燃料消費量と排出ガスも大幅に低減できています。

アルファロメオ設立からジュリエッタの誕生まで

出典:http://www.italiazakka.co.jp/

“ロンバルダ自動車製造株式会社”(Anonima Lombarda Fabbrica Automobili 、A.L.F.A.)がアルファロメオの前身“アルファ”です。
1910年6月24日、経営危機に喘いでいたフランスのダラック社イタリア工場である“ダラック・イタリアーナ”を買い取って創業したのがアルファロメオの発祥です。
ミラノの市章である赤十字と、かつてミラノを支配したヴィスコンティ家の家紋に由来する“人を飲み込む大蛇”を組み合わせたのが、アルファのエンブレムです。当初は“ALFA MILANO”の文字が刻まれていました。

ロメオとの出逢い

8年後、ナポリ出身の実業家ニコラ・ロメオが経営する“ニコラ・ロメオ技師有限会社”と吸収合併します。その際、社名がニコラ・ロメオ技師株式会社に変更されました。
合併後の初仕事である“Alfa Romeo 20/30 E.Sport”のエンブレムには、旧ブランドの“ALFA”と新会社のロゴ"ROMEO”をつないだ新ブランド名“ALFA-ROMEO”が貼り付けられました。これがALFA ROMEOの誕生の瞬間です。
ニコラは、“レースこそが技術力向上と販売促進において有益である”ということを理解していました。そこで、ジュゼッペ・メロージをはじめとするアルファ・ロメオの技術スタッフは、更なる高性能スポーツカー開発に没頭することになります。

失意の国営化

1930年、ニコラ・ロメオによる事業の失敗で、ニコラ・ロメオ技師株式会社から自動車部門が独立して“S.A.アルファロメオ”を名乗ります。
さらに1933年には、世界恐慌を発端に経営難に陥り、イタリア産業復興公社の支配下へと成り下がります。実質の国営化でした。

訪れた転機

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6C2500 Villa D'Este

1947年には、戦前の高級スポーツカーだった“6C”シリーズに改良を加えて生産を再開しました。カロッツェリア・トゥーリングのデザインした美しいボディをまとった“6C2500”は、ヴィラ・デステのコンクール・デレガンスで優勝します。
6C2500は、世界一優美な車として賞賛されたのでした。これを記念して、このタイプは“6C2500 Villa D'Este(ヴィラ・デステ)”と呼ばれています。

量産体制の確立

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1954年に、小型高性能車として名車の誉れ高い“ジュリエッタシリーズ”がデビューします。この時代のイタリアを代表するモデルでした。まずセダン、そしてクーペだったアルファ・ロメオの伝統を破りながらも、クーペボディの“スプリント”が登場しました。エンジンはアルファロメオの伝統に則ったDOHCで、1,300ccの小排気量ながら最高速160km/hという当時としてはかなりの高性能車でした。
ジュリエッタはファミリーカーとしても大成功を収めますが、そのスポーツライクな素性を買われ、多くのエントラントの手で数多のツーリングカーレースや公道レースに参戦しました。当時表彰台の常連だったイギリスやドイツの小型車と激戦を繰り広げたのです。

ちなみに、ジュリエッタの名前の由来はあのウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』からきているといわれています。
『ロミオとジュリエット』を英語で書くと『Romeo and Juliet』で、アルファロメオの社名にもなった経営者ニコラ・ロメオ(Nicora Romeo)の名前にかけて、Julietのイタリア語形であるGiulietta(ジュリエッタ)をこの新型車に使用したのです。
当時の欧州では女性名や妖精名などのロマンチックな名前を車の名前にすることが流行っていたようで、その影響もあるとみられます。

初代ジュリエッタとは?

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第二次世界大戦後、アルファロメオはスポーツカーではなく量産車メーカーに転換していきます。そんなアルファロメオが、さらに生産規模を拡大するために開発した、ファミリー向けの小型のモデルです。
最初に登場したのは、当時ベルトーネのチーフスタイリストだったフランコ・スカリオーネがデザインした2ドアクーペ“ジュリエッタ・スプリント”。これまでの、“セダンを発表してからクーペを追加する”という伝統を覆すほど”早く発表したい車”だったのでしょう。
翌1955年にベルリーナ(4ドアセダン)と、ピニンファリーナがデザインから車体製造までを行ったスパイダーが追加されました。
エンジンは、アルファロメオに相応しいアルミ合金製1,290cc DOHCで、初期モデルは控えめの54psでした。これは、シリンダヘッドが貧弱でクラックが入りやすかったため、過度のチューニングを避けたためだと言われています。
1959年に大規模なマイナーチェンジが加えられます。クラックが入りやすかったシリンダーヘッドが強化され、更なるチューンアップが可能になりました。1960年に追加された“SS(Sprint Speciale)” や“SZ(Sprint Zagato)”などのスポーツモデルには、100psまでチューンされたエンジンを搭載しています。
ジュリエッタシリーズは、大衆でも無理をすれば手が届くスポーティーカーとして大成功を収め、アルファロメオの経営基盤を確立させました。

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ジュリアの登場

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1962年に、本拠地がミラノ郊外のアレーゼへと移されました。そして、戦後のアルファロメオのイメージを決定づけたと言えるジュリアシリーズがデビューします。
前述のジュリエッタ(Giulietta)は『小さなジュリア(Giulia)』という意味ですので、こちらのジュリアは姉、ジュリエッタは妹と言われることが多いです。

ジュリエッタ同様、オールアルミブロックの高性能DOHCエンジン、バルブの材質に熱伝導率の優れたソジウムを使用、5速トランスミッション、4輪ディスクブレーキなど、当時としては先進的な機能の搭載によって、同クラスの車と比べても高い性能を誇っています。ジョルジェット・ジウジアーロがデザインした美しいクーペボディは、今だに“アルファロメオと言えばジュリア”と語られるほど、戦後のアルファロメオを代表するモデルです。
このジュリアシリーズは、いっこうに好転しない経営状況の中で十分な新車開発投資ができないこともあって、排気量の増大などで排ガス規制を乗り切りながら、長期にわたって生産されました。特に派生モデルの“スパイダー(デュエット)”は、クーペの生産終了後も完全に時代遅れのシャシ性能と動力性能でありながらもアメリカでの根強い人気に支えられ、マイナーチェンジを繰り返しながら“最後の純血アルファロメオ”として生産され続けました。

アルファスッドというブランド

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1968年、イタリアは国策として“商工業が集中する北部(ノルド)に比べ、農業中心で貧しかった南部(スッド)の雇用創出と経済格差是正”という施策を行いました。アルファ・ロメオはこれに従い、アルファスッド社(Industria Napoletana Costruzioni Autoveicoli Alfa Romeo-Alfasud S.p.A )を設立しました。
ナポリ郊外のポリミアーノ・ダルコという場所に新工場を建設し、1970年のパリ・ショーで 同社初の量産FF小型大衆車となるアルファスッドがデビューしました。廉価モデルでありながらも、ボディ・デザインをジョルジェット・ジウジアーロに依頼し、スペース効率を上げるための新開発水平対向エンジンを採用するなど、とても意欲的なモデルでした。
フロントのオーバーハングにエンジンを低くマウントすることで得られたスペースを活かし、キャパシティの大きいサスペンションを設計できました。これにより、後輪駆動のジュリアシリーズ以上のコーナリング性能を発揮したのです。
※1966年に日本で発売されたスバル・1000とという車に非常に近似したメカニズムレイアウトだと指摘されることがあります。
1968年にヨーロッパへの輸出が開始されたスバル・1000の残骸がアルファロメオのジャンクヤードに積み重ねられている写真が発見されたことから、いわゆる“パクリ疑惑”がもちあがりましたが、アルファスッドの開発責任者だったルドルフ・ルスカはインタビュー記事の中で、アルファスッド以前の同じレイアウトの車の車名をいくつか挙げ、アルファスッドの設計がそれらに「影響されたわけではない」と主張しています。
大いなる賞賛をもって市場に迎えられたアルファスッドでしたが、散々な結果を招くことになってしまいます。それどころか、アルファロメオ自体のイメージ低下を招く事態へと進んでしまいました。
労働争議によって、国内での鉄鋼生産量が著しく減退します。これを補うために、急遽ソ連から輸入された鋼板が、ベルギーやフランスのものより品質が劣っていたのでした。さらに、工場の建設が計画通りに進まなかったため、その鋼板を数ヶ月も露天に放置してしまいました。南部労働力の質的問題による防錆処理の不徹底という問題も重なり、初期のアルファスッドは“芯から錆びる”クルマとなり、低品質車のレッテルを貼られてしまうのでした。
結果としてアルファ・ロメオ全体のイメージをも失墜させてしまうことになったのです。1983年に登場した後継車のアルファ33においては品質の問題を改善していたものの、スッドの悪いイメージがつきまとい、国外でのセールスは伸び悩んだのでした。
このナポリ進出以降、エンブレムの“ALFA-ROMEO MILANO”から“MILANO”の文字がはずされています。

アルフェッタへの移行

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1972年、ミラノのアルファ・ロメオから、ジュリアの後継となる新型ファミリーセダン“アルフェッタ”がデビューしました。かつてF1グランプリで活躍したティーポ158/159の愛称である“アルフェッタ”を引き継いだこの車には、高度なメカニズムが与えられていました。
高性能なDOHCエンジンや対地キャンバー変化の少ないド・ディオンタイプのリアサスペンション、バネ下重量軽減に効果のあるインボードタイプのリア・ディスクブレーキやトーションバー式のフロントスプリング、トランスミッションをリアデフと一体化したトランスアクスルレイアウトなど。
いずれも車の運動性能と走行性能を高めるための仕組みで、中でもトランスアクスルは車両の前後重量配分の最適化に大きく貢献しています。
ですが、排出ガス規制への対応のために設計の古いエンジンの性能を落としたり、意欲の低い生産現場にそぐわない高度で高コストな設計と当時の世界的な水準から大きく劣った品質は、財務体質を改善するどころかさらにアルファの凋落を進めたとも言えるでしょう。
優れた設計を活かして各種競技にも使われましたが、機械的信頼性の低さからラリーではトラブルにより完走できませんでした。
アルフェッタの基本構造は、ほかの多くの車種にも流用されましたが、度重なるストライキでの労働意欲低下や、生産技術も世界標準から大きく劣ったアルファ・ロメオにとって、これまで以上に凝ったコスト高の製品はかえって経営を圧迫することになってしまったのでした。
理想を追求する設計が優先で作業性や生産効率を二の次とする企業体質、すでにそのような量産車メーカーが存続できない時代になっていました。それをブレイクスルーできる人材にも資金にも恵まれていなかったのがアルファ・ロメオの悲劇とも言えるでしょう。
今日では、どんなエンジンにも採用されていると言えるくらい定番の技術である“可変バルブタイミング機構”を、量産車として初めて採用したのは他ならぬアルファロメオなのですが、これも時代の流れなのでしょう。

二代目ジュリエッタ

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上述したとおり、アルファロメオ史上もっとも成功したと言うべきジュリアシリーズは1970年代後半まで生産され、GT系はアルフェッタにバトンタッチしました(スパイダーのみは1990年代まで生産)。翌1977年、ベルリーナ系が同じくアルフェッタベースの新型にモデルチェンジされますが、その際に与えられた名称が14年ぶりの“ジュリエッタ”でした。
第二世代ジュリエッタは、イタリア本国で“Alfa Romeo Giulietta Nuova(新しいアルファロメオジュリエッタ)”として区別されています。機械的にはアルフェッタと共通ながら強めのウェッジシェイプとなるハイデッキデザインで、さらに後端を跳ね上げたスポイラー形状となったトランクリッドで、アルフェッタより軽快で新しいデザインとなっていました。
エンジンを1,357cc95ps、1,600cc109psの二種類とすることで、アルフェッタより一つ下の車格として明確に区別されていましたが、車重はアルフェッタより重くボディには入念な防錆処理が施されていて、内外装の仕上げもアルフェッタより上質でした。
このため1979年に1,779cc122ps、1980年には1,962cc130psとアップグレードされ、アルフェッタと同格でよりスポーティなモデルという位置づけになります。
一方のアルフェッタは、よりフォーマルな方向にマイナーチェンジされ、棲み分けが図られました。
第二世代のジュリエッタは、1985年にアルファロメオ75周年記念車である“75”へと世代交代しました。

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ALFAROMEO75

日産との提携

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ALFAROMEO ARNA

1984年、アルファロメオは日産自動車と提携し、合弁会社“A.R.N.A.(AlfaRomeo and Nissan Automobili )”を設立しました。共同開発車となる“アルナ”は、日産の大衆車・パルサーの車体にスッド由来の水平対向エンジンを搭載したものです。
シャシはもちろん外観上も、フロントにアルファ伝統の盾形グリルが付く以外にはパルサーそのもの。イタリア国内ではそこそこ売れたものの、スタイリングは酷評されてしまいました。
日本国内でもこの提携に呼応して“パルサー・ミラノX1”というグレードが設定され、日産ディーラーにアルファ・ロメオのエンブレムが躍りましたが、それはイメージ戦略以上の何物でもなくマーケティングの上で双方にもたらすものは何もありませんでした。
このプロジェクト自体は失敗に終わったものの、アルファ・ロメオは日本メーカーの持つ高度な生産システムと品質管理について多くを学べたことでしょう。

フィアットとともに

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ALFAROMEO SZ

イタリア国有の持株会社だったフィンメッカニカは、経営不振のアルファ・ロメオを手放すことになりました。入札の末フォードに競り勝ったフィアットに、アルファ・ロメオ所有の全ての持ち株と17.5億米ドルで売却されました。
フィアットはこの買収について、“自社のスポーツカーラインアップの最高の補完になる”と言ったそうです。
そしてフィアットは自社製品とのプラットフォーム統合を進める一方、唯一の資産であったブランドイメージの高揚に注力します。上述したFR世代最後のモデル“75”が引退する一方で、1990年代初頭にカロッツェリア・ザガートとのコラボレーションで限定生産された“SZ/RZ”は、スポーツカーとしての素性の良さで高い評価を得ました。
量産車としては、フィアット買収直前に“ティーポ4計画”の一環として登場した“164”、買収後の“ティーポ3”計画から誕生した“155”、その派生型として独創的なフォルムを纏って登場したパーソナルモデル“スパイダー/GTV”、155の下級モデルでいながら、各々3ドアハッチバックと5ドアハッチバックセダンという独自の車種展開で登場した“145/146”、164の後継車“166”が新時代のアルファ・ロメオの名を担って次々と投入されました。中でもDTM(ドイツツーリングカー選手権)やBTCC(イギリスツーリングカー選手権)で活躍した155は、アルファロメオのイメージリーダーとなったのです。
これらのモデルは、性能ばかりでなく、これまで未消化だった品質と信頼性の確保にも重きが置かれ、アルファ・ロメオの市場競争力を強めてくれました。
そして1997年に“156”が登場します。鮮烈なスタイルと高性能が1998年度のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを射止め、市場における勝利を初めてアルファ・ロメオにもたらしたのでした。
さらに2000年に発表された145/146の後継車“147”も、2001年度カー・オブ・ザ・イヤーに選ばれました。
さらに147のクーペ仕様“GT”が登場し、2005年には147がフェイスリフトを受けて2代目になりました。GTVの後継車として“ブレラ”とそのオープンモデル“スパイダー”、156の後継車となる“159”が発表され、フィアットの目論見通りグループ内におけるラグジュアリースポーツを担うメーカーに成長したのです。

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ALFAROMEO 155 DTM仕様

本格スポーツカーへ

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8C conpetizone

2006年9月のパリサロンの場で、以前からコンセプトモデルとして提案されてきた“8Cコンペティツィオーネ”が全世界500台限定で発売と発表されました。市販化について一切の事前発表がないまま突如としてデビューしたこのモデルは大きな驚きとともに迎えられました。
456馬力を発生する4.7LのV型8気筒エンジンをフロントに搭載し、後輪駆動方式を採用しています。実際の生産は、アルファロメオではなくマセラティが受け持っているとのことです。
値段は日本円で2,200万円とアナウンスされたものの日本への輸入台数はごく少数で、かつての高級・少数生産メーカーだったころをしのばせる人気モデルとなりました。

新生ジュリエッタへの想い

3代目となる現行ジュリエッタ。アルファロメオはどんな思いでこの車を世に放ったのでしょうか。

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スタイリング

創立から105年の歴史を誇るアルファ ロメオ。それは現在・過去を問わず、イタリアの人々にスタイリッシュなブランドとして愛され続けています。そんなアルファ ロメオの中でも、注目度の高いモデルがジュリエッタです。
1954年の発表当時から人々の視線を釘付けにし、圧倒的な人気を博した初代ジュリエッタ同様、乗る者をスタイリッシュに演出する現行モデルも人々の心を惹き付けて離しません。エレガントかつスポーティという、2つの魅力をバランスよく両立した独創的な美しさを放つスタイリングが特徴です。
それは、究極の美しさを追い続けるデザイナーとその思いを具現化するクラフトマンシップという、イタリアに息衝く美へのこだわりが生み出した奇跡のデザインと言えるでしょう。曲線を活かしたグラマラスにしてスタイリッシュなデザイン。
流線を描くシャープなラインが特徴的ですが、滑らかにカーブするフロントやゆったりと膨らんだサイド・リアに伸びるラインの美しさなどは、初代モデルからしっかりと継承されています。もちろん、アルファ ロメオ伝統の盾型グリルもその圧倒的な存在感を放っていますね。ジュリエッタの美しきスタイリングの哲学は、初代モデルから現代モデルへと色濃く受け継がれているのです。

ドライビングプレジャー

ドライビングフィールには定評があるアルファ ロメオ。そこには、紛れもなくエンジンをはじめとする先進テクノロジーが大きな役割を果たしています。さらにもうひとつ欠くことのできないのが、ドライブを一層愉しくしてくれる、細部までこだわり抜いたインテリアの存在。
ドライバーズシートに身を委ねると、目の前に広がるのはアルファ ロメオ伝統である円形をモチーフにしたインストルメントパネル。シンプルかつ美しさを追究したデザインです。
また、初代モデル発表当時に“最先端のデザイン”といわれた赤をアクセントにしたインテリア。その斬新な雰囲気を踏襲した赤基調のインテリアが設定されている点も味わい深いところ。初代モデルをリスペクトしつつ、現代風にアレンジしてあります。
こうしたジュリエッタの伝統が息づくスタイリッシュなインテリアデザインは、ドライブをより華麗に演出してくれることでしょう。美しさと走りと情熱にこだわり抜いたジュリエッタ。イタリアの哲学と技が生み出したこの伝統の1台は、カーライフのみならずあなたをより華やかに彩ってくれることでしょう。

先進の安全性能

出典:http://www.alfaromeo-jp.com/

万一の衝突時の衝撃吸収力を向上し、乗員キャビンの変形を抑止する高剛性ボディユニット。
Electronic Q2電子制御式ディファレンシャルロックは、タイトコーナーで加速時に内輪が空転しても、内輪だけにブレーキをかけて空転を止めることで外輪へ充分な駆動トルクを伝達する機能です。その結果、路面グリップが低い状況でのコーナーリング時にも素早いコーナー脱出を約束してくれます。
DST(ダイナミック ステアリングトルク)機能は、電動パワーステアリングとESCの連携により、路面グリップを失ったときでもステアリングホイールにわずかな反力を与えてステアリングの修正操作を補助します。ドライビングの安全性向上に大きく貢献しています。
さらに、急ブレーキに備えてブレーキ操作のタイムラグを短縮するプリフィル機能に加えて、坂道発進を補助するヒルホールドシステム、ステアリング操作に連動してヘッドライトの照射範囲を自動的に調整するアダプティブ機能付きバイキセノンヘッドライトも装備し、安全への配慮を怠りません。

卓越した環境性能

エコロジーについても大幅なアップデートが施されています。1,750cc直噴ターボエンジンを除くすべてのエンジンに、市街地などの停車時にエンジンを自動的に止め、発進時には自動的に再始動させるSTART&STOPシステム(アイドリングストップ)を装備しています。
マニュアルトランスミッション装備車では、アルファ ロメオD.N.A.システムの走行モードが「Natural」、または「All weather」のときには、ギアシフトインジケーターが作動します。エンジンの作動効率が最良となり燃料消費量を低減できるシフトタイミングを、メーターパネル内のシンボル表示でドライバーに知らせてくれます。
革新的な1.4Lターボ マルチエアエンジンは、卓越したハイパワーを達成しながらも従来型エンジンに比べてエミッションレベルと燃料消費量を最大10%低減しています。

ジュリエッタの中古車情報

アルファロメオの誇る名車の名前を継承した現行モデルはイタリア車らしいおしゃれなデザインで多くの人からの指示を集めています。現行モデルや過去モデルを探している方のためにリンクを貼っておきますので是非チェックしてみてください。

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最後にまとめ

アルファロメオラインナップの中心にいた“ジュリア”&“ジュリエッタ”。この姉妹がアルファロメオを支えてきたといっても過言ではないでしょう。現代も過去も妹のジュリエッタから先にデビューしましたが、後で出てくるジュリアもしっかりと姉の威厳を保っていましたね。
現代のジュリエッタは、先進技術をふんだんに投入した素晴らしいモデルですし、先日発表されたジュリアもジュリエッタ同様、世界中に受け入れられることでしょう。

アルファロメオの屋台骨として、長い歴史を刻んできたジュリア&ジュリエッタ。今もなお生産されていることが、アルファロメオの熱い思いの表れでしょう。
現在、新車で手に入れられるジュリエッタは 3,330,000円(税別)です。